異世界貴族に転生したので家のためにツチノコを探した結果

雀40

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05 未確認ツチノコ

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 その後の展開は非常に早かった。
 腰が抜けてしまった私の身体を、ノコ――第二王子殿下がそう呼んでほしいと言い続けるので、諦めてそう呼ぶことになった――はあっさりと抱き上げ、そのまま彼の宮に連れて行かれた。

 もともと、私はノコの婚約者に内定していたらしい。何故なら、ノコ当人が私以外を拒絶していたから。
 当然のことながら父はその状況を知っていたようだが、私に知らされなかったのは父の複雑な内心ゆえか、王家側の意向か……誰も教えてくれないので詳細は未だ不明。
 
 そういった流れによって、この日は見合いを兼ねた顔合わせ茶会の予定だったのだが、ノコはそんなことをすべてすっとばした。いわく「五年も一緒に暮らしていたのだから、今更必要ない」とのこと。
 私が共に暮らしていたのはノコという子犬であって、第二王子クレオディノールではないのだが……どうやらそこは些事らしい。いや、決して些事ではないと思う。

 ノコの宮で腰を落ち着ければ、騒ぎを聞きつけた王妃陛下がノコの宮へ飛んできて、目の前で大説教が始まってしまった。

「クレオディノール、慎みなさいと言ったでしょう! 貴方だけでなく彼女の瑕疵にもなりうるのですよ!」
「それはわかってますけど、ああすれば誰の目にもわかりやすいでしょう? 僕はエルミラのもので、エルミラは僕のものなんですから。まったく、人間は匂いに疎いから困るんです」
「貴方はもう少し人間の感覚に慣れなさい!」

 ロイヤルでアットホームな親子喧嘩は、見た目と中身がチグハグで妙に可笑しかった。
 とはいえ、私たちが笑うわけにもいかず、私と父は口元を歪ませつつもそれが落ち着くのを待つしかない。まごうことなき地獄である。

 五年間、田舎領でのびのびと飼い犬をしていたノコは、王城の人間関係が疎ましくて仕方がないらしい。
 
 呪いが解かれた直後も私と弟に会いたいと泣くばかりで、周囲は途方に暮れていたそうだ。
 しかし、そこで王の一声。私を妻に迎えたいのなら、人間社会で私を守れるくらいの力をつけろと発破をかけた。馬の鼻先の人参である。
 
 実際、特別な能力を持たず特別な縁者もいないという、ないない尽くしのしがない男爵令嬢が王子妃だなんて厳しすぎる。しかもノコの場合は五年間の空白という巨大な問題があり、対策がなければ共倒れ必至といったところだろう。
 とはいえ、ノコの妃の地位に私以外の娘を宛てがうにしても、その五年間の空白が立ちはだかってくる。表向きは病床に臥せていたことになっていて、学びも遅れているノコに娘を預けるのはリスクが高いせいで、良い条件は望めない。さらに言うのなら、下手に相手の地位があればノコが傀儡にされる危険もあり――王弟の妃が暴走した件と同じ状況を招く危険性がある。

 つまり、ノコの能力をなんとしてでも底上げすることが急務となれば、わかりやすい餌が必要だった。それが私だ。
 国家や王家のためには、しがない人参の意思など一切考慮されないものである。

「もっと早く会いたかったのに、駄目だって言われてね。僕を男として意識してもらうのに必要な期間なんだって」
「そ、そうなんですか……」
「と、いうわけで……僕の評価はどうだった?」
「えっ。ええ~っと……とても、素敵ですよ」
「やった! 頑張った甲斐があったな」

 四阿に移動してノコと私がふたりきりになった途端、王妃陛下と喧嘩していたときのようなしっかりとした様子は消え失せ、幼さが強く表出している。
 サジン家でしていたようにぴったりとくっついて座り、私の匂いを堪能したノコは頭を撫でて欲しがった。

 今まで頑張っていただけで、まだこちらが素なのだろう。
 凄まじいギャップである。

 さっきまでそこにいた気品のあるきらきらした少年が、今は全力で甘えてくる子犬になっているのだ。
 犬のノコはころころした小型の子犬だった。しかし、人間のノコはもふもふした大型の犬のように思える。

 けれど、私より大きな人間の身体になってもノコはノコで。
 結局、彼は可愛い私のノコなのだなと、なんだかすとんと腑に落ちてしまった。
 
 彼に恋することが出来るかはまだわからないが、私がノコを好きなことに変わりはないのだ。

「マルオロにも会いたいな。学校が長期休みになったら会えるかな」
「そうですね。きっと弟もでん……ノコにお会いしたいと思っていますよ」
「……あのね、僕はエルミラが大好きだよ。エルミラも僕が好きでしょう?」
「はい。私も大好きですよ……………………ひゃっ!?」

 私がノコの頭を撫でながらそう答えれば、嬉しくなって興奮したノコによって四阿のソファに押し倒される。
 そのまま口付けられ、顔を舐められ、匂いを吸われ――――――――遠くから見守っていた父とノコの従者の怒号が、静かな庭に響き渡った。

 力づくで私から引き剥がされ、再びこんこんと説教をされたノコは、今は私の膝枕で寝そべっている。
 ノコは、私より自分の身体が大きいことに不満があるようで、少しだけ拗ねているのがまた可愛いと思ってしまう。

「――そういえば……ねぇ、エルミラ。ずっと聞きたかったんだけど、『ツチノコ』って何?」
「ンごふッ」

 ノコの純粋な瞳の前に、私は為す術がなかった。
 真実をごまかすことなどできず、しどろもどろとなりながらUMAについて説明をする羽目になってしまった。

 この会話が発端となり、ノコと私は国内の動植物を調査するプロジェクトを立ち上げることになる。
 
 プロジェクトに賛同した各分野の学者の独立研究が、集約・整理によって相互補完が進み、新たな発見をもたらした。
 たとえば、在来種だと思われていたものが新種だったと判明したり、よく似た外来種だったことが判明したり。
 今まで原因不明だった野生動物の行動に、新たな仮説がついたり――。

 

 ――それでもなお、ツチノコという生物は、まだ未確認のままである。
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