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不死の暴走

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聖戦士レイルと彼女を護衛する騎士の一団は、マッスル村に到着した。
「さて、これから村に対して『生命のオーブ』を提供するように命令することになるが、彼らは素直に従うかな?聖戦士レイルどの」
レイルに対して威圧交じりに問いかけたのは、騎士団長だった。
無礼な態度にレイルはかっとなるが、なんとか自分を抑えて彼に訴えかける。
「まずは私が説得してみましょう。」
「そんなことを言って、裏切る気ではないだろうな。わかっていると思うが、世界中で無辜の民が苦しんでいるのだ。恵みはすべての人にわかちあわねばならん」
(何が無辜の民のためだ!これを機会に王国の権力をより強くしたいだけであろうが!治療薬を一手に握ったら、民はもう逆らえなくなるからな)
内心でそう思いながらも、レイルは不満を押し殺す。ここで抵抗したら、王国は全軍でもってマッスル村に攻撃を加え、いずれ村人たちは全滅するだけだとわかっているからだった。
「……わかっております」
レイルは悔しそうに唇をかみ締めながら答え、村に入っていった。
「これはなんだ!いったい何があったんだ!」
村に入ったレイルは、あちこちで筋肉ムキムキの村人たちが力なく倒れている光景に驚愕する。
彼らのほとんどが手や足の一部を切り取られていた。
「なぜだ!なぜ治療されずに放置されているんだ!」
このマッスル村は『生命のオーブ」によって作られるポーションの恩恵で、それを飲んだ者は病気も怪我にも無縁の健康な体を与えられているはずだった。
しかし現実に村人たちは力なく横たわり、救いを求めて泣き叫んでいる。
「天空王様……われらの罪をお許しください。それができないなら、せめて殺してください」
「な、何をいっている。しっかりしろ!ほら、ポーションだ」
慌てたレイルがポーションを飲ませるも、どんな病気や怪我を治すはずの治療薬がまったく効かなかった。
「そんなことをしても無駄だ。やつらは傷口がふさがっても永遠に続く痛みを与えてある」
焦るレイルの前に、金色の天使の輪を頭に載せた男が現れた。
『貴様は……もしかして、ルピンなのか?」
その男をみたレイルは驚愕する。たしかに以前勇者パーティから追放され、処刑されかけた転送士ルピンだった。
「口を慎め。新たなる天空王である俺に対して」
「新たなる天空王だと……バカな。勇者パーティにいたころも何の役にもたたず、いつも私たちの足を引っ張っていたろくでなしが天空王などと……」
「信じられないのも無理はないな。いいぜ。証拠を見せてやろう」
ルピンが指を鳴らすと、村全体が暗い影に覆われる。
何が起こったんだと上をみたレイルの目に、天空に浮かぶ巨大な城が入った。
「バカな!なぜ天空城がこの村にある!」
「主である俺がここにいるからだよ。今じゃ天空城は俺のものだ。いつでも好きな場所に動かせるし、着地させることもできる」
その言葉とともに、天空城がゆっくりと落下してきた。

巨大な天空城が頭上に迫ってきて、マッスル村のすべてを押しつぶそうとしている。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
いつも凛とした戦士風を吹かせていたレイルが、少女のような叫び声を上げている。
天空城が村の建物スレスレにまで下がったところで、俺は降下を停止させた。
「どうだ?俺が新たな天空王になったのを認めざるを得ないだろう」
「ううう……」
天空城がマッスル村を押しつぶす寸前で停止したのを見て、レイルは悔しそうにうなり声を上げていた。
しかし、すぐに気を取り直して俺を睨み付けてくる。
「貴様!天空の方々になにをした!」
「奴らは地上に追放してやった。翼と天使の輪を取り上げた上でな。奴らは今頃世界の各地でホームレスとして苦しんでいるだろう」
俺の言葉と共に天空城から光が発せられ、空中に映像が浮かび上がる。そこに映し出された映像は、小汚い格好の老若男女が物乞いをしていたり、路上で横たわっているものだった。
その中に、王都のスラムらしき路地の奥に一際小汚い老人がいる。
「たすけてくれ……ワシは天空王じゃぞ。ワシを救え」
「うるせえ!この狂いジジイが!」
元天空王だった老人は、スラムの住人に相手にさせず、ボロキレのようになってうずくまっていた。
その映像の隣では、王都の下水道に隠れながら、地上から流れているゴミやネズミを捕まえて食べている化け物がいる。
「あれは今のフローラだ。ふふ、俺を裏切った奴の末路にふさわしい。いずれ勇者や国王、そして王都の民も悲惨な目にあわせてやろう」
俺は奴らの惨めな姿を見ながら、思い切り高笑いした。
天空人やフローラの悲惨な姿を見たレイルは、ショックを受けて俺を攻め立てる。
「なぜだ!なぜこんなひどいことをする!彼らに何の罪がある!」
「何の罪とは面白いことを言う。俺を追放した上に冤罪で処刑しようとしたじゃないか。魔王討伐の失敗をごまかすために、俺を生贄にしてな」
「うっ……」
少しは自覚があるのか、レイルは言葉を失う。
「そして次はお前の番だ。覚悟しろ!」
俺が宣言すると同時に、今まで地面に倒れていたマッスル村の村人たちが立ち上がった。

『痛い。いたぁい……」
「レイル……お前のせいで俺たちはこんな目に……」
村人たちは体の一部を欠損した状態ながら、目に憎悪をたたえてレイルを見つめている。
「ルピン!私の家族や友人に何をした!」
「こいつらは与えられた生命のオーブを私利私欲のために使った。だから天空王として罰を下したのさ。喜べ。新たにあたえられたのは「不死のオーブ」だ」
「『不死のオーブだと……」
困惑するレイルに、俺は説明してやる。
「ああ。お前たちが望んでいたように、永遠に老いず朽ちず生きていられるオーブだ。つまり、不完全なアンデット化するオーブだな」
「なんだと!」
俺の説明を聞いたレイルは、驚愕する。
「完全なアンデットと違い、生きているから痛みも感じる。しかし、もはや死ぬことも治療することもできず、永遠に痛みを感じ続けながら生きるしかない。彼らが痛みから逃れるためには……」
俺がそこまでいったところで、体の一部を奪われた村人たちが、不自由な体を引きずってレイルと騎士団を取り囲んだ。
「お前の目をくれ。そうすればまた目が見えるようになるんだ」
レイルの知り合いらしいモンク僧が訴えてくる。
「俺は脚だ」
「手をとられたの。あなたの手をもぎ取って取り付ければ、痛みが治まると天空王様はいってくれたわ」
レイルの友人らしい男女が迫ってくる。
「レイル。おとなしく罪を認めて、その体を差し出すんじゃ」
村長らしい老人がレイルを諭す。彼の胸には大きな穴が開いていて、そこにあるべき心臓が抉り取られていた。
「バカな……そんな状態でなぜ死なない……」
村長の状態を見て、レイルの顔が恐怖に歪む。
「『不死のオーブ』により、生命力を強化させたのさ。死にはしないけど痛みは残っている。その痛みから逃れたくば」
俺は村人たちに向かって煽る。
「レイルの体を奪って自分のものにしろ!」
俺の命令により、村人たちは一斉にレイルに襲い掛かっていった。
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