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目標のある幸せ ー卒業ー おまけエピソード
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(さなえと愛華のお話)
私が卒業してしばらく経った頃、さなえも卒業を発表し卒業コンサートに向けて打ち合わせや練習をしていた。
単独で卒業コンサートができるのはグループを中心になって支えてきたというだけでなく、人気が他のメンバーよりもいろいろな意味で秀でていることが必要だ。
これは卒業コンサートができないメンバーが劣るとかではなく、できるメンバーがすごいのだと私は思う。みんな卒業コンサートをしたってかまわないが、グループで活動している以上は自分のファンだけでなく他のメンバーのファンも納得する必要があって、さなえは十分にその条件を兼ね備えていると言える。
ただ卒業を予定した段階でグループの一員として卒業コンサートをするか聞かれても、しないという選択をするメンバーもいるし、私はといえば聞かれる前から何もせずに去ろうと思うと言ったらみんなから睨まれたので逆に卒業セレモニーはさせてもらうことになった。
さなえはむしろ卒業コンサートをしなくてはいけないくらいなのに、しないメンバーに対して気を使ってしまい、どうしようかと相談してきたので一言「やりなさい」と返した。
誰にも負けないくらい陰で努力していながら、最後まで周りに気を遣うのはさなえの良いところでもあり、悪いところでもある。
面倒な性格について人のことは言えないが、この段階まで来て自分が卒業コンサートをしていい人間だろうかと悩むのは疲れるだろう。そういう人だから好きだし、こっそり見守ってあげないといけないと思う。
「紗良姐さんが卒業したと思ったら今度はさなえ先輩も卒業なんですね。さみしくなっちゃうな」
みんなの前で卒業しますと発表してから数日が経ち卒業コンサートの打ち合わせをするために事務所に来ていたところ、ちょうど愛華がいてお話ししてくださいと頼まれた。忙しいと言えば忙しいが、大事な後輩だからおしゃれなカフェで待っているように伝えた。
「お松ー。待たせて悪かったね」
「お松って呼ぶのやめてください。愛華とか愛ちゃんとかあると思うんです」
「お松だって紗良のこと紗良姐さんって呼んでるでしょ。仕返し」
「仕返しって、紗良姐さんそんなこと望まないです」
「冗談よ。私しかお松って呼ばないんだから、わかりやすくて良いでしょ。お松だって特別感出そうとして紗良姐さんって呼んでるんだろうし」
「ばれました? 聞いていた通りやっぱりすごい情報収集力ですね。まつまつから漏れてるのかなぁ」
「何ぶつぶつ言ってるの? 情報収集以前に愛華は行動がわかりやすいだけだし。これからはたまにお松で呼ぶことにするよ。まあ、とりあえずは今まで通り愛華で。ところで話をしたいって? 何を?」
「いえ、なんでもないんですが、少し聞きたいことがありまして」
「私に? 紗良じゃなくていいの?」
「どうしてそういう言い方するんですか? 紗良姐さんは当然ですが、さなえ先輩も同じくらい尊敬していますよ。聞きたいことだってあります」
愛華は頬を膨らますと胸に手を当ててそらした。
「それ尊敬している人に対する態度じゃないから。どや! ってやつでしょ」
愛華のほっぺたを両方から手のひらで押して、愛華は何してもかわいいなと言いながら、とりあえず何か頼もうと店員さんを呼んだ。
「好きなもの頼んでいいよ。ご馳走してあげる」
「良いんですか?」
あれにしようかこれにしようかと迷っているので、全部頼んで二人で半分ずつにしようと言った。
「頼みすぎましたよね」
「たまにはいいんじゃない。それにこういう機会はもうあまりないだろうし」
「そんなこと言わないでください」
むくれた感じなのに少し涙ぐむ感じになる愛華を見て、紗良じゃない私でもそう思ってくれるのかと思う。
「そういえば紗良姐さんはさなえ先輩のコンサートに来てくれるって言っていました?」
まだきちんとした日程も発表されていない状況では紗良も来れるとは言いえなかったのだろう。大事な日ですから決まったら努力しますとだけ返信が来ていた。ただし、紗良の努力しますはほぼ確定だ。
いつも紗良からのメールは短く、必要なことしか返ってこない。一度だけ本当にダメだと思ったときにつらつらとメールしたら返信ではなく家に来たから、単に返信があるときは「私は紗良から見たら大丈夫なんだな」と思うことにしていた。
「来てくれるみたいなことは返事してきたけど、その話?」
「いえ、そうではなくて、気持ちを訊いてみたいんです」
愛華たちも仕事に慣れてきて、新しく四期生も入ってきている。先輩としてどうふるまうかを聞いておきたいのだろうか?
「紗良姐さんにも訊いてみたのですが、ああいう人ですから理解がむずかしくて」
「教えてくれるモードの紗良の言うことが難しかったら、私じゃどうにもならないような」
「そうじゃないんです。簡潔過ぎて、気持ちって何? みたいな」
「ああ、紗良に自分の感情部分を訊いたら何ですかそれ? って言うかもね」
私が訊くとしたらなんて訊くだろうと考えてはみたものの、同じことを言われそうと思うので考えるのをやめた。
「それで具体的に何を訊いたわけ?」
「卒業するってどういう気持ちで決めたんですか? って」
「それは出ないわ。質問が間違ってるから。紗良は気持なんかで決めてるはずがない」
「やっぱりそうですか。気持ちはないよって言われたんです」
「何かの取材とか外に対してはやり切ったと思ったとかそういう風に表現するかもしれないけど、愛華相手だから本当のことを言ってくれたんだと思う。でも、もう少し突っ込んで訊いたんでしょ」
「よくわかりますね。それならなんで卒業するんですか? って」
「大体わかった。知りたいことが分かったからとでも言われた?」
「同じことを訊いたんですか?」
愛華が目を見開いて私のことを見ていたのかというような反応をしている。そんなことを訊いてはいないが、私は訊かなくてもわかる。
紗良としては愛華が卒業するくらいになれば詳しく話してあげようと思うのだろう。今の段階で愛華に自分の知ったことを話してしまうと、紗良の考えに染まってしまった愛華が自分で何かを見つけることができなくなるかもしれないと思ったと想像できる。だから質問には極めて簡単に結果だけ伝えてあげたと推測する。
「とりあえず食べようよ。いっぱい来たし」
愛華に紗良があえて説明しなかったことを私が憶測で伝えては駄目だと思ったので、それについてはやめて、食べることにする。
「そうですね。いただきます」
二人で本当に半分に分けて次々と片付けていき、我ながらよくこんなに食べたなと思った。これから卒業する自分へのご褒美だと言い聞かせる。明日? いや明日は無理。明後日からは節制しなければ。
「それで私の卒業を決めた気持ちだっけ?」
「そうれふ」
最後の一口を入れてほっぺたが可愛く膨らんだ愛華を見ると、愛華が食事をしているときすごくかわいいですよと紗良が仏頂面で言っていたことが思い出される。その時は私だってかわいいでしょうにと対抗意識を燃やしたが確かに小動物みたいでかわいい。紗良がいなかったら、この子はグループに居なかったのかもしれないと思うと、本当にいろいろな意味で紗良を尊敬する。
「実はね、紗良には訊かなかったけど私も同じようなことを先輩に訊いたことがあるの」
「先輩って誰なんですか?」
「美咲先輩よ」
初代リーダーの美咲さんが卒業するときに、どうしたら卒業するっていう気持ちになるんですか? と同じように訊いた。今から思えば愛華ほどにも付き合いのない自分がよくそんなデリカシーの無い聞き方をしたものだと恥ずかしい気持ちになる。あの時に戻れるなら自分をひっぱたきたい。しかも、そんな質問に美咲さんは丁寧に答えてくれた。
あの時はそういうものですかぁという感じだったが、今ならわかる。そういうものなのだ。
「卒業すると決めた時って、ここだっ! ここしかない! って思うの」
「天から降ってくるインスピレーションみたいな感じですか?」
「そうねえ。人それぞれだとは思うよ。気が付かない人もいるだろうし、続けたくても続けられない人もいるし。でも、自分の中で満たされたときには、ここだよって言われたみたいな、わかったみたいな気がしたんだよね。タイミングがわかっちゃう感じ」
「そんなの無視できないんですか? もっと続けても良いですよね」
愛華の言い方を訊いてそっちかと思った。理由を訊くのはもちろん訊いておきたいと思うと同時に、本当に卒業するんですか? というのを遠回しに言いたいのだな。紗良の時もそうだったのだろうか? ただ、紗良に訊いたとしたら「私の選択に問題があると言うのか? 素直に祝福して送り出してくれないのか?」という雰囲気がありありと出てくるので、こういうのは言っても駄目そうだなと学んだとみえる。
「ここだっていう気持ちに逆らって卒業しないことだってできるよ。自分のことだからね。でもそれは自分の気持ちに嘘をついているわけだし。もう一度ここだ! って来るなんて限らない。今までの自分の経験があって、出てきた自分の心の声を無視したら、多分本当はいつなのかわからなくなる気がする」
潮時という言葉があるように、辞めるにもベストな時があると思う、そこを逃せば流されていくだけだ。そういう選択肢もあってもいいけど自分には合わなかった。愛華はどっちなのだろうかと思ってみていたら、瞳がうるんでいることがわかる。
「泣いてるの?」
「泣いてません」
強がっちゃって。でも、どこか負けず嫌いなところが無いとこの世界ではやっていけないよなと思う。
「そう。愛華がこれから私たちのグループをもっと盛り上げてくれることを期待しているから。いつか訪れる最後の時に愛華がどうだったか教えて」
愛華に向かって微笑むと、愛華が顔をくしゃくしゃにして声を抑えて泣いていた。
人目があるから声を出さないように気を使っているんだな。なんだかんだと言って周りにも気を遣う、やっぱり紗良が守っただけはある。
「さみしいです。みんないなくなってさみしいです」
「みんなって、これからは新しく入ってきた四期生ちゃんたちを含めて、愛華たちがグループを引っ張っていくんだから」
私たちがいなくなれば、今までわからなかったら訊けばよかったのにこれからは自分が訊かれる立場になる。常に何が最善かを考えて、自分がそして相手にとって正しいと思える答えを出していかないといけないのは不安だろうな。私もできないって恵美さんに最後にわがままを言ったような気がする。
「そうだっ! 明日はたいした予定も入っていないし、紗良の家に行こう。愛華は学校も休みでしょ。ところで紗良の家は行ったことないの?」
愛華は小さくうなづいた。
「紗良姐さん私の部屋に来ても何もないからって、大体外のお店とかでお話しするので」
「面白いか面白くないかというと群を抜いて面白くない部屋だけど、紗良のにおいがするから私は好き」
「部屋が面白い人なんています? でも紗良姐さんの匂いですか……。行きたい。絶対行きたいです。でも紗良姐さん許してくれるんですか? 本当に拒絶されますよ」
愛華の打って変わって一瞬ぎらついた目つきがちょっと怖い。
紗良には怒られるかもしれないという考えもよぎったが、感情があまりないという紗良のことだから大丈夫だろうと自分の都合よく勝手に解釈した。
「私を誰だと思ってるの? 山岸さなえよ。紗良なんかに言ったら絶対拒否するのわかってるから、紗良のお母さんに許可を取るわ」
早速、マネージャーのはるちゃんに今日の紗良のスケジュールを確認して、仕事はないみたいで学校から予定通り帰ることを把握すると、紗良のお母さんに連絡を取った。
「あっ紗弓さんですか? 私卒業することになったので今日お話しに行きたいと思いまして。突然で申し訳ないですが時間が取れて。忙しいのにって全然ですよ。紗弓さんにもお会いしたいですし、ちょうど下の子が行きたいって言ってるのでダメですか? 愛華って子なんですけど。そうそう、その子です。紗良? 学校から帰るのは確認していますけど、特には言ってないです。 良いですか? ありがとうございます。是非お願いします。夕方お伺いしますので」
勝った。なんとなく紗良の無表情が目に浮かぶが勝利を確信した。
「大丈夫なんですか? そんなことして」
さっきまで泣き顔だった愛華が、ぎらついたまなざしを通り越して、今度は心配そうな顔をしている。
「うん。お母さんご飯食べていきなさいって。うまくいけば泊まってやろう」
「お母さんって……先輩。今、アイドルがしてはいけない、すごく悪い顔をしてます」
「そうかな? こうなったらおみやげを買っていかないと。 それと愛華。紗弓さんのご飯おいしいから少し歩いてお腹を減らそう」
そんなことが計画されているとは知らない紗良は講義を受けた後、誰とつるむのでもなくまっすぐ家に帰るのだった。
「紗弓さんお久しぶりです。ご無理を言ってすみません。最後だからお話しがしたくて来てしまいました」
「お疲れ様で良いのかしら? さなえさんもよく頑張ったわよね。初めて会った日が懐かしい」
そう言って優しい目で愛華を見て微笑む。
「い、いつも相羽さんにはお世話になっております。お久しぶりです。松島愛華です」
「まあまあ、まるで初めてのように緊張しちゃって。いつも見ているから知ってるわよ。本当に愛華ちゃんもかわいいわよね。少し背も高くなってどんどん素敵な女性になっていくわね」
「はっ! ありがとうございます」
椅子から立ち上がって礼をするのは、私が見てもおかしい。
「もう、おかしいわよ。ほら座って。紗良から愛華ちゃんはそんな子じゃないって聞いてるから」
「えっ? どんな感じで言われていますか?」
「行動は今どきの子かな。そんな、軍隊みたいな子じゃないでしょ。でも真面目だしいつも頑張ってるって」
「ありがとうございますぅ」
泣きそうな愛華に
「何かつらいことでもあったの? 紗良に続いてさなえさんも卒業するから? まあお茶でも飲みなさい」
と言いながら、私を見る。
「で、さなえさんも紗良に会いに来たんでしょ。泊っていきたいの? 三人も寝られるかしら?」
「あのー。お見通しですか?」
「そうねぇ。紗良さんがさなえさんは隙があれば泊まろうとする雰囲気が感じられるって。たまには仲がいい人と一緒にいても良いと思うから、今日は黙っておくことにしたの」
連絡していないから帰ってきたら少しは驚くと思うわよと言ってウインクされたら、お母さんに好きって言いそうになる。
まだ緊張気味の愛華が紗良にどれだけ助けてもらっているかを、紗弓さんに一生懸命話していた。
そんなことをしていると紗弓さんはスマホをちらっと見て立ち上がると、そろそろかとつぶやく。
「私はご飯の支度の続きをしないといけないからテレビでも見ていて」
「私たちも手伝います」
「これは私の仕事。あなたたちはできたものをおいしく食べてくれるのが今日の仕事。紗良はもうすぐ帰ってくると思うから、良い子して待っていてね」
そう言ってキッチンへ向かったところを見ながら、愛華が小声で話しかけてきた。
「紗良姐さんのお母さんって、本当にきれいですよね」
「ほんとよね。さすがは紗良のお母さんってところよ。聞くところによると相当ハイスペックってことらしいわ。料理だけじゃなくてね。紗良があんな感じだったら他を寄せ付けなかったと思う。そもそも紗良はお母さんくらい私に微笑みかけても良いと思うのよね。仏頂面が基本ですなんて言ってもったいぶっちゃってさ。美香には微笑むのに、これは絶対差別だ。今度また抗議しようって、愛華どうしたの? 止まっちゃって」
さっきまでリラックスしはじめていた愛華が椅子の背もたれにしっかりと背中をつけて、背筋を伸ばして微動だにしない感じ。そして死んだ目をしている。
さっき風が吹いたような気がしたけど……。
「その抗議これから聞いても良いですけど」
小さく耳元で声がした。振り向いたらダメな奴だ。そんな考えがよぎる。
「何で黙っているんですか?」
また耳元で声がした。
「出たっ!」
「出たっ! じゃないでしょう。人を化け物みたいに。私の家に来て何を勝手な話をしているのか説明してもらっても良いですか?」
特にさなえの返答を待つまでもなく、台所にいるお母さんに帰ったことを告げると二人がずっと待っていたから部屋にあがってもらってと言われていた。
「着替えて片付けてくるのでちょっと待っていてください」
そんなことを言ってリビングを出ていく紗良を見ながらつぶやく。
「着替えはあるにしても、片付けなんてないでしょうに」
「ついに紗良姐さんのお部屋に入れてもらえるんですね」
愛華は紗良の部屋のことをあまり知らないのか、随分と期待と妄想が膨らんでいるようだ。私は紗良の匂いがするとしか言っていなかったよな、と今までの会話を思い返す。
何か言っておいた方が良いのだろうかと考えているうちにジーパンにトレーナーを着た紗良がやってきたので、どうせわかるからいいかと考えるのをやめた。
「何をしに来たのかわかりませんが、私の部屋に来ても何もありませんよ。そう言っているでしょう?」
紗良が愛華と私を交互に見て、ついて来いという仕草をする。
「何もないのは知ってる。私が暇を持て余していたから、ついでに愛華を誘ってきただけ」
「さぁちゃんが暇ですか……。ご苦労様。ところで愛華は初めてでしたよね。今まで言っていましたように、本当に何もないですからね」
そう言って扉を開けてくれたので、私は愛華を先に入るように促す。
どんな反応をするのだろう。やっぱりあのセリフを言っちゃうかな? そう思いながらちらりと紗良を見ると、後で少しお話ししましょうと微笑まれた。こんな時だけ微笑むんだから。
「こわっ!」
心の声が漏れる。隠してもどうせわかるし紗良の前だと全部口から出てしまう。
「何ですか、こわっ! とは失礼な。早く入ってください」
中に入ると愛華が呆然とした感じで立っていた。
「何もないです」
まあそんな感じになるよねと思いながら、絵里奈さんとの写真があると言っている愛華を横目に私は見たことのある座布団を用意して勝手に座ることにした。愛華に私が置いた座布団に先輩が用意してくれたから座りなさいと変なところを強調して促している。
「だから家に来ても何もないですよって言っていたでしょう。私はこんなことで嘘なんかつきませんよ」
何もないという感想のあと愛華が鼻をひくひくさせている愛華を見て、そんなあからさまなことをしたら紗良に気が付かれて二度と入れてもらえないぞと思いながら今度は紗良を見たら、愛華ではなく私を観察していたので目をそらした。何を愛華に言ったのかイエスノークイズで問い詰められそう。
「愛華はどうしたんです? 何か匂いますか?」
げっ! もう調査し始めてる。でも愛華に口止めしても紗良相手ではどうにもならないよなと思って知らんふりを決め込む。
「さなえ先輩が紗良姐さんの部屋はいい匂いがするって」
よかったぁ。紗良の匂いがするなんてストレートに言わなくて。
「そうそう。紗良はいつもきれいにしているんだよって言ったのよ」
「そんなこと言われていましたっけ?」
いや、なんて馬鹿正直な。適当に話を合わせておきなさいって。
「なるほど大体わかりましたからもういいです。それで仕事で何かあったのですか?」
「別にないよ。息抜きでもしようと愛華と会っていたら、紗良のところへ行くことになって、ここに至るってわけ」
「ここに至るって、私ではなくお母さんに来ても良いか確認を取るあたりが、なんとなくもやもやします」
「だって紗良に確認とったら断るでしょ」
「断りますよ。状況を冷静に分析したら来なくていいとなりますし。いつも言いますがこの部屋に何があるというんですか?」
紗良がいるじゃないかといつものように思っていると、あきれ顔の紗良が私の顔を覗き込んで目を合わせてくる。いつ見てもすらっとしてきれいだな、なんて思っている心を除かれている感じ。
「私は好きですっ! 紗良姐さんのこの部屋好きです」
横からそう突っ込んでくる愛華は感情表現がストレートだなぁ。それでいて私のように軽くあしらわれないところすごく羨ましい。
「……そうですか。それならまた来たらいいですよ。今度はきちんと確認して来てくださいね」
愛華には来て良いって言うの? 軽く嫉妬を覚えるけど愛華が今日一番うれしそうな顔をしているし、これならもう大丈夫そうだ。
「私は? ねえ、紗良。私は?」
「さぁちゃんは勝手に来るじゃないですか? 今日も来てしまっているでしょう」
うーん平常運転だわ。これは紗良なりの肯定だと思うことにしよう。
愛華と二人で今何をしているのかとメンバーがどんな感じなのかを、紗良に話をするとそうですかと聞いてくれて、頑張っていますねと褒められた。自然とうれしくなる。
夕食の時間になり、食卓の準備をしていると紗良のお父さんが帰ってきた。
「いらっしゃい。今日は賑やかだな」
「お邪魔しています」
「さなえちゃんも久しぶりだね。松島さんはうちに来るのは初めてだよね」
「はい。お邪魔してすみません」
「いいよいいよ。大歓迎だよね?」
疑問形? なんでいつもちらっと紗良を見るんだろう? 紗良はいつも通り無表情で別になにもなさそうだけど。親子の間には何か複雑な事情があるのだろうか?
「さぁさぁ。ご飯にしましょう」
みんなでご飯を食べ始めたときに愛華が驚いていた。
「おいしっ。本当にご飯までおいしいです」
「ご飯は炊飯器で炊いたものだからみんな同じでしょう。愛華ちゃんは褒めすぎよ」
「嘘じゃないです。何かが違う気がします」
そう言いながらもりもり食べる姿を見て、紗弓さんが嬉しそうだ。私も以前作り方を見せてもらったけど確かに普通だった。多分見ただけではわからない違いがどこかにあるのだろうと思う。紗良の家は謎が多い。
紗良が愛華を見てみろと目で合図を送ってくる。かわいいのはわかってるという感じで、軽く頷くと、すぐに気が済んだのか口に入れすぎですよと注意している。
ご飯を食べた後、愛華に自分の家に電話をさせて、やけくそになって泊めろとゴネさせた。
紗良が拒否するだろうなと思っていたら、意外と簡単に狭いのですが……と渋々ながらも折れた。
紗良のお父さんにも布団を敷くところがないけど大丈夫だろうか? と言われたが、私は布団で愛華は小さいので紗良とベッドで寝ますので問題ないですと勝手に話を進める。お父さんが二度と家に入れてくれなさそうと思いながらも、お風呂とか着替えもちゃっかり借りて寝る時間となった。
「止めなかったら、どこまででもやりますよね」
「誰が? 私? ごめん、あまり時間がないから」
次につなげるために、とりあえず謝っておくことにする。
「ふふっ。いいですよ。問題ありません」
珍しい。紗良が普通に笑うなんて。本当に時間が無くて焦っているのを紗良はわかってくれているのかもしれない。愛華は本当に嬉しそうだし連れてきてよかった。
電気を消して布団に入ると紗良と愛華が小声で話をしているのが聞こえてくる。
「さぁちゃんは疲れていたのですかね。すぐに寝てしまいました」
紗良は私が寝ていないのがわかるはずなのに、愛華の気持ちを落ち着かせようとしているのだろうか?
「今日は私を連れてきてくれたんです。さなえ先輩は、本当は忙しいのに時間があるからって」
「そうでしょうね。不安もあると思いますが愛華は一人ではないですよ。どうにもならないって思ったらどうするか覚えていますよね」
愛華は正直だなと思いながら、どうすることになっているのだろう? と聞いていると、枕がすれる音がした。頷いているのかな?。
「それでは、しっかり寝て明日からも頑張ってください」
しばらくすると静かになった。
これで愛華も少しは気持ちが落ち着いたと思う。私でも心配はいらないと励ますことはできるが、使えるなら最大限の効果を望みたい。少し悔しいけど愛華にとっては紗良以上を望むことができないのはわかっているから。でもそれを紗良に直接言うのは嫌だ。だって私も紗良に励ましてほしいし。大好きなんだから。
んっ? 何か耳元でありがとうって紗良に言われた気がした。
気のせいか。そういえば愛華が写真立てを見ていたなぁ。私もいつか絵里奈さんのように紗良の机に飾ってもらいたい。
そうだ! 今度写真をもってきて勝手に飾ることにしよう。
「ダメですよ」
そんなに返す刀で否定するなんて紗良ひどい。完全否定することないじゃない。悲しくなってくる。私だって卒業をするんだからもっと優しくしてくれても……。
「何を、寝言を言っているのですか? また寝ようとしては駄目です。早く起きてください」
いつの間にか朝だった。
愛華が私を見てニコニコしてるのが見える。
「えっ? 朝? 寝言を言ってた? なんて言ってた?」
紗良と愛華が目を合わせて、なんて言ったかわからなかったと言った。
後輩に寝顔を見られるだけじゃなく寝言まで聞かれるとは先輩としての威厳というものが。
「寝言はどうでもいいです。朝だと言っているでしょう。今日の予定がどうなっているかわからないですが、朝ご飯ですから、早く起きてください」
どんな夢だっただろうか。思い出せない。結構リアルに落ち込んだ気がしたけど。とりあえず夢ならよかった。
「考えておきますよ」
小さな声で紗良に言われたからよく聞こえなかった。
「ん? 何のこと?」
「なんでもないです」
紗良は何を言ったのだろうか? 今日も予定が詰まっているから早く支度していかなきゃ。愛華も問題ないみたいだし、私は私で頑張ろう。
仕事があるのを思い出したと言って、急いで支度して紗弓さんにお礼を言ってから靴を履いた。
「本当は今日もお仕事だったんですね。忙しくて大変なのに、さなえ先輩ありがとうございました」
「忘れてたんだよ。それに私が来たかったんだから関係ないから。それじゃ紗良もまたね。お邪魔しました」
さなえは現場に向かって急いで出て行った。卒業に合わせて同時に進行している仕事もあるのだろう。暇なわけがない。
「私も帰ります。紗良姐さん。ありがとうございました」
「また連絡をください。予定があるときはきちんと言いますから連絡することをあまり気にしなくていいですよ」
「ありがとうございます」
帰ろうとする愛華が私の目をじっと見る。
「何? 何か聞きたいことがあるの?」
こういうことを聞いていいのかと、頭の中で考えているようだったが、私に聞いておこうと思ったのだろう。
「さなえ先輩ってすごくはっきりと寝言を言うんですね。いつもでしょうか?」
何回かさなえが寝ているときに一緒にいたが、あんなにはっきりとした寝言は私も聞いたことは無い。
「疲れているんだと思う。愛華のことも大事に思っているから無茶を言って……。完全な嘘ではないにしても私が来たかったなんて言って」
「そうですよね。私、びっくりしてしまいました。でも、いろいろお話しできましたし、うれしかったです。また今度さなえ先輩にお礼を言います。先輩の卒コンも、これからもどちらもがんばります」
「そうだね。応援してるから。道中は気を付けてね」
「はいっ! お邪魔しました」
愛華もさなえのおかげで元気になって家に帰って行った。
私も、もっと二人を支えられるようになろう。
柔らかな光が差し込んでくる部屋から、その部屋の主人が大学へでもいくのか、いつものように緩やかな風だけを残し、音もなく出て行く。
扉が閉まるときに唯一ノブからカチャンという音がして、部屋にはいつもの静寂が訪れる。
窓からの光に照らされた余分なものが一切ない机の上には、無理やり腕を組まれ迷惑そうな感じの部屋の主人と、満面の笑顔の誰かが二人で写っている新しい写真立てが立っていた。
まるで隣の写真立てと関係を張り合うかのように並んで。
〈おわり〉
私が卒業してしばらく経った頃、さなえも卒業を発表し卒業コンサートに向けて打ち合わせや練習をしていた。
単独で卒業コンサートができるのはグループを中心になって支えてきたというだけでなく、人気が他のメンバーよりもいろいろな意味で秀でていることが必要だ。
これは卒業コンサートができないメンバーが劣るとかではなく、できるメンバーがすごいのだと私は思う。みんな卒業コンサートをしたってかまわないが、グループで活動している以上は自分のファンだけでなく他のメンバーのファンも納得する必要があって、さなえは十分にその条件を兼ね備えていると言える。
ただ卒業を予定した段階でグループの一員として卒業コンサートをするか聞かれても、しないという選択をするメンバーもいるし、私はといえば聞かれる前から何もせずに去ろうと思うと言ったらみんなから睨まれたので逆に卒業セレモニーはさせてもらうことになった。
さなえはむしろ卒業コンサートをしなくてはいけないくらいなのに、しないメンバーに対して気を使ってしまい、どうしようかと相談してきたので一言「やりなさい」と返した。
誰にも負けないくらい陰で努力していながら、最後まで周りに気を遣うのはさなえの良いところでもあり、悪いところでもある。
面倒な性格について人のことは言えないが、この段階まで来て自分が卒業コンサートをしていい人間だろうかと悩むのは疲れるだろう。そういう人だから好きだし、こっそり見守ってあげないといけないと思う。
「紗良姐さんが卒業したと思ったら今度はさなえ先輩も卒業なんですね。さみしくなっちゃうな」
みんなの前で卒業しますと発表してから数日が経ち卒業コンサートの打ち合わせをするために事務所に来ていたところ、ちょうど愛華がいてお話ししてくださいと頼まれた。忙しいと言えば忙しいが、大事な後輩だからおしゃれなカフェで待っているように伝えた。
「お松ー。待たせて悪かったね」
「お松って呼ぶのやめてください。愛華とか愛ちゃんとかあると思うんです」
「お松だって紗良のこと紗良姐さんって呼んでるでしょ。仕返し」
「仕返しって、紗良姐さんそんなこと望まないです」
「冗談よ。私しかお松って呼ばないんだから、わかりやすくて良いでしょ。お松だって特別感出そうとして紗良姐さんって呼んでるんだろうし」
「ばれました? 聞いていた通りやっぱりすごい情報収集力ですね。まつまつから漏れてるのかなぁ」
「何ぶつぶつ言ってるの? 情報収集以前に愛華は行動がわかりやすいだけだし。これからはたまにお松で呼ぶことにするよ。まあ、とりあえずは今まで通り愛華で。ところで話をしたいって? 何を?」
「いえ、なんでもないんですが、少し聞きたいことがありまして」
「私に? 紗良じゃなくていいの?」
「どうしてそういう言い方するんですか? 紗良姐さんは当然ですが、さなえ先輩も同じくらい尊敬していますよ。聞きたいことだってあります」
愛華は頬を膨らますと胸に手を当ててそらした。
「それ尊敬している人に対する態度じゃないから。どや! ってやつでしょ」
愛華のほっぺたを両方から手のひらで押して、愛華は何してもかわいいなと言いながら、とりあえず何か頼もうと店員さんを呼んだ。
「好きなもの頼んでいいよ。ご馳走してあげる」
「良いんですか?」
あれにしようかこれにしようかと迷っているので、全部頼んで二人で半分ずつにしようと言った。
「頼みすぎましたよね」
「たまにはいいんじゃない。それにこういう機会はもうあまりないだろうし」
「そんなこと言わないでください」
むくれた感じなのに少し涙ぐむ感じになる愛華を見て、紗良じゃない私でもそう思ってくれるのかと思う。
「そういえば紗良姐さんはさなえ先輩のコンサートに来てくれるって言っていました?」
まだきちんとした日程も発表されていない状況では紗良も来れるとは言いえなかったのだろう。大事な日ですから決まったら努力しますとだけ返信が来ていた。ただし、紗良の努力しますはほぼ確定だ。
いつも紗良からのメールは短く、必要なことしか返ってこない。一度だけ本当にダメだと思ったときにつらつらとメールしたら返信ではなく家に来たから、単に返信があるときは「私は紗良から見たら大丈夫なんだな」と思うことにしていた。
「来てくれるみたいなことは返事してきたけど、その話?」
「いえ、そうではなくて、気持ちを訊いてみたいんです」
愛華たちも仕事に慣れてきて、新しく四期生も入ってきている。先輩としてどうふるまうかを聞いておきたいのだろうか?
「紗良姐さんにも訊いてみたのですが、ああいう人ですから理解がむずかしくて」
「教えてくれるモードの紗良の言うことが難しかったら、私じゃどうにもならないような」
「そうじゃないんです。簡潔過ぎて、気持ちって何? みたいな」
「ああ、紗良に自分の感情部分を訊いたら何ですかそれ? って言うかもね」
私が訊くとしたらなんて訊くだろうと考えてはみたものの、同じことを言われそうと思うので考えるのをやめた。
「それで具体的に何を訊いたわけ?」
「卒業するってどういう気持ちで決めたんですか? って」
「それは出ないわ。質問が間違ってるから。紗良は気持なんかで決めてるはずがない」
「やっぱりそうですか。気持ちはないよって言われたんです」
「何かの取材とか外に対してはやり切ったと思ったとかそういう風に表現するかもしれないけど、愛華相手だから本当のことを言ってくれたんだと思う。でも、もう少し突っ込んで訊いたんでしょ」
「よくわかりますね。それならなんで卒業するんですか? って」
「大体わかった。知りたいことが分かったからとでも言われた?」
「同じことを訊いたんですか?」
愛華が目を見開いて私のことを見ていたのかというような反応をしている。そんなことを訊いてはいないが、私は訊かなくてもわかる。
紗良としては愛華が卒業するくらいになれば詳しく話してあげようと思うのだろう。今の段階で愛華に自分の知ったことを話してしまうと、紗良の考えに染まってしまった愛華が自分で何かを見つけることができなくなるかもしれないと思ったと想像できる。だから質問には極めて簡単に結果だけ伝えてあげたと推測する。
「とりあえず食べようよ。いっぱい来たし」
愛華に紗良があえて説明しなかったことを私が憶測で伝えては駄目だと思ったので、それについてはやめて、食べることにする。
「そうですね。いただきます」
二人で本当に半分に分けて次々と片付けていき、我ながらよくこんなに食べたなと思った。これから卒業する自分へのご褒美だと言い聞かせる。明日? いや明日は無理。明後日からは節制しなければ。
「それで私の卒業を決めた気持ちだっけ?」
「そうれふ」
最後の一口を入れてほっぺたが可愛く膨らんだ愛華を見ると、愛華が食事をしているときすごくかわいいですよと紗良が仏頂面で言っていたことが思い出される。その時は私だってかわいいでしょうにと対抗意識を燃やしたが確かに小動物みたいでかわいい。紗良がいなかったら、この子はグループに居なかったのかもしれないと思うと、本当にいろいろな意味で紗良を尊敬する。
「実はね、紗良には訊かなかったけど私も同じようなことを先輩に訊いたことがあるの」
「先輩って誰なんですか?」
「美咲先輩よ」
初代リーダーの美咲さんが卒業するときに、どうしたら卒業するっていう気持ちになるんですか? と同じように訊いた。今から思えば愛華ほどにも付き合いのない自分がよくそんなデリカシーの無い聞き方をしたものだと恥ずかしい気持ちになる。あの時に戻れるなら自分をひっぱたきたい。しかも、そんな質問に美咲さんは丁寧に答えてくれた。
あの時はそういうものですかぁという感じだったが、今ならわかる。そういうものなのだ。
「卒業すると決めた時って、ここだっ! ここしかない! って思うの」
「天から降ってくるインスピレーションみたいな感じですか?」
「そうねえ。人それぞれだとは思うよ。気が付かない人もいるだろうし、続けたくても続けられない人もいるし。でも、自分の中で満たされたときには、ここだよって言われたみたいな、わかったみたいな気がしたんだよね。タイミングがわかっちゃう感じ」
「そんなの無視できないんですか? もっと続けても良いですよね」
愛華の言い方を訊いてそっちかと思った。理由を訊くのはもちろん訊いておきたいと思うと同時に、本当に卒業するんですか? というのを遠回しに言いたいのだな。紗良の時もそうだったのだろうか? ただ、紗良に訊いたとしたら「私の選択に問題があると言うのか? 素直に祝福して送り出してくれないのか?」という雰囲気がありありと出てくるので、こういうのは言っても駄目そうだなと学んだとみえる。
「ここだっていう気持ちに逆らって卒業しないことだってできるよ。自分のことだからね。でもそれは自分の気持ちに嘘をついているわけだし。もう一度ここだ! って来るなんて限らない。今までの自分の経験があって、出てきた自分の心の声を無視したら、多分本当はいつなのかわからなくなる気がする」
潮時という言葉があるように、辞めるにもベストな時があると思う、そこを逃せば流されていくだけだ。そういう選択肢もあってもいいけど自分には合わなかった。愛華はどっちなのだろうかと思ってみていたら、瞳がうるんでいることがわかる。
「泣いてるの?」
「泣いてません」
強がっちゃって。でも、どこか負けず嫌いなところが無いとこの世界ではやっていけないよなと思う。
「そう。愛華がこれから私たちのグループをもっと盛り上げてくれることを期待しているから。いつか訪れる最後の時に愛華がどうだったか教えて」
愛華に向かって微笑むと、愛華が顔をくしゃくしゃにして声を抑えて泣いていた。
人目があるから声を出さないように気を使っているんだな。なんだかんだと言って周りにも気を遣う、やっぱり紗良が守っただけはある。
「さみしいです。みんないなくなってさみしいです」
「みんなって、これからは新しく入ってきた四期生ちゃんたちを含めて、愛華たちがグループを引っ張っていくんだから」
私たちがいなくなれば、今までわからなかったら訊けばよかったのにこれからは自分が訊かれる立場になる。常に何が最善かを考えて、自分がそして相手にとって正しいと思える答えを出していかないといけないのは不安だろうな。私もできないって恵美さんに最後にわがままを言ったような気がする。
「そうだっ! 明日はたいした予定も入っていないし、紗良の家に行こう。愛華は学校も休みでしょ。ところで紗良の家は行ったことないの?」
愛華は小さくうなづいた。
「紗良姐さん私の部屋に来ても何もないからって、大体外のお店とかでお話しするので」
「面白いか面白くないかというと群を抜いて面白くない部屋だけど、紗良のにおいがするから私は好き」
「部屋が面白い人なんています? でも紗良姐さんの匂いですか……。行きたい。絶対行きたいです。でも紗良姐さん許してくれるんですか? 本当に拒絶されますよ」
愛華の打って変わって一瞬ぎらついた目つきがちょっと怖い。
紗良には怒られるかもしれないという考えもよぎったが、感情があまりないという紗良のことだから大丈夫だろうと自分の都合よく勝手に解釈した。
「私を誰だと思ってるの? 山岸さなえよ。紗良なんかに言ったら絶対拒否するのわかってるから、紗良のお母さんに許可を取るわ」
早速、マネージャーのはるちゃんに今日の紗良のスケジュールを確認して、仕事はないみたいで学校から予定通り帰ることを把握すると、紗良のお母さんに連絡を取った。
「あっ紗弓さんですか? 私卒業することになったので今日お話しに行きたいと思いまして。突然で申し訳ないですが時間が取れて。忙しいのにって全然ですよ。紗弓さんにもお会いしたいですし、ちょうど下の子が行きたいって言ってるのでダメですか? 愛華って子なんですけど。そうそう、その子です。紗良? 学校から帰るのは確認していますけど、特には言ってないです。 良いですか? ありがとうございます。是非お願いします。夕方お伺いしますので」
勝った。なんとなく紗良の無表情が目に浮かぶが勝利を確信した。
「大丈夫なんですか? そんなことして」
さっきまで泣き顔だった愛華が、ぎらついたまなざしを通り越して、今度は心配そうな顔をしている。
「うん。お母さんご飯食べていきなさいって。うまくいけば泊まってやろう」
「お母さんって……先輩。今、アイドルがしてはいけない、すごく悪い顔をしてます」
「そうかな? こうなったらおみやげを買っていかないと。 それと愛華。紗弓さんのご飯おいしいから少し歩いてお腹を減らそう」
そんなことが計画されているとは知らない紗良は講義を受けた後、誰とつるむのでもなくまっすぐ家に帰るのだった。
「紗弓さんお久しぶりです。ご無理を言ってすみません。最後だからお話しがしたくて来てしまいました」
「お疲れ様で良いのかしら? さなえさんもよく頑張ったわよね。初めて会った日が懐かしい」
そう言って優しい目で愛華を見て微笑む。
「い、いつも相羽さんにはお世話になっております。お久しぶりです。松島愛華です」
「まあまあ、まるで初めてのように緊張しちゃって。いつも見ているから知ってるわよ。本当に愛華ちゃんもかわいいわよね。少し背も高くなってどんどん素敵な女性になっていくわね」
「はっ! ありがとうございます」
椅子から立ち上がって礼をするのは、私が見てもおかしい。
「もう、おかしいわよ。ほら座って。紗良から愛華ちゃんはそんな子じゃないって聞いてるから」
「えっ? どんな感じで言われていますか?」
「行動は今どきの子かな。そんな、軍隊みたいな子じゃないでしょ。でも真面目だしいつも頑張ってるって」
「ありがとうございますぅ」
泣きそうな愛華に
「何かつらいことでもあったの? 紗良に続いてさなえさんも卒業するから? まあお茶でも飲みなさい」
と言いながら、私を見る。
「で、さなえさんも紗良に会いに来たんでしょ。泊っていきたいの? 三人も寝られるかしら?」
「あのー。お見通しですか?」
「そうねぇ。紗良さんがさなえさんは隙があれば泊まろうとする雰囲気が感じられるって。たまには仲がいい人と一緒にいても良いと思うから、今日は黙っておくことにしたの」
連絡していないから帰ってきたら少しは驚くと思うわよと言ってウインクされたら、お母さんに好きって言いそうになる。
まだ緊張気味の愛華が紗良にどれだけ助けてもらっているかを、紗弓さんに一生懸命話していた。
そんなことをしていると紗弓さんはスマホをちらっと見て立ち上がると、そろそろかとつぶやく。
「私はご飯の支度の続きをしないといけないからテレビでも見ていて」
「私たちも手伝います」
「これは私の仕事。あなたたちはできたものをおいしく食べてくれるのが今日の仕事。紗良はもうすぐ帰ってくると思うから、良い子して待っていてね」
そう言ってキッチンへ向かったところを見ながら、愛華が小声で話しかけてきた。
「紗良姐さんのお母さんって、本当にきれいですよね」
「ほんとよね。さすがは紗良のお母さんってところよ。聞くところによると相当ハイスペックってことらしいわ。料理だけじゃなくてね。紗良があんな感じだったら他を寄せ付けなかったと思う。そもそも紗良はお母さんくらい私に微笑みかけても良いと思うのよね。仏頂面が基本ですなんて言ってもったいぶっちゃってさ。美香には微笑むのに、これは絶対差別だ。今度また抗議しようって、愛華どうしたの? 止まっちゃって」
さっきまでリラックスしはじめていた愛華が椅子の背もたれにしっかりと背中をつけて、背筋を伸ばして微動だにしない感じ。そして死んだ目をしている。
さっき風が吹いたような気がしたけど……。
「その抗議これから聞いても良いですけど」
小さく耳元で声がした。振り向いたらダメな奴だ。そんな考えがよぎる。
「何で黙っているんですか?」
また耳元で声がした。
「出たっ!」
「出たっ! じゃないでしょう。人を化け物みたいに。私の家に来て何を勝手な話をしているのか説明してもらっても良いですか?」
特にさなえの返答を待つまでもなく、台所にいるお母さんに帰ったことを告げると二人がずっと待っていたから部屋にあがってもらってと言われていた。
「着替えて片付けてくるのでちょっと待っていてください」
そんなことを言ってリビングを出ていく紗良を見ながらつぶやく。
「着替えはあるにしても、片付けなんてないでしょうに」
「ついに紗良姐さんのお部屋に入れてもらえるんですね」
愛華は紗良の部屋のことをあまり知らないのか、随分と期待と妄想が膨らんでいるようだ。私は紗良の匂いがするとしか言っていなかったよな、と今までの会話を思い返す。
何か言っておいた方が良いのだろうかと考えているうちにジーパンにトレーナーを着た紗良がやってきたので、どうせわかるからいいかと考えるのをやめた。
「何をしに来たのかわかりませんが、私の部屋に来ても何もありませんよ。そう言っているでしょう?」
紗良が愛華と私を交互に見て、ついて来いという仕草をする。
「何もないのは知ってる。私が暇を持て余していたから、ついでに愛華を誘ってきただけ」
「さぁちゃんが暇ですか……。ご苦労様。ところで愛華は初めてでしたよね。今まで言っていましたように、本当に何もないですからね」
そう言って扉を開けてくれたので、私は愛華を先に入るように促す。
どんな反応をするのだろう。やっぱりあのセリフを言っちゃうかな? そう思いながらちらりと紗良を見ると、後で少しお話ししましょうと微笑まれた。こんな時だけ微笑むんだから。
「こわっ!」
心の声が漏れる。隠してもどうせわかるし紗良の前だと全部口から出てしまう。
「何ですか、こわっ! とは失礼な。早く入ってください」
中に入ると愛華が呆然とした感じで立っていた。
「何もないです」
まあそんな感じになるよねと思いながら、絵里奈さんとの写真があると言っている愛華を横目に私は見たことのある座布団を用意して勝手に座ることにした。愛華に私が置いた座布団に先輩が用意してくれたから座りなさいと変なところを強調して促している。
「だから家に来ても何もないですよって言っていたでしょう。私はこんなことで嘘なんかつきませんよ」
何もないという感想のあと愛華が鼻をひくひくさせている愛華を見て、そんなあからさまなことをしたら紗良に気が付かれて二度と入れてもらえないぞと思いながら今度は紗良を見たら、愛華ではなく私を観察していたので目をそらした。何を愛華に言ったのかイエスノークイズで問い詰められそう。
「愛華はどうしたんです? 何か匂いますか?」
げっ! もう調査し始めてる。でも愛華に口止めしても紗良相手ではどうにもならないよなと思って知らんふりを決め込む。
「さなえ先輩が紗良姐さんの部屋はいい匂いがするって」
よかったぁ。紗良の匂いがするなんてストレートに言わなくて。
「そうそう。紗良はいつもきれいにしているんだよって言ったのよ」
「そんなこと言われていましたっけ?」
いや、なんて馬鹿正直な。適当に話を合わせておきなさいって。
「なるほど大体わかりましたからもういいです。それで仕事で何かあったのですか?」
「別にないよ。息抜きでもしようと愛華と会っていたら、紗良のところへ行くことになって、ここに至るってわけ」
「ここに至るって、私ではなくお母さんに来ても良いか確認を取るあたりが、なんとなくもやもやします」
「だって紗良に確認とったら断るでしょ」
「断りますよ。状況を冷静に分析したら来なくていいとなりますし。いつも言いますがこの部屋に何があるというんですか?」
紗良がいるじゃないかといつものように思っていると、あきれ顔の紗良が私の顔を覗き込んで目を合わせてくる。いつ見てもすらっとしてきれいだな、なんて思っている心を除かれている感じ。
「私は好きですっ! 紗良姐さんのこの部屋好きです」
横からそう突っ込んでくる愛華は感情表現がストレートだなぁ。それでいて私のように軽くあしらわれないところすごく羨ましい。
「……そうですか。それならまた来たらいいですよ。今度はきちんと確認して来てくださいね」
愛華には来て良いって言うの? 軽く嫉妬を覚えるけど愛華が今日一番うれしそうな顔をしているし、これならもう大丈夫そうだ。
「私は? ねえ、紗良。私は?」
「さぁちゃんは勝手に来るじゃないですか? 今日も来てしまっているでしょう」
うーん平常運転だわ。これは紗良なりの肯定だと思うことにしよう。
愛華と二人で今何をしているのかとメンバーがどんな感じなのかを、紗良に話をするとそうですかと聞いてくれて、頑張っていますねと褒められた。自然とうれしくなる。
夕食の時間になり、食卓の準備をしていると紗良のお父さんが帰ってきた。
「いらっしゃい。今日は賑やかだな」
「お邪魔しています」
「さなえちゃんも久しぶりだね。松島さんはうちに来るのは初めてだよね」
「はい。お邪魔してすみません」
「いいよいいよ。大歓迎だよね?」
疑問形? なんでいつもちらっと紗良を見るんだろう? 紗良はいつも通り無表情で別になにもなさそうだけど。親子の間には何か複雑な事情があるのだろうか?
「さぁさぁ。ご飯にしましょう」
みんなでご飯を食べ始めたときに愛華が驚いていた。
「おいしっ。本当にご飯までおいしいです」
「ご飯は炊飯器で炊いたものだからみんな同じでしょう。愛華ちゃんは褒めすぎよ」
「嘘じゃないです。何かが違う気がします」
そう言いながらもりもり食べる姿を見て、紗弓さんが嬉しそうだ。私も以前作り方を見せてもらったけど確かに普通だった。多分見ただけではわからない違いがどこかにあるのだろうと思う。紗良の家は謎が多い。
紗良が愛華を見てみろと目で合図を送ってくる。かわいいのはわかってるという感じで、軽く頷くと、すぐに気が済んだのか口に入れすぎですよと注意している。
ご飯を食べた後、愛華に自分の家に電話をさせて、やけくそになって泊めろとゴネさせた。
紗良が拒否するだろうなと思っていたら、意外と簡単に狭いのですが……と渋々ながらも折れた。
紗良のお父さんにも布団を敷くところがないけど大丈夫だろうか? と言われたが、私は布団で愛華は小さいので紗良とベッドで寝ますので問題ないですと勝手に話を進める。お父さんが二度と家に入れてくれなさそうと思いながらも、お風呂とか着替えもちゃっかり借りて寝る時間となった。
「止めなかったら、どこまででもやりますよね」
「誰が? 私? ごめん、あまり時間がないから」
次につなげるために、とりあえず謝っておくことにする。
「ふふっ。いいですよ。問題ありません」
珍しい。紗良が普通に笑うなんて。本当に時間が無くて焦っているのを紗良はわかってくれているのかもしれない。愛華は本当に嬉しそうだし連れてきてよかった。
電気を消して布団に入ると紗良と愛華が小声で話をしているのが聞こえてくる。
「さぁちゃんは疲れていたのですかね。すぐに寝てしまいました」
紗良は私が寝ていないのがわかるはずなのに、愛華の気持ちを落ち着かせようとしているのだろうか?
「今日は私を連れてきてくれたんです。さなえ先輩は、本当は忙しいのに時間があるからって」
「そうでしょうね。不安もあると思いますが愛華は一人ではないですよ。どうにもならないって思ったらどうするか覚えていますよね」
愛華は正直だなと思いながら、どうすることになっているのだろう? と聞いていると、枕がすれる音がした。頷いているのかな?。
「それでは、しっかり寝て明日からも頑張ってください」
しばらくすると静かになった。
これで愛華も少しは気持ちが落ち着いたと思う。私でも心配はいらないと励ますことはできるが、使えるなら最大限の効果を望みたい。少し悔しいけど愛華にとっては紗良以上を望むことができないのはわかっているから。でもそれを紗良に直接言うのは嫌だ。だって私も紗良に励ましてほしいし。大好きなんだから。
んっ? 何か耳元でありがとうって紗良に言われた気がした。
気のせいか。そういえば愛華が写真立てを見ていたなぁ。私もいつか絵里奈さんのように紗良の机に飾ってもらいたい。
そうだ! 今度写真をもってきて勝手に飾ることにしよう。
「ダメですよ」
そんなに返す刀で否定するなんて紗良ひどい。完全否定することないじゃない。悲しくなってくる。私だって卒業をするんだからもっと優しくしてくれても……。
「何を、寝言を言っているのですか? また寝ようとしては駄目です。早く起きてください」
いつの間にか朝だった。
愛華が私を見てニコニコしてるのが見える。
「えっ? 朝? 寝言を言ってた? なんて言ってた?」
紗良と愛華が目を合わせて、なんて言ったかわからなかったと言った。
後輩に寝顔を見られるだけじゃなく寝言まで聞かれるとは先輩としての威厳というものが。
「寝言はどうでもいいです。朝だと言っているでしょう。今日の予定がどうなっているかわからないですが、朝ご飯ですから、早く起きてください」
どんな夢だっただろうか。思い出せない。結構リアルに落ち込んだ気がしたけど。とりあえず夢ならよかった。
「考えておきますよ」
小さな声で紗良に言われたからよく聞こえなかった。
「ん? 何のこと?」
「なんでもないです」
紗良は何を言ったのだろうか? 今日も予定が詰まっているから早く支度していかなきゃ。愛華も問題ないみたいだし、私は私で頑張ろう。
仕事があるのを思い出したと言って、急いで支度して紗弓さんにお礼を言ってから靴を履いた。
「本当は今日もお仕事だったんですね。忙しくて大変なのに、さなえ先輩ありがとうございました」
「忘れてたんだよ。それに私が来たかったんだから関係ないから。それじゃ紗良もまたね。お邪魔しました」
さなえは現場に向かって急いで出て行った。卒業に合わせて同時に進行している仕事もあるのだろう。暇なわけがない。
「私も帰ります。紗良姐さん。ありがとうございました」
「また連絡をください。予定があるときはきちんと言いますから連絡することをあまり気にしなくていいですよ」
「ありがとうございます」
帰ろうとする愛華が私の目をじっと見る。
「何? 何か聞きたいことがあるの?」
こういうことを聞いていいのかと、頭の中で考えているようだったが、私に聞いておこうと思ったのだろう。
「さなえ先輩ってすごくはっきりと寝言を言うんですね。いつもでしょうか?」
何回かさなえが寝ているときに一緒にいたが、あんなにはっきりとした寝言は私も聞いたことは無い。
「疲れているんだと思う。愛華のことも大事に思っているから無茶を言って……。完全な嘘ではないにしても私が来たかったなんて言って」
「そうですよね。私、びっくりしてしまいました。でも、いろいろお話しできましたし、うれしかったです。また今度さなえ先輩にお礼を言います。先輩の卒コンも、これからもどちらもがんばります」
「そうだね。応援してるから。道中は気を付けてね」
「はいっ! お邪魔しました」
愛華もさなえのおかげで元気になって家に帰って行った。
私も、もっと二人を支えられるようになろう。
柔らかな光が差し込んでくる部屋から、その部屋の主人が大学へでもいくのか、いつものように緩やかな風だけを残し、音もなく出て行く。
扉が閉まるときに唯一ノブからカチャンという音がして、部屋にはいつもの静寂が訪れる。
窓からの光に照らされた余分なものが一切ない机の上には、無理やり腕を組まれ迷惑そうな感じの部屋の主人と、満面の笑顔の誰かが二人で写っている新しい写真立てが立っていた。
まるで隣の写真立てと関係を張り合うかのように並んで。
〈おわり〉
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