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二十一 フジより ニッキ様

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 拝啓。お元気にお過ごしですか。
 優しいお手紙をどうもありがとう。変わらない気遣いを、とても嬉しく思います。
 学院に来てから、手紙を書くのは初めてですね。あたしの編入をとても心配していたニッキだから、この拙い手紙をさぞ首を長くして待っていたでしょう。郵便受けを覗きすぎて、外れた蓋でまたおでこを傷つけていないかしら。
 こちらに来てから二か月、最初は勉強でも、生活全般でも、慣れないことが多かったのです。そこのところはニッキもお察しの通りですね。失敗も多かったし、毎日がいっぱいいっぱいで、手紙に書けるようなことは一切なかったの。でも最近は友人もできて、ようやく学院生活を楽しく思える余裕も出てきました。
 ここでは皆、毎日お風呂に入るし、洗濯もしょっちゅうします。衛生概念が、田舎とは違うとのことです。失敬な言い方です。あたしは思わず、あたしの侍女のニッキは、ここの誰よりも雅な宮殿暮らしを知っているんだ、と言おうかと思いました。なんて言ったって、香る国の第二魔女様にお仕えしていたんだもの。まああたしと一緒にいるためにニッキにはその栄誉あるお役目から退いてもらうことになったので、自慢にはできないんだけれどね。
 そうそう、洗濯の話だった。洗濯は、基本的に自分で行います。ごしごし夢中になって洗っている間は、学年やクラスの違いなどあまり関係なくなるので、そこらにいる人と自由におしゃべりをしています。これが結構楽しい時間なんだ。でも中には、洗濯を小間使いに任せきりにしている人もあります。そして小間使いが間違えて服を破いてしまうものなら、「次にやったら、魔法でボタンに変えてやるからね」と言って小間使いを打ちます。人をボタンにする魔法なんて、ちょっと面白いね。
 洗濯には皆、いい香りの液体石鹸をじゃぶじゃぶ使います。あたしは香料のない洗濯用の石鹸でこすっているけれど、みんなの服から素敵な香りがするので、一度だけ、持ってきた特別な石鹸で服を洗ってみました。洗っているときはとてもいい香りでしたが、乾くとあまり香りはしませんでした。どちらかというと、こうもりのたくさんいる洞窟みたいなにおいがしました。甲斐ないので、もうしないと決めました。
 友人について。同い年の子はいませんが、年上の子たちと、年下の子がいます。年下の子はおしゃまで、お菓子作りが上手です。年上の子たちは、選択授業で一緒の子たちです。友人一人一人について書くと手紙には収まりきらないので、帰った時にまとめて話します。とても楽しい人たちです。年末のお休みに、この子たちと魔法の練習をしに、四泊でセマ市に旅行に行きます。子供だけで行くなんてとんでもない、なんて言わないでしょうね?だって、年が明ければ、あたしも成人ですもの。未成年最後(といっても、友人はこの国の慣例通り、二十歳で成人だから、来年も未成年であり続けるわけですが)の、記念旅行というわけです。別荘がセマ市にあるんですって。ウォリウォリに帰るのはその後の予定ですので、師走十五日くらいになるかと思います。セマ市では刺繍が盛んなようなので、ニッキには刺繍のお土産を買って帰るつもりなので、乞うご期待です。
 友人のことは今回は詳しく書かないと言ったけれど、でもどうやらこの友人の間で単なる友人以上の気持ちが芽生えて、あたしはさながらキューピッド役になっています。友人に限らず、学院内では誰かれの心が欲しいとか、誰の心は捧げてもらっても迷惑だとか、そんな話ばかりです。それでいてみんな勉強もしっかりしているのだから、たいしたものです。
 特別な人たちじゃないのです。あたしとあんまり変わらない、普通の子たちが、小説みたいな恋をして、さらに相手からも恋されています。不思議なものです。あたしはことこの件に関しては、完全な部外者です。まだ二か月しかたっていないのもあるけれど、今後もあたしはそういうことの当事者にはならないような気がします。いつもそういうことはあたしの脇で起こる気がします。いっそ例の彼女に頼みこみ、魔法でボタンにしてもらおうかなと思います。そうして、誰かの服にはりついていられたら、あたかも自分が当事者の気分になれて楽しいかもね。
 というわけで、たしなみ深いニッキですから、頂いた手紙には書いていなかったけれど、あたしが悪い男にひっかからないか、当然心配しているでしょう。でもこの通り、大丈夫なのでご安心を。あたしというこぶがいない間、ニッキも心配することをやめて、素敵な時間を過ごしてもらいたいです。
 成人の儀の準備に奔走してくれて、どうもありがとう。さぞ大変な苦労をして準備をしてくれていることでしょう。あたしは、ニッキの苦労に報いられるよう、せめて頑張って勉強します。呪文学のテストではこの間、上から三番目の成績でほめられました。補修科目が終われば、薬草学の授業も受けようと思っています。これなら、卒業して魔女になれなくても、ニッキの魔法植物屋さんを手伝えるね。離島にしか生えない固有の植物を採ってくる、なんていう仕事も楽しそうだなぁと思っています。
 成人の儀に先立って、先日兄様より新しい成人用の身分証が届きました。これによると、もうあたしは成人しています。この身分証はちょっと面白い出来になっています。適当に兄様が言った文面を、真面目にそのまま書き写したようです。兄様の新しい側仕えの人が送ってくれたのですが、捨助はまだ忙しいんでしょうね。夏休みに会えるといいのですが。
 ところで、先ほど書いた特別な石鹸について、ニッキはもうお気づきでしょうね。この石鹸については、謝らねばなりません。売り物にしようとしまってある中で、一番出来のいい、あのお花の形の石鹸のことです。あたしはどうしてもこれを必要と感じ、こっそり持ってきてしまいました。だって、学院に通う子たちはお金持ちで、素晴らしい服やハンカチを持っていると聞いたので、あたしも一つくらいいいものを持っていきたかったのです。確かにこの学校の人たちはみんな、とてもきれいです。男の子の中にさえ、髪をきれいに巻いている子がいます。だからこの石鹸を持って行って良かったです。あたしは学校で少し残念なことがあったりすると、この石鹸を眺めます。そしていくらか元気をもらいます。見ているだけなので、減りません。減ったのは、服を洗ったあのとき一回だけです。卒業したら必ず持って帰るので、どうか許してくださいね。
 他にもいろいろと謝ることがあるのですが、一度に書いてしまうとさすがのニッキも怒ってしまうでしょうから、一つの手紙で一個ずつ謝ろうと思います。
 ではでは、また。
かしこ

あなたのニンニク料理が食べたいフジより

ニッキ様
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