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第1話「俺にはロシア人ハーフの許嫁がいるらしい」

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「おっきくなったら、けっこんしよーね!」

「うん!」

 俺――雪村翔ゆきむらしょうは学校に向かう途中、幼い頃に交わした約束を思い返していた。誰かと交わした約束を。

 約束を交わしたことは覚えているのだが、相手の名前と顔がどうしても思い出せない。まあ、相手もそんな約束の事なんて覚えているはずもないので、どうでもいいのだが。

 俺はそんなことを考えながら学校へと向かった。


 *****


 教室に着くといきなり一人の男子生徒が声をかけてくる。

「なあ翔、宿題の答えを写させてくれ」

「またやってきてないのかよ。まあ、いいんだけどさ。ほらよ」

「サンキュ」

 俺の高校生活はすでに半年が経っており、友達もそれなりにできた。

 こいつはその中でも親友と呼べるほど仲の良い友達である山岸和也やまぎしかずやだ。俺は『カズ』と呼んでいる。

 カズは大急ぎで俺の答えを写し始めた。

 カズよ、先生が来るまでには写し終えてくれよ? 先生にバレたら俺まで怒られるんだから。
 カズは答えを写しながら話し始める。

「そういえば聞いたか?」

「何を?」

「今日、このクラスに転入生がくるらしい」

「まじか。どんな子だろうな」

「さあ? さすがにそこまではわからないな。俺はただ可愛い子であることを願うよ」

 カズは相変わらずだ。そんなに可愛い子を求めなくても、モテてるだろうに。

 そんなことを考えているうちに、カズはすぐに俺の答えを写し終えた。
 早すぎないか? そうか。毎日、他人ひとの答え写してるからか。

「お前の答えを写す速度、異常じゃない?」

「まあな、慣れよ。そんなことより早く転入生来ないかな」

「モテモテなお前からそんなことを言われる転入生は他の女子から羨まれるだろうな」

「え? それ、お前が言――」

 カズは何かを言いかけたが、同時に担任の先生が教室に入ってきた。
 いつもは騒がしいクラスメイト達だが、今日は何故か静かに席についている。みんな、そんなに転入生が気になるのか。

 そんな俺も多少は気になっているんだけどね!

 担任の先生は、一度教室全体を見渡し全員が席についているのを確認すると話し始めた。

「えー、今日はこのクラスに転入生が来ることになっている、というかもうドアの外まで来ている」

「「「おおおおおおおおおおおおお!!!」」」

「静かに」

「「「…………」」」

 今日はやけに先生の言うことに従順だな。転入生の影響力すごいな。
 皆、転入生に対する期待度が高すぎやしないか? そんなんだと、転入生が教室に入ってきづらいと思うんだ。

「えー、では、早速だが転入生を紹介しようか。それじゃあ、入ってきていいよ」

 先生はドアの外にいる転入生に入ってくるよう声をかける。

 ガラッと教室のドアが開き、転入生がゆっくりと教室に入ってくる。

 俺はその瞬間、すべての考えが吹き飛んだ。

 長く透き通るような美しく艶つやめく銀髪。
 引き込まれるような黄金色の瞳。
 そして、モデルのようにすらりとしたスタイル。

 俺は、彼女のことを知っている。
 いや、思い出したといった方が正しいだろうか。
 そう。彼女は、俺が幼い頃、結婚の約束を交わした相手なのだ。

『え? あの子って』

『まじ? やばくない⁈』

『まって私、夢でも見てる?』

 クラスメイトのみんなは、俺とは違う理由で驚いているようで教室中がざわつき始めた。
 俺はカズに尋ねる。

「なあ、カズ。なんでみんなざわついてるんだ?」

「なっ……! お前、あの子のこと知らないのか⁈」

 いや、あの子のことはわかる。お前らとは違う理由で、だが。

「有名なのか?」

「あの子は、去年の女子中学生ミスコンでグランプリに輝いた子なんだぞ!」

「まじか!」

 女子中学生ミスコンというのは、女子中学生で誰が一番可愛いかを決めるイベントだ。
 そんなイベントでグランプリに……凄いな。
 あの容姿なら当然か。

 転入生は黒板の前に立つと、先生に促されて自己紹介を始める。

「私の名前は、桜花おうかアリナです。父が日本人で、母がロシア人です。私は、日本生まれ日本育ちなのでロシア語は全く話せませんが、これからよろしくお願いします!」

「「「うおおおおおおおおおおお!!!」」」

 彼女の自己紹介を聞いたクラスメイトは歓喜の声を上げた。
 そんな中、カズは小声で俺にささやく。

「俺、いくぞ」

「……え? どこに?」

 カズはダンッと大きな音を立て、立ち上がった。
 こいつは何をするつもりだ?

「桜花アリナさん! 俺の名前は、山岸和也と言います。俺と付き合ってください!」

 ……なっ!
 こいつ、いきなり告白しやがった! おいおい、待て待て待て待て! 彼女は俺と結婚の約束をした相手だぞ! 許嫁みたいなもんだぞ!
 ……そうだよね?

 彼女は俺のことなんて覚えていないと思うが。

 まさかカップル成立しちゃうのか? カズはイケメンだもんな。やめてくれ! 今、成立されたら俺の心はズタボロになっちまう!

 俺は彼女の方に視線を移す。
 すると、彼女も俺の方を見ていた。

 多分、気のせいだ。俺の前にいるカズを見ているのだろう。

 少しの間が空いた後、彼女は口を開いた。

「ごめんなさい。あなたとお付き合いすることはできません」

「そう……ですか。俺じゃ、ダメ……ですか……」

 カズは静かに席についた。
 まさか断られるとは。
 親友が単語ぎょくさい玉砕したのに、どこかホッとしている自分もいた。

「あなただからダメというわけでは、なくてですね……」

「では、何故?」

 カズが彼女に理由を問うと、彼女は答える。

「私には結婚を約束している人がいるんです」

「ああ……そうでしたか……」

「はい。そこにいます」

 そう言うと彼女は俺を指差した。

 そして、クラスメイト全員の視線が俺に集まる。






「……え?」


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