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本編

第12話_禁断の契約-2

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動けなくなったアズライトの真上から、[リン]は矢のような速さで降下する。
双眼を剥き、真っ赤な口腔から剥き出しになった牙を晒しながら、鋭い爪を構える。
「死ね!! 僕の前から永遠に消え去れ!!」
と、真横の視界が紅く光り、目の前で無数の火の玉が閃く。
「!! …ぐぅっ…!」
周囲の[蟲]が爆散していく中[鱗]も翅が火球が爆ぜる風に煽られ、たまらず上空へ退避する。
火球は[鱗]の軌道を予測するように追い、次々に爆発していく。
「くっそ…なんなんだ、やめろ!! うざい!!」
火球の炸裂による閃光と爆風を翅で遮る[鱗]は、苛立ちを表出させ、空間へ喚き散らす。
そんな冷静を欠いた彼の耳元で、いつの間にか距離を詰めていた紅いセイバーが低く囁いた。
「おぅ、やめてやるよ」
「っ…!?」
ロードナイトの渾身の拳を腕に受け、鈍い折損音を響かせた後、[鱗]は自由落下していく。
「ぐっ…あ゛あぁっ…!!」
翅を使い、なんとか空中で体勢を整えたものの、絶叫をあげながら悶え、目に涙を溜めてロードナイトを睨みあげた。
痛みに息を弾ませ、苦しそうに呼吸するその姿を、ロードナイトは落ち着いた面差しで見下ろしていた。
蒼矢アズライトをあれだけ痛めつけた奴が、その程度・・・・でわめくな」
「…!! お前っ…、僕より低級の癖にっ…下等生物の癖にっ…!! 許さない!!」
「お前の方がよっぽど中身腐ってるぞ。[侵略者]に下っちまうなんて…人として終ってる。…救えねぇよ」
「黙れ!! 殺す!!」
毒言と共に、[鱗]の元の愛らしい顔立ちはメキメキと音をたてながらその形相を変える。口が割け、双眸は漆黒の複眼に、顔面は白銀の体毛に覆われていく。
文字通り人外なる[異界のもの]の姿となった[鱗]は、まっすぐロードナイトへ飛ぶ。
「…!!」
墜ちたアズライトを抱き起こし、その光景を見守っていたオニキスは、にわかに目を見開いた。
オニキスの視線の先、ロードナイトと[鱗]が対峙する更に背面の上空が、巨大な蝶の形に陰る。
「――もうよせ、[立羽タテハ 鱗]」
突然姿を現した蝶型の侵略者[マダラ]は、静かな顔貌で[鱗]とセイバーたちを見下ろしていた。
上空で待つロードナイトへ迫っていた[鱗]は、ぴたりと空中で止まる。
「お前、ここで何をしている」
「――。…っ…!!」
落ちるような呼び声に、振り向いた[鱗]は呆然と[侵略者]を見上げた。
「…あっ…あの…」
何故なにゆえ、『こやつら』と対峙している」
「あっ、これは…その」
「私はお前を、こやつらの相手をさせるために造ったのではない。過ぎた真似をするな」
[斑]の静かな詰問を受け、[鱗]は冷や汗を流し、次いで折れた腕を押さえていた手を離し、小刻みに震え始めた。
「お前が請うてきたから、私はお前に[今の姿]を与えた。しかしお前は、その引き換えに私が与えた"勤め"を果たそうとはしなかった。今まで、一度も」
「…それは…っ…、これから、必ず…」
「いや、もういい。"これから"は、もう無い」
今までの姿から豹変し、怯えるような表情で見上げ、か細く蟲の鳴くような声で答える[鱗]へ、[斑]は抑揚の無いまま続けた。
「[お前]を造ったのは失敗だった。期待した私が愚かだったのだ」
「…ご…ごめんなさい、ごめんなさいっ…これからは、きちんとやります。だから…っ…!」
「[立羽 鱗]」
[侵略者]からの呼びかけに、[鱗]の身体がぎくりと跳ねる。表情を凍らせ、全身を硬直させたまま、[斑]の元へと吸い寄せられていく。
「…!」
セイバーたちに見守られる中、[鱗]は[斑]の体躯の中へ飲み込まれていった。
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