北風日記

小烏屋三休

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4. 神殿

23. 賑やかな人たち

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 梅太郎はこの国の空はいつも重たく、息がつまりそうだと言っていた。でも私が見る今日の秋の空は突き抜けるように高く、晴れ晴れとしている。神殿の静かに澄んだ空よりも神祇伯邸の空の方が活気があって、物思いを吹き飛ばしてくれる彩があった。
 この空の活気は、干滝殿の新しい主の勢いを反映しているのかもしれない。今まさに怒髪天を衝く勢いで大きな声をあげているのは、干滝殿の現当主、人間ビシュワニイだった。
 活舌の悪い、音の連続した言語で何やら叫んでいる。この言語が元から怒り口調なのか、はたまたこの女性がいつでも怒っているのか、怒声しか聞いたことがない。いえ、笑って白い歯を見せているときもこの口調だったから、やはり腹式呼吸と吐き出す空気量の大きい言語なのだろう。
 しかし今は本当に怒っているようだった。何やら怒って櫛を宛木の足元に投げつけている。宛木の方は澄ました顔でそれを見降ろしているが、私にはわかる。宛木も今相当怒っている。ここはまた私の出番である。
 私は重いお腹をゆすりながらよたよたと歩いた。着ぶくれしているし、私のおややは小ぶりなので、ぱっと見ただけでは私が身重であるとはわからないのだが、よろめくように歩く姿を見れば人は皆、「じきに生まれるねぇ」と声をかけてくれた。このよたよた感が私を哀れに見せ、私が仲裁に入ると二人も「こんなよぼよぼの人が出張ってくるなら、仲直りするより仕方ないなぁ」という風に矛を収めてくれるはずだ。
「はいよ、はいよ。ちょっとすみませんねぇ、お二人さん。それくらいにしたらどうですか。ほら、喧嘩なんてしてるとお顔の皺が増えますよ」
 いつもより多めにお腹を振って歩いて見せたが、ビシュワニイは宛木を睨みつけていたその視線の先に腹の大きな私が割って入ったのが気に障ったのだろう、さらに激しい口調になって、今度は扇を私の太ももに投げつけた。
「い、いたぁ」
「身重の女性になんとなさいますか!」
 今度は宛木もすまし顔をかなぐり捨てて、鬼のような形相でビシュワニイに詰め寄らんとした。私には結構しょっちゅう見せてくる顔だが、ビシュワニイにはあまりしていない顔だ。察するに、ビシュワニイの方が眉毛もしっかりしていて目力もあり、頬骨と眼窩に凹凸もあるので、顔の威力が大きい。平たい顔の宛木はいかに鬼の顔になったといえ、骨格の時点で負けている。そのため常の場合なら宛木は顔で対決しようとはせず、ビシュワニイの怒りを都の雅さでいなして勝負に勝とうとしているのだ。
「ま、まあまあ。二人とも」
「いくらご主人といえど、あんまり勝手ばかりなさいますとこの宛木もやりようを変えまするぞ」
 宛木が押し殺した声で言うと、ビシュワニイは顔をこげ茶にして犬歯を剥きだした。
「なんとな!使用人の分際で口答えをすると、矢じりを消し炭にするこのビシュワニイの平手が飛んでくるぞよ。早うこのビシュワニイの豊かな髪を梳かせるもっとでかい櫛を持ってこい!」
 上記のビシュワニイの方は意訳である。まだ私たちの言葉があまり出てこないので、実際は「何を!」と言った後に自らの言葉で恐ろしげな罵り文句を言っていた。
 神祇伯曰く、強制連行された梅太郎が結婚に非協力的であったので、今回はかなぐり抜きの儀のときにこちらの世界に来ることについて相手の了解を得たらしい。言葉の通じぬ彼女にどのような了承を取り付けたのかはわからないが、彼女も到着後しばらくの間は協力的であったらしい。
 ところで人が怒るときというのは、攻撃的で短い語感、歯をすり抜ける強い息、吐き捨てるような口調、顔のゆがませ方、という古今東西に共通するものがあるのだということを、今回私は学んだ。宛木も相当に罵られていることを理解したし、印象からするにそれはかなり口汚い部類の罵倒と思われる。
 まあビシュワニイからしたら、いかな栄誉あるお役目とはいえ、言葉も違う、種も違う、信仰も違う、食べ物も根本的に異なる、すべてがまったく違う場所へ連れ去られ、結婚させられているのだから、鬱憤もたまるだろう。宛木だって言葉の通じぬ異生物を主として仕えることに、苦労もたまっているだろう。だからお互い仕方ないのだ。
 そこで宛木は櫛をビシュワニイの腹に投げつけた。ちなみにあれは私が婚姻するさいに神祇伯が用意してくれた比較的新しい、私にとっても思い出深い品だ。
 その後二人はぎりぎりを歯ぎしりをしながら膠着状態になったので、私はかわいそうな櫛を拾おうと二人の間に入った。身重の私が「ひゅーっ」と息を吐きだしながら身をかがめたのだが、それがいけなかった。その鏑矢のような音を契機に、二人が取っ組み合いを始めたのだ。
 私は当然二人を止めようとしたのだが、ともにいる時間の長い宛木を抑えようとして振り払われて手刀をくらい、孤立無援で苦労しているだろうビシュワニイに肩入れしようとして平手打ちされた。
そうか。もはや私もどちらも味方と思うことをやめよう。己以外はすべて敵である。お腹の子を守るためには先手必勝が不可欠、私は二人に負けぬよう、なりふりかまわずの必殺拳を繰り出した。手に触れるものすべてをなぎ倒してやるんだ。
 一時は風前の灯と思われた私の命だったが、子が順調に育ってくるにつれ持ち直した。長く続いていた体調不良は神子の寿命が近づいているのというより、最初からつわりだったのかもしれない。それが落ち着いたので、今は普通に食事もできるし、めまいもしない。
 とはいえこの先どうなるのかはわからない。とにかくなんとしても出産まではこぎつけねばならないのだが、お腹の子が私に力を与えてくれているような気がしている。お腹を蹴ってきたり背骨の方を押してきたり、いてもたってもいられなくなるような具合に内臓をつまんできたり、しゃっくりをしたりと忙しい我が子を感じるたび、生命の息吹をひしひしと感じている。今の私は元気もりもりなのである。
 そういうわけで皆でわぁわぁと騒いでいると、私たちは順に後ろから羽交い絞めにされた。
 取り押さえに来たのは神祇伯、在命、ゆっぴぃである。神祇伯は一番攻撃力の高いビシュワニイを抑えようとして、簀子縁まで弾き飛ばされていたけれど。
 ごろごろと転がっていった神祇伯がでんぐり返しの途中のような恰好で尻を突き上げたまま動かなくなると、我々は皆心配になって一旦静まった。
 途端にビシュワニイがわっと声をあげて泣き出した。
 そしてたどたどしい言葉で何やら訴えようとするのを、在命が親身になって聞き始める。
「歯の長くて太い櫛がほしいようだよ」
 しばらくすると一通りの話を聞き取ることのできた在命がそう言った。
「髪の量が多くて、くせっけだから、華奢な櫛じゃ梳かしづらいんだそうだ」
「お、おお。貴殿は彼の国の言葉がお分かりになるんですね」
 神祇伯が身を起こしながら感心した。
「いやぁ、くせっけ同士、彼女とは心が通じ合っているのかもしれませんなぁ。はっはっは」
 私は懐にしまってあった歯が太くて目の粗い櫛を取り出すと、床に滑らせてビシュワニイに渡した。
「あの、これ。市中に出回ってるやつだから飾りも彫り物もないけれど。頑丈な櫛だよ」
 ビシュワニイは櫛を受け取ると、私のお腹に手を当ててすまなそうな顔つきをした。すると宛木も負けじと私の腹を撫でさすりながら、
「おやや殿、まことに申し訳ございませぬ。大事のうございますか?」
と腹に顔を寄せた。
「いいのよ。二人ともお腹は避けてくれたでしょ」
「ソンナコトナイ。オナカノコアブナクテ、とおのきみ、オコテルキマル。ノロイスル。シンダムコ、オコタノトキ、ノロイシタ、イツモ」
「ビシュワニイ、怒ってないし、呪いなんてとんでもないよ」
「ショウコミセル。ジャナキャとおのきみ、オコテルキマル」
「しつこい方でございます。ビシュワニイ様、怒ってるけれど怒ってないと遠の君様がおっしゃってますのに。ありがたくそのお気持ちをお受けください」
「あてき、イツモオコテル。あてきオコ」
「ビシュワニイ様!わたくしだって怒ってなどおりませぬぞえ!」
「ふ、二人とも、落ち着いてよ。怒ってないよ、少なくとも私は。だからこのお腹の子が生まれたら、ビシュワニイの名から少し名前をお借りするよ」
「姫様!こんなむつかしい名前から文字をお借りすれば、奇妙な名となりまする。母ではないながらもこの宛木、いつもお腹のお子様のために粉骨砕身しておりますゆえ、そんな名には断固反対いたしまする」
「そうねぇ。じゃあ宛木からも名前をかりて、あて、いや美酒木がいいかな。いや、アビーシュに決めたわ」
「ワリトイイネ、ソノナマエ。デモニホンノヒトニ、チョトニアワナイ」
「確かに、異国の情緒が感じられる良い名でございます。が、なんと申しますか……」
「異国情緒の名とかけまして、新たに子を授かるとときます」
 私が突然口調を変えて話し出すと、二人はぽかんとして黙り込んだ。そのまま誰も合いの手をはさんでくれないが、まあ仕方ない。
「その心は、『ともに、おや?となります』だよ。冗談だよ、ふふふ」
「まあ、姫さまったら!ほほほ」
「ハハハ、ヤマダクンザブトン!」
 私たち女三人はそのまま身を寄せ合って、お互いの肩を抱いた。雨降って地固まる、これでひとまず我々は大丈夫そうである。
「ハナから遠の君が櫛を渡してれば騒ぎにならなかったんじゃないか」
 ゆっぴぃが言っているが、そういうことではないのである。雨降って地固まるなのだから、一雨必要だったのだ。我々三人は彼を無視した。
 取り残された神祇伯と在命、ゆっぴぃはこそこそと内緒話をしている。
「最近は毎日このように喧嘩をされていて……」
「はぁ、やっぱり女というものは難儀な生き物だなぁ。仲良くとまではいかずとも、普通に暮らせばいいだけなのに」
「神祇伯殿、女人だけで暮らしているのが、いがみ合いの元なのではないでしょうか」
「確かに、八尾やつお殿が亡くなられてから、騒ぎが大きくなっているような」
 八尾殿というのは、ビシュワニイの婿、夫婦御供のために神殿から還俗した男性である。夫婦御供が成ってから間もなく、長くはない神子の生を終えた。短い間ではあったがビシュワニイの絶間も安定していたし、問題もなく、夫婦御供は無事完遂されたのだった。私たちのときは結婚、その後の神事、夫婦としての生活もすったもんだで最終的に破局に至ったのに、問題さえなければ迅速に終了してしまうものだ。本来はこういう神事なのだろう。
「それでしたら、この私がビシュワニイ殿を頂いてもよろしいですか?」
「こ、これはなんと。意外なお申込みですが、次の絶間を閉じる機会にビシュワニイ様はお帰りになる予定ですゆえ」
「当の本人は別に帰らなくても良いようなことを言っていますが」
「な、なななんと。初耳ですよ、そんなことは」
 真新しいものの好きな在命は早速好色さをひけらかしている。普通の人だったら在命など絶対に結婚相手には勧めないが、ビシュワニイならはたして別かもしれない。在命よりも、ビシュワニイの方が強く、上手だと思う。
 続いていた地震や火山もひとまず収まり、被害を受けてはいるものの収穫の季節を迎えた。来年の夏に絶間の儀式を行い、今回の夫婦御供に関する神事は一切の終わりとなる。ビシュワニイが帰るとしたらそのときに人間界に帰り、次に絶間を開いて夫婦御供が行われるのは百年かそこらの後である。
 神祇伯の話では、梅太郎の通ってきた絶間は無事に閉じられている。その際に梅太郎も無事にその穴に入って人間界に帰っていったと聞いている。神祇伯は私の反応を窺いながら、簡易な報告に留めていた。神子でも姫でもなくなって一人取り残された私が、悲嘆のあまり号泣したりしたらお腹の子に障ると心配したのだろう。だから私もあまり根掘り葉掘り彼の様子を聞いたりせず、何も考えずにお腹の子に話しかけたり歌ったりして楽しく過ごすことにした。
 それでもふと気落ちするときなどは埒もない妄想をしてしまう。もしかすると次回のかなぐり抜きに、人間界からは再び梅太郎が選ばれるかもしれない。百年後なら私はさすがに死んでいるが、人間界とこちらでは流れている時間の早さが異なるのか、かなぐり抜きの儀がそういった時間を無視しているのか、可能性としてはあり得るのだ。梅太郎曰く、彼が人間界に帰省したとき、彼は引っこ抜かれた直後の砂浜に戻っていて、こちらで積み重ねた時間は人間界では流れていなかったというし。
 梅太郎はこちらの世界にも通じているし、若く健康で、優秀だ。文句をいいながらも結局は夫婦御供に協力してくれた。器量よしで、一見冷たく見えるが、実はとても優しい。彼が婿として一番適任だったから数ある候補の中から彼が選ばれたわけで、次回も選ばれるかもしれない。百年後には揖屋津彦様も今回破断になった私たちのことを忘れているだろうし、問題ないかもしれないじゃないか。梅太郎が私とは違う女を妻とすると思うと複雑だし、梅太郎からしたら再び災難に見舞われると思うかもしれないけれど。もっと前向きな気持ちのときは、後の世で活躍する梅太郎のことや、生まれ変わって、もしくはお腹の子の子孫が彼に再び巡り合うことなどを想像した。このように私はやきもきしたりわくわくしたりして、ただただ疲れて休みたがろうとする心を励ましていたのだ。
「ええ!神祇伯殿はビシュワニイ殿の言っていることが全く分かっていらっしゃらないのですか。あまりの無理解では彼女がカワイソウですなぁ。私なら分かってあげられるのに。早いところ彼女を私にくださったらどうですか」
 たじろぐ神祇伯に在命が詰め寄っているのを横目に、私は硯を持って簀子縁に出た。
 秋の神祇伯邸はまことに美しい。大小の楓はもちろん、桜や躑躅、櫨、花水木に紫陽花、錦木と、高いところでも低いところでも葉がそれぞれに色づいている。これらは皆、春、夏に思い思いの色の花を咲かせ、あるいは異なる深さの緑の葉をまとう。四季折々に庭を彩っている木々だ。八尾殿は四季をすべて堪能するほど生きられなかったが、私は幸運なことにこの美しい神祇伯邸の四季を一通り楽しむことができた。ありがたいことである。そして、もしも私がきちんと夫婦御供を務めていれば、八尾殿は夫婦御供になることもなく、今もかろうじてこの世にとどまっていたかもしれない。
 物思いをしながら一心に筆を滑らせていると、隣にゆっぴぃが来て腰かけた。しばらく黙って庭を眺めていたが、やがて、
「タキが探しているような遺体は、いまだどこにもみつかっていないし、深い火傷を負った男も見つかっていないよ」
 ゆっぴぃは会うたびに、同じことを報告してくれる。
「神官の方の聴取は少し進んだんだ。タキの探している人は、神子たちを売り飛ばしていた一派とはことなるようだ。だからその人は、純粋に忌札をつけて神子たちを逃がし、生きながらえさせようとしていたのだと思うよ。そんなことをしても彼自身は何も得しないけれど」
「売りとばしたって、神殿を離れた神子は大したことはできないのに」
「まあ、実際にはそうみたいだけどね。でも、俺は君の霊威をみてしまったからな。あのみずちとともに駆けていたタキは、最高に格好良かった。金をいくら積んでも欲しいと思う人が出てくるのは仕方ないと思うよ」
「私は、特別優秀だったんだよ」
「優秀そうにはとても見えない筆跡だけれど、まあそうなんだろうな」
 ゆっぴぃは私の手元を見て言った。確かに雨の日にみみずがふやけてしまったような文字だ。
 これまで書いた日記は、すべて紛失してしまった。第三部は神祇伯邸で細紐が動かした岩の下敷きになっているか、在命がいたずらに持っていってどこかでなくしてしまったのか。人を疑うのは良くないことだけれど、日記を知らないかと問いただすたびに在命の頬の筋肉がひくつくので、後者の線が強いと睨んでいる。
 第一部と第二部は神殿の宿舎が火事の際に、一緒に焼けてしまったのか、見つからない。焼けることのないはずの火鼠の皮に包んでおいたのに、不甲斐ないことである。
 今私は第四部となるべく日記をつけている。といっても、今回は遠い梅太郎にあてて書いているのではない。お腹の子がいつかこれを読んで、私が彼もしくは彼女を深く愛しんでいたということが伝わるよう、やや感傷的に書いている。
 ゆっぴぃは日記を覗き込んで、曖昧な微笑を浮かべた。
「子に物心がついたら、直接伝えればいいんだよ。遠の君、その意気でいなくちゃだめだよ」
「そうね」
「吉川大神宮も、神殿も変わりつつある」
 ゆっぴぃは深く息を吸って始めた。
 今までは朝廷の支配からも世間の耳目からも隔離された機関だったのに、昨今の大脱走を受けて、様々な介入を受けた。そこで神子たちが受けている扱いやその制度を問題視する人々が出てきた。一部の人に命を削らせるほどの奉仕を押し付けるのではなく、もっと一般に信仰を広げるべきだと。
「六十歳までの正丁には庸として毎年十日の労役が課されているけれど、その代わりに寺社、主に寺だな、寺でお勤めをする役を取り入れるんだ。神様より仏様を信じる貴族たちの権利争いでもあるんだけれど、神子たちの処遇の改善につながるはずだ。五年後くらいには実施できるように動いているようだよ。制度ができても最初は色々問題があるだろうから、君もきちんと見届けないとね」
「うん」
「遠の君……」
「大丈夫よ、私は」
 私は日記を畳んで腰を上げた。今の私は干滝殿の姫ではなく、戻り橋の占い師なのだ。夕占ゆふけの稼ぎ時が迫っているので、そろそろ出かけねばならない。
「姫様。せっかく皆さまいらしているのに、今日もお出かけになるのですか。無茶苦茶です。そんな大きなお腹で……」
 相変わらず姫様と呼んでくれる宛木は、いつだって私が出かけることに反対している。だが私が言うことを聞かないのも知っているので、ぶつくさ言うにとどめてくれている。
 私はいつまでも神祇伯に頼っていてはいけないのだ。子を産むまではここに住まわせてもらうが、その後は占いを糧に独り立ちする予定だ。その後の人生があるとしたらだけれど、私はいつだっていろいろな可能性に備えておかねばならない。
「じゃあ、遠の君を送りがてら私もお暇いたします」
 ゆっぴぃが神祇伯に挨拶をしつつ席を立った。
「遠の君がいつになったらなびいてくれるのか、俺も占ってもらおうかな」
「ふふふ。お代をはずんでよね」
「結果によるなぁ」
 燃えるような紅葉の庭をよたよたと歩き始めると、気の早いコオロギが鳴き始めた。
 お腹の中までコオロギの音が響くのか、子がぐぃぐぃとお腹を内側から蹴ってくるのを、私はそっと押し撫でた。
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