5 / 5
05 未確認ツチノコ
しおりを挟む
その後の展開は非常に早かった。
腰が抜けてしまった私の身体を、ノコ――第二王子殿下がそう呼んでほしいと言い続けるので、諦めてそう呼ぶことになった――はあっさりと抱き上げ、そのまま彼の宮に連れて行かれた。
もともと、私はノコの婚約者に内定していたらしい。何故なら、ノコ当人が私以外を拒絶していたから。
当然のことながら父はその状況を知っていたようだが、私に知らされなかったのは父の複雑な内心ゆえか、王家側の意向か……誰も教えてくれないので詳細は未だ不明。
そういった流れによって、この日は見合いを兼ねた顔合わせ茶会の予定だったのだが、ノコはそんなことをすべてすっとばした。いわく「五年も一緒に暮らしていたのだから、今更必要ない」とのこと。
私が共に暮らしていたのはノコという子犬であって、第二王子クレオディノールではないのだが……どうやらそこは些事らしい。いや、決して些事ではないと思う。
ノコの宮で腰を落ち着ければ、騒ぎを聞きつけた王妃陛下がノコの宮へ飛んできて、目の前で大説教が始まってしまった。
「クレオディノール、慎みなさいと言ったでしょう! 貴方だけでなく彼女の瑕疵にもなりうるのですよ!」
「それはわかってますけど、ああすれば誰の目にもわかりやすいでしょう? 僕はエルミラのもので、エルミラは僕のものなんですから。まったく、人間は匂いに疎いから困るんです」
「貴方はもう少し人間の感覚に慣れなさい!」
ロイヤルでアットホームな親子喧嘩は、見た目と中身がチグハグで妙に可笑しかった。
とはいえ、私たちが笑うわけにもいかず、私と父は口元を歪ませつつもそれが落ち着くのを待つしかない。まごうことなき地獄である。
五年間、田舎領でのびのびと飼い犬をしていたノコは、王城の人間関係が疎ましくて仕方がないらしい。
呪いが解かれた直後も私と弟に会いたいと泣くばかりで、周囲は途方に暮れていたそうだ。
しかし、そこで王の一声。私を妻に迎えたいのなら、人間社会で私を守れるくらいの力をつけろと発破をかけた。馬の鼻先の人参である。
実際、特別な能力を持たず特別な縁者もいないという、ないない尽くしのしがない男爵令嬢が王子妃だなんて厳しすぎる。しかもノコの場合は五年間の空白という巨大な問題があり、対策がなければ共倒れ必至といったところだろう。
とはいえ、ノコの妃の地位に私以外の娘を宛てがうにしても、その五年間の空白が立ちはだかってくる。表向きは病床に臥せていたことになっていて、学びも遅れているノコに娘を預けるのはリスクが高いせいで、良い条件は望めない。さらに言うのなら、下手に相手の地位があればノコが傀儡にされる危険もあり――王弟の妃が暴走した件と同じ状況を招く危険性がある。
つまり、ノコの能力をなんとしてでも底上げすることが急務となれば、わかりやすい餌が必要だった。それが私だ。
国家や王家のためには、しがない人参の意思など一切考慮されないものである。
「もっと早く会いたかったのに、駄目だって言われてね。僕を男として意識してもらうのに必要な期間なんだって」
「そ、そうなんですか……」
「と、いうわけで……僕の評価はどうだった?」
「えっ。ええ~っと……とても、素敵ですよ」
「やった! 頑張った甲斐があったな」
四阿に移動してノコと私がふたりきりになった途端、王妃陛下と喧嘩していたときのようなしっかりとした様子は消え失せ、幼さが強く表出している。
サジン家でしていたようにぴったりとくっついて座り、私の匂いを堪能したノコは頭を撫でて欲しがった。
今まで頑張っていただけで、まだこちらが素なのだろう。
凄まじいギャップである。
さっきまでそこにいた気品のあるきらきらした少年が、今は全力で甘えてくる子犬になっているのだ。
犬のノコはころころした小型の子犬だった。しかし、人間のノコはもふもふした大型の犬のように思える。
けれど、私より大きな人間の身体になってもノコはノコで。
結局、彼は可愛い私のノコなのだなと、なんだかすとんと腑に落ちてしまった。
彼に恋することが出来るかはまだわからないが、私がノコを好きなことに変わりはないのだ。
「マルオロにも会いたいな。学校が長期休みになったら会えるかな」
「そうですね。きっと弟もでん……ノコにお会いしたいと思っていますよ」
「……あのね、僕はエルミラが大好きだよ。エルミラも僕が好きでしょう?」
「はい。私も大好きですよ……………………ひゃっ!?」
私がノコの頭を撫でながらそう答えれば、嬉しくなって興奮したノコによって四阿のソファに押し倒される。
そのまま口付けられ、顔を舐められ、匂いを吸われ――――――――遠くから見守っていた父とノコの従者の怒号が、静かな庭に響き渡った。
力づくで私から引き剥がされ、再びこんこんと説教をされたノコは、今は私の膝枕で寝そべっている。
ノコは、私より自分の身体が大きいことに不満があるようで、少しだけ拗ねているのがまた可愛いと思ってしまう。
「――そういえば……ねぇ、エルミラ。ずっと聞きたかったんだけど、『ツチノコ』って何?」
「ンごふッ」
ノコの純粋な瞳の前に、私は為す術がなかった。
真実をごまかすことなどできず、しどろもどろとなりながらUMAについて説明をする羽目になってしまった。
この会話が発端となり、ノコと私は国内の動植物を調査するプロジェクトを立ち上げることになる。
プロジェクトに賛同した各分野の学者の独立研究が、集約・整理によって相互補完が進み、新たな発見をもたらした。
たとえば、在来種だと思われていたものが新種だったと判明したり、よく似た外来種だったことが判明したり。
今まで原因不明だった野生動物の行動に、新たな仮説がついたり――。
――それでもなお、ツチノコという生物は、まだ未確認のままである。
腰が抜けてしまった私の身体を、ノコ――第二王子殿下がそう呼んでほしいと言い続けるので、諦めてそう呼ぶことになった――はあっさりと抱き上げ、そのまま彼の宮に連れて行かれた。
もともと、私はノコの婚約者に内定していたらしい。何故なら、ノコ当人が私以外を拒絶していたから。
当然のことながら父はその状況を知っていたようだが、私に知らされなかったのは父の複雑な内心ゆえか、王家側の意向か……誰も教えてくれないので詳細は未だ不明。
そういった流れによって、この日は見合いを兼ねた顔合わせ茶会の予定だったのだが、ノコはそんなことをすべてすっとばした。いわく「五年も一緒に暮らしていたのだから、今更必要ない」とのこと。
私が共に暮らしていたのはノコという子犬であって、第二王子クレオディノールではないのだが……どうやらそこは些事らしい。いや、決して些事ではないと思う。
ノコの宮で腰を落ち着ければ、騒ぎを聞きつけた王妃陛下がノコの宮へ飛んできて、目の前で大説教が始まってしまった。
「クレオディノール、慎みなさいと言ったでしょう! 貴方だけでなく彼女の瑕疵にもなりうるのですよ!」
「それはわかってますけど、ああすれば誰の目にもわかりやすいでしょう? 僕はエルミラのもので、エルミラは僕のものなんですから。まったく、人間は匂いに疎いから困るんです」
「貴方はもう少し人間の感覚に慣れなさい!」
ロイヤルでアットホームな親子喧嘩は、見た目と中身がチグハグで妙に可笑しかった。
とはいえ、私たちが笑うわけにもいかず、私と父は口元を歪ませつつもそれが落ち着くのを待つしかない。まごうことなき地獄である。
五年間、田舎領でのびのびと飼い犬をしていたノコは、王城の人間関係が疎ましくて仕方がないらしい。
呪いが解かれた直後も私と弟に会いたいと泣くばかりで、周囲は途方に暮れていたそうだ。
しかし、そこで王の一声。私を妻に迎えたいのなら、人間社会で私を守れるくらいの力をつけろと発破をかけた。馬の鼻先の人参である。
実際、特別な能力を持たず特別な縁者もいないという、ないない尽くしのしがない男爵令嬢が王子妃だなんて厳しすぎる。しかもノコの場合は五年間の空白という巨大な問題があり、対策がなければ共倒れ必至といったところだろう。
とはいえ、ノコの妃の地位に私以外の娘を宛てがうにしても、その五年間の空白が立ちはだかってくる。表向きは病床に臥せていたことになっていて、学びも遅れているノコに娘を預けるのはリスクが高いせいで、良い条件は望めない。さらに言うのなら、下手に相手の地位があればノコが傀儡にされる危険もあり――王弟の妃が暴走した件と同じ状況を招く危険性がある。
つまり、ノコの能力をなんとしてでも底上げすることが急務となれば、わかりやすい餌が必要だった。それが私だ。
国家や王家のためには、しがない人参の意思など一切考慮されないものである。
「もっと早く会いたかったのに、駄目だって言われてね。僕を男として意識してもらうのに必要な期間なんだって」
「そ、そうなんですか……」
「と、いうわけで……僕の評価はどうだった?」
「えっ。ええ~っと……とても、素敵ですよ」
「やった! 頑張った甲斐があったな」
四阿に移動してノコと私がふたりきりになった途端、王妃陛下と喧嘩していたときのようなしっかりとした様子は消え失せ、幼さが強く表出している。
サジン家でしていたようにぴったりとくっついて座り、私の匂いを堪能したノコは頭を撫でて欲しがった。
今まで頑張っていただけで、まだこちらが素なのだろう。
凄まじいギャップである。
さっきまでそこにいた気品のあるきらきらした少年が、今は全力で甘えてくる子犬になっているのだ。
犬のノコはころころした小型の子犬だった。しかし、人間のノコはもふもふした大型の犬のように思える。
けれど、私より大きな人間の身体になってもノコはノコで。
結局、彼は可愛い私のノコなのだなと、なんだかすとんと腑に落ちてしまった。
彼に恋することが出来るかはまだわからないが、私がノコを好きなことに変わりはないのだ。
「マルオロにも会いたいな。学校が長期休みになったら会えるかな」
「そうですね。きっと弟もでん……ノコにお会いしたいと思っていますよ」
「……あのね、僕はエルミラが大好きだよ。エルミラも僕が好きでしょう?」
「はい。私も大好きですよ……………………ひゃっ!?」
私がノコの頭を撫でながらそう答えれば、嬉しくなって興奮したノコによって四阿のソファに押し倒される。
そのまま口付けられ、顔を舐められ、匂いを吸われ――――――――遠くから見守っていた父とノコの従者の怒号が、静かな庭に響き渡った。
力づくで私から引き剥がされ、再びこんこんと説教をされたノコは、今は私の膝枕で寝そべっている。
ノコは、私より自分の身体が大きいことに不満があるようで、少しだけ拗ねているのがまた可愛いと思ってしまう。
「――そういえば……ねぇ、エルミラ。ずっと聞きたかったんだけど、『ツチノコ』って何?」
「ンごふッ」
ノコの純粋な瞳の前に、私は為す術がなかった。
真実をごまかすことなどできず、しどろもどろとなりながらUMAについて説明をする羽目になってしまった。
この会話が発端となり、ノコと私は国内の動植物を調査するプロジェクトを立ち上げることになる。
プロジェクトに賛同した各分野の学者の独立研究が、集約・整理によって相互補完が進み、新たな発見をもたらした。
たとえば、在来種だと思われていたものが新種だったと判明したり、よく似た外来種だったことが判明したり。
今まで原因不明だった野生動物の行動に、新たな仮説がついたり――。
――それでもなお、ツチノコという生物は、まだ未確認のままである。
23
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
【完結】『推しの騎士団長様が婚約破棄されたそうなので、私が拾ってみた。』
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【完結まで執筆済み】筋肉が語る男、冷徹と噂される騎士団長レオン・バルクハルト。
――そんな彼が、ある日突然、婚約破棄されたという噂が城下に広まった。
「……えっ、それってめっちゃ美味しい展開じゃない!?」
破天荒で豪快な令嬢、ミレイア・グランシェリは思った。
重度の“筋肉フェチ”で料理上手、○○なのに自由すぎる彼女が取った行動は──まさかの自ら押しかけ!?
騎士団で巻き起こる爆笑と騒動、そして、不器用なふたりの距離は少しずつ近づいていく。
これは、筋肉を愛し、胃袋を掴み、心まで溶かす姉御ヒロインが、
推しの騎士団長を全力で幸せにするまでの、ときめきと笑いと“ざまぁ”の物語。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました
雨宮羽那
恋愛
結婚して5年。リディアは悩んでいた。
夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。
ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。
どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。
そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。
すると、あら不思議。
いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。
「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」
(誰ですかあなた)
◇◇◇◇
※全3話。
※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!
ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。
前世では犬の獣人だった私。
私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。
そんな時、とある出来事で命を落とした私。
彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる