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悪党の食卓。

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 血族とは、血を分けた自分の分身達であり、自分の意志を継ぐ者達である。

 思想とは、置かれた環境や、周囲の方針、考え方によって育まれる。

 家族とは、血で結ばれた、同じ思想を持つ者達の総称である。




 悪党の食卓。




 月明かりが差し込む不気味な夜に、ベルトハイド公爵家の面々は一堂に会し、食卓に着く。


 マナーを遵守した貴族の食事の席は、酷く静かで、家族といえども会話は無い。


 その静けさに満ちた異様な空間は、見るものに不安を抱かせる。



 コースで用意される料理のみが、時間の経過と変化を告げていく。



 しかし、唯一変化をもたらし続けていた料理も、メインの肉料理を終えた後には、全て片付けられてしまった。



 通常であれば、デセール(デザート) 、カフェ・ブティフール(コーヒーや紅茶と菓子)と控えているはずであるが、ベルトハイド公爵家では出番がない。



 代わりに用意されたのは、血を溶かし込んだような、真っ赤なワインであった。



 ベルトハイド家の者達は、甘いスイーツや鮮やかなデザートは、食べる必要があるのであれば、喜んで口にするが、必要がなければ、一切口にはする事はない。



 ここまで来てようやく、誰かが口を開く。



「我が麗しき同胞達よ。こうして同じ食卓を囲める事を、心から嬉しく思う」


 そう発言した公爵は、穏やかで人の良さそうな笑みを浮かべていた。

 その笑顔を見ると、感じていた不安や恐怖が解けていくようだった。




「ええ、旦那様。とても喜ばしい事ですわ」

 と、返答したのは公爵夫人だ。美しい微笑みを浮かべる彼女は、年齢不詳で麗しい。そしてどこか魅惑的だ。




「…今日はどう言った、ご要件で?」

 感情もなく聞いたのは、触ると危ないとわかるのに、それでも触れてみたいと思わせるような、儚くも怪しい美貌を持った美青年だ。





「お兄様?そんなに焦ってはいけませんわ。夜は長いのですもの。楽しみましょ?」

 最後に口を開いたのは、怪しげな魅力を秘めた、美しき少女だ。綺麗に塗られた爪は、彼女の美貌を恐ろしく引き立てている。




「その通りだ。焦っても良いことは無いよ。

 それとも反抗期かい?…成長は喜ばしい事だが、残念ながら今は祝ってはやれないな。

 …なんせ、我らの女神が不機嫌なのだからね」



 
「…まぁ。それは、…ジーク殿下が原因かしら?」


「…最近のジークは可笑しい…」


「…イリス。そんな言い方をしてはいけないよ?
 けれど、ジーク殿下が原因なのは正解だ。

 女神は、醜い蛾が、ジーク殿下を惑わしている事に、大変心を痛めておられるんだ」




「ミーナ・マーテル男爵令嬢ね。お父様」


「ああそうだ。…詳しいのなら、どんな状況になっているのか、教えてくれるかな?アリス」




「ええ。お父様。ミーナ・マーテル男爵令嬢は、ジーク殿下を始めとした、貴族の令息達に、日々纏わりついておりますわ。

【自由に恋愛出来ないのは可笑しい!】
【私達、運命で結ばれているみたい!】
【身分で差別するのは間違ってる!】
【私は正しいのに、虐められている!】等と、
 高らかに叫んでいる、プロパガンダ令嬢ですわ。

 纏わりついて、何をしているのかについては…

 私よりお兄様の方が詳しい筈ですわ。

 …ねぇ?お兄様」


 アリスと呼ばれた令嬢は、心底楽しそうな笑みを浮かべ、兄のイリスに話題を振る。



 話題を振られた兄・イリスは渋々返答する。



「…初対面の相手に対して、マナーも爵位も気にせず、いきなり話しかける所から始まって、許可も得ずに名前で呼び、スキンシップと称した、セクハラ行為の数々…。

 終いには、気持ちの悪い手作り菓子を、食べろと強要してくる始末…。

 四六時中、大声で名前を呼びながら追いかけてきて、もう頭がおかしくなりそうだ…」



 そう叫ぶように言うと、そのまま頭を抱えてしまった。



「…あらあら大丈夫?思ったより酷いのね」


「ああ、そうだね。ジーク殿下だけではないのかい?」


「ええお父様。彼女の言う【自由恋愛】とは…そういうもの。らしいですわ」


「…ただでさえ、アレクシス殿下が成人される年で、王太子の座を巡る争いは、日夜大いに過熱している…。

 こんなに大切な時期だというのに…酷く迷惑で厄介な蛾だね?」



「…偶然死んでしまうのなら、仕方がないのではなくて?」
 夫人の真っ赤な唇から、過激な発言が溢れ落ちる。



「ああ。そうだね。
 けれど、早まってはいけないよ。

 第一王子殿下が飼っている蛾だったり、他国からの紐付きの蛾なら、事は酷く厄介だ…。我らの女神はそれを懸念していてね…」



「…ここからが本題なのだが、女神から密命が下された。

 同胞達よ。遂に時は満ちた。

 我らがベルトハイドの血を引く【第二王子・ジーク殿下に、王位を捧げよ】と命が下った。

 そして、同時に王位に立つにあたって、醜い蛾が付き纏っているのは都合が悪い。

 【邪魔者を排除せよ】とも命じられている」



「…旦那様、方法の指定は御座いますの?」



「いいや無い。だが、女神に迷惑が掛からない様にするのは絶対条件だ。

 …もちろん簡単では無い。

 けれど、金と人はどれだけ使っても構わない」



「…でもお父様…ジーク殿下のお気に入りの蛾ですのよ?」


「ああ。そこが難しいところだね。
 まずは、殿下の目を覚ますところから、取り組む必要がある。…何か考えなくてはいけないね」



「…正直、難しいかと。…最近のジークは友人の言葉も聞き入れず、むしろ恋敵として扱ってくる始末です…」



「…出来ない理由を探すのは簡単だよ。
 けれど、そんな返答を、我らの女神は望んでいない。

 わかるかい?出来ないは、あり得ないんだ。

 自由に動けない女神の為に、我等が代わりに成し遂げる…必ずね。
 わかってくれるかな?我が同胞達よ」



「もちろんですわ旦那様」

「ええ。成し遂げてみせますわ」

「出来ないとは言ってないです…」




「うんうん。皆が理解してくれて嬉しいよ。

 それでは、我らが血族の誇りにかけて、必ずや成し遂げて見せようじゃないか」




「我等、血族…ベルトハイドの悲願達成の為に」


「「「悲願達成の為に」」」




 公爵の合図により、皆がグラスを掲げ、音の鳴らない乾杯を交わし、血を溶かし込んだ様な真っ赤なワインを、一気に煽った。


 その後、ベルトハイド公爵家一同による、綿密な"男爵令嬢・排除計画"及び"第二王子による王位奪取計画"が練られたのであった。
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