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6話 日常が崩れた日

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6話 日常が崩れた日
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「お邪魔しまーす」

「あ、本当に来た」

「本当に来たって、何よその言い草。ちょっと酷くない?」

 いや、そんな当然来るに決まってるみたいな言い方されても……小川さん、昨日体調崩して寝込んでたじゃん。
 まぁ、昨日話した感じから薄々くるんじゃないかとは思ってはいたけど。
 でも、もしかしたらお母さんに止められてやっぱ今日は中止とかになるんじゃないかなとか。
 というか、出来ればそうなって欲しかった。

 小川さんと遊ぶのが嫌だとかそう言うのではなく、単純に心配なんだよね。
 それに、デジタルタトゥーとか言い出した時のことといい、小川さんもともと頑固なとこあったけど最近は特に強情になってきてる気がするし。
 僕だとどうにも止めにくいというか。

 そんなに面白いのかね?
 ただ適当な場所に遊びにいって写真撮ってるだじゃん。

「小川さんは体調は大丈夫なの?」

「うん、バッチリ。昨日は一日ゆっくりしたからね」

「それならいいけど……」

「ごほごほ」

「……」

 咳、してるんですけど?
 これ本当に治ったのか?

 小川さんの目をじっと見つめると、気まずいのかさっと目を逸らされてしまった。
 目を逸らさないでくれ。
 やましいことがあるんだろ?
 本当は体調万全じゃないんじゃないのか?

 と言うか、そんな体調不良を押してまでやる事じゃ……

「いや、本当に大丈夫だから。そんな目で見ないで」

「やっぱり、しばらくは無しにして」

「大丈夫! ちょっと気管に変なの入ってむせちゃっただだけだから。体調不良とかじゃないから」

「無理してない?」

「そもそも、無理する理由もないでしょ?」

「……」

 そう、無理する理由なんてない。
 何か大切な用事があるわけでもなく、ただふらっと遊びに行って写真撮ってるだけ。
 いつでもできる事だし、何か期限があるわけでもないし、そんな理由なんてない。

 そうなんだけど……昨日の小川さんの様子を見る限りねぇ。

「それに、せっかくの夏休みなのに部屋にこもってちゃもったいないじゃん!」

「はいはい」

「それで、今日はどこ行くんだ?」

「今日はねぇー」

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「おい、大丈夫か?」

 一緒に並んで歩いていたのが、突然小川さんが体勢を崩して僕の方に倒れ込んできた。

 あっぶな。
 ギリギリ支えられたけど、もし反対方向にでも倒れてたらそのまま地面に頭打ってたぞ。
 額を触ると、心なしか体温が高い気がする。

 やっぱり体調悪かったんじゃねぇか。

「ごめん健くん」

「いや、僕は大丈夫だけど。小川さんは大丈夫なの? 熱っぽい?」

「ちょっと休憩したいかも」

「了解」

 言わんこちゃない。
 昨日とか今日の朝はここまで苦しそうじゃなかったし、無理するから悪化したな。
 これはしばらくは体調悪いままかもな。

 まぁ、自業自得だ。
 しばらくこうやって遊びに出かけられなくなるだろうし、その間たっぷり反省してもらおう。
 無理するからこう言うことになるんだ。
 今日休んで体調万全にしとけば、そっちの方が夏休みを有効活用できたと言うのに。

 というか、今日の朝無理にでも止めておくべきだったかもな。
 昔なら相手の気持ちを一旦無視して口でどうにでも言いくるめて休ませられてたんだろうけど、小川さん相手にそれやるのはなぁ。
 嫌われたくなっいって気持ちが先行してしまう。
 その結果このザマなのだが。

「おかしいな、朝は大丈夫だと思ったんだけど……」

「朝から咳してただろ。はぁ」

「あ、近くに休憩できるとこあるみたいだからそこ行こう」

「ん? まぁ、確かにベンチで風に当たりながら休むのもあんまり良くないか。カフェにでも行くのか?」

「内緒。こっちの方みたい」

 近くにあるなら、ちゃんと休めるところに言ったほうがいいよな。
 家に帰るのが一番いいんだけど、ちょっと遠いし電車も乗らないといけないし。
 カフェも横にはなれないけど、外の風にさらされるよりはマシか。

 しばらく休ませてある程度元気になったらまっすぐ帰宅だな。
 元気になったらさっきまでの続きをとかいい出しそうだけど、今回こそは決意を強く持って認めない。
 さっきガチで危なかったし。

 ちょっとかわいそうかもだけど、小川さんのお母さんにも相談してしばらく外出禁止にでもしてもらうのも考えたほうがいいかな。
 彼氏でもないただの友達がそこまで干渉していいのかって思うけど、こんな体調崩してでも遊びに行こうとするのちょっと異常な気がするし。
 まさか、本当に体調を崩すまで遊ぼうとするなんて……

「……なんか、街並み怪しくね?」

「そんなことないよ」

 小川さんに案内されるまま来たけど、なんかメインの通りから何本か外れた通りだ。
 夜になったら開くのだろう、シャッターの閉まった居酒屋が並んでいる。

 こんなところにあるのか?
 いや、カフェなんてどこにでもあるのかもしれないけど。

 進めば進むほど、どんどん不思議な雰囲気になって行く。
 普段はほとんど訪れない場所だ。
 心なしか空気も澱んできてる気がするし、こっちの方はちょっとやめたほうがいい気がする。

「やっぱ引き返した方が……」

「ほらついた、ここ」

 目的地に着いたらしい。
 僕としては一刻も早く離れたいのだけど。

 小川さんの指さす先には、やけに豪華な建物があった。
 なんというか、お城のような見た目だ。
 噴水とかもあるし、周りから完全に浮いてる。
 ファンタジーな空間だった。

 ……って、

「ラブホじゃねぇか!」

「? いいから入ろう」

「は?」

「休憩って書いてあるよ」

「とぼけるな、知ってるくせに」

 こんな場所に来て、何を言い出すのかと思ったらとぼけたことを。
 それは何も知らないような無知な子が言うから通るのであって、そんなニヤニヤしながら言われても……

「ダメ?」

「ダメに決まってるだろ」

「中身見たかったのに。ここの中すごいんだって、教室とか電車とか再現した部屋が」

「はいはい」

「むー」

 流石にダメだろ。
 というか、中学生じゃ入れないよ。

 中身気になるのはわかるけど、僕も気になるし。
 っていうか、ここそう言うとこかよ。
 なにアブノーマルなとこ連れてきてくれてるんじゃ。
 そもそも教室って、学生に戻りたいような人が行く場所なんじゃ……

 でも、小川さんてそう言うの興味あるんだ。

 ……

 いや、ダメだ。
 この話題に乗ってもからかわれるだけ。
 仮に小川さんの言葉間に受けて、入るなんて言ったら……
 恐ろしい。

 というか、なぜこのラブホの内装なんて知ってるんだ?
 もしかして今日初めからこっちくる予定だったんじゃ。
 じゃあ、さっきのこっちに倒れてきたのも……

 カシャ、

「な、今何撮りやがった」

「えへへ。ラブホの前で考える健くん」

「おま、そんなの消しやがれ」

「嫌でーす」

 くっそ、変な写真撮りやがって。
 別にやましいことじゃない、ただ通りかかっただけだし。
 そもそも、小川さんに連れてこられただけだし。

 でも、そんな写真を小川さんに握られてると思うと……ちょっと勘弁してほしい。

「はぁ、心配して損した。こんなことのために体調悪いふりするとか、これからはやめてくれよな」

「ごめ……」

「ん? また……。流石にもう騙されないし、そもそも仮に本当に体調悪かったとしてもここは病人が入るような場所じゃないよ?」

 言った側から、また僕にしだれかかってきた。

 これは説教ですね。
 有無を言わさず家に連れ帰って、説教です。
 これはいけないです。
 せっかく心配してやったと言うのに、こんなこと繰り返してたら本当に体調悪い時助けてもらえなくなるぞ。

 ちょっとかわいそうかなとか思ってたけど、やっぱり小川さんのお母さんに相談してしまおう。
 体調良くても悪くても、しばらくは外出禁止を言い渡してもらって反省してもらうべきだ。

「……小川さん? いつまでそんなことして、」

 あれ?
 ちょっと、様子が……

 さっきは少しあったかいかなぐらいだったのに、明らかに熱い。
 微熱なんてもんじゃないぞ。

「大丈夫か? おい、」

「いや、ちょっとクラって来ただけで」

「立てるか? ちょ……」

 小川さんからもう一度力が抜けた。

 演技なんかじゃない。
 明らかに異常だ。
 どうすれば……

 と、とりあえず119番!

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