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◇第一章◇ 出会いは突然で最悪です
第七話 「なんですか、こいつ」
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道の先にある城壁のところには、大きな扉があった。そこには、二人の武装した男の人が立っていた。
あれって……?
「ああ、リオンは中に入ってなさい。ドミニク、対応を頼むよ」
「はい。お任せください」
ジョシュアさんの言葉に従って、素直に席に座りなおした。
?? 対応って……?
やがて、馬車がゆっくりと速度を落として、停車した。
「お疲れ様です」
「ああ。証は?」
「こちらに」
「たしかに。お前は……マクファーソン家の使いの者か」
「はい。中にはマクファーソン当主と奥方様、それに奥方様付きの者がいます」
「怪しいところはないようだな、通ってよし。雪が積もった林を抜けてきたというのに、引き留めて申し訳なかった」
「いいえ、仕事上致し方ないことでしょう。では、失礼いたします」
「感謝する」
ドミニクさんと男の人の会話が終わって、また馬車が動き出した。
今のって、もしかして検問?
「すまないね。リオンは少々変わった身なりをしている手前、姿を見せない方が穏便にことが済む」
「……ありがとう、ございます。でも、良かったんでしょうか」
これ、バレたときって、ジョシュアさんが罪を負ったりとかしちゃうんじゃ……。
私の視線を受けて、ジョシュアさんは微笑んだ。
「心配いらないさ。あれがあるのは、犯罪者をこの国に入れないため。お嬢さん一人では、そんなことはしそうもないだろう?」
「! も、もちろんです、けど……」
「たとえリオンのことが判明したって、私ではそれは罪にならない。リオンが気に病むこともないさ」
「うふふ、そうね。もちろん、罪にはさせませんわ」
「……?」
どういうこと? 罪にはならないって?
わからない私をよそに、ジョシュアさんもアンジェさんも含み笑いをしてる。
……気にしないでおこうかな。二人とも理由を話してくれそうもなさそうだしね。
「ところで王都に着いたけれど、リオンはこれからどうするつもりなんだい?」
「え? どうするって……」
話題を切り替えるようにジョシュアさんから振られた内容に、私は目を瞬かせてしまった。
「……考えて、いませんでした」
とにかく人がいるところに行かないとって、頭がいっぱいだった。
そういえば、私、お金持ってない……。
まずは今日の宿、どうしよう。
……野宿?
さすがに、まずいかな? 野盗とかさっき言ってたし、スリだっているよね? 取られるのなにもないけど……誰かに、何かされたら。
「……っどうしよう」
「リオンちゃん? どうかしたのかしら?」
「……」
言いづらい。お金もないし、何も考えていませんなんて。
そもそも、どうやってお金稼ごう。伝手なんてないし……ハローワークみたいな求人募集してるところないのかな。
「ふむ。どうやら、困り事があるようだね」
「……」
「話してみてはくれないかい? 力になれるかもしれないよ」
「そうよ! 話して頂戴な!」
「…………実は」
ジョシュアさんとアンジェさんにうながされて、私はためらいながら切り出した。
恥を忍んで事情を話すと、ジョシュアさんはあごに手をあてて考え込んだ。
「……それなら、私達を頼るといい。勤め先の紹介など、たやすいものだ。しかし、じきに日も暮れる。今日はまず、我が家に泊まるといい」
「そうね、そうしなさいな!」
「え……でも……」
二人ともノリノリだけど、いいの?
それとも、単なるお世辞?
だけど、それにしては、アンジェさんの目が期待で輝いてるし、ジョシュアさんが真剣な顔つきだし……ええっと?
どうとっていいの?
「気にすることはない。私達にとっては、いともたやすいことだ」
困惑してる私に気づいたジョシュアさんは、微笑んでそう言ってくれた。
素直にとっても、良いのかな?
それなら……。
「それじゃあ……お願いしても、いいですか?」
「もちろんだよ」
「嬉しいわ! もっとリオンちゃんと一緒に入れるなんて! 今日はなんていい日なのかしら」
あの、アンジェさん。そんなにすっごく上機嫌になられても困ります。
それに、それは助けてもらってる私が言うべき言葉じゃないかな?
「妻も喜んでいるんだ。リオン、これからもよろしく頼むよ」
「……あの、こちら、こそ」
ジョシュアさんも、嬉しそうに笑ってるなんて。
なんだか、してもらってばっかりで、ちょっとどうしたらいいのかわからないかも。
異世界に急に行く羽目になったと思えば、二人みたいな人に会って宿泊先も職まで提供してもらえるなんて。
私って、運が良いのかな? それとも悪いの?
微妙な気分になった私と、満面の笑顔になってるジョシュアさんとアンジェさんを乗せて。馬車は二人の家へと向かっていった。
◇◇◇
「……え」
なにここ。
馬車を下りた先にあったのは、お屋敷だった。
アパート、とかじゃないよね? だって入り口の扉、一つしかない。
テレビで見たことのあるような、豪邸。そんなのが、目の前にあった。
「リオンちゃん、どうかしたのかしら?」
「アンジェさん……」
ジョシュアさんの手を借りて馬車から降りたアンジェさんに聞かれた。私は困惑したまま、今感じたありのままの気持ちを話した。
「ここって、あの。家、ですか?」
「っはは! もちろんそうだとも、私とアンジェも、ここに住んでいる。リオン、君も今日、ここに泊まるんだ」
「え、ええ……??」
ここって、ここに? 本当?
むしろこの敷地内で野宿って言われた方が、なんだか現実味があるんだけどな。
「私は馬車をかたしてきます」
「ああ、頼んだよ」
ドミニクさんは胸に手をあてて、お辞儀を一つした。そして、馬車の御者席にヒラリと乗って、手綱を操って馬車を動かした。
馬車は来た道を戻らなくて、何故か敷地の奥の方へと消えていった。
え、ええ!? もしかして、借り物の馬車じゃなくて、所有物なの?
色んなことが起こりすぎて、頭の中がショートしそう。
だけど、そんな私にとどめを刺すように、ジョシュアさんはニヤリと笑った。
「では、改めて。私はマクファーソン家当主を務めている、ジョシュア・マクファーソン。しがない商人の一人だ」
しがないって……絶対、そんなことはないですよね!?
ポカンと口を開けていると、アンジェさんが楽しそうに「ふふっ」と微笑んだ。
「まぁ、あなたったら。意地が悪いんですから。リオンちゃんが『マクファーソン商会』を知らないとわかっていたのに、ここに来るまで言わないなんて」
「おや、私だけかい?」
「もちろん、私だって同罪ですわ? だって、リオンちゃんの驚く顔、見たかったんだもの」
「私だってそうさ。いや、人の、それも可愛い人の驚く顔は、実に愉快な気分になるな」
「そうね、とっても愛らしいわ!」
きゃいきゃいと楽しそうにされていますが、あの。二人とも、確信犯だったんでしょうか?
イタズラが成功した子供みたいな反応に、どう返していいのかわかんない。
えっと、本当に、お世話になっていいのかな?
「私達は商人に過ぎないのだから、遠慮などしなくてもよいよ。子供は甘えるものだ。それに、商人は嘘はつかない。隠しはするけれど、ね」
「……」
ジョシュアさんにはお見通しみたい。
じゃあ、さっきのは嘘じゃない、のかな?
「旦那様」
「おお、ドミニク戻ったか。早いな」
「お言葉ですが、旦那様方が長居しすぎたせいかと」
ドミニクさんがさっきみたいに胸に手をあてて、軽く腰を曲げた。
……さっきと同じポーズ。お辞儀の仕方にも、決まりがあるのかな?
ドミニクさんは、私を見て眉をひそめた。
? どうかしたの?
「彼女はどうするおつもりですか?」
あ、そっか。ドミニクさんは、馬車の中での会話聞いてないもんね。
私がなんでついてきてるか、わかんないはず。
説明しようとした私より先に、ジョシュアさんが口を開いた。
「リオンは、我が家に泊まってもらう」
「それは……大丈夫、なのですか?」
大丈夫って……? ドミニクさんは反対ってこと?
でも、初対面のときみたいに食って掛かってないから、そういうわけじゃないのかな?
むしろ、何かを心配してる?
でも……何に対してなの?
ジョシュアさんはドミニクさんの心配そうな質問に、笑顔一つで黙らせた。
「大丈夫だろう。あの子だって、年頃の娘を無下にはしない」
『あの子』? それって、誰?
「そうよ、そんなことをしたら再教育するわ!」
「っふふ、そういうことだ」
「……わかりました」
三人とも、誰のことかはわかってるみたい。共通の知り合いの人なのかな?
「ここで長話もなんだ。入ろうか」
「……はい」
ジョシュアさんにうながされて、屋敷の玄関に近づく。
ドミニクさんが、玄関扉の取っ手に手をかけた。扉が、大きな音を立てて開いていく。
「!」
……すごい!
中も豪華!
天井からシャンデリアが下がってる。そこに灯ってる光が、まるで宝石みたいに輝いてるなんて!
ジョシュアさんとアンジェさんの後について入る。すると、扉を開けてくれていたドミニクさんが、最後に入って扉を閉めた音が聞こえた。
エントランスなんだよね? ここだけで、私の家の何倍くらいの広さなんだろう?
吹き抜けになってるエントランスには、正面の左右に階段がある。ゆるく円形を描いてる階段は、舞台にでも出てきそうな感じ。
その階段の上の2階の入り口には、いつの間にか人が立っていた。
「……!」
まるで、一枚の絵画から出てきたみたいな男の人。
緑色の髪と目を持ってる彼は、端正な顔立ちをしてた。
真面目で、すごく知的そう。でも、その反面、気難しそうにも見えるけど……。
高校の、風紀委員にでもいそう。あ、でも、鼻が高くて彫りが深いから、中々いないかもしれない。
それに、顔に何かかけてる?
半分しかない眼鏡……あれってたしか、モノクルっていうのだったかな?
モノクルをかけて堅苦しい空気をおびた彼は階段を下りてきて、私達の目の前に立った。
「父様、母様」
……え? 父様、母様って……もしかしてこの男の人、アンジェさんとジョシュアさんの息子さんなの?
たしかに、新緑みたいな髪はアンジェさんとおそろいだし、ジョシュアさんと同じエメラルドみたいな透き通った瞳をしてるけど。
でも、雰囲気が全然違う。
アンジェさんもジョシュアさんも春みたいに優しいのに。この人だけ、まるでさっきまで街の外で見てた雪みたい。
冷たくて、触ると一瞬で全身を凍らされてしまいそうな。
「長旅、お疲れ様でした。お怪我もないようで、何よりです」
「おお、レイモンド。今帰ったぞ。私もアンジェもこの通り元気だが、見てくれ! アンジェは隣国で特産のローズティーを飲んだせいか、ますます美人になったようでな。お前の母でなく、姉と言っても通りそうなほどだろう?」
「まぁ! なら、あなたは兄ね! 素敵ね、レイちゃんは姉と兄ができるのだから!」
「うむ、そうだな」
ま、またやってる……。アンジェさんもジョシュアさんも、仲がいいよね。
『レイモンド』って呼ばれた人、息子さんなはずなのに、そんなに堂々とイチャイチャしていられるなんて、すごいなぁ。
楽しそうな会話を嬉々として続ける二人に、彼はため息を一つこぼした。
「……脳内花畑も大概になさってください、父様、母様。あと、外見に変化は、全く、微細もありません。気のせいかフェアリーによる幻影です。それでも言い張るおつもりなら、腕の良い医師を呼びつけましょうか?」
冷たい眼差しでジョシュアさんを一目見た彼は、顔にはめてあるモノクルを片手で直した。
「ふむ。私達の息子は冗談も通じないようだ。それに、世辞も言えないなど、取引に支障が出てしまうぞ?」
「問題ありません、仕事は仕事ですから。いくらでも虚偽を吐いてみせましょう」
「……やれやれ、嘘で繕ってしまっては信用もいつか失われるというのに。どうやら、つまらない人間に成長してしまったようだ」
「本当ね。どこで育て方を間違ってしまったのかしら」
ため息をついて落胆するジョシュアさんとアンジェさんを見て、『レイモンド』と呼ばれた彼は鼻で笑って見せた。
感じ悪い……なんだか、高飛車そうな人。
「結構。つまらないからこそ、堅実な人生を歩むことができるのです。ああそうだ、ドミニク。私の両親の子守をしてくれて感謝する。相手は疲れただろう、ゆっくり休むといい」
「はっ! ありがとうございます、レイモンド様」
男の人からの労いの言葉を受けて、ドミニクさんは胸に手を当ててお辞儀をした。
「息子が冷たいな。久方ぶりに会ったというのに」
「失礼な言い方よね。全く、失礼しちゃうわ! リオンちゃんとは大違いよ! 可愛くないわ!」
「……『リオン』?」
え?
アンジェさん、あの、急に会話に引っ張り込まれても困るんですけど……。
なんだか話に混じっちゃうのもどうかなって思って、傍観者に徹してたのに。そのまま放置のほうが、私としては助かったな。
私の名前を呼んだ男の人と、目が合った。
そのとき初めて、彼は私の存在を認識したみたいで。
そして、盛大に顔をしかめられた。
「なんですか、こいつ」
……とりあえず、その、睨まないでください。イケメンだから余計に怖いんです、とっても。
あれって……?
「ああ、リオンは中に入ってなさい。ドミニク、対応を頼むよ」
「はい。お任せください」
ジョシュアさんの言葉に従って、素直に席に座りなおした。
?? 対応って……?
やがて、馬車がゆっくりと速度を落として、停車した。
「お疲れ様です」
「ああ。証は?」
「こちらに」
「たしかに。お前は……マクファーソン家の使いの者か」
「はい。中にはマクファーソン当主と奥方様、それに奥方様付きの者がいます」
「怪しいところはないようだな、通ってよし。雪が積もった林を抜けてきたというのに、引き留めて申し訳なかった」
「いいえ、仕事上致し方ないことでしょう。では、失礼いたします」
「感謝する」
ドミニクさんと男の人の会話が終わって、また馬車が動き出した。
今のって、もしかして検問?
「すまないね。リオンは少々変わった身なりをしている手前、姿を見せない方が穏便にことが済む」
「……ありがとう、ございます。でも、良かったんでしょうか」
これ、バレたときって、ジョシュアさんが罪を負ったりとかしちゃうんじゃ……。
私の視線を受けて、ジョシュアさんは微笑んだ。
「心配いらないさ。あれがあるのは、犯罪者をこの国に入れないため。お嬢さん一人では、そんなことはしそうもないだろう?」
「! も、もちろんです、けど……」
「たとえリオンのことが判明したって、私ではそれは罪にならない。リオンが気に病むこともないさ」
「うふふ、そうね。もちろん、罪にはさせませんわ」
「……?」
どういうこと? 罪にはならないって?
わからない私をよそに、ジョシュアさんもアンジェさんも含み笑いをしてる。
……気にしないでおこうかな。二人とも理由を話してくれそうもなさそうだしね。
「ところで王都に着いたけれど、リオンはこれからどうするつもりなんだい?」
「え? どうするって……」
話題を切り替えるようにジョシュアさんから振られた内容に、私は目を瞬かせてしまった。
「……考えて、いませんでした」
とにかく人がいるところに行かないとって、頭がいっぱいだった。
そういえば、私、お金持ってない……。
まずは今日の宿、どうしよう。
……野宿?
さすがに、まずいかな? 野盗とかさっき言ってたし、スリだっているよね? 取られるのなにもないけど……誰かに、何かされたら。
「……っどうしよう」
「リオンちゃん? どうかしたのかしら?」
「……」
言いづらい。お金もないし、何も考えていませんなんて。
そもそも、どうやってお金稼ごう。伝手なんてないし……ハローワークみたいな求人募集してるところないのかな。
「ふむ。どうやら、困り事があるようだね」
「……」
「話してみてはくれないかい? 力になれるかもしれないよ」
「そうよ! 話して頂戴な!」
「…………実は」
ジョシュアさんとアンジェさんにうながされて、私はためらいながら切り出した。
恥を忍んで事情を話すと、ジョシュアさんはあごに手をあてて考え込んだ。
「……それなら、私達を頼るといい。勤め先の紹介など、たやすいものだ。しかし、じきに日も暮れる。今日はまず、我が家に泊まるといい」
「そうね、そうしなさいな!」
「え……でも……」
二人ともノリノリだけど、いいの?
それとも、単なるお世辞?
だけど、それにしては、アンジェさんの目が期待で輝いてるし、ジョシュアさんが真剣な顔つきだし……ええっと?
どうとっていいの?
「気にすることはない。私達にとっては、いともたやすいことだ」
困惑してる私に気づいたジョシュアさんは、微笑んでそう言ってくれた。
素直にとっても、良いのかな?
それなら……。
「それじゃあ……お願いしても、いいですか?」
「もちろんだよ」
「嬉しいわ! もっとリオンちゃんと一緒に入れるなんて! 今日はなんていい日なのかしら」
あの、アンジェさん。そんなにすっごく上機嫌になられても困ります。
それに、それは助けてもらってる私が言うべき言葉じゃないかな?
「妻も喜んでいるんだ。リオン、これからもよろしく頼むよ」
「……あの、こちら、こそ」
ジョシュアさんも、嬉しそうに笑ってるなんて。
なんだか、してもらってばっかりで、ちょっとどうしたらいいのかわからないかも。
異世界に急に行く羽目になったと思えば、二人みたいな人に会って宿泊先も職まで提供してもらえるなんて。
私って、運が良いのかな? それとも悪いの?
微妙な気分になった私と、満面の笑顔になってるジョシュアさんとアンジェさんを乗せて。馬車は二人の家へと向かっていった。
◇◇◇
「……え」
なにここ。
馬車を下りた先にあったのは、お屋敷だった。
アパート、とかじゃないよね? だって入り口の扉、一つしかない。
テレビで見たことのあるような、豪邸。そんなのが、目の前にあった。
「リオンちゃん、どうかしたのかしら?」
「アンジェさん……」
ジョシュアさんの手を借りて馬車から降りたアンジェさんに聞かれた。私は困惑したまま、今感じたありのままの気持ちを話した。
「ここって、あの。家、ですか?」
「っはは! もちろんそうだとも、私とアンジェも、ここに住んでいる。リオン、君も今日、ここに泊まるんだ」
「え、ええ……??」
ここって、ここに? 本当?
むしろこの敷地内で野宿って言われた方が、なんだか現実味があるんだけどな。
「私は馬車をかたしてきます」
「ああ、頼んだよ」
ドミニクさんは胸に手をあてて、お辞儀を一つした。そして、馬車の御者席にヒラリと乗って、手綱を操って馬車を動かした。
馬車は来た道を戻らなくて、何故か敷地の奥の方へと消えていった。
え、ええ!? もしかして、借り物の馬車じゃなくて、所有物なの?
色んなことが起こりすぎて、頭の中がショートしそう。
だけど、そんな私にとどめを刺すように、ジョシュアさんはニヤリと笑った。
「では、改めて。私はマクファーソン家当主を務めている、ジョシュア・マクファーソン。しがない商人の一人だ」
しがないって……絶対、そんなことはないですよね!?
ポカンと口を開けていると、アンジェさんが楽しそうに「ふふっ」と微笑んだ。
「まぁ、あなたったら。意地が悪いんですから。リオンちゃんが『マクファーソン商会』を知らないとわかっていたのに、ここに来るまで言わないなんて」
「おや、私だけかい?」
「もちろん、私だって同罪ですわ? だって、リオンちゃんの驚く顔、見たかったんだもの」
「私だってそうさ。いや、人の、それも可愛い人の驚く顔は、実に愉快な気分になるな」
「そうね、とっても愛らしいわ!」
きゃいきゃいと楽しそうにされていますが、あの。二人とも、確信犯だったんでしょうか?
イタズラが成功した子供みたいな反応に、どう返していいのかわかんない。
えっと、本当に、お世話になっていいのかな?
「私達は商人に過ぎないのだから、遠慮などしなくてもよいよ。子供は甘えるものだ。それに、商人は嘘はつかない。隠しはするけれど、ね」
「……」
ジョシュアさんにはお見通しみたい。
じゃあ、さっきのは嘘じゃない、のかな?
「旦那様」
「おお、ドミニク戻ったか。早いな」
「お言葉ですが、旦那様方が長居しすぎたせいかと」
ドミニクさんがさっきみたいに胸に手をあてて、軽く腰を曲げた。
……さっきと同じポーズ。お辞儀の仕方にも、決まりがあるのかな?
ドミニクさんは、私を見て眉をひそめた。
? どうかしたの?
「彼女はどうするおつもりですか?」
あ、そっか。ドミニクさんは、馬車の中での会話聞いてないもんね。
私がなんでついてきてるか、わかんないはず。
説明しようとした私より先に、ジョシュアさんが口を開いた。
「リオンは、我が家に泊まってもらう」
「それは……大丈夫、なのですか?」
大丈夫って……? ドミニクさんは反対ってこと?
でも、初対面のときみたいに食って掛かってないから、そういうわけじゃないのかな?
むしろ、何かを心配してる?
でも……何に対してなの?
ジョシュアさんはドミニクさんの心配そうな質問に、笑顔一つで黙らせた。
「大丈夫だろう。あの子だって、年頃の娘を無下にはしない」
『あの子』? それって、誰?
「そうよ、そんなことをしたら再教育するわ!」
「っふふ、そういうことだ」
「……わかりました」
三人とも、誰のことかはわかってるみたい。共通の知り合いの人なのかな?
「ここで長話もなんだ。入ろうか」
「……はい」
ジョシュアさんにうながされて、屋敷の玄関に近づく。
ドミニクさんが、玄関扉の取っ手に手をかけた。扉が、大きな音を立てて開いていく。
「!」
……すごい!
中も豪華!
天井からシャンデリアが下がってる。そこに灯ってる光が、まるで宝石みたいに輝いてるなんて!
ジョシュアさんとアンジェさんの後について入る。すると、扉を開けてくれていたドミニクさんが、最後に入って扉を閉めた音が聞こえた。
エントランスなんだよね? ここだけで、私の家の何倍くらいの広さなんだろう?
吹き抜けになってるエントランスには、正面の左右に階段がある。ゆるく円形を描いてる階段は、舞台にでも出てきそうな感じ。
その階段の上の2階の入り口には、いつの間にか人が立っていた。
「……!」
まるで、一枚の絵画から出てきたみたいな男の人。
緑色の髪と目を持ってる彼は、端正な顔立ちをしてた。
真面目で、すごく知的そう。でも、その反面、気難しそうにも見えるけど……。
高校の、風紀委員にでもいそう。あ、でも、鼻が高くて彫りが深いから、中々いないかもしれない。
それに、顔に何かかけてる?
半分しかない眼鏡……あれってたしか、モノクルっていうのだったかな?
モノクルをかけて堅苦しい空気をおびた彼は階段を下りてきて、私達の目の前に立った。
「父様、母様」
……え? 父様、母様って……もしかしてこの男の人、アンジェさんとジョシュアさんの息子さんなの?
たしかに、新緑みたいな髪はアンジェさんとおそろいだし、ジョシュアさんと同じエメラルドみたいな透き通った瞳をしてるけど。
でも、雰囲気が全然違う。
アンジェさんもジョシュアさんも春みたいに優しいのに。この人だけ、まるでさっきまで街の外で見てた雪みたい。
冷たくて、触ると一瞬で全身を凍らされてしまいそうな。
「長旅、お疲れ様でした。お怪我もないようで、何よりです」
「おお、レイモンド。今帰ったぞ。私もアンジェもこの通り元気だが、見てくれ! アンジェは隣国で特産のローズティーを飲んだせいか、ますます美人になったようでな。お前の母でなく、姉と言っても通りそうなほどだろう?」
「まぁ! なら、あなたは兄ね! 素敵ね、レイちゃんは姉と兄ができるのだから!」
「うむ、そうだな」
ま、またやってる……。アンジェさんもジョシュアさんも、仲がいいよね。
『レイモンド』って呼ばれた人、息子さんなはずなのに、そんなに堂々とイチャイチャしていられるなんて、すごいなぁ。
楽しそうな会話を嬉々として続ける二人に、彼はため息を一つこぼした。
「……脳内花畑も大概になさってください、父様、母様。あと、外見に変化は、全く、微細もありません。気のせいかフェアリーによる幻影です。それでも言い張るおつもりなら、腕の良い医師を呼びつけましょうか?」
冷たい眼差しでジョシュアさんを一目見た彼は、顔にはめてあるモノクルを片手で直した。
「ふむ。私達の息子は冗談も通じないようだ。それに、世辞も言えないなど、取引に支障が出てしまうぞ?」
「問題ありません、仕事は仕事ですから。いくらでも虚偽を吐いてみせましょう」
「……やれやれ、嘘で繕ってしまっては信用もいつか失われるというのに。どうやら、つまらない人間に成長してしまったようだ」
「本当ね。どこで育て方を間違ってしまったのかしら」
ため息をついて落胆するジョシュアさんとアンジェさんを見て、『レイモンド』と呼ばれた彼は鼻で笑って見せた。
感じ悪い……なんだか、高飛車そうな人。
「結構。つまらないからこそ、堅実な人生を歩むことができるのです。ああそうだ、ドミニク。私の両親の子守をしてくれて感謝する。相手は疲れただろう、ゆっくり休むといい」
「はっ! ありがとうございます、レイモンド様」
男の人からの労いの言葉を受けて、ドミニクさんは胸に手を当ててお辞儀をした。
「息子が冷たいな。久方ぶりに会ったというのに」
「失礼な言い方よね。全く、失礼しちゃうわ! リオンちゃんとは大違いよ! 可愛くないわ!」
「……『リオン』?」
え?
アンジェさん、あの、急に会話に引っ張り込まれても困るんですけど……。
なんだか話に混じっちゃうのもどうかなって思って、傍観者に徹してたのに。そのまま放置のほうが、私としては助かったな。
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