異世界帰りの勇者は現代社会に戦いを挑む

大沢 雅紀

文字の大きさ
30 / 69

千儀鞍馬

しおりを挟む
「まずは偵察だな。戦争を仕掛けるには相手の情報を分析しなければならない。千儀鞍馬三尉を呼べ」

土屋は異世界管理局所属のある隊員を呼び出すのだった。

「お呼びでしょうか」

やってきたのは、眼鏡をかけた貧相な容姿の太郎と同年代の男だった。

「千儀三尉、そういえばお前はテロリスト山田太郎の同級生だったな。奴の事を知っているだろう」

「はい」

無表情だった千儀の顔が、ピクリと反応した。

「奴は異世界帰りの異能で、好き放題暴れまわっている。だから我々に命令が下った。奴を始末しろと。お前の能力で奴の本拠地である島に入り込んで、情報を集めてこい」

「……任務、確かに承りました」

千儀の顔に、暗い笑みが浮かぶ。

(太郎の奴め……異世界帰りがお前だけだと思うなよ。ここにも異世界の能力を持ち帰った者はいるんだぜ)

そう思いながら、千儀はヘリコプターに乗ってシャングリラ島に赴くのだった。

護衛の茨木曹長と共にシャングリラ島を囲む艦艇に降り立った千儀は、隊員たちに命令を下す。

「ボートを出せ。ふがいないお前たちに代わって、俺が直接島に乗り込んでやる」

命令された幹部たちは、いきなりやってきた貧相な男の横柄な態度に腹を立てた。

「なんだ貴様は。階級をみればたかだか三尉ではないか。おまけにどこ所属とも知れぬ者に、我々が命令される筋合いは……え?」

怒鳴りつけようとした幹部たちは、隣にいたたくましい男が示した命令書に言葉を失う。それは防衛庁長官直筆のもので、すべての権限を千儀三尉に委任するというものだった。

「わかったか。お前たちは今から全員俺の部下だ。わかったらさっさと働け」

「……ご命令に従います」

慌てて屈強な隊員が集められ、シャングリラ島まで千儀を連れていく。島の近くまで来たところで、不可視の力で張り巡らされたバリアーに阻まれた。

「ここから先は、テロリストが張った斥力バリアーのせいで、押し返されてしまいます」

「……わかっている」

千儀は立ち上がると、何やら口の中で呪文を唱える。するとみるみる体が平べったくなっていき、一枚の黒い影のようになっていった。

「奴が張った「斥力バリア―」は光を通す。ならば光がもたらす影も通り抜けられるだろう」

そういうと、黒い蛇のように海面を這っていく。太郎が張った斥力バリアーをなんなくすり抜けた。

「あ、あいつも化け物だ……人間じゃない」

ボートに乗っていた隊員たちは、千儀に対しても恐れと嫌悪の視線を向ける。

その傍らで、千儀を護衛していたたくましい男、茨木曹長は携帯で誰かに連絡していた。

「はい……それで、ただいまの時刻をもって潜入は行われました」

千儀の情報は、彼に従う鬼族から逐一太郎に伝えられるのだった。



平べったい黒い影となった千儀は、海面を進んでいく。やがて、きれいな砂に覆われたビーチが見えてきた。

(ちょうどいい。あそこから上陸しよう)

そう思って近づくと、複数の男女の嬌声が聞こえてきた。

(なんだこの楽しそうな声は)

いぶかしげに思いながら顔をあげると、虎柄ビキニの少女たちと虎柄パンツのたくましい男たちが砂浜で遊んでいる。彼らの頭には角が生えていた。

(うげ……陽キャたちかよ。俺がこんな苦労しているのに、のんきに遊びやがって)

心の中で怒りを感じながら、彼らを避けるように上陸して岩陰に隠れる。実は千儀は「黒髪、眼鏡、覇気のない表情、子どものような体型に暗い顔」といった、いわゆる「チー牛」という陰キャ属性を持つ者で、こういった明るい雰囲気は苦手だった。

腹立たしい想いを抱きながら観察していると、その中に一人だけ服を着た角がない男が混じっているのに気づく。彼はスマホで誰かと話していた。

「わかった。情報ありがとう。気を付ける」

スマホを切った後、男はため息をついた。

「俺ももっと人手が欲しいな。さすがに俺たちだけで日本を征服するなんて手間だ。鬼族のように俺に従うだけの奴隷じゃなく、俺と同じ思想を持って、自ら戦える仲間になれるような者たちが。だけど、俺の孤独、鬱屈を理解できるような人材が、今の日本にいるだろうか」

すでに太郎では勇者として異世界で何万という魔物や魔族を殺していた。なんの戦いもせずに平凡に生きている日本人とは、意識に隔たりがありすぎて、仲間になることは難しい。

「どこかに、俺と同じで現代社会では受け入れられないような奴がいればいいんだけど」

難しい顔をしてぶつぶつつぶやいている男の目が、いきなり後ろからふさがれた。

「だーれだっちゃ」

「……ん?えっと、ラムネか?」

「ざーんねん。美香でーす」

その男の目をふさいでいるのは、水色のワンピースを着ている長い髪の美女だった。

「ほらほら。太郎さんも脱いで。一緒に遊びましょうよ」

「お、俺は視察の途中で……ば、ばか。やめろ」

虎柄ビキニの女たちが寄って来て、その男の服をはぎ取る。あっという間に裸に剥かれて、パンツ一丁で担ぎ上げられてしまった。

「それーっ」

「わっ」

あっという間に、男は海に投げ入れられてしまう。

「あはははっ」

「俺は王様なんだか……まったく、マナの実を食べているせいで、力だけは強くなりやがって。仕方ないな」

その男は苦笑すると、仲間に入っていく。しばらく水遊びを楽しんだ後、浜辺で行われたバーベキューに参加した。

「太郎さん。あーん」

「お、おい」

顔を真っ赤にして照れる男に、美女は笑顔を向ける。

「ふふっ。可愛い反応。私は側妃なんだから、遠慮なんてしてたらめっ!ですよ」

「……いつ側妃になったんだ?」

首をかしげながらも、差し出された刺身を食べる男だった。それを見ていた千儀は、猛烈に嫉妬した。

(くそっ。太郎の奴、あんな清楚な美女といちゃいちゃしやがって)

歯ぎしりしながら見ていると、今度は虎柄ビキニの少女たちが寄ってきた。

「美香さんだけ、ずるい!あたいも!」

「これ、うちが釣ったの。食べて!」

「おいどんもですたい!」

自分を慕う鬼たちに取り囲まれ、モテモテの太郎だった。



「それじゃ、俺は他の視察があるからもう行くぞ。釣った魚はちゃんと冷凍倉庫にいれておけよ」

「はーい」

美香と鬼たちは手を振って太郎を見送る。岩の側を通った時、何かが動き、太郎の影に入り込んだ。

「ん?何か動いたかな?」

太郎は首を何かを感じたのか、あたりを見渡すが何もいない。

「気のせいだったか」

一つ首をかしげ、太郎はそのまま歩いていく。その影の中で、千儀はほくそ笑んでいた

「空間魔法『影潜み』」

太郎の影と自らを同化させた千儀は、労せずそのあとをつけていく。

彼が向かったのは、緑がかった半透明の変な樹が生えている果樹園だった。

「文乃。マナの実の成熟状況はどうだ?」

「バッチリだよ。食べて見て!」

ボーイッシュな美少女がやってきて、親し気に果実を差し出す。それをかじった太郎は、笑顔を浮かべた。

「美味いな。よく面倒をみているな。偉いぞ」

「でしょう。みんなで頑張ったんだよ」

褒められた文乃は照れ笑いを浮かべる。一緒に作業していた鬼たちも、うれしそうな顔になった。

「最近じゃ、鬼我原からの注文も増えてきて、収穫の手がたりないんだよ。タローにぃも手伝って!」

「お、おい」

文乃にひっぱりこまれて、太郎も収穫の手伝いをする。マナの実は大量に実り、瞬く間に大きな駕籠いっぱいになった。

他にも、半透明の樹にはいろいろな果実や野菜が成っている。

(な、なんだここは……イチゴや小麦、キャベツまで樹に成っている。こんな植物があるんじゃ、いくら島を封鎖して兵糧攻めにしても無意味だぞ)

太郎の影に潜んで偵察していた千儀は、見たこともなんい果樹園を見て戦慄するのだった。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

チートスキルより女神様に告白したら、僕のステータスは最弱Fランクだけど、女神様の無限の祝福で最強になりました

Gaku
ファンタジー
平凡なフリーター、佐藤悠樹。その人生は、ソシャゲのガチャに夢中になった末の、あまりにも情けない感電死で幕を閉じた。……はずだった! 死後の世界で彼を待っていたのは、絶世の美女、女神ソフィア。「どんなチート能力でも与えましょう」という甘い誘惑に、彼が願ったのは、たった一つ。「貴方と一緒に、旅がしたい!」。これは、最強の能力の代わりに、女神様本人をパートナーに選んだ男の、前代未聞の異世界冒険譚である! 主人公ユウキに、剣や魔法の才能はない。ステータスは、どこをどう見ても一般人以下。だが、彼には、誰にも負けない最強の力があった。それは、女神ソフィアが側にいるだけで、あらゆる奇跡が彼の味方をする『女神の祝福』という名の究極チート! 彼の原動力はただ一つ、ソフィアへの一途すぎる愛。そんな彼の真っ直ぐな想いに、最初は呆れ、戸惑っていたソフィアも、次第に心を動かされていく。完璧で、常に品行方正だった女神が、初めて見せるヤキモチ、戸惑い、そして恋する乙女の顔。二人の甘く、もどかしい関係性の変化から、目が離せない! 旅の仲間になるのは、いずれも大陸屈指の実力者、そして、揃いも揃って絶世の美女たち。しかし、彼女たちは全員、致命的な欠点を抱えていた! 方向音痴すぎて地図が読めない女剣士、肝心なところで必ず魔法が暴発する天才魔導士、女神への信仰が熱心すぎて根本的にズレているクルセイダー、優しすぎてアンデッドをパワーアップさせてしまう神官僧侶……。凄腕なのに、全員がどこかポンコツ! 彼女たちが集まれば、簡単なスライム退治も、国を揺るがす大騒動へと発展する。息つく暇もないドタバタ劇が、あなたを爆笑の渦に巻き込む! 基本は腹を抱えて笑えるコメディだが、物語は時に、世界の運命を賭けた、手に汗握るシリアスな戦いへと突入する。絶体絶命の状況の中、試されるのは仲間たちとの絆。そして、主人公が示すのは、愛する人を、仲間を守りたいという想いこそが、どんなチート能力にも勝る「最強の力」であるという、熱い魂の輝きだ。笑いと涙、その緩急が、物語をさらに深く、感動的に彩っていく。 王道の異世界転生、ハーレム、そして最高のドタバタコメディが、ここにある。最強の力は、一途な愛! 個性豊かすぎる仲間たちと共に、あなたも、最高に賑やかで、心温まる異世界を旅してみませんか? 笑って、泣けて、最後には必ず幸せな気持ちになれることを、お約束します。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

処理中です...