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◇第四章 レイモンド編◇ 毒舌家で皮肉屋の彼の本心はどこにありますか?
第十八話 「レイモンドさんだけです」
しおりを挟む空がキレイ。
雲が一つもなくて、透き通った青空が頭の上には広がってる。……あ、鳥が飛んでる。気持ちよさそう。
日陰になるような雲が存在しないぶん、暑くなるかと思ったけどそんなことはなくって。長袖だけど、汗ばむこともなくってちょうどいい。
時々風が吹いてるから、気持ちいいな。
周りの通行人も、祭りのせいか浮き立ってる。家族連れに、恋人同士、はたまた友人グループで冷やかしてる人達。どの参加者達も、笑顔を絶やしてない。
絶好の祭り日和だよね。うららかな春の一日の行楽に、ピッタリって感じがする。
「……」
「……」
なのに、どうして私は今、冷や汗を流してるのかな? 暖かい気候なはずなのに、肌寒く感じてるのは気のせい?
…………ううん、気のせいなわけないよね。だって、私達の周囲だけポッカリ切り取られたみたいに、変な空間があるんだから。
じゃなかったら、混雑してるはずの祭りの大通りで、優雅に並んで歩くなんてできるはずない。
避けられてる原因は間違いなく、隣で冷気を漂わせてる人。
横目でソロッと斜め上を確認したら、彼と目が合った。
人一人視線で凍《こお》らせそうなレイモンドさんが、眉をつり上げる。
「何ですか」
「いいえ! なんでもない、です……」
「俺の背後に立つな」ってかの有名なセリフがパッと浮かんだのは、彼にはバレてない、はず。
舌打ちをするその姿は、普段の冷静沈着で淡々とした彼とは結びつかない。イライラした空気は、自分の思う通りにしゃべれない苦痛からきてるのかも。
カプリース君に仕掛けられた質の悪いイタズラは、間違いなく私達を蝕《むしば》んでた。
まず、「あべこべボックス」の効果は半日は解けなくて、しかも解除方法はないってことがネックだった。
「魔法を解いてください」って詰《つ》め寄ったけど、カプリース君にはあっさり却下された。
「え? なんで!? 超面白いでしょー? そもそも、そんなものないよ!」なんてキョトンとしてた。全く悪びれた様子がなかったのには、思い返してもイラッくる。
仕組んだ本人だけが愉快《ゆかい》そうにしてたけど、理解できないよ。どうしてレイモンドさんの怒りを一身に向けられて楽しそうにしてたのかな。
仕方なくそのまま過ごすことにはなったけど、圧倒的にレイモンドさんの口数は減ってる。それはそうだよね。話そうとした途端、正反対の言葉が出るんだから。
とはいっても、色々レイモンドさんと試した結果でわかったけど、端的だったら会話も可能みたい。
発言する内容が短ければ、深く考えずに反対のことを言おうとすればいい。ただ長くしようとしたら意図してない言葉になる。たぶん長文を思い浮かべたら、そのぶん考えちゃう時間が生まれるせいなのかも。
そんな窮屈《きゅうくつ》な思いをしたら、不満もたまるよね。レイモンドさんが機嫌を悪くするのも当たり前。
私が箱を落とさなければ、こんな目にあわせることもなかったのに。申し訳なさすぎて謝ったけど、レイモンドさんはため息を吐いて「気にしないでください」って一言だけ。
本当は言いたい文句が山ほどあったんだろうけど、ややこしくなって諦めたんだよね、きっと。
私が何かできることってあるかな?
「レイモンドさん」
「はい」
呼ぶと気だるそうに返事をされた。思ったように会話できないってストレスが溜まりそうだから、口を開くのも苛立ってるみたい。
「あの! 私にできることがあったら、なんでもします! こうなっちゃったのは、私のせいですから……!」
意気込んで、グッと思わずこぶしを握ってかかげてみせた。
私に何ができるのかわからないけど、少しでも罪滅ぼしというか、レイモンドさんの心労を減らしたいな。
キッと目に力を入れて精一杯頼もしく見えるように、レイモンドさんにおうかがいを立ててみた。
って、あれ? なんでレイモンドさんはこめかみに指をあててるのかな? もっと不機嫌になった、ってわけでもないみたいだけど。
「…………ハァ」
何故特大のため息を!? こめかみをもみほぐしてるけど、頭痛でもしてるのかな?
そこまで変なこと言った?
「女性がそのような発言をしないことです」
「? どうしてですか?」
「……そこでどうしてと聞きますか」
「?」
レイモンドさんが何を注意したいのかわからないよ。もっとハッキリ言ってくれないと。
首を傾げると、レイモンドさんはハッとした様子で私を見つめてきた。
「まさかあなた、誰にでも言っているのですか?」
「え?」
モノクルの奥にある切れ長なレイモンドさんの目が、かつてないほど鋭くなってる。
目的語がなかったから何を聞きたいのかとっさにつかめなかったけど、もしかして私の発言のこと、だよね?
こんな迷惑かけたのはレイモンドさんにだけだから、言わないって決まってるのに。改まって、何故そんなことを怖い表情で聞いてくるのかな。
「他の人には言わないですよ? レイモンドさんだけです」
「…………ハァ。他意がないとはいえ、いくらなんでもこれは……」
「?」
今度は肩をガックリ落として、どうしたの?
疲れたとか、かな? 結構長い言葉を話してたから。それとも、私の受け取り方が思ってたのとは違ったとか?
レイモンドさんの反応から考えて、今の私の回答だと問題あるんだよね? 何がどういけないのかは、わからないけど。
「発言する相手と内容を考えなさい」
「考えています、よ?」
「…………ハァ」
あ、またもう特大のため息。それに比例してレイモンドさんの眉間のしわの数も、着実に増えてる。
首を左右に振る彼は、明らかに覇気がない。……やっぱり、疲れたのかな?
「……もういいです。それよりも、行きますよ」
「え? あ、はい……?」
結局、なんだかよくわからなかったんだけど。レイモンドさんがいいって言ってることだし、気にしなくてもいいってこと、なのかな?
歩調を速めた彼に置いて行かれないように、自然に駆け足になる。疑問だけが残って、思わず無意識に首を傾けた。
◇◇◇
目の前の光景が、信じられない。
錯覚かと思ってまぶたを軽くこすってみる。……見間違いじゃ、ないの?
変わらない視界を確認したって、まだ実感なんて湧かない。
「これは……」
すぐ隣からこぼれたレイモンドさんの声が、遠くから聞こえる。距離が離れていないはずなのに。
目の前にあるのは、10メートルにも届きそうなくらい長い行列。その先には、一つの屋台がある。ずいぶん待たされて並んでるはずなのに、どの人も笑顔で、今か今かって様子で買うのを心待ちにしてるみたい。
…………勘違いとかじゃ、ない。長蛇の列が続く先の屋台は間違いなく、マクファーソン商会の商品として売り出すことになったシャーベットの店。
「夢じゃない、ですよね?」
「……現実ですよ」
ボーっとして口から出た疑問に、レイモンドさんは事も無げに答えてくれた。
ちょうどその時、先頭の人達が商品を受け取って列から外れる。私より少し年上くらいの、男女の二人組。仲睦まじそうな様子だから、カップルなのかも。
男の人から一つ小さな器を受け取って、女の人はかわいく微笑んだ。二人の手のひらにのってるのは、乳白色の底が深くなってる円形の陶器。カップっていうのには短すぎるし、皿というには縁の半径が小さい物。
あの器を持ってるってことは、やっぱりあの列は、シャーベットを買うために並んでる人達で合ってるみたい。
「何ですか、あの容器は」
レイモンドさんも、すぐにその存在に気づいたみたい。
「『花祭りに参加したことの記念になるような物があったらいいのに』って独《ひと》り言を、セバスチャンが聞いてくれたんです」
「記念?」
見下ろしてきたレイモンドさんの視線に、肯定の意味を込めて頷《うなず》く。
そう、キッカケなんてただの偶然。『せっかくシャーベットをわざわざ買ってくれる人がいるなら、その人達の記憶に残ったら嬉しいな』、なんて考えの私のワガママから出た呟《つぶや》き。
それをわざわざ拾って、「具体的にはどのような品がいいかとお考えになられますか?」って尋《たず》ねてくれた。
聞き流されるのが当たり前で、私だって深く考えての発言じゃなかったのに。話し合ってるうちに気がついたら、シャーベットを入れる器をその時限定の店オリジナルの物にすることになってた。
「あの器を見れば、何年先でも楽しかったって思い出が残るじゃないのかなって」
シャーベットが溶けてしまったって、店先で買い求めてる人達の手元に残る。
家族や恋人と一緒に祭りを楽しんだ時のことを、あの器を見ながら『あのお菓子はおいしかったね』なんて振り返ってもらえたら。
それってすごく、素敵なことなんじゃないかな?
レイモンドさんを見上げたまま答えた。無表情で聞いてたけど、レイモンドさんが納得できるような説明をできたかな?
「……そういう表情も、できるのですか」
「え?」
そういう表情って?
鏡が手元にないから、自分だとどんな顔をしてるかなんて見れない。とっさに頬《ほお》に手をあてて見たけど、手触りだけじゃわからなくて。
レイモンドさんが言う表情って、どんなもの?
「変な顔でもしてましたか?」
「…………いいえ」
ゆっくりと首を左右に振られた。なら、どういうことなのかな?
レイモンドさんが見とがめちゃうぐらいだから、よっぽど見苦しい表情でもしてたと思ったのに。
「良いと思いますよ」
「え。…………え!?」
褒《ほ》め、られた!? 今、褒《ほ》められたの私!?
あり得なさすぎて、ポカンと口を開けたまま固まる。一方レイモンドさんはといえば、見る見るうちにしかめっ面になっていく。
不本意そうな、渋い表情。
あ、そっか。あべこべボックスの影響で、思ったのとは違うことを言っちゃったのかな?
でも、ここで確認したって、余計に火に油を注ぐだけだよね。
流すのが一番良い対応なはず。
「ありがとう、ございます」
ペコッと軽くお辞儀をする。それからもう一回レイモンドさんの顔色を確認。
……ええー? なんでさっきよりムッとしてるの?
聞きたいけど、聞けない。だってそんなことをしたら、ますますレイモンドさんの眉間のしわが増えそうだし。
モノクルを直す眼光は、依然《いぜん》と私を射抜《いぬ》く勢い。
何が彼の不満の元になってるのかな。
「……店員の様子を視察しましょう」
「はい」
クルリと背を向けられたけど、レイモンドさんの声色だけでもまだ不機嫌だってわかる。
はぐれないように、後を追いかけなきゃ。
足を一歩踏み出した瞬間、肌色の何かが視界の端を横切った。
「――っ!?」
な、なに!?
急に、背後から腕が伸びてくるなんて……!?
驚いて声をあげようとしたのに、口をふさがれた。
そのまま後ろに引っ張られて、レイモンドさんとの距離が空いていく。
そのまま、誰かに引きずられて運ばれていく。
私、どこに連れていかれるの!? そもそも、どうして私を?
助けを求めたくても、レイモンドさんは振り返りもしなくて。
『助けてください!』
そう叫んだはずの声は、モゴモゴと不明瞭《ふめいりょう》な言葉になって、誰かの手のひらに吸収されてしまった。
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