異世界家族―追放貴族と没落令嬢と勇者の娘、今日も気ままに開拓日和。

和本明子

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9章 ひとつの実が命を繋ぎ、ひとつの牙が命を断つ。森は優しく見えて誰にも優しくはない

第19話

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 他愛ない雑談と小休止を挟みながら、一行はようやく森の縁へとたどり着いた。道中、幸い魔獣の影を見ることもなく、風の唸りと足音だけが荒野に響いていた。

 森と呼ぶにはあまりにもまばらで、木々は疎らに立ち並び、草むらが無秩序に生い茂っている。
 手入れの行き届かぬ地――否、かつて人の手があった気配すら薄い、荒れ果てた自然の名残といった方が近いだろう。

 森の内は驚くほど静かで、枝葉を撫でる風の音と、遠くの鳥の声だけが微かに揺れていた。三人は慎重に足を進めながら、食べられるものを探す。

 もっとも、アルトもセリカも、そしてステラも、野に生きる山の民などではない。
 見分ける目利きなど持ち合わせておらず、野草も木の実もキノコも、毒か薬か、判別の術はまるでなかった。

「ねえ、あっちに赤い実が生えてたよ!」

 ステラが走り寄り、小さな手に摘んだ果実をアルトへ差し出す。
 その実は艶やかな紅を湛え、どこか懐かしい――アルトの前世の記憶にあるサクランボのようにも見えた。

「サクランボっぽいから、大丈夫そうだな。どれどれ……」

「うかつに口に入れるのは、おやめになったほうが――」

 セリカの忠告が最後まで届く前に、アルトは既に実を口に放り込んでいた。

「ん、意外と甘――」

 言葉の途中で顔色が変わる。

「……舌が、痺れる……それに、なんか……気分が……悪……っ!」

「だから申し上げましたでしょうに!」

 セリカは即座に周囲を見渡し、視線を止めた。
 地面に伏すように群生する小さな草――淡い紫の葉脈が走るその形を、彼女は学院で習った薬草学の記憶から即座に思い出す。

 迷いなくそれをちぎり取り、アルトの口に押し込んだ。

「毒消し草よ、噛んで飲み込みなさい!」

「ぐっ……にがっ!」

「我慢なさい!」

 涙目のアルトが小さく頷く。ステラは不安そうにその袖をぎゅっと握り、揺れる瞳で彼を見上げた。

「だ、だいじょうぶ……?」

「……ああ、もう大丈夫だ。痺れも引いてきた。助かったよ、セリカさん」

 アルトが額に浮いた汗をぬぐいながら礼を言うと、セリカはふうと長い息を吐き、腰に手を当てた。

「まったく……という訳で、ステラ。こうなるから、知らないものを勝手に口にしてはいけませんのよ」

「はーい!」

 無邪気な返事が森の静けさに跳ね、セリカは思わず頬を緩めた。
 つい先ほどまでの騒ぎが嘘のように、少女の明るい声がその場をやわらかく包み込んでいた。


 * * *


 その後も三人は木々や茂みに分け入り、目についた野草や果実、キノコを採取しては持ち寄った。
 日が傾き始めた頃、焚き火を起こし、採ってきたものを並べて腰を下ろす。

「さて……こうして見ると、食べられるのかどうか、まるでわからんな。セリカさん、さっきの毒消し草みたいに解っていたりします?」

 アルトは先程の失態により慎重になっていた。

「先ほどの毒消し草は特徴が分かりやすかったから対処できましたけれど、こういったものは……さすがに見当もつきませんわ」

 三人がどうしたものかと顔を見合わせていると、近くにいたプレオが鼻をひくつかせ、ついと首を伸ばした。

「あっ、プレオ! おやめなさい、それは――」

 セリカの制止も空しく、愛馬は洋梨に似た果実をためらいもなくぱくりと食べてしまった。

「アルトさんみたいになるわよ。ペッしなさい。ペッ。もう、どうなっても知りませんわよ」

 呆れと心配をないまぜにした声に、しかしプレオはどこ吹く風とばかりに蹄を軽く鳴らすばかり。
 しかし、しばらくてしても、様態がおかしくなる様子もなく、むしろ味わいを吟味するように次の果実に鼻を寄せては、危ういものを器用に嗅ぎ分けているのか、避けている。

 その所作に、アルトとセリカは自然と視線を交わした。

「……ひょっとして、食べられるもの食べられないものを判別してるんじゃないか?」

「確かに……野生の勘、いえ本能というやつでしょうか?」

 アルトは半信半疑のまま、プレオが口にした果実を一つ摘み上げ、掌の上で慎重に重さを測るように眺めた。
 それから意を決して、かぷりと歯を立てる。

 シャリ、と瑞々しい音が響き、日差しに乾いた舌の上を、ほんのりとした甘味と青い香りが撫でていった。

「うん、ほどほどに甘くて、食べられるな……」

 しばらく様子を見ていたセリカとステラだったが、先程みたいな異常は起きないようだ。

「わたしも、食べる!」

「あっ、ステラ、まだ――」

 止める声も聞かず、少女は両手で果実を抱えこみ、頬いっぱいにそれを頬張った。口から果汁がこぼれる。

「んーっ、美味しい!」

「だろ? セリカさんも食べてみなよ」

「えっと……私は遠慮しておきますわ。遅効性の毒があるかもしれませんし」

「ああ、それもそうだね」

 無邪気に果実を分け合う二人を前に、セリカは少しだけ唇を尖らせた。

 焚き火の赤が二人の頬を照らし、その笑顔の眩しさに――ほんの少し、胸の奥がくすぐられるような、甘く不器用な嫉妬が芽生えるのを感じていた。


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