魔女の終焉、あるいはその始源

雀40

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03 魔女と勇者

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 イドは、遠い昔に遠い国のとある孤児院で育った。
 
 異民族の特徴を色濃く受け継いだその子どもは、実に勤勉だった。
 両親のことは何も知らない。名前すら、孤児院の院長がつけたものなのだ。
 だからイドは働いた。孤児が学べる限りのものを吸収し、街中で働いた。自分の居場所が、そこにしか無いから。

 そうして勤勉さを評価されたイドは、やがて最下級の神官として神殿に引き取られることになり、そこでもよく働いた。
 当時の神殿長は高潔な人物で、どう見ても異民族の子であるイドも平等に扱った。しかし当然、それが面白くない人物もいたのだ。

 高潔な神殿長が病で一線を退くのと同時に、イドの地獄が始まった。

 新たな神殿長は移民嫌いで、取り巻きにイドを手酷く扱わせた。
 
 イドは耐えた。他に居場所がなかったから。
 食事を捨てられても、真冬に冷水を掛けられても、服を切り裂かれても、ただ耐えた。神殿という閉じた世界では、誰も助けてくれなかったから。

 時が経ち、病が流行しはじめた。致死率が異様に高い感染症だった。
 平民からはじまったそれはやがて貴族にも広まり、ついには王族の死者も出る。

 民も為政者も、混乱を極めた。
 次に誰が病にかかるのか。次に誰が死ぬのか。

 人々は恐れ、悲しみ、怒り――――矛先を定めた。


 
 ――これは、異民族の呪いだ。

 

 はじめに誰が言い出したのかはわからない。
 わからないが、街に居た少数の異民族は姿を消し、逃げられないイドが槍玉にあげられた。

『異民族め』
『異教徒め』
『子を返せ』
『母を返せ』
『死んでしまえ』
『お前が死ねば』
『呪いは祓われる』
『早く死ね』
『殺せ』
『そうだ殺せ』
『悪しき魔女を殺せ』

 イドの身は縄を巻かれ、絞首台の前に引きずり出された。

 
 ――ああ、どうしてあいつらは、ただ生きることすら許してくれないのか。
 
 ――何もしていない。呪いなんてそんな大層なことなど、出来やしない。
 
 ――でも、もし呪いなんてものがこの世にあるのなら……。

 

 ――――――――こんな世界、呪われてしまえばいい。


 その瞬間、この世界に「魔女」と呪いが生まれた。
 国中の人間は呪いの供物となり、魔女は世界に呪いをばら撒いた。

 ……これが、魔女アドレーン誕生の、ただひとつの真実である。
 


 ※
 


「――信じるか信じないかは、アンタ次第だよ。どうせ、今伝わっている作り話なんて、傲慢な悪しき魔女が~みたいな一方的な話だろ」
「それは……うん………………そう」
「……変わらないよな。人間なんてものはさ」
「うん、私も……お母様が……お城に閉じ込められてて……」
「アンタが逃げ出さないための人質ってことかい? 権力者ってやつはどいつもこいつも……」

 イドの言葉を無言で肯定したノートは、ぽつりぽつりと話しだした。

 ノートは、とある国のしがない男爵家にて、今代勇者として生を受けた。
 この世界において「勇者」とは、魔女を殺すことのできる唯一の存在である。

 勇者の誕生と同時に、各国の神殿の代表が天啓を授けられる。
 これは幼い勇者を保護するための仕組みだと思われるが……愚かな人間は、天の想像を大きく超えていく。
 今に至るまでの数百年間で「魔女」を退治できなかった「勇者」とは、役立たずの代名詞になっていたのだ。

 ノートが生まれた国の王は、「勇者」を疎んだ。
 
 国として出すはずの、勇者を魔女退治に向かわせるための金や人材を惜しんだのだ。そんな無駄よりも、パーティーや宝飾品で自らの権威を高めるほうが大事だったから。
 王は、勇者をさっさと魔女退治に向かわせろと命じた。勇者はまだ赤子だというのに。魔女の所在すら不明なのに。

 流石に無茶振りだということで、国際社会に見放されたくない周囲の説得によって、王は勇者に十二歳までの猶予を与えた。
 
 そうしてノートの十二歳の誕生日を目前に控えた日、父と弟が血を吐いて死んだ。
 慌ただしい屋敷で呆然する母とノートを、先触れもなくやってきた叔父が王城へ無理やり送り出す。そのまま代理を努めるとの名目で、叔父が家督を握った。

 王城に着いた母娘は直ぐに引き離され、ノートは魔女退治への旅を命じられる。
 与えられた使命を要約すると「魔女を殺すまで戻ってくるな」「お前の母は城で丁重にもてなしておく」ということだった。

 一刻も早く王都から「勇者」を追い出したかった王と、欲に目がくらんだノートの叔父が手を組んでいたのだろう。
 当時十一歳のノートは何の抵抗もできず、端金と共に王都を追放された。

「それからずっと数年間……行き先もなく放浪して……でも、イドに会えた」
「……そうかい。大変だったなァ」
「うん………………」

 過去を語る最中でも、ノートの瞳から涙が止まることはなかった。
 話し終わってもなお、母への愛とイドへの情を天秤にかけ、ノートはまだ泣いていた。
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