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南方財閥

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日本を代表する大手商社を経営する南方財閥の邸で、ある家族が夕食をとっていた。
「桐人、よくやったな。中間テストの結果が学園一位か。さすがは私の甥だ」
恰幅のいい紳士、南方正人が、長身の美少年をほめる。桐人と呼ばれた彼は、はにかんだように微笑んだ。
「父と母が死んだあと、引き取っていただいた伯父さんの恩を返すためにも、頑張らないといけませんから」
「桐人君。そんなこと気にしなくてもいいよ。私たちは家族同然なんだから」
今時のギャル風の恰好をした派手目の美少女が、桐人を慰める。
「真理亜のいうとおりだ。君は私の息子も同然だ。いやら将来は本当の息子になるかもしれないがな」
正人はそういって、桐人と真理亜を見比べる。
「やだ、パパったら。そんなことまだ早いよ」
「はっはっは。そうだな。少し先走り過ぎてしまったな」
正人は豪快に笑い、真理亜は頬を染める。そして桐人は二人に見えないように、にやりと頬をゆがめていた。
(ふふふ。ちょろいものだ。これで俺は南方家の跡取りになったもどうぜんだ。あとの邪魔ものは……)
桐人は視線を動かして、テーブルの隅に座っている少年をみる。彼はメイドから給仕を受けていた。
そのメイドは薄く笑うと、熱いスープを乱暴に少年の前におく。しぶきが跳ね上がり、少年の顔にかかった。
「あちっ!」
「あらあら、どうなされたんですか?食事の席で叫び声をあげるなんて、お行儀が悪いですよ」
そのメイドはにやにや笑いながら、汚れた雑巾で乱暴に顔をふく。臭いにおいがして、思わず少年の口から嗚咽が漏れた。
「おえっ」
「まったく、まともに食事の作法すらできないのか。我が息子ながら情けない」
正人はそういうと、その少年のテスト結果が書かれた紙をみて眉を顰める。
「勇人、なんだこの点数は!学園の平均にも達しておらんではないか!それでもわが南方家の血を引くものか!」
怒鳴られた少年は、気弱そうにうつむきながら言い訳した。
「し、仕方ないじゃないか。僕だって努力しているんだ」
「努力してこの程度なのか!ああ、やっぱり母親の血のせいか。あのとき、政略結婚など受け入れなければ、こんなポンコツが生まれることもなかったのに」
正人は自分の血を引く実の息子を、そういって罵った。
その様子をみて、真理亜と桐人も便乗する。
「こんなのが兄だなんてね。桐人さんとは大違いだわ」
「仕方ないよ。僕は昔から恵まれない環境で努力せざるをえなかったからね。大財閥の御曹子として育てられた勇人君は、勉強なんかしなくても学園に入れただろうし」
桐人はニヤニヤ笑いながら、勇人をあてこすってきた。
そのバカにした口調に、勇人は思わず禁句を口にしてしまう。
「そ、そうだ。僕は御曹司で南方家の跡継ぎだ。勉強なんかできなくったって、将来は安泰なんだぞ」
その言い草に、桐人や真理亜だけではなく、執事やメイドたちまで勇人をさげずんだ目で見つめた。
「聞いた?まさにバカお坊っちゃんよね」
「今時、家柄だけで世の中渡っていけるはずはないのに」
「勇人坊ちゃんが家を継いだら、南方財閥は終わりだな」
そんな声が聞えてきて、勇人は悔しさのあまり唇をかむ。
そんな彼を見て、正人はますます不機嫌になった。
「誰がお前を跡継ぎだと決めたのだ」
そう怒鳴りつけたとき、大広間のドアが開く。
「ワシだ」
威厳のある声が響いて、車椅子の老人が広間に入ってくる。彼を見て、ほかの一同は一様に顔を引きつらせた。
「お、お父さん。体の具合はいいのですか?」
おもねるような正人の言葉を無視して、その老人ー南方財閥総帥の南方源人は席に着き、勇人にやさしい声をかけた。
「勇人、気にすることはないぞ。お前はまぎれもなく南方家の跡取りだ。ワシの目が黒いうちは、こやつらに好き勝手にはさせんからな」
「は、はい」
勇人はほっとした表情になる。それをほほえましげに見つめた後、源人は正人に厳しい声をかけた。
「正人、話がある。ワシの執務室にこい」
「は、はい」
正人はさっきまでの傲慢な様子と打って変わり、おとなしくついていく。
(あのジジイ、なんで俺にもっと好意を持たないんだ?家の権威に凝り固まったくそジジイめ。俺が南方家を完全に乗っ取るには邪魔だな)
二人の後姿を見送った桐人は、心の中でひそかにそう考えていた。

執務室
部屋に入った正人は、さっそく源人にくってかかった。
「お父さん。なぜ勇人などを跡継ぎに?無能なあやつには財閥の総帥などつとまりませぬ」
「無能だと?」
源人はギロリと睨み返す。
「なら聞くが、貴様は自分の実力で南方財閥の後継者になったとでもいいたいのか?」
「い、いや、そこまでは言いませんが……」
正人は口ごもりながらも、なおも反論する。
「ですが、今は令和です。ただ生まれがいいだけの苦労知らずよりも、幼いころから庶民の生活で苦労して努力しつづけてきた有能な桐人を跡継ぎにすべきです」
「やれやれ、お前は本当に代々続く名家というものを理解しておらぬな。我ら南方家は神話の時代からの高貴な血を引く由緒正しい家柄なのだ。そのような下剋上を許しておけば、長年苦労して築き上げた秩序が崩壊することが、なぜわからぬのだ!」
源人は強い口調で、正人を叱った。
「かつて江戸幕府を拓いた家康公は、秩序を保つために、二人の孫のうち能力があって利発な国松を排除し、無能と言われながらも堅実であった長男の竹千代、のちの家光公を厚遇した。そのおかげで幕府の秩序は保たれ、徳川家の天下は永く続いたのだ。つまり」
ここで言葉を切って、正人をにらみつける。
「名家の後継者に必要なのは、家柄や血筋などが保証する正当性だ。能力などではない。能力など、使用人を取り立てれば済む話だ。だから長男である貴様が跡継ぎになれたのだ。当然、それは勇人にも受け継がれるべきなのだ」
きっぱりと言い放つ源人の言葉に、正人は不満そうな顔になりながら言い返せない。
(こんな古い考えをもつ父では、南方財閥の未来はない。なんとかして、桐人を後継者として認めてもらわないと)
そう思った正人は。源人の機嫌を取ろうとした。
「まあまあ落ち着いて。そうだ。最高級の紅茶が手に入ったんですよ。いかかですか?」
「うむ。いただこう」
紅茶好きな源人は、頬をほころばしてうなずく。
「直子さん。お父さんに最高級の紅茶をお出しして」
「かしこまりました」
直子と呼ばれたメイドは含み笑いをすると、退出していく。
しばらくして、直子が紅茶をいれて持ってきた。
「さあ、お父さん。どうぞ」
「うむ」
源人は紅茶を一口飲むと、桐人に向き直る。
「いいか。桐人にもよく言い聞かせておけ。孫とはいえ、あ奴は男と駆け落ちして勘当された詩織の息子だ。すでに南方家を継ぐ資格は失われておる。今後は家臣として、誠心誠意正当な後継者である勇人に尽くして、財閥に貢献すべきなのだとな……ぐっ」
言い終えると同時に、厳人は崩れ落ち、意識を失った。
「お、お父さん。しっかりしてください!救急車を!」
「かしこまりました」
直子は退出しながら、含み笑いを押し殺す。
(ふふ。うまくいったわね。これで私の愛人としての地位も安泰ね)
直子はニヤリと笑うと、メイドたちに命じて意識を失った源人を病院に運ばせるのだった。
その後、正人は南方財閥の総帥代理となり、正式に後継者として甥の桐人を指名する。
そのせいで、勇人はますます使用人たちから冷たく扱われるようになるのだった。

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