ミスキャスト!

梅津 咲火

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◇第五章 レイモンド編◇   毒舌家で皮肉屋の彼の本質はなんですか?

第三十二話  「まさか、自覚がないとは言いませんよね?」

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 レイモンドさんと過ごす時間が増えてから、わかったことが一つ。

 ーーそれは、彼が重度のワーカーホリックってこと。


 朝の恒例業務となった、彼の私室に向かう。
 ノックをして奥の寝室に入れば、いつも通りレイモンドさんはすでに起床してた。すでに身支度すら完璧で、一切の隙《すき》はない。

 使用人の仕事をことごとくつぶす彼にため息が出そうになるけど、我慢我慢。むしろそれを言い出すほうが、私のワガママになるかもしれないんだから。
 かと言っても、朝起こしにこないって選択肢はない。
 だってレイモンドさんだって人間なんだから、もしかしたら体調が悪くて起きれなくなる日がいきなりくるかもしれないし。

 そしてまず、彼のベット近くの背の低めの小型デスクを視界に入れる。
 一番上には、ミルフィーユ並に幾つも層をつくってる書類の束。それらが見事に、その場所が指定席って言いそうなほど堂々と鎮座《ちんざ》してた。

「レイモンドさん、また寝る直前まで仕事をしていたんですか……?」
「ええ、それがなにか?」

 習慣って断言したっていいくらい、毎日やってる。これじゃ、食事と睡眠以外、仕事ばっかりやってることにならない?

「……そもそも、レイモンドさんって休みはいつとってますか?」

 ゆっくり過ごしてる姿を見たことがないような。最近しか付いてないけど、傍で日中いるからそれくらいわかるよ。

 私の問いかけに、レイモンドさんは訝《いぶか》しげに眉を寄せた。……って、そうこうしてる今も書類持ってる!? いつの間に!?

「最近とりましたが」
「……いつですか?」

 最近の定義が私と違う予感がするんだけどな。

「は? あなたも知っているでしょう? 頼んでもないのに部屋を訪ねてきたというのに、もう忘れたのですか」
「風邪で寝込んでいるのは休みじゃないですよ!?」

 予想のナナメ上すぎるってば! どうして養生してるのが休暇になるのかな!?
 認識が違いすぎる……というより、レイモンドさんが仕事ばっかりしてるのが改めてわかったよ!

 レイモンドさんはギョッとした私を見て、理解できないみたいな表情をしてる。
 ダメ、自分の異常性をちっともわかってないよ!
 それは専属使用人を付けるってジョシュアさん達も言い出すよ。こんなの心配するに決まってる。

「ええと、そんなに仕事が溜《た》まっているんですか?」
「溜《た》まっているか溜《た》まっていないかで言えば、是《ぜ》でしょう。私が床に伏してたのが要因なので、この一時だけだとは思いますが」
「! そう、ですよね。レイモンドさん、風邪の間は仕事できないから、その分が溜まっているだけですよね」

 たしかに、言われてみたら納得。溜まった分と日頃の業務が重なったから、こんなに仕事量が大変なことになってるんだね。

「…………念のために聞きたいんですけど、寝込む前はいつ休みを……?」
「…………」

 どうして無言で目を逸《そ》らすの!?
 え、もしかして使用人の私でも休みを週に2日もらってるのに、それを返上してるってこと!?

「まぁ睡眠と食事は摂れていますので、支障はないでしょう」
「大有りです!! それは必要最低限じゃないですか!」

 それができなくなることがあるような言い方が怖いよ!

 前に気を張って生きてきたとは言ってたけど、まさかここまでなんて。そのくらい切迫してたってことなのかもしれないけど……。
 今まで倒れなかったのが奇跡ってくらいだったのかも。
 ……むしろ花祭りのとき、1日フリーな時間をつくるために切り詰めたって聞いたけど、一体どんな無茶をしたの?

「普段はそんな仕事が多くないって言うんだったら、どうしてそんなに忙しいんですか」
「……」

 どう考えたって、矛盾しかないような。

 もともとの仕事量が多いから?
 ……ううん、それはしっくりこない。レイモンドさんなら任せられる仕事はうまく割り振りそう。そのほうが絶対効率も良さそうだよね?

 ふいに、視線が合う。彼の翡翠《ひすい》みたいな瞳が、私をまっすぐとらえてた。
 
「次期商会の長になる故《ゆえ》です。……後は、これに没頭している時のみが、私の安寧《あんねい》を保つ手段だったから、でしょうか」
「あ……」

 パッと思い出したのは、レイモンドさんが前に吐き出した、悔やんでる懺悔《ざんげ》の言葉。

『私がおかしたのは、まごうことなき『罪』です』

 妹が死んだ原因が、自分だと思ってた。その罪悪感から、きっと忙しい状況に追い込んでたんだ。

「でも、そんなことを続けてたら、またレイモンドさん倒れちゃうじゃないですか……っ!」

 レイモンドさんがつらくなってる姿を見たくない。
 イラッとすることはあるけど、嫌味と皮肉を吐き出してるいつもの方が何百倍だっていいよ。

「っな、何故あなたがそんな情けない顔をするのですかっ!?」
「してません!」
「しているではありませんか!? そもそも私が『だった』と伝えたのを、もう忘れたのですか!」
「っ!? ……え? 『だった』…………?」

 そういえば、そう言ってた、かも?
 首を傾けたら、レイモンドさんに深くため息をつかれた。

「……ええ、そうですとも。どこかの誰かのお節介で、多少は自身の功績を認めることを心がけるようになりました」
「それって、その」
「まさか、自覚がないとは言いませんよね?」

 そのどこかの誰かって、いうのは。勘違いじゃなかったら、もしかして私、なの?
 ジロッと睨んできた彼の頬は、少しだけ赤らんでた。

 レイモンドさんからそんなことを言ってもらえるなんて思ってもみなかったよ。

「…………ああ、そういえば、あなたは多言語に明るいのでしたよね」
「? え? 何の話ですか?」

 私の方に振り返った彼はまだ赤い頬のまま。ところで、目が据《す》わってないですか?
 唇の端がゆっくりと上がる。そのまま、目をスウッと細めて、ニヤリと笑ってみせた。

 あ、なんだか嫌な予感がするような。

「喜びなさい。あなたが好むお節介を存分にさせてあげましょう」
「え…………ええ!?」

 なに、お節介って!? レイモンドさんは私に何をさせる気なの!?

 ◇◇◇

「レイモンドさん、書類の内訳終わりました」
「そうですか。では、こちらの書類の売り上げ報告に不備がないかの確認を」

 『こちら』と言われて指を先を見たら、一山あったんだけど。もしかして、これ全部?
 多いって感じるけど、そんな言葉すら口になんてできない。だって目の前で指示してきた人は、絶望的に標高が高い紙の山脈に囲まれてるんだから。

 ただ一つ言わせてほしいな。

「……私が見ても大丈夫なんですか? これって」
「構いません。そもそも、支障があるとお思いですか? 利用の方法すら頭にないあなたが」
「それは否定しませんけど……」

 でも守秘義務とかあるよね? 結構な重要書類じゃないの?

 レイモンドさんを支えたいから、べつにいいと言えばいいけど。
 まさか、仕事を手伝うなんて思いもよらなかったよ。

「多言語に明るい人材がいると、雛鳥《ひなどり》の歩み程度とはいえ変わるものですね」
「…………それはよかったです」
 
 褒《ほ》めてるんだよね、たぶん。わかりにくいけど。

「さらに計算までこなすとは。あなたの世界では能力者の量産が当然とは、恐ろしい限りです」
「私がいた国は特に読み書き計算には力を入れてましたから」

 いつだったか日本での授業で、他のいくつかの国では読み書きができる市民が少ないことを知った。あの時は、すごくビックリした覚えがあるよ。

 世界が変わっても、それは同じでこの国では市民で読み書きできるのは8割くらい。かといって、そのふくまれてる人達でもおぼつかない。
 でもそれはこの世界だとまだ良いほうみたい。下手したら貴族と商人以外は全くできない国もあるとか。うーん、想像もできない。

 ともかく。そんな情勢で多言語を読めるのはめずらしいみたい。
 ちなみに一応私は文字を書くこともできる。ペンを握って書きたいことを考えたら、勝手に手が動くんだよね。これには、初めて気づいたときにはビックリしたよ。
 私の身体が乗っ取られてるみたいな違和感で気持ち悪くなるから、あんまり書きたくないのが正直なところだけど。

 会話もそうだけど、読み書きも異世界に転移することで適応したのかな? たぶん、神様が気をきかせたのかもしれない。

 あ、計算については特に問題なしかな。だって、1も2も、数字が元の世界と同じだから。そこが変わっていたら、さすがに計算確認とかは慣れないとできなかったかも。

「そちらが全て終えたら、声をかけなさい」
「はい、わかりました」

 淡々と仕事をこなす作業に戻ったレイモンドさんを観察してみた。
 ううん、心なしか眉間のシワがいつもより薄いように見える。私の気のせいかな?

 どういった風の吹き回しでレイモンドさんが提案というか、仕事をあたえてきたかなんて、検討もつかない。

 だけど、彼にとって仕事は大切なものってことくらいわかる。
 任された……ってことは。

「少しは信頼してくれてるってこと、だよね……?」
「は? 何か言いましたか」
「い、いえ! 何でもないですっ!」

 無意識に出た独り言を聞かれた! 
 小声だったと思うのに、どうしてレイモンドさんの耳に入ちゃうのかな。

 慌《あわ》ててすぐ否定したのに、それが余計に不信感を煽《あお》ったみたい。せっかくめずらしく消えてた眉間のシワの数が元通りになってる。
 ちょっとの間私を観察してたけど、時間が惜《お》しいと感じたのかな。彼の視線がまた手元の紙に戻っていく。

 深く聞かれなくてよかった。だってそんなこと考えてたなんて言ったら、ここぞとばかりに否定と皮肉のオンパレードが待ってたはず。
 ……でも、そういうことを予想できるってことは、レイモンドさんのことを理解してきたってこと?

 さっき思い当たったこともあわせて考えたら、前よりも距離が近づいたみたい。
 それってとっても、嬉しい、かも。

 胸の奥がじんわり温かくなって、ポカポカする。思わず緩《ゆる》んだ頬がバレないように、急いでうつむいた。

「手が止まっていますよ」
「!? は、はい!」

 すかさず飛んできた叱責《しっせき》に、肩を揺らしちゃった。
 まだ実感が湧かなくて心が浮ついて仕方ないけど、こんな調子じゃいけないよね。せっかく任せてくれたんだから。
 とりあえずレイモンドの期待を裏切らないように、この書類を片付けないと。

 この感情を噛みしめるのは、まずはそこからでも遅くはないよね。
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