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◇最終章 レイモンド編◇ 毒舌家で皮肉屋の彼と私の関係は何ですか?
第五十話 「誰だって、そういう感情は持っています」
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植物園を見て回っていたら、いつの間にか昼時になっていた。
てっきりもう屋敷へ戻るのかと思ったら、レイモンドさんとしては夜まで帰るつもりはないみたい。
私も彼と一緒に、昼食を摂ることになった。
連れられてきたのは、大衆食堂といってもいいところ。レイモンドさんとはどこかミスマッチで、キョロキョロ見渡してしまう。
休日出かけるときは、私は屋台で済ませてたから、こういうのは新鮮。
「よく来るんですか?」
「いいえ。屋敷で済ませるほうが合理的なので。ここはあくまでも、ルイスの薦《すす》めの店で知っているだけです」
「ハーヴェイさんのですか」
「ええ、奴は本能で生きてる分、食にもうるさいので。味は信をおいてもよいでしょう」
貶してはいるけど、レイモンドさんの目付きは柔和だ。二人はやっぱり何だかんだで中がいいみたい。
周囲を見渡してみたら、たしかに店内の人は絶える様子がない。いわゆる、知る人ぞ知る名店っていうのかも。
注文するものをあっさりと決めて、料理が届くのを待つ。
以前、料理長のヴェルツさんが、メニューが焼くか煮るしかしないって言っていたけど、本当だったんだ……。内容がスープとステーキしかなかったよ。
てっきり屋台だから、店頭に並んでるものがシンプルだと思ってたのに。そうじゃなかったんだね。
ぼんやりとそんなことを考えながら、レイモンドさんを見る。
彼はどうして、私を誘ってくれたのかな。ううん、そもそもが今日の行動はレイモンドさんらしくない。
時々ドキドキさせるようなことを言ってるのに、かと思ったら普段の嫌味も皮肉も飛び出してくる。
一体どういうつもりなんだろう。からかっているだけ? でも、それにしては目が優しいような。
いっそのこと、聞いてしまう?
でも、一歩踏み出すのが怖くなって、頭の中で意見をかき消した。
ふと、顔を上げたら、正面に座る彼と目があった。澄んだ緑の瞳が、私をジッと射ぬいてくる。
何故だか、声が出せなくて。息をのんでしまった。
あまりにもレイモンドさんの目が、真剣だったから。
私達の間に横たわる沈黙は、重いものじゃないけど、身動きをためらうには十分なもので。
居心地が悪い、というよりどうしたらいいのかわからないって気持ちが大きい。
口を開いては閉じて。自分でも何を言おうとしてるのかわからないまま、声を出そうとしたとき。
レイモンドさんの唇も動いた。
「お、レイモンドにクガじゃん。奇遇だな!」
彼が何かを言いかけた瞬間、明るい声が降ってきた。
顔を上げた先に立つ人は、カラッと底抜けに明るい笑顔を浮かべてた。
「ハーヴェイさん」
名前を呼んだら、笑顔を返された。
店員を呼びとめて、私達の隣のテーブルに座る。ちゃっかり居座るつもりみたい。
「何ですか、邪魔ですね」
「うっわ、ストレート! 遠慮とかないのかよ」
「無駄なことはしたくないもので」
「愛が痛いぞー」
「そのような高尚なものはありません」
二人とも仲いいですね。
だけど、口には出さない。ハーヴェイさんは肯定しそうでも、レイモンドさんからは絶対零度の視線で凍らされる未来しかない気がする。
「ところで二人は今日はどうしたんだ? デートか?」
「!?」
「なっ……!? ななな何を言っているのですかっあなたは!」
「うっわー……わかりやすすぎないか?」
わかりやすいって何がですか!?
あきれ顔されても、こっちはサッパリなんだけど!
睨んだら、ニヤーと笑ったあげく、レイモンドさんの肩を叩き始めた。ちょ、バシバシ音がしてるけど、力込めすぎじゃないのかな?
「いやぁよかったな! レイモンドにも青い春が来たんだな! ここは一つ、乾杯でもしとくか!?」
「春が訪れているのはあなたの頭でしょう!? それとその馬鹿力は非常に迷惑ですのでやめなさい!」
案の定、レイモンドさんから抗議の声が上がってる。やっぱり痛いですよね。
騎士だけあって、ハーヴェイさんは力が強そうな感じがするから。
眉をひそめて、肩を組んでくるハーヴェイさんの腕を引きはがそうとしてる。まるでタチの悪い酔っぱらいに絡《から》まれた人みたい。
「うっとうしいですよ。大体あなた、何か悪い呪《じゅ》でもかけられましたか? いくら愚かとはいえ、このようなことをする気はなかったでしょう?」
「!」
言われてみたらたしかに。レイモンドさんの言うように違和感があるよね?
ノリの軽さとかフレンドリーではあったけど、ボディタッチはしてこない印象がある。
私でさえ感じるんだから、元々親交があるレイモンドにとってはその違いは明らかだったはず。
レイモンドさんは怪訝そうに探る目で、見やってる。つられてハーヴェイさんの表情を見つめた。
「はぁ? どうしたんだ、二人して?」
「……」
「……」
私達の視線を受けて、笑っていた。
かすかな違和感。だけど、たしかに感じる。
……ああ、そっか。
目だ。目が、笑ってない。
今度は確信をもって彼を見つめる。
ただ黙って視線を返されて、ハーヴェイさんはやがて、笑顔を凍らせた。
周りの喧騒が、やけに遠い。
まるで、ここだけ空間を切り取られたような、異質さ。
私達は、誰も声を上げなかった。
けれど、しばらくして、スウッとハーヴェイさんの顔から表情が消えた。
「ああ、マジで敵わないな。何なんだよ、あんたら」
クシャリと自身の青い髪をかき混ぜてる。ハーヴェイさんの言葉は、紛れもなく私達の考えを肯定するものだった。
ハァ、とため息を吐く様子は、さっきまでとまるで違う。軽そうな雰囲気を一掃してる。
まぶたを閉じて、開かれた。ハーヴェイさんの空色の瞳が、真剣な色をたたえていた。
「なんで、おとなしく誤魔化されてくんないんだよ」
ポツリと呟いていた声は、悔しそうに聞こえた。
それに対して、レイモンドさんは鼻を鳴らした。
「あなたにそのような芸当ができるとでも? そもそも、何年の付き合いだと考えているのですか」
「ひでぇ言い草。けどまぁ、その通りだよな」
小さく笑って、うつむいた。
だから、私からは彼がどんな表情をしてるのかわからなかった。
「……仇《かたき》を打てそうなんだ」
「仇《かたき》? …………っ!? まさか……!?」
仇? 仇って、何の?
ハーヴェイさんは明確に告げなかったのに、レイモンドさんはサッと顔色を変えた。
「ああ、とうとうつかめそうなんだ。けどそれも、奴の周りがキナ臭くなったせいでな」
「!? 待ちなさい、説明なさい。あなたが対象ではなかったのですか」
「んなの、元々だ。違ぇよ、今は俺じゃねぇ。奴の狙いは……」
ハーヴェイさんの瞳が動く。淡い水色の目とかち合う。
彼の視線の移動につられて、レイモンドさんの目も私に向かってきた。
なんで、二人に見られてるの?
会話に全くついていけないのに、意図しないで二人分の視線を集めることになって居心地が悪いんだけど。
しめし合わせたみたいに頷いてるけど、何を納得したのかな?
「……わかるだろ?」
「…………そう、ですか」
「ーーっ!?」
レイモンドさんの空気が、一変した?
うっそりと笑っている。唇も上げて、モノクルの位置を直す彼からは、冷気が漂っていた。
私とハーヴェイさんは、きっと今、同じような表情をしてるに違いない。
視界に映るハーヴェイさんは、私と同様に表情をひきつらせていた。
「あの方は己《おのれ》の身が惜しくないようですね」
ハーヴェイさんの「ひぃっ!?」という悲鳴が聞こえる。
わかります、すっごく怖いですよね。
人が怒ってるのはただでさえ怖いのに、きれいな人の激怒だと恐怖心が増すよ。
私に対してじゃないとはわかってるのに、思わず身をすくめちゃうくらいなんだから。
「ルイス」
「お、おおおおおおおおおおうっ!」
声が震えすぎてて、もはや返事にもなってないよハーヴェイさん……。
ビクリと肩を揺らす彼を見て、レイモンドさんは笑った。うわぁ、いい笑顔ですね。まがまがしいけど。
「礼を言います。狩りへの支度が整うようにしましょう」
狩りって言っちゃったよ。この獲物は間違いなく人だよね。
不穏だった内容が、違う方向で不穏になったんだけど。
あと、改めて思った。レイモンドさんを敵には回さないようにしよう。
ハーヴェイさんは乾いた笑い声を上げている。
「一応、俺の仇敵でもあるんだけど。俺の取り分残しといてくれんのかな……」
ぼやいてるけど、それに関して返事はできません。
◇◇◇
ハプニングもあったけど、ハーヴェイさんも混じっての昼食は和気あいあいとすんだ。
レイモンドさんとハーヴェイさんは長年の友人ということもあって、会話がつきない。
……というよりも、ボケとツッコミというのかな? ハーヴェイさんがふざけて、レイモンドさんが毒を吐く、みたいな流れが完成してた。
かといって、私が入れないってわけでもなくて、話をどちらかが必ず振ってくれていた。そういう気遣いとかできるのってすごいよね。
食後に自然とハーヴェイさんとは別れた。
どうやら彼は他に用事があるみたい。それとも、私達に気を遣っただけかもしれないけど。
先に席を立って店を出ていく彼を見送り、私は果実でできたジュースを飲んでいた。
あまいとは感じるのに、どこか水っぽい。はっきりと言って、食後には向かなかった。
時間が経ったせいかな? 余計に気が進まなくて、飲むのをためらってしまう。
二人と会話してても、どこか上の空だったと思う。
楽しかったけど、それ以上にハーヴェイさんとレイモンドさんが、何について話してたのか気になったから。
「……あの」
「先程の件、でしょう?」
問いかけたら、レイモンドさんがすぐに返してくれた。
見上げたら、彼の顔もこっちを向いている。
それほど私の態度に出てたのかな?
「私もアレも、過去を断ち切れていないのです」
過去……それって。
パッと浮かんだのは、前に聞いたレイモンドさんの言葉。
『私がおかしたのは、まごうことなき『罪』です。他の誰が赦ゆるしたとしても、消えはしない』
「リーチェ・マクファーソン」
自然と口が動いていた。
レイモンドさんが、目を細める。無言だったけれど、それだけでわかる。
私の推測は、どうやら当たったみたい。
花祭りの日に、命を落としたレイモンドさんの妹。
肉親であるレイモンドさんはわかる。だけど彼女が、ハーヴェイさんとどう関係してるの?
小さく頷くと、レイモンドさんは表情をかげらせた。
「ルイスは、リーチェの婚約者でした」
「え……」
ハーヴェイさんが、リーチェさんの婚約者?
ビックリもしたけど、同時に納得した。
だから彼は、仇なんて言っていたんだ。
婚約者が殺されたのなら、恨みを持つのは当然だと思う。
「でも、従者の人がその襲撃犯の一人だったんじゃないんですか?」
「ええ、実行犯は。ですが、そいつらは息のかかった者でした。裏で手引きしている奴は、のうのうと生き永らえているのが現状です」
苦々しい表情で、歯を食いしばってる。
テーブルの下で見えないけれど、もしかしたら手も握りしめているのかもしれない。
リーチェさんのことが過去にはなってないことくらい、わかってた。
激情を必死に押さえ込んでるんだ。ただ、表には出さないようにしてるだけで。
「そんなもの、許せるはずがないでしょう……!」
絞りだし吐き出したのは、間違いなく彼の本音。
それを見て、私はーー
「いいと、思います」
レイモンドさんが、顔を上げる。
一瞬、何を言われたのか、わからなかったみたい。
だから私は、もう一度伝えた。
「いいと思います。許さなくて」
それだけのことを、その人はしたんだから。
だけどきっと、レイモンドさんは許せない自分を、ううん、ドロドロした感情を持っているのを、認めたくないんじゃないのかな。
その感情は、間違いなんかじゃない。それは、彼が受けた心の痛みなんだから。
目を見開く彼を見つめて、私は頷いた。
「誰だって、そういう感情は持っています」
そう、私にも許せない人もいる。だから絶対、この感情は間違いじゃない。
だけどーー
「一つだけ、お願いしてもいいですか?」
瞳を揺らすレイモンドさんを見つめ返す。
「レイモンドさんの身を、第一に考えてください」
これは、私のワガママでしかない。
ただ、レイモンドさんが無事なら、その仇の人がどうなってもいい。
醜くて歪な、決して『良い子』とは言えない願い。
こんなことを口にしてしまう私は、きっと悪い子なんだろう。
内心嗤ってしまう。けれど、それすらも些細《ささい》なことだ。
ジッとうかがってると、レイモンドさんが無言でモノクルをいじった。
その癖は、どういう心情でしてるの?
聞きたいけど、聞けない。深く掘り下げるのが、怖くなったから。
固唾を飲んで待っていたら、ソッと彼はため息を吐いた。
「あなたは……本当に、読めませんね」
まぶたを下ろして、首を振ってる。彼がどういう気持ちなのか読めないのは、私もなのに。
ゆっくりと目を開いて、レイモンドさんはもう一度、ため息を吐いた。
「ええ、約束をしましょう」
彼は苦い表情を相変わらずしていたけど、その唇にはわずかな笑みをのせていた。
てっきりもう屋敷へ戻るのかと思ったら、レイモンドさんとしては夜まで帰るつもりはないみたい。
私も彼と一緒に、昼食を摂ることになった。
連れられてきたのは、大衆食堂といってもいいところ。レイモンドさんとはどこかミスマッチで、キョロキョロ見渡してしまう。
休日出かけるときは、私は屋台で済ませてたから、こういうのは新鮮。
「よく来るんですか?」
「いいえ。屋敷で済ませるほうが合理的なので。ここはあくまでも、ルイスの薦《すす》めの店で知っているだけです」
「ハーヴェイさんのですか」
「ええ、奴は本能で生きてる分、食にもうるさいので。味は信をおいてもよいでしょう」
貶してはいるけど、レイモンドさんの目付きは柔和だ。二人はやっぱり何だかんだで中がいいみたい。
周囲を見渡してみたら、たしかに店内の人は絶える様子がない。いわゆる、知る人ぞ知る名店っていうのかも。
注文するものをあっさりと決めて、料理が届くのを待つ。
以前、料理長のヴェルツさんが、メニューが焼くか煮るしかしないって言っていたけど、本当だったんだ……。内容がスープとステーキしかなかったよ。
てっきり屋台だから、店頭に並んでるものがシンプルだと思ってたのに。そうじゃなかったんだね。
ぼんやりとそんなことを考えながら、レイモンドさんを見る。
彼はどうして、私を誘ってくれたのかな。ううん、そもそもが今日の行動はレイモンドさんらしくない。
時々ドキドキさせるようなことを言ってるのに、かと思ったら普段の嫌味も皮肉も飛び出してくる。
一体どういうつもりなんだろう。からかっているだけ? でも、それにしては目が優しいような。
いっそのこと、聞いてしまう?
でも、一歩踏み出すのが怖くなって、頭の中で意見をかき消した。
ふと、顔を上げたら、正面に座る彼と目があった。澄んだ緑の瞳が、私をジッと射ぬいてくる。
何故だか、声が出せなくて。息をのんでしまった。
あまりにもレイモンドさんの目が、真剣だったから。
私達の間に横たわる沈黙は、重いものじゃないけど、身動きをためらうには十分なもので。
居心地が悪い、というよりどうしたらいいのかわからないって気持ちが大きい。
口を開いては閉じて。自分でも何を言おうとしてるのかわからないまま、声を出そうとしたとき。
レイモンドさんの唇も動いた。
「お、レイモンドにクガじゃん。奇遇だな!」
彼が何かを言いかけた瞬間、明るい声が降ってきた。
顔を上げた先に立つ人は、カラッと底抜けに明るい笑顔を浮かべてた。
「ハーヴェイさん」
名前を呼んだら、笑顔を返された。
店員を呼びとめて、私達の隣のテーブルに座る。ちゃっかり居座るつもりみたい。
「何ですか、邪魔ですね」
「うっわ、ストレート! 遠慮とかないのかよ」
「無駄なことはしたくないもので」
「愛が痛いぞー」
「そのような高尚なものはありません」
二人とも仲いいですね。
だけど、口には出さない。ハーヴェイさんは肯定しそうでも、レイモンドさんからは絶対零度の視線で凍らされる未来しかない気がする。
「ところで二人は今日はどうしたんだ? デートか?」
「!?」
「なっ……!? ななな何を言っているのですかっあなたは!」
「うっわー……わかりやすすぎないか?」
わかりやすいって何がですか!?
あきれ顔されても、こっちはサッパリなんだけど!
睨んだら、ニヤーと笑ったあげく、レイモンドさんの肩を叩き始めた。ちょ、バシバシ音がしてるけど、力込めすぎじゃないのかな?
「いやぁよかったな! レイモンドにも青い春が来たんだな! ここは一つ、乾杯でもしとくか!?」
「春が訪れているのはあなたの頭でしょう!? それとその馬鹿力は非常に迷惑ですのでやめなさい!」
案の定、レイモンドさんから抗議の声が上がってる。やっぱり痛いですよね。
騎士だけあって、ハーヴェイさんは力が強そうな感じがするから。
眉をひそめて、肩を組んでくるハーヴェイさんの腕を引きはがそうとしてる。まるでタチの悪い酔っぱらいに絡《から》まれた人みたい。
「うっとうしいですよ。大体あなた、何か悪い呪《じゅ》でもかけられましたか? いくら愚かとはいえ、このようなことをする気はなかったでしょう?」
「!」
言われてみたらたしかに。レイモンドさんの言うように違和感があるよね?
ノリの軽さとかフレンドリーではあったけど、ボディタッチはしてこない印象がある。
私でさえ感じるんだから、元々親交があるレイモンドにとってはその違いは明らかだったはず。
レイモンドさんは怪訝そうに探る目で、見やってる。つられてハーヴェイさんの表情を見つめた。
「はぁ? どうしたんだ、二人して?」
「……」
「……」
私達の視線を受けて、笑っていた。
かすかな違和感。だけど、たしかに感じる。
……ああ、そっか。
目だ。目が、笑ってない。
今度は確信をもって彼を見つめる。
ただ黙って視線を返されて、ハーヴェイさんはやがて、笑顔を凍らせた。
周りの喧騒が、やけに遠い。
まるで、ここだけ空間を切り取られたような、異質さ。
私達は、誰も声を上げなかった。
けれど、しばらくして、スウッとハーヴェイさんの顔から表情が消えた。
「ああ、マジで敵わないな。何なんだよ、あんたら」
クシャリと自身の青い髪をかき混ぜてる。ハーヴェイさんの言葉は、紛れもなく私達の考えを肯定するものだった。
ハァ、とため息を吐く様子は、さっきまでとまるで違う。軽そうな雰囲気を一掃してる。
まぶたを閉じて、開かれた。ハーヴェイさんの空色の瞳が、真剣な色をたたえていた。
「なんで、おとなしく誤魔化されてくんないんだよ」
ポツリと呟いていた声は、悔しそうに聞こえた。
それに対して、レイモンドさんは鼻を鳴らした。
「あなたにそのような芸当ができるとでも? そもそも、何年の付き合いだと考えているのですか」
「ひでぇ言い草。けどまぁ、その通りだよな」
小さく笑って、うつむいた。
だから、私からは彼がどんな表情をしてるのかわからなかった。
「……仇《かたき》を打てそうなんだ」
「仇《かたき》? …………っ!? まさか……!?」
仇? 仇って、何の?
ハーヴェイさんは明確に告げなかったのに、レイモンドさんはサッと顔色を変えた。
「ああ、とうとうつかめそうなんだ。けどそれも、奴の周りがキナ臭くなったせいでな」
「!? 待ちなさい、説明なさい。あなたが対象ではなかったのですか」
「んなの、元々だ。違ぇよ、今は俺じゃねぇ。奴の狙いは……」
ハーヴェイさんの瞳が動く。淡い水色の目とかち合う。
彼の視線の移動につられて、レイモンドさんの目も私に向かってきた。
なんで、二人に見られてるの?
会話に全くついていけないのに、意図しないで二人分の視線を集めることになって居心地が悪いんだけど。
しめし合わせたみたいに頷いてるけど、何を納得したのかな?
「……わかるだろ?」
「…………そう、ですか」
「ーーっ!?」
レイモンドさんの空気が、一変した?
うっそりと笑っている。唇も上げて、モノクルの位置を直す彼からは、冷気が漂っていた。
私とハーヴェイさんは、きっと今、同じような表情をしてるに違いない。
視界に映るハーヴェイさんは、私と同様に表情をひきつらせていた。
「あの方は己《おのれ》の身が惜しくないようですね」
ハーヴェイさんの「ひぃっ!?」という悲鳴が聞こえる。
わかります、すっごく怖いですよね。
人が怒ってるのはただでさえ怖いのに、きれいな人の激怒だと恐怖心が増すよ。
私に対してじゃないとはわかってるのに、思わず身をすくめちゃうくらいなんだから。
「ルイス」
「お、おおおおおおおおおおうっ!」
声が震えすぎてて、もはや返事にもなってないよハーヴェイさん……。
ビクリと肩を揺らす彼を見て、レイモンドさんは笑った。うわぁ、いい笑顔ですね。まがまがしいけど。
「礼を言います。狩りへの支度が整うようにしましょう」
狩りって言っちゃったよ。この獲物は間違いなく人だよね。
不穏だった内容が、違う方向で不穏になったんだけど。
あと、改めて思った。レイモンドさんを敵には回さないようにしよう。
ハーヴェイさんは乾いた笑い声を上げている。
「一応、俺の仇敵でもあるんだけど。俺の取り分残しといてくれんのかな……」
ぼやいてるけど、それに関して返事はできません。
◇◇◇
ハプニングもあったけど、ハーヴェイさんも混じっての昼食は和気あいあいとすんだ。
レイモンドさんとハーヴェイさんは長年の友人ということもあって、会話がつきない。
……というよりも、ボケとツッコミというのかな? ハーヴェイさんがふざけて、レイモンドさんが毒を吐く、みたいな流れが完成してた。
かといって、私が入れないってわけでもなくて、話をどちらかが必ず振ってくれていた。そういう気遣いとかできるのってすごいよね。
食後に自然とハーヴェイさんとは別れた。
どうやら彼は他に用事があるみたい。それとも、私達に気を遣っただけかもしれないけど。
先に席を立って店を出ていく彼を見送り、私は果実でできたジュースを飲んでいた。
あまいとは感じるのに、どこか水っぽい。はっきりと言って、食後には向かなかった。
時間が経ったせいかな? 余計に気が進まなくて、飲むのをためらってしまう。
二人と会話してても、どこか上の空だったと思う。
楽しかったけど、それ以上にハーヴェイさんとレイモンドさんが、何について話してたのか気になったから。
「……あの」
「先程の件、でしょう?」
問いかけたら、レイモンドさんがすぐに返してくれた。
見上げたら、彼の顔もこっちを向いている。
それほど私の態度に出てたのかな?
「私もアレも、過去を断ち切れていないのです」
過去……それって。
パッと浮かんだのは、前に聞いたレイモンドさんの言葉。
『私がおかしたのは、まごうことなき『罪』です。他の誰が赦ゆるしたとしても、消えはしない』
「リーチェ・マクファーソン」
自然と口が動いていた。
レイモンドさんが、目を細める。無言だったけれど、それだけでわかる。
私の推測は、どうやら当たったみたい。
花祭りの日に、命を落としたレイモンドさんの妹。
肉親であるレイモンドさんはわかる。だけど彼女が、ハーヴェイさんとどう関係してるの?
小さく頷くと、レイモンドさんは表情をかげらせた。
「ルイスは、リーチェの婚約者でした」
「え……」
ハーヴェイさんが、リーチェさんの婚約者?
ビックリもしたけど、同時に納得した。
だから彼は、仇なんて言っていたんだ。
婚約者が殺されたのなら、恨みを持つのは当然だと思う。
「でも、従者の人がその襲撃犯の一人だったんじゃないんですか?」
「ええ、実行犯は。ですが、そいつらは息のかかった者でした。裏で手引きしている奴は、のうのうと生き永らえているのが現状です」
苦々しい表情で、歯を食いしばってる。
テーブルの下で見えないけれど、もしかしたら手も握りしめているのかもしれない。
リーチェさんのことが過去にはなってないことくらい、わかってた。
激情を必死に押さえ込んでるんだ。ただ、表には出さないようにしてるだけで。
「そんなもの、許せるはずがないでしょう……!」
絞りだし吐き出したのは、間違いなく彼の本音。
それを見て、私はーー
「いいと、思います」
レイモンドさんが、顔を上げる。
一瞬、何を言われたのか、わからなかったみたい。
だから私は、もう一度伝えた。
「いいと思います。許さなくて」
それだけのことを、その人はしたんだから。
だけどきっと、レイモンドさんは許せない自分を、ううん、ドロドロした感情を持っているのを、認めたくないんじゃないのかな。
その感情は、間違いなんかじゃない。それは、彼が受けた心の痛みなんだから。
目を見開く彼を見つめて、私は頷いた。
「誰だって、そういう感情は持っています」
そう、私にも許せない人もいる。だから絶対、この感情は間違いじゃない。
だけどーー
「一つだけ、お願いしてもいいですか?」
瞳を揺らすレイモンドさんを見つめ返す。
「レイモンドさんの身を、第一に考えてください」
これは、私のワガママでしかない。
ただ、レイモンドさんが無事なら、その仇の人がどうなってもいい。
醜くて歪な、決して『良い子』とは言えない願い。
こんなことを口にしてしまう私は、きっと悪い子なんだろう。
内心嗤ってしまう。けれど、それすらも些細《ささい》なことだ。
ジッとうかがってると、レイモンドさんが無言でモノクルをいじった。
その癖は、どういう心情でしてるの?
聞きたいけど、聞けない。深く掘り下げるのが、怖くなったから。
固唾を飲んで待っていたら、ソッと彼はため息を吐いた。
「あなたは……本当に、読めませんね」
まぶたを下ろして、首を振ってる。彼がどういう気持ちなのか読めないのは、私もなのに。
ゆっくりと目を開いて、レイモンドさんはもう一度、ため息を吐いた。
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