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4.幼馴染みと教育実習生
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実習も大詰めになった4日目。残すところあと1日。今日は体育の授業に出るため、教員用の更衣室で由宇はジャージに着替える。鏡に映った顔はひどく疲れていて、由宇は頬を叩いて気持ちを入れ替える。
学校にいる間、奈々子と話すことはないまま順調に時間が過ぎていた。意識しないように、遠ざけすぎず、特別扱いせず、他の生徒と同じような距離を保っている。実習に集中していないわけでもない。病院や社員食堂での実習では経験できなかった、教師としての実習はとても新鮮なもので。何となくで選択した教職課程ではあったものの、生徒の悩みを聞いたり指導をする中で、実習まで単位をとってきた甲斐を由宇はしみじみと感じていた。
だが、考えないようにしていても、ふとした瞬間に窓の外をつまらなさそうに眺める横顔を思い出してしまう。無意識下の夢の中では抵抗も虚しく、連日奈々子の夢を見てしまっていた。
幼い頃に一緒にあの公園で遊んだ夢、放課後の教室で教壇に立っていたらあの日のように奈々子にキスされる夢。嫌な汗をかいて、休んだ気がしないような目覚めばかりで疲れがとれるはずもない。
夢の中の奈々子はどの場面でも由宇に笑顔を見せてくれなかった。熱のない瞳でこちらを見遣るだけ。
「はーい、じゃあ二人組作ってストレッチ。出席番号1番は白石先生と組んで」
指導案の練り直しや教材の準備に追われていたせいか由宇はぼんやりしてしまっていた。体育教師の黒井が指さす先には奈々子がいた。このクラスの出席番号1番は、藍田奈々子。辛うじて返事はできたものの、強ばった表情で奈々子の元へと歩みを進める。靴底のゴムと床が擦れて、高い音が鳴った。
奈々子は相変わらず驚いた様子もない、なんてことのない顔をしている。こちらばかりが気にして、気になって、少しずつ思考を侵食されて。由宇は自分の単純さが嫌になっていた。あの出来事から、素直に由宇は奈々子を気にしてしまっているのは紛れもない真実だった。
「よろしく、お願い、します」
「変な敬語」
よろしく、じゃ馴れ馴れしいかなんて、色々な心配をしながら声を掛けたせいか奈々子はとぼけた調子で返事をした。黒井の慣らす笛の音が体育館に響いて、奈々子は前屈の姿勢をとり、由宇に背中を押すように促す。あの頃と変わらず華奢な奈々子の体は力を強く込めれば折れてしまいそうだった。
「由宇ちゃん顔色わるい。実習って大変? 」
「先生って呼びなさい」
「うわ、先生っぽいこと言う」
「ぽいじゃなくて先生なの」
からかうような口調の奈々子に、由宇はため息混じりに答える。また、だ。奈々子はどちらかというと口数が多い方ではない。高校生になって性格が変わったと言ってしまえばそれまでだけれど。飄々としている奈々子に対しての唯一の違和感だった。
由宇が口を開こうとすれば、遮るように奈々子が他愛ない話をする。由宇は奈々子に何を伝えたいのかわからないまま、ただ奈々子に言われるとおりに柔軟に付き合うだけ。ここで、何か言わなければ、由宇は寝不足の頭で考えれば考えるほど焦燥感にかられてしまう。居心地の悪さのせいか、少し霞む視界のせいか嫌な汗が額に浮かぶ。
「まさか由宇ちゃんが教育実習に来るとは思わなかったよ」
「・・・・・・来て欲しくなかった? 」
背中合わせで腕を組んでいるときに思わず飛び出した由宇の言葉は、どこか責めるような口調だった。奈々子がピクリと反応したのが体の触れた部分から伝わる。返事よりも先に奈々子の腕にグッと力が加わった。
「由宇ちゃん、もう忘れて」
「奈々子、私は・・・・・・・」
腕を外して向き直った先に居たのは、4年前と同じ、涙こそ流していないが、ひどく傷ついた表情をした奈々子だった。こんな顔もう見たくなかった、自分がさせてしまった、そう思うと由宇は言葉に詰まる。これ以上、どんな言葉を掛ければ奈々子と昔のように戻れるのか、随分離れてしまった幼馴染みには見当もつかない。
「ごめん、そんな顔させたいわけじゃなくて、奈々子――」
「奈々子じゃなくって藍田さんだよ、先生」
残りの実習がんばってね。そう続いた奈々子の声は少し震えていた。これ以上関わらないでくれと、由宇はそう言われているような気がした。何も言葉を紡げぬまま、柔軟終了の笛が聞こえて、本題のバスケットボールに移る。
高校生の時にバスケ部に所属していた由宇にとって授業内容の基礎練も生徒の中に入っての試合も造作もないことだった。しかし、ブランクのせいなのか寝不足のせいか、じっとりとした汗と鈍く痛み出した頭に、思うように体が動かなくなっていく。限界を迎える前に終礼のチャイムが聞こえて、由宇はホッと息を吐いた。
たとえ強い拒絶を示されたとしても、4年前と同じことを繰り返したくない。この実習期間で懐いてくれた生徒たちが駆け寄ってくるのに断りを入れて、足早に教室へ向かおうとする奈々子の方へと踏み出す。奈々子の肩に手を掛けた由宇の視界は、ぐらりと揺れて視界が白く染まる。
立っていられず由宇が地面に膝を着くと真っ先に聞こえたのは『先生』と突き放してきたはず彼女の幼馴染みが聞いたことのない大声で由宇の名前を呼ぶ声だった。
学校にいる間、奈々子と話すことはないまま順調に時間が過ぎていた。意識しないように、遠ざけすぎず、特別扱いせず、他の生徒と同じような距離を保っている。実習に集中していないわけでもない。病院や社員食堂での実習では経験できなかった、教師としての実習はとても新鮮なもので。何となくで選択した教職課程ではあったものの、生徒の悩みを聞いたり指導をする中で、実習まで単位をとってきた甲斐を由宇はしみじみと感じていた。
だが、考えないようにしていても、ふとした瞬間に窓の外をつまらなさそうに眺める横顔を思い出してしまう。無意識下の夢の中では抵抗も虚しく、連日奈々子の夢を見てしまっていた。
幼い頃に一緒にあの公園で遊んだ夢、放課後の教室で教壇に立っていたらあの日のように奈々子にキスされる夢。嫌な汗をかいて、休んだ気がしないような目覚めばかりで疲れがとれるはずもない。
夢の中の奈々子はどの場面でも由宇に笑顔を見せてくれなかった。熱のない瞳でこちらを見遣るだけ。
「はーい、じゃあ二人組作ってストレッチ。出席番号1番は白石先生と組んで」
指導案の練り直しや教材の準備に追われていたせいか由宇はぼんやりしてしまっていた。体育教師の黒井が指さす先には奈々子がいた。このクラスの出席番号1番は、藍田奈々子。辛うじて返事はできたものの、強ばった表情で奈々子の元へと歩みを進める。靴底のゴムと床が擦れて、高い音が鳴った。
奈々子は相変わらず驚いた様子もない、なんてことのない顔をしている。こちらばかりが気にして、気になって、少しずつ思考を侵食されて。由宇は自分の単純さが嫌になっていた。あの出来事から、素直に由宇は奈々子を気にしてしまっているのは紛れもない真実だった。
「よろしく、お願い、します」
「変な敬語」
よろしく、じゃ馴れ馴れしいかなんて、色々な心配をしながら声を掛けたせいか奈々子はとぼけた調子で返事をした。黒井の慣らす笛の音が体育館に響いて、奈々子は前屈の姿勢をとり、由宇に背中を押すように促す。あの頃と変わらず華奢な奈々子の体は力を強く込めれば折れてしまいそうだった。
「由宇ちゃん顔色わるい。実習って大変? 」
「先生って呼びなさい」
「うわ、先生っぽいこと言う」
「ぽいじゃなくて先生なの」
からかうような口調の奈々子に、由宇はため息混じりに答える。また、だ。奈々子はどちらかというと口数が多い方ではない。高校生になって性格が変わったと言ってしまえばそれまでだけれど。飄々としている奈々子に対しての唯一の違和感だった。
由宇が口を開こうとすれば、遮るように奈々子が他愛ない話をする。由宇は奈々子に何を伝えたいのかわからないまま、ただ奈々子に言われるとおりに柔軟に付き合うだけ。ここで、何か言わなければ、由宇は寝不足の頭で考えれば考えるほど焦燥感にかられてしまう。居心地の悪さのせいか、少し霞む視界のせいか嫌な汗が額に浮かぶ。
「まさか由宇ちゃんが教育実習に来るとは思わなかったよ」
「・・・・・・来て欲しくなかった? 」
背中合わせで腕を組んでいるときに思わず飛び出した由宇の言葉は、どこか責めるような口調だった。奈々子がピクリと反応したのが体の触れた部分から伝わる。返事よりも先に奈々子の腕にグッと力が加わった。
「由宇ちゃん、もう忘れて」
「奈々子、私は・・・・・・・」
腕を外して向き直った先に居たのは、4年前と同じ、涙こそ流していないが、ひどく傷ついた表情をした奈々子だった。こんな顔もう見たくなかった、自分がさせてしまった、そう思うと由宇は言葉に詰まる。これ以上、どんな言葉を掛ければ奈々子と昔のように戻れるのか、随分離れてしまった幼馴染みには見当もつかない。
「ごめん、そんな顔させたいわけじゃなくて、奈々子――」
「奈々子じゃなくって藍田さんだよ、先生」
残りの実習がんばってね。そう続いた奈々子の声は少し震えていた。これ以上関わらないでくれと、由宇はそう言われているような気がした。何も言葉を紡げぬまま、柔軟終了の笛が聞こえて、本題のバスケットボールに移る。
高校生の時にバスケ部に所属していた由宇にとって授業内容の基礎練も生徒の中に入っての試合も造作もないことだった。しかし、ブランクのせいなのか寝不足のせいか、じっとりとした汗と鈍く痛み出した頭に、思うように体が動かなくなっていく。限界を迎える前に終礼のチャイムが聞こえて、由宇はホッと息を吐いた。
たとえ強い拒絶を示されたとしても、4年前と同じことを繰り返したくない。この実習期間で懐いてくれた生徒たちが駆け寄ってくるのに断りを入れて、足早に教室へ向かおうとする奈々子の方へと踏み出す。奈々子の肩に手を掛けた由宇の視界は、ぐらりと揺れて視界が白く染まる。
立っていられず由宇が地面に膝を着くと真っ先に聞こえたのは『先生』と突き放してきたはず彼女の幼馴染みが聞いたことのない大声で由宇の名前を呼ぶ声だった。
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退会済ユーザのコメントです
初お気に入りありがとうございます!とっても嬉しいです。
まずは一本完結を目指して頑張ります!