異世界家族―追放貴族と没落令嬢と勇者の娘、今日も気ままに開拓日和。

和本明子

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2章 第三王子に婚約破棄されて不幸のどん底に叩き落され没落してしまった令嬢は行く宛もなく

第4話

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 華やかな音と絢爛な光が、この場に満ちていた。
 高天井から吊るされたシャンデリアは無数の星々を逆さに閉じ込めたようで、その煌めきが、金糸を織り込んだ絹の裾に反射しては波のように流れた。

 グラスが触れ合うたび、透明な音が空気を震わせる。それは楽団の演奏よりも雄弁に、この場の“幸福”を語っていた。

 ここは王都の心臓――王城の舞踏会場。

 今宵は、王国の第三王子と、その婚約者セリカリーナ・デクリィッチェ・ハーベスト公爵令嬢の婚約お披露目が盛大に催されていた。

 セリカリーナは立っているだけで、空気がわずかに緊張するような女だった。
 上級貴族の生まれにふさわしく、均整の取れた顔立ちと、まっすぐに伸びた背筋。
 その佇まいには、幼い頃から施されてきた英才教育の痕跡があった。
 剣も魔術も、学問も、人後に落ちない。
 まるで、貴族社会という舞台のために造られた“完璧な人形”のように――。

 けれど、その眼差しの奥には、人形ではない何かが確かに燃えていた。
 それは誇りであり、野心であり、そして、幼い頃に植えつけられた「自分は選ばれた者だ」という確信だった。

 微笑む唇の奥で、ほんのわずかに、他者を見下ろす気配が漂う。
 だが、それすらも彼女の美の一部であり、誰もそれを咎めることはできなかった。

 だが、光が強ければ影も濃い。
 その夜の空気には、どこかひび割れのような不吉さが潜んでいた。

「殿下、そろそろご挨拶をば」

 侍従が頭を垂れ、小声で告げると、第三王子は軽く頷いた。
 その動作は柔らかく、洗練されていたが――笑みだけは、氷のように冷たかった。

 セリカリーナは隣で微笑み、ゆるやかに扇を傾けた。
 完璧な礼儀作法。どこから見ても、王家に嫁ぐのに理想的な婚約者。

(これで、やっと……)

 第三王子との婚約は政略だと十分理解していた。
 愛ではなく、血筋と権力を結ぶ鎖だと。

 それでも――自分の努力が、家のため、父のためになると信じていた。

 だが、王子の口から放たれた言葉は、あまりにも唐突で、残酷だった。

「セリカリーナ・デクリィッチェ・ハーベスト――君との婚約を破棄する!」

 その言葉が発せられた瞬間、会場の空気がはじけた。
 まるで絹の幕が裂けたかのように、静寂が音を立てて崩れ落ちる。
 誰かの手から滑り落ちたグラスが床を転がり、乾いた破砕音を響かせた。
 シャンデリアの光が、その破片を照らし出す。まるで煌めきの中に、誰かの人生が砕け散ったかのようだった。

 セリカリーナは一瞬、耳を疑った。
 だが、周囲のざわめきが現実を突きつける。息を呑む貴婦人、驚愕に顔を見合わせる貴族たち。
 心臓が、脈打つたびに痛みを覚えた。
 喉が焼けるように乾く。声を出そうとしても、言葉が出てこない。

「……殿下、今、なんと?」

 掠れた声が、自分のものとは思えなかった。
 第三王子は冷ややかにセリカリーナを見下ろし、まるで儀式の台詞でも口にするような平板な声で言った。

「聞こえなかったか? 君との婚約を破棄すると言ったのだ」

「ど、どうしてですか? なぜ、こんな時に婚約の破棄などと?」

「今ここが、最後の機会だと思ったからだ。婚約を破棄したのは……私は、別の女性を愛しているからだ。彼女を!」

 彼の手が、ゆるやかに宙を切った。
 その指先の先――そこに立っていたのは、控えめな装いの娘。
 粗末な布のドレスの裾が震え、彼女は怯えたように俯いている。
 けれど、灯りに照らされたその顔は、まるで硝子細工のように整っていて、“可憐”と呼ぶにふさわしかった。

「あ、あれは……!?」

 その一瞬で、セリカリーナの胸の奥にある過去の断片が閃く。
 ――学院の講堂。教本を抱え、いつも教壇の端で遠慮がちに座っていた娘。
 平民の出自ながら、特例で学院に通っていた同級生。

「なぜ、アナタが! いえ、殿下。一時の感情で私との婚約を破棄するなど、王家の威信と信頼に関わりますわ!」

 自分でも抑えられない焦燥が、言葉に滲む。
 だが、王子は動じない。その瞳には熱があり、激情があり、そして――愚かさすら宿っていた。

「威信? 私は王家の一員として、この国に“愛の自由”を示す!」

 その一言に、会場の空気が凍りついた。広間に残されたのは、心臓の音と、ひとつの沈黙だけだった。
 セリカリーナは息を吸うことすら忘れ、ただその場に立ち尽くしていた。

 血の気が引くと共に、胸の奥で、なにかがぽっきりと折れる音がした。
 何年も積み上げてきた努力が、信頼が、誇りが、音を立てて崩れていくのが分かった。

(……父上に、知らせないと)

 膝が震えるのを隠しながら、セリカリーナはドレスの裾をつかみ、来賓客たちから哀れや同情や奇異な視線を向けられて会場を抜け出した。

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