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◇第三章 レイモンド編◇ 毒舌家で皮肉屋の彼は私のことが嫌いみたいです
第二話 「米はないですよね?」
しおりを挟む「ではリオン様! 改めまして今日からビシバシ鍛《きた》えさせていただきますね!」
「はい、アンナさん。よろしくお願いします」
今日から正式にマクファーソン家の使用人として働くことになった。お試し期間で二週間は働いてたけど、正規となるとする仕事の幅が広がるみたい。
当面はアンナさんが私の教育係として指導してくれることになった。顔見知りの彼女がついてくれるのは、緊張が少しほぐれるから助かるよ。
「あの、リオン様っていうのはやめませんか? 私、お客様じゃなくて同じ使用人になったわけですから……」
「あ、そうですね。うん、わかった! じゃあ敬語もやめて話すね、リオン!」
「! はい」
お願いしたら、素直に聞いてくれた。なんだか距離が近づいて仲良くなった感じがして嬉しいな。
ニパッと明るく笑うアンナさんは、人差し指を立てて左右に振った。
「ダメダメ! リオンも敬語は無しにしてよ! 『さん』付けも無しね!」
「!? 敬語無し、はわかりました。だけど、『さん』付け無しはちょっと……。違和感があって」
「わかったって言いつつ、敬語使ってるよ? んー……そっか。呼び捨ては無しね。残念」
肩をすくめてるアンナさんを見てると、罪悪感が湧くよ。でも、人を呼び捨てなんてあんまりしたことなくて、違和感があるんだよね。
ああでも、アルは呼び捨てかも。ほとんど、彼に押し切られたかたちに近いけど。
「……ごめんなさい」
「敬語!」
「あ……ごめん、ね?」
「うん、よくできました! 呼び捨てはまた今度ってことで、早速仕事の説明に入ろっか」
諦めてないの!?
聞き返す前に、アンナさんが両手を軽く叩いた。
「リオンもここ二週間で働いてみてわかったと思うけど、マクファーソン家は圧倒的に今人手不足なの。だから今までやってた掃除以外に、調理場での仕事とか加わるから。洗濯もそのうちにしてもらうからね! ……とっても不安だけど」
「あの時はごめんなさい」
「あ! ううん! 今まで魔石に触れたことがなかったから、仕方ないよ! ただ、レイモンド様にご迷惑をかけてしまったのはちょっとやっちゃったな~とは思うけどね」
泡だらけ事件の苦い過去がよぎるよ……。
あの時はレイモンドさんが偶然騒動の声を聞きつけて来てくれたからなんとかなったけど、もしあのままだったら屋敷の庭の一部が泡であふれ返ってたかも。
調理場の仕事に関しては特に不安もないかな。元の世界のコンロと同じ火を出す装置の『コロエ』だって、アルに料理を出す際に結構な頻度で使ってたから。これまで一度も火の暴走とかはないし。
ただ、あの洗濯機だよね、問題は。
「……洗濯の時は誰かに立ち会ってもらえるようにしとくね」
「う、うん」
アンナさんも心配になったみたいで、苦笑いで提案してくれた。申し訳ないけど、それが無難だよね。
「問題がないって判断したら、一人でしてもらうから。大丈夫、すぐ使えるようになると思う! ……たぶん」
「たぶん……」
小声でつけたされたおまけの言葉が、心にしみるよ……。
「まずは、調理場での仕事の確認に行こっか。リオンは料理長とまだ顔合わせしたことないでしょ?」
「うん」
初日に調理場の見学には行ったけど、その時には会えなかったんだよね。それ以降掃除担当だったし、アルが来たら料理を作りに調理場を借りたけど……毎回都合が悪かったのかいなかったんだよね。
どんな方なのかな?
「たしか、料理人は今その人だけなんですよね?」
「そうそう。だから私達使用人が日替わりの交代制で入ってるから、リオンもそのうち配属になるからね。むしろ、料理長に見込まれたら回数は増えるかも」
「どんな方ですか?」
「え!? あ~…………ええっと、悪い人じゃないよ?」
「? 悪い人じゃないって、答えに――」
「それじゃあ行こっか!」
遮られた!? 言葉を濁されたような……?
困惑してる私を置いて、早速移動し始めてるアンナさんの跡を追いかけた。
◇
「こちらが、料理長のアルヴェルト・ヴェルツさん」
「は、初めまして。正式に雇用となった、リオン・クガっていいます」
「…………」
無言で頷くヴェルツさんは、三十代半ばのナイスミドルでした。
彫りの深い顔立ちの彼は眉間にしわを刻んで腕組みしてる。着てるコック服が合わさって、正に頑固な店の店主って感じがする。
顎回りに生やされてるヒゲは、無精には見えなくてヴェルツさんの外見と見事に調和してた。
ところで、さっきから無言で見下ろされてるけど……どうかしたのかな?
「ん!」
な、なに!? なんでその厳格な表情のままで、親指立てられてるの!?
「あ、よかった~。リオンのこと、気に入ったんですね」
「!? そ、そうなんですか……?」
「……ああ」
聞いてみるとコックリと頷かれた。アンナさん、なんであれでわかったの!?
「料理、できるか?」
「え? あ……はい。一通りはできるかと」
「…………なら、試しで一品作ってみろ」
「え」
一品作ってみろって……そんな急に!?
「いいよな、アンナ」
「ダメって言っても聞かないんですよね? はぁ~……アルヴェルトってば、スケジュールってものを考えてください」
「野菜はここにある。好きな物を使え。肉は、あいにくこれしかない」
「無視ですか。アルヴェルト」
アンナさんがふてくされて唇をとがらしてるのに、ヴェルツさんは淡々と説明を続けてる。
ヴェルツさんに指示された場所には、たしかに野菜が種類ごとに分けられてつまれてる。
アルにいくつか料理を作った関係で、今は多少はそれぞれの野菜がどういった物なのかはわかる。大体は色とか大きさが異常になってるだけで、触感とか味は一緒。
肉はティッシュ箱くらいの大きさの塊で一つ。これは、何の肉なのかな?
「この肉って、味はどんな感じですか?」
「ファイヤーバイソンの肉だ。……味見してみるか?」
「はい」
頷くと、ヴェルツさんはすぐに肉の塊を薄切りにして、フライパンでサッとあぶってくれた。
濃厚で、口に入れた瞬間に香りがフワッと鼻の奥まで広がってくる。これは……牛肉?
「出来が良ければ、ジョシュア様、アンジェリカ様、レイモンド様の夕飯にお出しする。手を抜くなよ」
「!?」
夕飯に出すの!?
動揺した私を、ヴェルツさんが睨んできた。ワザと変な物を作るなって釘をさす意味での視線なのかも。
食材を無駄にしたくないから故意には失敗しないつもりだけど、そもそも自信だってないよ!
拒否は、できそうになさそう。厳しい目でヴェルツさんに咎められてる。アンナさんは心配そうにしてるけど、止めることはしない。
さっきもヴェルツさんを説得する様子はなくて、ただ呆れてたみたいだった。もしかして、彼は言い出したら聞かない人なのかな?
射抜く視線にジワジワ焼かれているような気がするよ。ゴクリなんてのども乾いてないのに、思わず唾を飲みこんだ。
何を、作ろうかな?
せっかく作るんだから、日本で食べてたような物にしたい。
「米はないですよね?」
「なんだコメって」
「……いいえ、なんでもないです」
全く期待してなかったわけじゃないけど、ここ二週間で一度も出てこなかったからね。あれば運がいいな、とは思ってたくらいだよ。
となると、完全な和食は厳しいよね。
あ……でも。
「あの、部屋に一度戻ってもいいですか? 使いたい物を取ってくるので」
この世界に来た時に持ってた物が、部屋にはまだ残ってるはず。
私の問いに、アンナさんとヴェルツさんは不思議そうに首を傾げてた。
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