溟の魔法使い

ヴィロン

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第一章 来訪、欧州の魔法使い

エピローグ

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 結局昨日は寝てしまったし、遅くなっちゃったけど僕は紗代に一応連絡しておこうと思って電話をした。まあ、二人に怒られた。
『おにい、なんで黙って出てくの!?』
「急を要する事態だったんだって」
『結人様、心配したんですよ!?二人して!』
「ご、ごめんって……ほら、ソフィアとアクセリナもなにか言ってよ」
『え!?ソフィアさんの家に居るの!?ちょっと、どういうことなの!?』
 僕はうるさいと思いつつ、ソフィアに携帯を渡す。
「変わりました~」
『ソフィアさん、なにかされてませんよね!?』
「なにか……は、されましたね」
『えええぇぇぇ~~~!?』
 ああ、終わった。後で説明するの大変なんだけど。
「ユイトが魔法で私を救ってくれたんです、それに……」
『それに?』
「私、ユイトの婚約者になりましたから」
 それ、僕から言おうと思ってたのに。アクセリナに助けを求める視線を送るけど、諦めてください、と言わんばかりに首を横に振られた。
「はい、ユイト」
「ちょ、このタイミングで渡す!?」
 慌てて携帯を落としかける。
「あ、えーと、静梨。これには色々理由があってね」
『どういう理由?今私のおにいの評価はとんでもなく低くなってるよ。一ヶ月のスピード婚をする屑兄っていうね!』
「そこまで言わなくても……」
 そう言うと、今度は向こうで携帯が渡される音がした。
『あ、あの!結人様!おめでとうございます!』
「紗代。君は、その……大丈夫なのかい?」
『結人様が決めた人なら、きっと幸せになれますって!私のことは気にしないでください!』
「そ、そう」
 紗代からは祝福されていいのかよく分からなかったけど、本人がいいと言ってるんだから気にしないでおいてあげよう。
「それで、今から帰りはするんだけど、ちょっと寄るところがあるから遅くなるよ。昼までには戻るから」
『はい、分かりました!』
 そして今度は携帯がひったくられる音。
『おにい、帰ってきたらしっっっっかり説明してもらうからね!』
 最終的には、一方的に電話を切られる。
「……切られた」
「ふふ、ユイトの家はいつでも賑やかですね」
 家と言えば、僕は少し気になることがあった。……あ、ダジャレじゃないよ?無意識無意識。
「そういえば、この家はどうするの?」
「うーん、一応高校卒業まではここに住み続けようかと。来て一ヶ月で引っ越しするのもあれですし」
「そっか。一応こっちにもソフィアの部屋とアクセリナの部屋は作っておくから。幸い、空き部屋だけは無駄にあるからね」
 記憶している限り、空き部屋が三つはあったはずだ。と言ってもそれは、本来うちに来たお客様宿泊用なんだけど。あんまりそんな複数人で来ることもないし、そもそもお客様自体が最近は少ないし、別にいいでしょ。
「一度、和風な家に住んでみたかったんですよねー」
「私も、畳に布団を敷いて寝る、ということをしてみたかったので少し気分が上がります」
「あ、そう?」
 当の住人は畳の上に布団なんか敷かずにベッドで寝ていたりもするんだけど……黙っておこう。
「ところで、結人様。ソフィア様が日本に永住するとのことで、例の計画の最終段階に移行いたしましょう」
「そうだね」
「計画?最終段階?Vad menar duどういうこと?」
 僕とアクセリナは意味が分かっていないソフィアを連れ出して、父上の店に向かう。出る前に、アクセリナがなんか色々持ち出していたけど、中身、なんだろう。
「この道……ユイトの家の方じゃありませんね?」
「ちょっとね。アクセリナ、ソフィアのアレは測っておいたよね?」
「勿論でございます」
 こういう時だけ最後まで察しが悪いソフィア。次第に店に着いてしまう。店の中には、開店前の準備をしている父上が見えた。
「いらっしゃい、結人。おや、そちらの二人は?」
「あ、あの」
「結人様のお父上です」
 動揺しているソフィアに、耳打ちをするアクセリナ。
「わ、私、ソフィア・ヴェステルマルクと言います!」
「ヴェステルマルク……ああ、トールヴァルド卿の」
「あれ、父上知ってたの?」
「知っているも何も、居住手続きの手伝いをしてくれと頼まれてね。どうやってこんな極東の島国のこの家を見つけてきたんだか」
 父上はあまり驚かず、平然としていた。そして、すぐにいつもの業務モードになった。
「で、結人。今日は何の用だ?」
「えーと、色々あるんだけど……端的に言えば婚約指輪を買いたいんだ」
「婚約……」
「指輪……」
 父上とソフィアが交互に驚く。それもこれも今日決まったことだし、仕方ないか。
「ちょ、ちょっとユイト!確かに、OKはしましたけど、あくまでそれはまだ名目上のもので」
「なら、これから共に知っていこうじゃないか。それに、これは僕への戒めでもあるからね。あんなに心を尽くして説得して君の人生を変えた以上、責任を取らないとね」
 ソフィアは慌てていたが、父上は笑っていた。
「はっはっは、聞いた時はそんな軽い気持ちでいいのかと聞こうと思ったが、結人の中では色々覚悟しているようだな」
「僕がそんな軽薄な男に見える?」
「いいや、お前はドが付くほどの真面目だ」
 これまで日頃の行いがよかったおかげだ。父上はあっさりと認めてくれた。
「となると、トールヴァルド卿にも連絡を取らねばな」
「申し訳ありませんが、トールヴァルド様は現在連絡拒否をなさっています。こちらの方で少々込み入った事情が起こりまして」
「なるほど、そうだったのか。では、いずれ」
 僕が説明しようと思ったけど、アクセリナが説明してくれた。
「それで、デザインはどうする?」
 父上がレジの下からカタログを持ってきて僕に渡す。
「ソフィア、自由に決めてくれ」
「は、はい……」
 僕はそのままカタログをソフィアに渡し、少し待つ。
「えーと……hmm……」
 とてもキラキラした目で、しかし真剣な表情でカタログを眺めるソフィア。
「すみません、こちらのネックレスをいただけますか」
「おや、君も欲しいのかい」
「ちゃっかりしてるね、アクセリナ……」
 よく考えなくても、アクセリナも女の子。こういうところに来たらアクセサリーの一つや二つ買いたくなるだろう。前に作ってた自作のもいいけど、お店のものとなると違うもんだし。
「決めました!この、サクラみたいなやつがいいです」
「おお、なかなかいいね」
「決まりだな。それで、指のサイズは……」
 あ。ソフィアのサイズは測ってもらったけど、肝心の自分のサイズを測ってなかった。
「ソフィア様のサイズは9号ですが」
 そう言うと、父上がそそくさと僕の指のサイズを測り始める。
「ふむ、結人は14号のようだな」
「じゃあ、それぞれそれで作ってくれる?」
「分かった。楽しみに待っておけよ。それと、そちらのお嬢さんもどうぞ」
「ありがとうございます」
 指輪のデザインも決まったし、アクセリナも買ったものを受け取ったし、次は静梨と紗代だ。
「それじゃあ父上、よろしく」
「ああ」
「ありがとうございましたー」
 僕達は店を出て、家に戻る。道中、やけに緊張したけど。
「た、ただいま」
「あーっ、おにい!帰ってきた!」
「おかえりなさいませ、結人様!」
 片方は怒り、片方は喜びと差が激しかった。
「とりあえず、家に入ってから。ね?」
 僕は二人を押しのけ、リビングへと向かう。紗代が人数分のお茶を出し、みんなが着席してから話し始める……静梨が。
「で、おにい。どういうことなの?」
「えーっとね……」
「それは、私が話します」
 静梨にどこまで説明していいか悩んでいると、代わりにソフィアが話してくれた。流石に、襲撃の話だとかは省いて、全て『諸事情で』とか、『お父様がそう言った』で片付けてしまった。静梨と紗代は不思議に思いつつ、なんとなくは理解してくれたらしい。
「うーん、分からないけど……本当は高校卒業後に帰国する予定だったけど、思った以上に日本も気に入ったし、日本でやりたいことも出来たから、婚約者扱いにすれば帰国しなくても済む……ってことでいいの?」
「まあ、そんな感じ」
 実際は諸々血腥い事情があるけど、それを話すには少し空気が重くなりすぎるからね。
「それでだけど……紗代。お客様用の部屋が三つ開いてたでしょ?その内の二つをソフィアとアクセリナの部屋にいずれする予定だから。と言っても全然すぐじゃないから」
「つまり……二人共ここに入居する予定で?」
「うん」
「じゃあ、家がもっと賑やかになるんだね、おにい!」
 なんだかやけに二人が喜んでいる。家が賑やかになるのはいいことだけど。
「というわけで、これからも改めてよろしくお願いしますね。シズリ、サヨ」
「私からも、改めて」
 そう言って二人が頭を下げる。
「こちらこそ。ソフィアさん、おにいはどんどんこき使っていいですからね」
「お二人共、改めてよろしくお願いしますね」
 紗代は頭を下げたが、静梨は頭を下げなかった。一応、ソフィアもアクセリナも歳上なんだぞ……
「ところで、皆様方」
 急にアクセリナが喋りだす。何か忘れてたっけ……?
「本日は月曜日。本来ならば、登校する時間が迫っておりますが」
 その言葉で、全員が時計を見る。
「……まずいね」
「わ、私も準備してなかった……」
「ア、アクセリナ!私、制服もカバンも家です!」
「ご安心ください、ここにすべて揃っております」
 アクセリナがずっと持っていた袋を差し出す。そこには制服とカバンが入っていた。2つセットで入っていたから、多分もう片方はアクセリナのだろう。
「あー!私の制服とカバン!」
「中身はこれだったのか……じゃなくて!」
 僕は大急ぎで自室に戻って準備をしようとする。その前に、お茶を飲んで、一息。このまま捨てるのももったいないしね。
「結人様は仕方ないとして、静梨様はどうして準備してなかったんですか?」
「す、すっかり忘れてたの」
 口ぶりからして、多分紗代は準備をしっかりしていたのだろう。
「それでは、準備ができ次第、皆さんで登校しましょう」
 アクセリナのその言葉で全員が準備にかかる。
「ユイト!」
「ん?」
 自室に戻ろうとする僕を、ソフィアが呼び止める。
「これからは、『ソフィア・ヴェステルマルク』じゃなくて、『霖ソフィア』、ですね。表向きは今まで通りですけど」
「……改めて言われるとちょっと照れるね」
「おにい!イチャついてないで、さっさと準備!」
「はいはい」
 静梨に怒られた。本当に、朝から元気だなあ……
 けど、高校を卒業したら、霖家にソフィアとアクセリナが加わり、これが日常になって、こんなに賑やかで楽しい毎日になるのかと思うと、今から僕はワクワクしてたまらなかった。後日、このことを知った伯彦によってクラス中からどやされることになるのだが、それはまた別の話。
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