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一章 アリス・バース・デイ

想いを背負って

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 ディスカーダー・エシラを倒してから一夜明けて。私達と、検査を終えた越恵はワンダーランズの部屋に居た。治療班の人が言うには、命に別状はないし、ほとんど怪我もないらしい。
 ……それで、私は一応、別人ってテイで話してる。バレたくないってのもあるし。今この部屋にいるのは実は全員じゃない。別件でダムさんとハートちゃんが居ない。んだけど、後々戻ってくるらしい。
「皆さん、本当にありがとうございました」
「いいのよ、それが私達の使命なんだし」
 ハッターさんは紅茶を入れながら越恵に言った。
「夜に部屋で寝ようとしたら、黒いモヤみたいのが窓から入ってきて……何だろうと思ってたら、意識を失って……気がついたら、こんな変な場所に居て……」
「なるほどな、そりゃ災難だったな」
 それを聞いて、三人が少し苦い顔をした。
「人に憑依するディスカーダー……伝聞でしか聞いたことないわよ」
「俺の場合とは違うようだな」
「ちょっと、面倒なことになりそうだね」
 それを聞いて、私はもしかして、と思ったことがあった。ので、三人に小声で話しかける。
「私の前の『アリス』さんが死んだ時……そのディスカーダーの反応が急に消滅したって言ってましたよね」
「ええ、そうね」
「ただの想像なんですけど……その討伐し損ねたディスカーダーが、現実世界で漂ってて、たまたま標的にされたのが妹……とかないですよね」
「そう、なると……ふむ、納得はいくな」
「ってことは、これからはそれも考えてかなきゃいけないのかー……」
 もし本当にそうだったのなら、みんなは前の『アリス』さんの仇打ちをできた、と言うことになると思う。私の予想が合っていてくれればいいんだけど……
「あのー……」
「あ、ああごめんね置いてけぼりにしちゃって。ちょっと今の気になった部分があってね。気にしないで」
 越恵をほっぽり出して、こっちの話をしてしまった。いけないいけない……
「ところで、皆さんなんでそんな格好を?コスプレ……にしてはだいぶ完成度高いですけど」
 その言葉で一斉にみんなが固まる。どう説明したものか、と悩んでいる様子だった。しかし、そんな中ディーさんが明るく切り出す。
「ただのコスプレ集会だから平気だよ、似合ってるでしょ?」
「まあ、はい、そうですけど……」
 さすがディーさんというべきか、一言で納得させた。
「私、ここから帰るにはどうしたら?結構時間経ってるでしょうし、家族も心配してると思うんで」
「帰る、かぁ」
 私達が悩んでいるところに、突然扉が開く音。
「戻ったぞ」
「た、ただいまです」
入ってきたのは想定の通りダムさんとハートちゃんだった。ハートちゃんは一目散にディーさんとハッターさんの後ろに隠れて、私達の方を見ていた。
「代表から帰還パスを貰ってきた。それで、君に聞いてほしいことがある」
「私に、ですか?」
「ああ。本来ならば君は今ここに居るはずのない人間。だから、君が今ここで過ごした時間の記憶は消さなければいけない」
 あれ、何だか結構物騒なことが聞こえたような気がしたけど……
「それで、だ。君が望むなら特例として、我が組織LoOKsに迎え入れようと思う、というのが代表のお達しだ」
「もし拒否したらどうなるんですか?」
 言ってから、ハッとして口をつぐむ。思わず声が出てしまった。
「従来通り、規則通り。記憶を消して日常生活に戻るだけだ」
 驚く様子もなく、ダムさんは淡々と進めた。
「さあ、選んでくれ」
 そして、ダムさんは二つのカードを越恵に差し出す。左手にあるのは帰還パスと呼ばれていたカード。右手には私達が持っているのと同じような柄のカード。正直、戦ってみて分かったけれど、越恵にはこんな危ない目に合って欲しくない。それに、名前を知られてはいけないという制約上、ふとした時に越恵の事を呼んでしまいそうで……
「アリスちゃん、ちょっとこっち」
 小声で白ウサさんに呼ばれて、そっちの方に向かう。
「妹って言ってたけど、代表はどういう考えなんだろうな」
「ハートちゃん的にはまたお姉さんが増えていいでしょうけどね」
 ハッターさんに頭をポンポンとされるハートちゃん。いつかこの子ともしっかりと話をしてみたいな……
「アリスちゃんの妹かー、不思議なこともあるんだね」
「……あの。もし名前が知られてしまったりしたらどうなるんですか」
「ああ、あれ?前に代表に聞いたけどだいぶ前に作られた形式なものだから気にしなくていいって言ってたよ?」
「……えー?」
 あれだけきっちり書いておいて、実際はそうだなんて、ちょっと拍子抜け。
「昔は他人であることがいいってされてたけど、先代の代表から日頃の生活でもコミュニケーションを取ればチームの絆も強くなるだろうって方針になったみたい」
「それでも俺らは長いけど互いの素性なんか全然知らないけどな。結阿の件もそうだったし」
「知りたいとは思わないんですか」
 私が聞くと、珍しくハートちゃんが口を開いた。
「わたし、は。今まであまり自分で言えなかったけど……おうちに、あまり居場所がないから……もっとみんなの事、知りたい、です」
 その言葉に、白ウサさんもハッターさんもディーさんも言葉を詰まらせた。私も言い出した手前、何か言いださないとと思ってたけど、何も言えなかった。
「……っく、はははははははは!」
 そんな静寂を破るかのように、白ウサさんが高笑いし始めた。
「そうか、そうだよな!ハートちゃんに言われたら仕方ないな!っははははははは!」
「な、なんでそんな笑って……」
「じゃあいつか、俺らも現実世界で会うとするか!なんてったって、ハートちゃんのお願いだもんな!」
 笑いながらハートちゃんの頭をわしわしと撫でる白ウサさん。そんなハートちゃんもまんざらではなさそうだった。
「よく言ってくれたわね。私達もどうしようかとずっと思ってたの」
 ハッターさんがハートちゃんににこやかに、とても優しい笑顔をする。母親、とまではいかないけど、心優しいお姉さんみたいな感じだった。
「じゃあ、いつか会おうね。現実世界で」
 けど、ディーさんだけはなんか表面上は会いたそうにしているけど、心の底では会いたくなさそうにしている感じがした。
「終わったか」
 と、そんな中にダムさんが混ざってきた。越恵も決心したようで、カードを手にしていた。でも、持っているカードは手でほとんど隠れていて、どっちなのかは分からなかった。
「それじゃあ、君の決意を聞かせてやってくれ」
「はい」
 越恵は深呼吸をして、落ち着いてから言い放った。こっちまで緊張してきて冷や汗が出てきた。
「こうやって助けてもらって、とても感謝してます。さっきのみなさんの仲良くしている姿を見て、ちょっといいなとも、思ったり。だから……」
 喉がなる。その持っているカードはどっちなのか。
「私も!恩を返すという形で!その仲間に入れさせてください!」
 そう言って深々と頭を下げる越恵。
「だ、そうだ」
 続いて、ダムさんが言った。私達は顔をそれぞれ見合わせてから言い始める。
「そりゃ勿論、大歓迎だぜ」
「ええ。仲間が増えて楽しいし」
「仲間は多いに越した事ないしね」
「また、お姉さんが増えました」
 結果的に最後になっちゃったけど、しっかりと越恵を見て言う。
「これから先、いろんな事を見たり、色んな人と出会ったり、普通に生きてるんじゃ体験しない事、いっぱいあるけど……頑張ってね」
 なんか、説教というか、姉じみたこと言っちゃった……恥ずかし。
「どうやら、みんな認めてくれているようだ。勿論、俺も歓迎する」
 ダムさんが言って、やっと越恵は頭を上げた。
「最後に、そのカードの名前を読めば、君は正式に我らワンダーランズの仲間になる。さあ、名を」
「はい……私は、私のアバターネームは……『トランプソルジャー』!」
 越恵が叫ぶ。私もすっかり慣れた身を包む光の輝きにびっくりしているようだった。
「おぉー……これはこれは……」
 長い髪は真っ赤に染まり、ポニーテールになる。白黒ツートーンのロングコートのボタンはトランプの柄。ズボンはちらりと見る限りハッターさんみたいなタキシード。靴は白ブーツって言う、なんともみんなのファンシーな衣装を見た後だと迫力に欠けるけど、十分ファンシーな衣装だった。
「すごいすごい、わぁー!」
 こんなにはしゃいでいる越恵は久しぶりに見たかもしれない。くるくると回って、服の色々な場所をキラキラとした目で見ている。
「っていうか、これ全然コスプレじゃないじゃないですか!」
「まあまあ、さっきまで仲間入りすると思わなかったから咄嗟に嘘ついちゃった、ごめんね」
 確かに、さっきコスプレ集会とか言ってた。結構バレバレの嘘だと思ってたけど……
「それは置いといて、と。改めてよろしくね、トラソルちゃん」
「トラソルちゃん?」
 ハッターさんが越恵……もとい、トランプソルジャーを呼んだ。けど、ちょっと変な呼び方だった。
「ほら、トランプちゃんだと兵士さんっぽくないし、かと言ってソルジャーちゃんとか兵士ちゃんじゃ堅苦しいじゃない?だから、両方組み合わせてトラソルちゃん」
「「「あーーーーー…………」」」
 私、白ウサさん、そしてディーさんが同時にあまり納得のいってないような声を上げる。
「トラソルちゃん、トラソルちゃん……うん!気に入りました!」
「本人はこう言ってるが、どうなんだ」
「ずいぶん気に入ったようね」
 ダムさんは納得いっているあたり、意外とハッターさんとダムさんのセンスって似てるのかもしれない。
「さて、じゃあ自己紹介しなきゃね。私はアバターネーム『マッドハッター』。気軽にハッターさんとか、ハッターお姉さんって呼んでくれていいのよ?」
「わかりました、ハッターさん」
ハッターお姉さんが無視され、横で吹き出す白ウサさん。
「白ウサ?何笑ってるのよ」
「いやあ、綺麗にスルーされたなって。あ、俺はアバターネーム『白ウサギ』。白ウサさんとか、白ウサお兄さんでもいいぜ?」
「はい、白ウサお兄さん」
 呼ばれた瞬間、白ウサさんの靴をグリグリと踏みにじるハッターさん。
「なんで私が呼ばれなくてあなたが呼ばれるのよ……」
「えへ、ちょっと面白いかと思って。白ウサさんもよろしくお願いします」
「ああ、よろしく。ディーとは気が合いそうだな」
 ハッターさんが少し不機嫌なまま、次はダムさんが自己紹介をする。
「俺はアバターネーム『トゥウィードル・ダム』……ダムでいい」
「そしてー、僕が『トゥウィードル・ディー』!ディーって呼んでね!」
「はい、ダムさんにディーさん!」
「トラソルちゃん、元気よーし!」
「いえーい!」
 ああ、なんとなく一緒に居るうちにディーさんから感じてたのはあれか、越恵と根本が同じなんだ、だから既視感が……
「……『ハートの女王』です。ハートちゃんで、いいです」
「わかった」
 ハートちゃんはハッターさんの後ろに隠れながら自己紹介をした。私の時もそうだったし、ハートちゃんは信頼してる人とじゃないと緊張しちゃうんだね。
「最後よ、アリスちゃん」
 あ、忘れてた。今の私は白石蛍じゃなくて、アリスなんだった。
「私は『アリス』。普通にアリスでいいよ」
「そんなそんな、敬意を持ってアリスさんって呼ばせてもらいますって」
「うーん、ちょっと恥ずかしいけどまぁいいや」
「……」
 各々が自己紹介を終える中、無言でトラソルに歩み寄るハートちゃん。
「あ、あの」
「どうしたの?えーっと、ハートちゃん」
「トラソルさん、よろしくお願い、します」
 少し緊張しながら、手を差し伸べて握手を促す。
「うん、よろしくね、ハートちゃん」
 その手を両手で取り、二人は握手した。
「ハートちゃんがトラソルって呼ぶなら、俺らも呼ぶしかないな」
「なんだかんだ言って僕たち、ハートちゃんに甘いもんねぇ」
「そうね」
 三人はトラソルとハートちゃんの近くに寄っていく。
「改めて、俺らもよろしく頼むよ」
「はい!」
 私はその光景を、輪には混ざらずに遠くから見ていた。越恵の事を、こんなにも明るく迎えてくれたことに安心していたのかもしれない。
「アリス」
「ひゃい!?」
 急に耳元で呼ばれてびっくりしてそっちの方を見ると、隣にいつの間にかダムさんが居た。
「俺は、お前やディーのことが羨ましい。弟、妹……兄弟姉妹がいるというのは、どんな感覚なのか分からなかった。このワンダーランズに入って、ディーが弟の役割になっても、その感覚はよく分からなかった」
「ダムさん……」
「こう言うことをあまり言っていいのかも分からないが、俺以外はみんな兄弟や姉妹がいるらしい。だから言ってしまえば、みんな羨ましいことにはなってしまうがな」
 ハッターさんも、白ウサさんも、ハートちゃんも兄弟姉妹居るんだ。ちょっとだけ、親近感が増した気がする。
「でも、ハートちゃんはみんなに妹みたいな存在として認識されてません?」
「確かに、そうだな。言われてみれば、俺達がハートに対する接し方が、妹や弟に対する接し方なのかもな」
 静かに笑ったダムさんの横顔は儚げで、衣装も相まって童話に出てくる王子様みたいだった。
「アリスさーん!ダムさーん!」
 持ち前の適応力でもうみんなと打ち解けたであろう越恵が、私達を呼んでいた。
「呼ばれてるぞ」
「ダムさんもですよ」
「そうだな。俺達も行こう」
「はい」
 私達は一緒にみんなのところに戻った。
「何話してたの?ダム、珍しく笑顔だったけど」
「ああ、話してる二人、楽しそうだったぞ」
「僕と話してる時でさえ、あまり笑顔見せないのになー」
「そうか?」
 ダムさんがみんなにいじられてる中、私はトラソル……もとい、越恵から話しかけられた。
「聞きましたよ、アリスさん」
「な、何をかな」
「あなたが私を先陣切って助けてくれたって。本当にありがとうざいます」
「うん、全然大丈夫だよー、無事なのが一番いいから」
 しどろもどろになって答えてしまった。これ、いくら今はもうバレてもいいからって、知り合い、しかも実の姉がこんなメルヘンでファンシーな格好して戦って、それで助けたなんて、ちょっと自分からは言い出しにくいよねー……。一応、みんなには私が姉ってことは黙っててほしいって頼んであるけど、大丈夫かな……特に白ウサさん。
「前は私が守られたけど、今度は私がみんなを守ってみせますから」
「トラソル……」
 危ないちょっとジーンと来ちゃった、涙腺。
「でも、あまり気負いすぎないでね。守る守られるとか、恩を返すとか以前に、大切なチームの仲間だから」
 なんて、自分でも姉ってバレたいのかバレたくないのか分からない対応をしてしまった。
「アリスさんみたいな人がお姉ちゃんだったら良かったのになー」
「お姉ちゃん?」
 前言撤回。この流れだと絶対私の悪口言われるパターンだよ。
「私のお姉ちゃん、部活に勉強、部活に勉強で私に全然構ってくれないんですよねー」
「そ、そうなんだ」
「それに、流行りの話とかしても、お姉ちゃん全然疎くて、教えてもすぐ忘れちゃったりとかで困っちゃうんですよー」
「な、なるほどね」
 知らないだろうけど本人を目の前にしてこんなに姉の悪口を言うなんて……いや、この子は姉が目の前だろうがそうでなかろうが言うなぁ……
 目線で越恵の肩越しにみんなにヘルプサインを送ってるけど、全然助けてくれない。主に白ウサさんとハッターさんが三人を止めてる感じ。
(白ウサさんもハッターさんも、今度絶対困らせてやる……!)
 困らせるなんて、そんな何をするかなんてパッとは思いつかないけど、絶対になんか困ることをしてやる。
「でも……」
「でも?」
「とても優しくて、勉強で困った時も丁寧に教えてくれたりしますし、こんなに悪口言いましたけど、家族の中で一番、一緒に居て安心します」
「そ、そうなんだぁ……」
 こんなこと言われるの初めてだし、というかそんなそぶりも今まで見せたことないじゃん!なんで聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなこと平然と言えるのこの子!
「いつかお姉ちゃん、紹介したいです」
「タ、タノシミニシテルネ」
「?」
 いい感じのところで切り上げて、ハッターさん達のところに行く。
「そ、それじゃあ締めの一言、ハッターさんよろしくお願いします」
「ふふ、じゃあお詫びも兼ねて承るわ」
 そう言って一歩前に出るハッターさん。
「新入り、トランプソルジャーさん。ここにいる子達は今日からあなたの仲間。そして同時に、友人でもある。必ずここに居るってわけじゃないけど、任務以外で会った時はしっかり仲良くしてね?」
「は、はい」
 ……思った、私の時はこんなことやらなかったはずなんだけど。まあ、理由については色々察するところはあるけれど。
「トラソルちゃん。それと遅くなっちゃったけど、アリスちゃんも。二人揃ってよろしくね」
「あっ、はい!」
「あれ、アリスさんも新入りだったんですか?」
「つい一ヶ月前に、ね」
「よかった!それじゃあ新人同士、頑張っていきましょうね!」
 笑顔で両手を掴まれ、ブンブンと上下に腕を振られる。
「ははっ、トラソルちゃんは元気でいいな」
「そうね」
「賑やかなのはいいよねー、ねーダム」
「そうだな」
「おねえちゃん、増えました。うれしいです」
 こうして、私は『高校二年生白石蛍』と、『アリス』としての二つの素性を持って暮らすことになった。それに関しては越恵も同じだけど……
 いつ、私が『アリス』ってバレちゃうのかなあ。
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