ミスキャスト!

梅津 咲火

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◇第三章 ルイス編◇   先輩に似た彼はチャラいです

第八話    「何のために、鍛えているんですか?」

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「……ん」

 目が覚めるときって、自分がいまどこにいるのかわからなくなる。
 しっかりと意識が浮き上がってくると、悲しくなる。

 異世界にいるってことは、もう、わかっているはずなのに。
 その事実を改めて確認して、泣きたくなる。

 でも、そんな感情にずっと引きずられてばかりだと、働けないから。

 感情にふたをして、私はまばたきを一つした。  

「今日も早く起きちゃった……」

 勤務時間までまだ時間があるし……せっかくだから、前みたいにハーヴェイさんのところに行ってみようかな。


 ◇◇◇


 前と同じ場所で、ハーヴェイさんは今日も一人で朝練をしてた。

 ハーヴェイさんの鍛錬たんれんって、習慣なのかな。

 ……そう、なんだよね? だって、そうじゃなかったら、今日だってやってるはずがないし……。私が「また見に来てもいいですか?」って聞いたときに、断るはず。

 この習慣を、他の人達は知ってるのかな?

 知らないんだとしたら……少しだけ、得したような気分。
 だって、知られてるんだとしたら、人が集まっちゃうよね? そうなったら、ゆっくり見ることができないんだから。

「……っは!」

 気合の入った掛け声とともに、剣を振り下ろしたかと思えば、そのまま次の剣技に移る。滑らかな動きで、攻撃の手を休めることなく続ける。

 声をかけるのは、鍛錬が終わった後でもいいよね?

 立っているのもどうかなって思うから、私はその場に座ることにした。芝生しばふの上だから、そこまでお尻も汚れないはず。
 
 息をつくほど綺麗な動きを眺めていれば、アッという間に時間は過ぎていく。
 やがて、鍛錬を止めたハーヴェイさんと視線が合った。

 ……もう、今日の分はおしまいなのかな?
 
「ホントに来たのか、あんた」
「……おはようございます。はい、来ちゃダメでしたか?」
「おう、おはよう。いや、べつにいいけどよ。前も言ったけど物好きだな、あんた」
「そんなこと、ないです」

 ただ単に綺麗きれいだったから、もう一回見たかったっていうのもあるけど。
 それだけじゃなくって、剣を持ってる時のハーヴェイさん、今にも壊れちゃいそうな危うさがあったから。なんだかほっておけなくって。

 あの時の気のせいとかも考えたけど、そうじゃなかった。
 さっきの鍛錬の時も、同じだったから。

 肌にはり付いた汗を首を振って飛ばすハーヴェイさんには、その時の様子なんて見えないけど。

「ハーヴェイさんは……何のために、きたえているんですか?」

 とっさだった。

 私の口からスルリと出てしまった疑問は、彼の動作を全て停止させた。
 一瞬止めた息を吐き出しながら、ハーヴェイさんは笑い声を上げる。

「変なことを聞くな? 何のためって決まってるだろ。強くなるためだ」
「……」

 笑顔は、普段と変わらないように見えるのに。でも、私にはそれがいびつなものに見えてしまった。まるで、仮面でもつけてるみたいな、張りぼてめいたものを見ているような感覚。

 当たり前のことを、ハーヴェイさんは答えてくれたはずなのに。

「なんだか……言い聞かせてるみたい…………」
「……」
「…………あ。ご、ごめんなさい……!」

 無意識につぶやいちゃったけど、こんなの失礼だよね。

 そっと彼の顔色をうかがうと、微笑みは全く影も見せないで、感情をそぎ落としたみたいに無表情だった。

「……っ!?」

 な……に……? 怖い……。

 背筋を走る悪寒が、私の身を強ばらせた。彼の心底冷たい空色の瞳に、ゾクッとする。
 べつににらまれてるわけじゃなくて、ただ、見られているだけなのに。い止められたみたいに、身動きができなくなるよ。

「どうして、そう思ったんだ?」
「……っ」
「な、どうしてだよ」

 優しく尋ねる声色は明るいのに、表情は笑ってない。

 黙って、なにもなかったことにしてしまいたい。でも、彼のまとう空気がそれは許さないって、私に圧力をかけてくる。

 今以上に怒られるのかもしれない。だけど、沈黙よりも少しはマシだよね……?

 素直にそう感じた理由を話そうと、ゆっくりと本音を口にした。

「ハーヴェイさんが……苦しそうにしてたから」
「……俺が?」

 聞き返す声に、コクンと一度うなずく。

「表情はないのに、目は……追い詰められてるような、感じがしました」

 雰囲気もやわらかい普段とは違う、凛々しいものだったけど。
 瞳だけは、違った。

 そして、そんな瞳を私は以前に一度、見たことがあった。

 彼と同じ顔をしてる、憧れてるあの人がしていたことがあったから。

「へぇ。『追い詰められてる』な……」
「……」

 うつむいてハーヴェイさんは、クツクツと小声で笑った。
 笑い声なのに、楽しそうじゃない。ただ、笑うしかないって様子で、彼は笑ってるみたい。

 ひときしり笑った後に、顔を上げたハーヴェイさんはニヤリと意地悪そうに微笑んだ。

「じゃあ、な……もし、追い詰められていたとして。あんたはどうすんだ?」
「……え?」

 どうするって……。

なぐさめてくれんの? キスの一つでもしてくれんのか? あ、それとも俺と一夜を過ごして、一晩中甘やかしてくれんの?」
「……」

 ……どっちもできないよ。それに、したくない。
 先輩と同じ顔で、そんなひどいことを言わないでほしい。

 …………でも。

 私を傷つけようとして言葉を重ねるハーヴェイさんの方が、泣きそうな顔をしてたから。

 彼が求めてる言葉じゃないとはわかってる。だけど、私は伝えたいのはそうじゃないから。ハーヴェイさんの希望を無視して、私なりの答えを返さなきゃ。

「できません」
「……そうだよな。結局のところ、あんたはただ、同情したいだけだろ?」

 鼻で笑うハーヴェイさんは、表情をゆがませた。いつもは陽気な彼が、言葉の刃を投げ続ける。

 私には、キスも、夜も一緒に過ごすなんてこともできない。
 ……だけど。

「でも」
「っ?」

 さらに私を精神的に痛めようとしたハーヴェイさんの唇が、言葉をさえぎられて止まった。

「でも……そばに、います」

 私なんかじゃ、役に立てないと思う。気のいたはげましの言葉だって、かけることはできないよ。
 女慣れしたハーヴェイさんの満足いくようなことだって、できない。

 だけど、そばにくらいはできるから。

「私が、ここに居る限りは。ハーヴェイさんのそばにずっといます」

 いつ帰ることになるかはわからない。もし、元の世界に戻る方法を見つけたら、すぐにでも帰らなきゃいけないとは思うよ。

 でも。その時が訪れるまでは、ハーヴェイさんの近くにいたいな。

「なんだ、それ……」

 クシャリと顔を今にも泣いてしまいそうなほど歪ませながら、ハーヴェイさんは笑った。
 水色の瞳はうるんでて、涙がこぼれ落ちてしまいそう。

 自暴自棄になってたさっきの表情じゃなくなって、よかった。

 ホッとして息を小さく吐き出すと、ハーヴェイさんは

「……仕方ないから、そばにいてもいいぞ」

 不遜ふそんな言葉を、ふてぶてしく吐き出して。
 ハーヴェイさんはニッコリと明るく笑った。

「! はい……!」

 元気よく返事をした私に、彼は満足そうに笑みを深くする。
 そして、「あ、そうそう」とわざとらしく手を打った。

「キスも一晩独占すんのも、気が変わったらいつでも言えよ? 俺は大歓迎だからな」
「っな!? きっ、ききっ気なんて変わりません、から!」
「そうか? 残念だなー」

 もう! 何てこと言うんですか、ハーヴェイさんったら。
 イタズラだってわかってるけど、茶目っ気たっぷりにウインクしてみせてダメですからね。

 そんなビックリしちゃうような冗談、言わないでほしいよ。

 私の焦りが前回の反応に、明るく笑うハーヴェイさんには、さっきの陰りのある表情は全く見えない。

 こんなからかい方は困っちゃうけど。……いつものハーヴェイさんに戻ってよかった。


 
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