北風日記

小烏屋三休

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4. 神殿

11. 朝日に目を刺される

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 朝になって私は岩だらけの道をよぼよぼと歩いていた。
 昨晩の酒宴は大変なものだった。そこらの器に手あたり次第酒を注いでは誰かが飲むという、乱痴気騒ぎのようなものを明け方まで続けていたが、ふと虫の音が聞こえて正気に戻った。慌てて立ち上がり、山賊たちが止めるのも聞かずに彼らのねぐらを後にした。
 私は不気味な払暁ふつぎょうの山を下って行った。そのときはどうして夜が明けるまで待たなかったのか、または山賊の中でも安心できそうな人に送ってもらえば良かった(そんな人はいなかったから頼めなかったのだが)、とくよくよしていたが、歩いているうちにまたぞろ酔いが回ってきた。そうなってくると再び楽観的になってきて、まあいつかはどこかに着くかもしれない、急いで帰ったところでどうせ宛木に怒られるだけだ、もうなるようになればいいさ、という心持になれた。
 それにしても実に様々な種類のお酒があってまさに琳琅満目、楽しい夜であった。むさくるしい山賊たちは正直怖かったけれど、こちらが盃を傾ければ傾けただけご機嫌になってくれたし、頭領の言葉に背いてまで私をどうにかしようと考えるほどの人はいないようだった。
 その愉快な夜に引き換え、この朝日の狂暴なこと。先程から、眼球が眩しさで発火するんじゃないだろうかと懸念している。とにかくどこか日陰になっている場所、できれば暗い岩穴の中などで横になってひと眠りしたい。けれど無情にも神国はあまねく朝日に照らされていて、満目の岩場には適当な木陰一つない。
 目眩がしてくるので、試しに足元にある頭蓋骨くらいの岩で、わずかに重なりあって影となっているところに目のあたりだけを突っ込んでみる。頭や背中が熱いが、少しでも目を保護するという目下の目的は達成できる。
 蜂目豺声ほうもくさいせいの山賊にさらわれたかと思いきや、その中に知っている顔を見つけたからと言って、羽目を外しすぎた。でもまさか二か月あまりで彼女が目算三十名の山賊の頭目になっているなんて、皆目予想もしていなかった。
 すでに私の眼球は日差しにやられて駄目になっているようで、目蓋を閉じても目裏に真面目な平目が浮かんでくる。それでもこうして閉じていれば少し目が休まるよ、もう目のことしか考えられないよ……。目、目……。目出度い目力でも目ぼしい岩の裂け目はめっからなんだ。めそめそ、とほほ。
 そのとき私を呼ぶ声がして、せっかく目を覆っていた日陰から私は揺すり起された。
「ぐぅ。目、目がぁ」
 地面に戻ろうともがいたが、相手は私を担ぎ上げ、たぶんけばけばしていて臭いから牛の毛皮だろう、牛の背に乗せた。
「もう少し行けば車があるから」
「まぶ、朝日が眩しいよ。目を隠さないと」
「何言ってるんだ。じきに日が暮れる」
 その言葉に驚いて恐る恐る目を開けると、なるほどいつの間にか日差しは哀愁に満ちたやわらかなものに変わっていた。私はどれだけ道端で寝ていたというのだろう。
 ということは、じきに抜け子たちは川を渡る予定ということだ。山賊たちは約束通り諸々の手配をしてくれたのだろうか。
 やがて車に到着し、やや乱暴に押し込まれると、牛車はすぐに動き出した。直接鼻にくる牛の臭いはなくなったが、余韻があるのか、今度はかすかな血の香りと、鋭い頭痛がやってきた。
「やれやれ、まったく。山賊にさらわれたと聞いたときには今度こそだめかと思ったが、まさか酔っぱらって地べたで寝てるとはな。いったい何があったんだよ」
「穏座(無礼講)での出来事は一切口にしないというのが習わしでね……」
 抜け子のことがまだ成っていないうちにぺらぺらと明かすわけにはいかないし、何よりももう声を出すのが苦痛だった。かろうじて、
「梅太郎殿こそ、急に帰ってきて」
 とだけ言った。
 そう、それは確かに梅太郎だったのだ。いつだって私が倒れているときに助けてくれるのは彼と決まっているようだ。でも今は感動にむせるには頭痛がひどかった。
「昨晩帰って来たんだ。絶間の処理で大わらわのところ、遠の君の姿も消えているというんで、神祇伯殿は卒倒して、茂みに頭から突っ込んでた」
「むぅ」
「宛木も大変なことになってるよ。心配し過ぎて荒れまくってる。帰るまでに神祇伯殿が復活してなければ、誰にも宛木を止められない。君は消されるかもしれないな」
 なんだそれは。冗談のつもりだろうか。冗談なら真顔で言うのではなく、少し笑って言うものだ。宛木は恐ろしい人だが、良い女房なのである。私を葬るなんてこと、あるわけ、ないよね?たぶん。
 ふと悲しい歌を思い出してしまった。

 あはれなり わが身のはてやあさみどり つひには野辺の霞と思へば

 野辺で荼毘に付され、煙が立ち上る様が眼裏に浮かび、私はもはやうめき声を出すこともできず、頭を両手で抑え込むことしかできなかった。
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