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◇第六章 ルイス編◇ 先輩に似てない彼は私にとって何ですか?
第五十六話 「弟の面倒を見るのは、姉の務めでしょう?」
しおりを挟む「……さて。余計な手合いが入ってしまったが、逸れた話を戻すとするかの。お主の褒賞のことだが」
終わったという感覚を、この場にいる皆が共有していたと思う。だけど、王様の言葉は、現実に引き戻すに十分なもので。
ルイスさんは舞台の下から王様を見上げ、跪いた。
「私の意志は変わりありません。私の姉であるエミリア・ハーヴェイへのハーヴェイ公爵の爵位の継承を、今ここで行っていただきたく思います」
「……ふむ。当人である、エミリア・ハーヴェイはここにおるかの」
王様の問いかけに、群衆がざわついた。
……エミリア様は、来てないんじゃないのかな?
でないと、さっきのやり取りを静観してはいない気がするよ。
「はい」
「え?」
凛と通った声が聞こえて、エミリア様が人々の垣根を分けて出てきた。
思わず疑問を声に出しちゃったけど、他の参加者の人達のざわめき声で響かなくて済んだ。
彼女のネイビーの色のドレスが、シャンデリアの光に照らされてとっても鮮やか。まるで、外国の女優さんも見たら真っ青になりそうな美しさに、息を呑んでるのは私だけじゃない。
他の人達の視線も全て引き寄せたエミリア様は、優雅に礼をした。
「ハーヴェイ公爵家が息女、エミリア・ハーヴェイでございます。本日はこのような祝いの席へお招きいただいたこと、身に余る光栄です」
丁寧なエミリア様のあいさつの口上は教養にあふれたもので、まさしくできる女って感じがするよ。綺麗でカッコイイなんて、すごいよね。
私と同じように感じた人は他にもいるみたいで、何人かの感嘆の息を吐き出す音が聞こえる。
「うむ。此度は、お主も厄災を被ったが、身に受けた負傷はその後如何様だ?」
「はい。心を砕いていただいた陛下は当然でございますが、迅速に対応していただいた騎士団の方々や優しき人々の援助により、その傷も癒えております」
「ならばよい。爵位の継承の意を、当人であるお主に問おう。……しかし、その前に何故先刻は沈黙を保っておったのだ」
王様が、皆が疑問に感じてたことを聞いてくれたよ。
頭を垂れて礼をしたまま、エミリア様は答えを返した。
「……それが私の弟であります、ルイス・ハーヴェイの指示だったからでございます」
「お主は、あのような事が起こると知っておったと?」
「いいえ、具体的な事は何一つ存じませんでした。事前に彼から個人的に宛てられた手紙により、『何があっても口を挟むな』とだけ託されましたので」
淡々と答えるエミリア様の言葉の端々に、トゲがあるような。
詳しいことは何もわかってなかったのに、ただ事態を静観してたなんて、歯がゆかったに違いなかったはず。
だけど、それでもルイスさんの言い付けを守ったのは、きっとエミリア様はルイスさんを信じてたからじゃないかな。
「その件に関しては、私も弟に物申したいことがございます」
そう言って、エミリア様はルイスさんを鋭くキッと睨んだ。
メイクをバッチリ決めた美人さんの睨みは怖いよ。すぐ近くにルイスさんがいるから、思わず彼女の睨みを私も正面から受けることになって、思わず肩が震えちゃったよ。
でもそれは私だけじゃないみたいで、ルイスさんもビクッと肩を揺らしてる。
険しい表情を浮かべたまま、エミリア様はヒールを鳴らしてこっちに近づいてくる。
そして、ルイスさんの目の前に立つと、さらに彼女はその端正な眉をつり上げた。
「まず、このような場で言い出すとは何事かしら。あのような言付けをしたのは、この予想ができたんからじゃなくて? 盛大な催しでないと、彼らにもみ消されることを考慮に入れての判断でしょうけれど、陛下へのお伺いを立ててからになさい」
「俺が陛下に接触を図ると、あいつらの不信感を煽るだけだろ。奴らは愚かだけどバカじゃない。んでますます、厄介なことになるだけだ。例えば、あいつらが贔屓にしてた裏が動いて騒がしくなる、とかな」
「…………あなたの言い分は理解したわ。したくはないけれど、ね」
ジッと嘘がないか探るみたいにルイスさんを見つめてから、エミリア様は特大のため息をついて落胆した。
ルイスさんも「だろ?」なんて苦笑いをしてる。
……エミリア様があっさり納得しちゃうなんて、よっぽどやりかねない人達だったんだね。
「私には何の説明もなかったのは、彼らとのつながりを危険視してのことかしら?」
「いや、それは違うな」
「っ! ……では、何かしら。あなたに対して、決して良い姉ではなかったと思うわ。だからでしょう? 私の妨害を恐れてのことかしら?」
「…………それは……なんだって、いいだろ」
エミリア様の目尻がつり上がって、またルイスさんを睨んでる。一瞬息を呑んだ瞬間に見せた、エミリア様の顔は泣きそうだった。
ルイスさんが理由を誤魔化したせいで、ますます彼女の瞳が不安げに揺らいでる。
そこをあやふやにしちゃったら、誤解が生まれちゃうのに。
……こんなの、黙って見てられないよ。
「ルイスさんは、エミリア様を守りたかったんだと思います」
「…………え?」
「!? クガ!」
キョトンとした表情を浮かべるエミリア様が、目を瞬かせる。普段は凛としてるのに、こういう表情だと幼く思えて綺麗だけじゃなくてかわいくも見えるよ。
抗議の意味も込めて名前を呼ばれたけど、ルイスさんの制止なんて聞かない。
本当は、私だって言うつもりなんてなかった。だけどこのままじゃ、ルイスさんもエミリア様もお互いにすれ違ったままになるよ。
そんなの、もどかしすぎるよ。やっと、二人とも分かり合えそうなのに。
ルイスさんがちゃんと言わないなら、私がキッカケになるよ。
「エミリア様がこのことを事前に知って、騒動に巻き込まれることを心配したんだと思います。……違いますか、ルイスさん?」
「……カンが良いのも考えモンだよな」
否定も肯定もしなかったけど、ルイスさんは唇をとがらせてバツが悪そうにしてる。それが、何よりの答えだと思う。
片手でセットした自分の髪をクシャッと撫でて、ルイスさんは呻き声交じりにポツポツと話し始めた。
「奴らの所業を調べれば調べるほど、あんたが…………姉さんが、俺を庇ってくれてるってことがわかったんだよ。暗殺者を差し向けようとしたのを阻止する手配をしてくれたり、とかな」
「…………その調査に誤りがあるんじゃなくて?」
「んなわけないだろ。確かな筋からの情報だっつうの」
「……」
ツンと澄ましてるけどエミリア様、動揺が隠しきれてないよ。どこかそわそわと落ち着かない様子みたい。
特に、ルイスさんが『姉さん』なんて呼び方を変えた瞬間は、目を丸くしてた。
「わざと距離を置いたり、奴らの言いなりになったのだって、油断を誘って俺をもっと庇いやすくするためだったんだろ?」
「自意識過剰じゃないかしら? 私が、愚弟のためにそんな手間を割くとでも?」
エミリア様は冷たくルイスさんの言葉を否定してるけど、説得力なんて皆無だった。だって、エミリア様ってば目を落ち着きなく彷徨わせてるから。
その様子に、ルイスさんは苦笑いをしてる。一度理由を認めたら、最後まで言い切ろうって踏ん切りがついたみたい。
これならきっと、ルイスさんはエミリア様を勘違いさせてしまうような誤魔化しはもうしないよね。
「俺は、どんだけあんたに守られてたか知らなかった。……いや、クガに言われるまで知ろうともしなかった。あんたは、昔っから俺を守ってくれてたっつうのに」
「…………ルイス」
ルイスさんは、贖罪するみたいに呟いた。
「いつからだろうな。俺にとって大きかった、あんたの背を追い越しちまったのは。今はこんなに小さく見えんのに、俺を守ってくれてたなんて、な」
ルイスさんは、エミリア様を見下ろしながら目を細めてる。
彼の瞳には、彼女の昔の幼かった姿が見えてるのかもしれない。
「その……ありがと、な。俺を、見捨てないでくれていて」
「!」
ルイスさんの感謝の言葉に、エミリア様が言葉を失った。
いつかは冷たく見つめてたルイスさんが、エミリア様にやわらかく微笑んでる。
少し照れくさそうに、ルイスさんは頬をかいてる。
エミリア様はしばらく言葉を失ってたけど、やがて唇の端をゆるく上げてみせた。
彼女の瞳が潤んでるのは、誰の目にも明らかだったけど。ルイスさんはわざわざそれを指摘なんてしなかった。
「礼など、言わなくてもよくてよ。弟の面倒を見るのは、姉の務めでしょう?」
微笑むエミリア様の頬は、少しだけ紅潮してた。
その顔が今まで見てきたエミリア様の表情で一番、綺麗に見えるよ。
照れくさそうに笑うルイスさんも、嬉しそう。
……よかった、二人が和解できて。
ホッとして、私の口から安堵の息が思わず出た。
これなら今後はきっと、すれ違いなんて起きないよね? 今まで二人の間に溝があったのかもしれないけど、それは少しずつ埋めていけるはず。
「最後に一つだけ、聞かせて頂戴。何故、私に爵位を継がせようとしたのかしら?」
「んなの、面倒だからに決まってんだろ」
「…………正気かしら。だとしたら、このまま少し、お話をしましょうかしら?」
ちょっとルイスさん! その返答はないよ!
ほら、エミリア様の視線が極寒まで温度が下がってるよ!
というよりも、王様の目の前で言う事じゃないよね!? ああほら、王様も苦笑いしてるよ!?
「というのは半分冗談で」
「……つまりは、残りは本気なのかしら」
冷静なエミリア様のツッコミが突き刺さるよ。ルイスさんはどうして平然としてるのかな。
「本音を言うと、俺には向いてないからだ。堅苦しいのは肩が凝るし、縛られるのなんて御免だって。何より、俺は今の立ち位置に満足してるし気に入ってんだ。動く気なんてちっともないね」
「……あなたらしい、意見ね」
今度のルイスさんの答えは、エミリア様の顰蹙を買わなかったみたい。ただ、呆れた様子で淡いため息を吐き出してる。
そしてエミリア様は、踵をわずかにずらして体の向きを転換させて、王様の方へと動かした。
「陛下、先刻の問いにお応えしてもよろしいでしょうか」
「……うむ」
エミリア様はその場で片足を後ろに引き、ドレスを両手で少しだけつまんでわずかにしゃがんだ。
誰もが見惚れるような綺麗な礼を行ってから、彼女は淑女という言葉にふさわしいふるまいのままで、王様に返答をする。
「爵位継承ですが、このエミリア・ハーヴェイ、謹んでお受けいたしますわ」
「あいわかった。今此度より、ハーヴェイ公爵の名は、エミリア・ハーヴェイに継がれたものとする!」
王様の宣誓に、周囲の人達がワッと沸き立った。拍手を送る人もいて、好意的に受け入れられたみたい。
「しかし、ルイス・ハーヴェイよ。己の褒賞を他者へと使うとは、お主も奇特な者よの。欲はないのかの?」
「いいえ、陛下。お言葉を返すようですが、これは私自身のためのことでもございますゆえ」
「……うむ、無欲も考え物よの」
王様は呆れたみたいで、深くため息をこぼした。
だけどね、王様。きっと、ルイスさんの言葉は嘘でも建前でもないですよ。本気で、ハーヴェイ公爵の名前がいらないから、エミリア様に爵位を譲渡したかったんだと思います。
今回の功績で万が一に今後、「爵位を継ぎなさい」っていう指令が来ないように先手を打ったんじゃないのかな。
「他に欲しい物はお主にはないのか?」
「…………一つだけ、ございます」
「! ほう、申してみよ。余が叶えられる物であれば、お主にそれを与えよう」
王様はルイスさんの返答に、食い気味に興味をしめした。たぶん、功労者なのに褒賞なしじゃ、体裁が悪いから何か渡したかったんだと思う。
だけど、ルイスさんは王様のうながしにゆるりと首を左右に振ってみせた。
「いえ、陛下。私の欲しております物は、陛下でも与えることは叶わないでしょう」
「……ふむ。余が与えられぬ物があると? 実に愉快なことよの。…………ふむ、ならばよい。申してみよ」
「…………では」
え? どうしてルイスさん、私に向き直ったの?
真剣な表情で見つめてくるのは、なんでなのかな?
「リオン・クガ様」
「? は、はい?」
なんでフルネーム? 普段は「クガ」って苗字で読んでるのに。今に限って急になんて、どうかしたの?
様付けだって、一体何事なのかな?
思わず疑問符で返したけど、事態が良く呑み込めてないよ。
首を傾げた私の前でルイスさんは、膝を曲げた。
「! え!? ルイスさん!?」
どうして突然、跪いたの!?
そのまま片手を優しくつかまれるのも、よくわからないよ!?
こんなの、物語の騎士みたいだよ!
…………あれ? そういえばルイスさんって、騎士だったような。
ああもうっ! 駄目だよ、混乱してて当たり前のことがわからなくなってる。
困惑する私を置き去りにして、ルイスさんはつかんでる私の手を引き寄せた。
繊細な物みたいに丁寧に包み込んで扱われたって、私には似合わないのに。
「もしも許しが叶うなら、どうか私の婚約者になっていただけませんか?」
「……え?」
こん、やくしゃ?
願うように囁かれた彼の声は、確かに私の耳に届いたはずなのに幻聴みたいに聞こえて。私は気の抜けた言葉しか出なかった。
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