異世界帰りの勇者は現代社会に戦いを挑む

大沢 雅紀

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同時多発テロ

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警視庁
その地下奥深く、最重要犯罪者収納施設に、太郎の身柄は移されていた。
「うう……」
護送されている間に警官による暴行を受けたのか、体中傷だらけで息も絶え絶えである。
冷たい独房の床に転がってうめいていると、牢の前に誰かが立った。
「いいざまだな。テロリスト山田太郎」
憎々し気に呼びかけるのは、日本国総理、岸本首相である。以前太郎に傷つけられたこともある彼は、復讐の憎悪にまみれた視線で太郎を睨みつけていた。
「……なぜ俺を殺さない……」
そう問いかける太郎に対して、嘲笑交じりに答える。
「殺してやるさ。国民の目の前で公開裁判にして、国家反逆罪を適応してやる。そのあとはテレビで拷問処刑の様子を流して……」
完全に正気を失った顔で、ぺらぺらと妄想を語る。どうやら首相には、民主主義国としての手順も法律も守るつもりはないようだった。
その様子を見て、太郎は苦笑する。
「権力者の醜い本性を現したな。普段は法やモラルを守れと国民に強要しているくせに、自分はそれを守る気はないのか」
「だまれ!国家に反逆した犯罪者を守る法などない。貴様を拷問してなぶり殺しにすることは、国民の合意も得られるだろう」
血走った目で、わめきちらす。
「いいぞいいぞ。それでこそ俺が壊したかった薄汚い日本社会の代表にふさわしい。あっはっはっは」
殺されると脅されても、なおも煽り続ける太郎だった。
二人の異様な様子をみて、反対側の牢に入れられていた者たちが恐怖に震える。
「ふん。いつまでその強がりが続くかな。貴様の目の前で、同級生たちを拷問にかけて殺してやる。それを見て、恐怖に震えるがいい」
なぜか太郎と一緒に捕らえられ、牢に入れられている同級生たちを指し示す。それを聞いて、同級生たちは叫び声をあげた。
「そんな!ひどい」
「なんで私たちまで!」
泣き叫ぶ同級生たちを、首相は怒鳴りつけた。
「黙れ!元はと言えばお前たちがつまらんことをしたからだ!国民たちもテロリストと同様にお前たちを憎んでいるだろう。どいつもこいつも殺してやる!」
いらただしげに鉄格子を蹴りつけると、首相は去っていく。後に残された同級生たちから、すすり泣きが沸き起こった。
「どうやら、俺の復讐だけは達成されるみたいだな。日本政府の手によって。哀れなものだ。俺の道連れにされるとは」
太朗の皮肉げな声にも、もはや反応する気力も起きない。
「どうしてこんなことになったんだ……」
「今の状況にぴったりの言葉があるな。『人を呪わば穴二つ』だ」
それを聞いて、同級生たちの間に沈黙が降りる。
「お前たちが俺をいじめ、偽結婚式を行ったせいで、俺の復讐を招いた。俺はお前たちに復讐したせいで、日本政府の怒りを買って、むなしく死んでいく。結局、全員仲良く地獄行きになったわけだ。ははは」
太朗の笑い声が、虚しく牢内に響き渡る。
「そんな……いじめなんかするんじゃなかった」
「あんなことをしなかったら……幸せに暮らせていたのに。昔の私はなぜ虐めなんかしてたの!」
今更ながらにいじめをしたことを心の底から後悔し、過去の自分に対して呪いの声をあげるが、もう遅い。
「復讐の末路は全員の破滅だ。だからといって俺は後悔はしていない。できれば夏美も地獄への道連れにしたかったが……まあ、奴もどうせろくな末路にはならないだろう。神や日本に都合のいいように使われる駒である以上、いつかきっと捨てられる日がくる」
どこかさばさばした顔で、太郎はつぶやく。夏美への復讐が果たされなかったのに、あまり悔しさを感じていなかった。
「むしろ悔いが残るとすれば……シャングリラ王国の建国が途中で終わってしまったことだな」
太朗の脳裏に、島ですごした日々が思い浮かぶ。美香に出会えた。文乃に再会した。ルイーゼが異世界から来てくれた。
日の当たる場所に出てこられたと喜ぶ鬼族や亜人族たちの顔、自分の誘いに応じて建国に協力してくれると誓った千儀たちの顔が思いだされる。
「なんだ……俺は、もうとっくに復讐なんてどうでもよくなっていたんだな。それなのに夏美にこだわってワナに一人で飛び込んで……俺は『25人目の愚か者』だ」
暗い地下牢の中で、太郎は自分に向けての嘲笑をあげるのだった。

地下牢から出た岸本首相は、側近の秘書たちから報告を受ける。
「た、大変です。裏切った異世界管理局の連中が、各地で暴れています!」
「なんだと!」
岸本首相は秘書から差し出されたタブレットをひったくる。そこに映っていたのは、銀色の騎士の鎧を身にまとった元士官たちだった。
「はははは、我々は異世界帰りの戦士「異還士(リターナー)」たちだ。我々は要求する。我らが偉大なリーダー、山田太郎様を解放しろ」
大声でそう叫びながら、新宿駅をのし歩く。
「バカなことはやめろ。すでに太郎は捕らえられているんだぞ。お前に何ができる」
駅員たちがそう説得しても、異還士たちの暴走は止まらなかった。
「だからこそ、俺は新宿駅を占拠したんだ。俺の力を見せてやろう」
異還士が手を振ると、上空に巨大な火の玉が発生する。
「『フレイムバースト』」
腕が振り下ろされると、火の玉が線路めがけて落下し、大爆発を起こした。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
目の前で魔法を使われ、駅の利用客たちから悲鳴があがる。線路は爆発により折れ曲がり、二度と使用できなくなった。
「に、逃げろ!」
利用客たちは我さきへと逃げまどい、出口に殺到する。一日に二百万人以上も利用する日本最大の駅で起こったテロ事件に、構内は手の付けられない大混乱に陥った。
「くっ……逮捕する」
逃げまどう利用客をかき分けて、やっとテロリストの所にたどり着いた警官が銃を構えるも、周りにいる人間が邪魔になって発砲できない。
「ほらほら、『フレイムパレット』」
躊躇している間に、異還士に炎でできた弾丸を放たれて、倒されていった。
「くっ……仕方がない。撃て!」
仲間が倒された警官たちは、異還士めがけて発砲する。
しかし、キンっという音とともに跳ね返された。
「ま、まさか、テロリスト太郎が張るという『斥力バリアー』か?」
「ちがうね。ただ魔力を身体の表面にまとわせて、「外皮」を作っただけだ。太朗さまのバリアーの半分程度の強度しかない。それでも」
異還士はにやりと笑う。
「俺も異世界帰りの超人の一人だ。銃弾程度なら跳ね返せるのさ」
そういうと、新宿駅を好き放題蹂躙していった。
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