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本編

第1話_新しい風-1

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ちらほらと紅葉が見られ始め、外気に少しずつ肌寒さを帯びるようになって来た頃。
都心の住宅地の合間にぽつんと鎮座するくすのき神社にも秋が訪れ、敷地内に参道と本殿を覆うように生え並ぶケヤキも、深緑の中ほのかに黄や紅に色づき、心地良く流れる風に揺られていた。

こぢんまりとしていながらもやはり厳かで、現世うつしよから隔絶されたように清閑なその空間に、軽快なチェーンの回転音と、砂利を蹴散らすタイヤのスリップ音が鳴り渡る。

苡月イツキー! いるかー!?」

ついで、境内全域に響くようなよく通る声が届くと、本殿近くを竹箒で掃いていた少年が、少し飛び上がりながら声のした方へ振り向いた。
姿より先に声で自己主張してみせた訪問者は、橙色のカラーラインが入ったロードバイクを担ぎながら石段を上がり、箒を片手に小走りで近寄ってくる少年へ手を振った。

「よーっす! おつとめご苦労!」
アキラ君、相変わらず声がおっきいね…」
「おうよ、顔見えなくっても俺だってわかるだろー?」

"陽"と呼ばれた少年・要 陽カナメ アキラは、ロードバイクを定位置の参道脇へ停め、歯を見せながらニッと笑った。
その彼から先ほど"苡月"と呼ばれた少年・楠瀬 苡月クスノセ イツキは、箒を境内一角に構えられた居宅の外壁に立て掛ける。

「どうだ? もう手伝い・・・慣れたか?」
「ううん。こういう掃除だけならなんとかなるけど…社務のお手伝いとか祭祀の作法とか、色々難しいよ。お兄ちゃんに毎日注意されてる」

苡月はそう、少し眉を下げながら自分の胸元へ視線を落とした。
白衣に濃い緑の袴姿は、少し色の薄い灰茶色の髪と調和が取れ、足元のスニーカーは見習い身分の彼の初々しさを現しているようだった。

「まぁ誰しも最初はそんなもんよ。髪も切ったことだし、新天地で生まれ変わったつもりでやれよ!」
「…うん」
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