ネコタマ-NEO-

和本明子

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 千代田佳那──享年二十二歳。
 彼女は、OS『プロメテウス』の開発メンバーの一人にして、同OSのメインコード作成者だった。

 会議室のプロジェクターには、制服姿の少女時代の佳那の写真が映し出されていた。あどけない笑顔の中に、どこか憂いを帯びた瞳が印象的だった。

 彼女が初めてコンピュータープログラムに触れたのは、小学五年生でのプログラミング授業だったという。当時の成績は可もなく不可もなく、特別目立ったものではなかった。

 ──けれど、運命の歯車はある夏の日に大きく動き出す。

 中学二年生の夏休み。
 佳那は自らの手で初めて一つのアプリを作成した。
 タイトルは“猫魂ねこたま”。携帯端末向けに作られた、猫を育成するシミュレーションゲームだった。

 その開発動機は、極めて個人的なものだった。

 「‥‥当時飼っていた愛猫が死んでしまったんです。その子に、もう一度会いたくて‥‥」

 インタビュー映像の中で、彼女はそう語っていた。
 猫魂は、無料素材を活用し、参考書に載っていたサンプルコードを元に組み立てた、いわば拙い作品だったはずだった。──にもかかわらず、そのアプリは驚くべきリアリティを持っていた。

 猫たちは生きているかのように振る舞い、感情を持つかのように反応した。
 知人の間で話題となり、やがて一般公開すると、わずか一か月で三十万ダウンロードを記録するという快挙を成し遂げる。

 しかし──やがて、問題が発生した。

 猫魂をインストールした端末では、設定が勝手に変更されたり、不要なアプリケーションが削除されたり、バッテリーの消費量が激増するなどの不具合が報告されるようになったのだ。
 一方で、なぜか端末の処理能力が向上したという奇妙な報告も少なくなかった。

 所有者の承諾なしに端末を改変するアプリはウイルスとみなされ、結局、猫魂は公開停止処分を受けた。

 ──だが、その中に光るものを見出した者たちがいた。
 当時、急成長中だったソフトウェア企業、ペア社である。

 彼らは猫魂のソースコードに秘められた異質なアルゴリズムに注目した。
 詳細な解析の結果、猫たちの挙動を司っていたコードが、従来のプログラミングとはまったく異なるロジックで動いていることが判明したのだ。

 このコード──後に『バイオ言語(通称B言語)』と呼ばれることになる新たなプログラミング体系──は、ペア社のS級エンジニアたちをもってしても解析困難なほど複雑で、しかも有機的だった。

 佳那本人も、当時をこう振り返っている。

「徹夜続きでコードを書き続けていて‥‥気づいたら、できていたんです。まるで、誰かに導かれているみたいでした」

 その天啓に似たひらめきから生まれたB言語は、ペア社にとってまさに革命だった。
 ペア社の技術者はこれを基に、既存のオープンソース系OSを改造・発展させ、新たなるOS『プロメテウス』の開発へと乗り出した。

 ──進化するOS『プロメテウス』。

 使えば使うほど性能が向上し、自らバグを修正し、学び続ける。
 プロメテウスは停滞していたICT分野に再び革命をもたらし、世界の標準OSとなった。そしてペア社は、一躍世界最大のソフトウェア企業に登りつめることとなった。

 やがて、高校を卒業した佳那は、功績を称えられ、正式にペア社へ入社。
 ──ただし、彼女が求めたのは名誉でも金でもない。

 彼女の希望、それはただひとつだった。

「“猫魂”の続編を作らせてください」

 かくして始まったのが──プロジェクト『ネコタマR』。

 それは単なるゲームアプリではなかった。
 ペア社は、次世代OS開発の土台として、膨大な資金とリソースをネコタマRに投入していたのだ。

 しかし──ネコタマRの完成を見ずに、千代田佳那はこの世を去った。

 佳那が二十二歳の時に本社ビルの屋上から、何の言葉も遺さずに飛び降りた。

 同時に、佳那の遺した『ネコタマR』の全データも、何者かの手によって完全に消去されていた。
 プロジェクトは凍結され、再開されることはなかった。

 ──だが、それと前後して、異変が起きる。

 『電脳生命体』の存在が、初めて確認されたのだ。

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