嘘つき魔女の妖精事件簿

雀40

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第一章 誰が駒鳥を隠したか

【022】逆さと嘘

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「――それでね、多分なんだけど……この鳥籠は失敗作なの」
「……失敗作?」

 丁度アーサーが部屋に来たことだし、現在わかっていることを説明しておこうと思い、サンドラは鳥籠についての調査状況を語ることにした。

 底板を外すと、まず目に付くのは外周に刻まれた茨の「ソーン」と必要の「ニイド」のルーン。これらが捕らえたものの束縛を意味していると思われる。
 そして、中心部にあるのは大掛かりなバインド・ルーン。組み合わせが随分と多く、知識が不足しているカサンドラには殆どが読み取れないものだった。ただし、妙に目についたのが太陽を意味する「シゲル」の逆位置――正確には反転文字。もしかしたら「ハガル」のミスかもしれないが、鳥籠の機能を考えるにシゲルの反転として作動しているはずだ。

「中のものを太陽に捧げる記述なはずが、逆さの太陽に捧げてしまっている……と考えれば納得ができるわ。じゃあ、太陽の逆って何だと思う?」
「太陽の逆って……月とか、夜とか……?」
「そうね。あたしはそれを闇とか影とか……そういうものとして解釈できると思って」
「……あっ、影の領域!」

 影の領域を通ってきたばかりだからか、アーサーの理解が早くて助かるなとカサンドラは思う。
 
 とはいえ、正確な記述だった場合の「太陽に捧げる」という意味の断定は未だ難しい。おそらくは、神に捧げるということでいいのだろう。
 地球では古今東西、様々な宗教で太陽が神聖視されていたものだ。人類の用いる明りがまだ心もとないこの世界では、尚更だ。
 
 しかし、太陽に捧げられるはずだった妖精たちが影の領域へ投げ捨てられることになったのは、不幸中の幸いなのかただの不幸なのか判別が難しいところだ。今回は救助が間に合ったということで、幸いであってほしいものである。

「えっと、じゃあこの鳥籠は、本来なら妖精を生贄として神様に捧げるための装置……として造られたものかもしれない……ってこと?」
「ええ、そうなの。あくまで推測だけどね。もし正解だったら、あの支店長の勘所が本当に恐ろしいわね……」

 とはいえ、記述を修正したとしても、魔術の法則を捻じ曲げて妖精を供物として捧げることが可能になるかは不明である。不可能だったとしても、現状が既に厄介な装置であることに変わりはない。
 貴重な良い状態の遺物に手をいれるのは心苦しいが、家まで持ち帰ったら事故防止のために文字の色を削って無効化してしまおうと、カサンドラは決めた。

 そして、その後に戻ってきたエフィストによって、影の領域に残っている妖精はいないだろうとの報告がもたらされる。長らく放置されてきた影の領域は、これからもう少しだけ目を掛けてもらえるようになるらしい。
 これで、ロジャーのこともグロッシェ商会のことも、これ以上カサンドラが出来ることはない。あとは権力者に任せ、カサンドラは心置きなく帰ることにした。

 妖精の手伝いブラウニーにまかせている家と庭のことが、気になって仕方がないのだ。
 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 翌朝、世話になったと子爵夫妻に挨拶を済ませ、ふたりと一匹は宿で馬と荷物を回収して帰路につく。
 
 途中、行きの希望通りに湖畔の町に寄れたため、無事に湖魚を堪能できた。
 焼いた魚に香草と葉野菜のソースヴェルトはよく合い、今度は“もどき”を自分でも作ってみようかとカサンドラは思ったほどだ。

 また、帰路の馬上で周囲に人の耳がないタイミングを狙い、カサンドラの魔法のことも話した。
 
 膝の上でだらける黒猫を撫でながら、カサンドラは聖女エマや転生のことに触れず「嘘の“言霊”」の性質についてのみ語る。すると、カサンドラの前で手綱を握るアーサーは「聞かなきゃよかった」みたいな雰囲気を醸し出しはじめた。
 それは当然の反応で、うまく使いこなすことができれば、とんでもない魔法なのだ。もちろん、使いこなすことができれば……の話だが。

 先日はモナのために魔法を使い、降るのかわからない程度の雨雲を避けた。
 その時は運良くうまく行った。しかし、降るはずだった分の雨が雲の流れた先でどばっと降ることもあるし、供物次第では魔法が無視されることもある。歪んでしまった魔法なので、コントロールが難しいのだ。

「――そういうわけなので、本当に他言無用よ」
「わかった。上司には言わないけど……うちの本家当主にも?」
「だって、火種にしかならないでしょう?」
「うっ。それはまあ……そう、かも……」

 カサンドラの魔法を正しく把握している人間は、今まで本人と師匠以外にいなかった。
 第二王子ペンフレンドですらも知らないし、この先に知らせる予定もない。グロッシェ商会のあれこれだって、結局は「神託を捻じ曲げようとした罰」としか受け取られないだろうし、カサンドラがそう主張する。そのための契約書だ。

「万が一ね、伯爵領のために魔法を使えと言われても、そもそもが難しいのよ」
「へえ……例えば、どんな感じ?」

 アーサーに促され、カサンドラは例題を考える。

 例えば、大運河を航行する商隊の盗賊被害を抑えたい場合。魔法で「今後、領内の盗賊被害は大運河に集中する」といった類の宣言をすると、どんな結果がもたらされるか。
 大前提として、生物の強い意思は誘導できない。魔法が無効になるか、そもそも大運河を航行する船がいなくなれば盗賊被害など起きないとされ……領に近づく船が故障しだすようになるかもしれない。こうなってしまえば、交易どころではない。

 例えば、領内の小麦を豊作にしたい場合。魔法で「今年は領内の小麦が全滅する」といった類の宣言をすると、どんな結果がもたらされるか。
 最悪の場合、グレイシャー伯爵領外のどこかの小麦が全滅する。ただのテロである。
 これが干魃対策だったとしても、全滅が多少避けられる程度になると思われる。下手したら、その干魃がカサンドラのせいにされるリスクも高い。干魃の対処だって、水や緑の祝福持ちをあちこちに派遣するのが一番手っ取り早い上に確実だ。

 この魔法の厄介なところは、言葉が反転するのではなく嘘になるところである。
 そして嘘が長くなればなるほど、その効果は薄くなる。言い訳のような嘘は、信憑性が無いのだ。

 それでも、あらゆる事象に干渉できることを考えれば、そんなことは些細な問題だと捉えられるだろう。
 だというのに、いざ魔法を行使させてみれば、思うような結果になることなどそうそうない。モナの時のような駄目押しや、グロッシェ商会の時のようにブラフとして使うのが関の山だ。

 多くの供物を捧げてなお思い通りにいかなければ、その苛立ちはどこへ向かうか――当然、魔法の行使者であるカサンドラに向けられるだろうとの想像は容易である。

 アーサーもその辺りに感づいたのか、前を向いたままでじっと押し黙ってしまった。
 結局、カサンドラの魔法が“はずれの神託”であると思われていることが、誰にとっても最善なのだとカサンドラは思う。人間で唯一実態を知る師匠もそう結論付けているため、うまく口を噤んでくれているのだ。

 ――人間が「自分なら『稀代の嘘つき』を有効に使える」だなんて過信をするのはただの傲慢であり、現実として無理な話である。
 なにせ、カサンドラは端末でしかなく、嘘つきの本体は世界そのものなのだから。
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