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最終話
しおりを挟む晶が死んで10年目の春、Violetのメンバーは音楽事務所内で一番広い会議室に勢揃いしていた。
高校を卒業した後、メンバーは大学に通いながらひたすらに地下でバンド活動を続け、大学3年の夏に現役大学生バンドとしてメジャーデビューを果たした。
しかし、長い活動期間の中でギターヴォーカルの朝陽が喉の不調により、歌えなくなってしまった為、Violetは新たにヴォーカルを加入させなくてはならず、今日はそのオーディションの最終選考だった。
音楽プロデューサーやマネージャーなど、各関係者の厳しい審査を乗り越えた参加者が訪れる訳だが、
どうにもメンバーに刺さる参加者が居らず、マネージャー達が第2回のオーディションを検討し始めた時、その人物は現れた。
「しつれーしまーす」
だらしのなく語尾を引き伸ばしながら会議室に入って来たのは17~8歳くらいの少年だった。
その少年の姿を見た瞬間、朝陽の隣に座っていた町田は息を忘れ、少年を黒目がちなその瞳で凝視した。
そんな町田の反応に気が付いた少年はふてぶてしい笑いを浮かべ、部屋の中心に立っているマイク前へと移動し、自己紹介もなんの前置きすらもなく唐突に歌い出した。
「!?ちょっと君…!」
勝手な行動をする少年に、Violetのマネージャーが堪らず声を上げ、少年に駆け寄ろうとするが、メンバー全員がマネージャーを手で制し、少年を見つめた。
Violetのメンバー全員が目の前の少年に見覚えがあった。
手元の資料にあるプロフィールの顔写真と名前は全く別ものだったが、目の前の少年の顔つき、表情の作り方の癖を見て全員が確信した。
そして中でも町田は少年が歌い出す前の段階で少年の正体に気が付き、目の奥にじわじわと溜まってくる涙と、小刻みに震える唇を必死に堪え、その場に座っていた。
少年が歌い終わると、一番最初に口を開いたのは意外にも樹だった。
「おかえり」
樹のその短い言葉に、他のメンバー達も安堵するような微笑みを浮かべる。
そしてその頃には、町田の目からは堪えきれずに涙が次々と零れ落ちていた。
そんな町田を見て、少年は「おう、俺の為に音楽続けてんじゃねーか」と勝ち誇った様に笑う。
「……うるせ、おせーよ。もう俺達、有名になったけど」
服の袖で乱暴に自分の涙を拭いながらぶっきらぼうに話す町田に、少年は「まさか」と両手を軽く上げる。
「俺達は有名になるのが目的じゃなかっただろう?むしろこれからだろーが」
「よく言うぜ、お前のせいで俺の喉は潰れたぞ」
少年の生意気な物言いに今度は朝陽が毒づく。
「俺のせい?違うだろ、やっぱりVioletのヴォーカルは俺ってだけだろ?なんだよ、今になってヴォーカルの地位が惜しくなったか?」
「なわけねーだろ、ヴォーカルはお前だよ」
朝陽の言葉と、Violetのメンバーの雰囲気に、周囲のスタッフ達は状況が分からず、あたふたとする。
そんなスタッフ達の雰囲気を察して、終始沈黙していた暖がゆっくりと立ち上がった。
「俺達のヴォーカルが決まった、今すぐ手続きを」
暖のその一声でマネージャーは目を見開いて身をのけぞって驚いたが、そんなマネージャーに更に追い打ちを掛けたのは正に今しがた人気バンドのヴォーカルに抜擢が決まった少年だった。
「まっ、よろしくな」
おそらくまだ高校生くらいであろう少年に軽く肩を叩かれ、呆れてものがいえなかった。
(はあ…こりゃまた仕事が増えそう……)
マネージャーだけでなく、Violetのメンバー全員がそう思っていたが、逆にそれがこの先楽しみで仕方がなかった。
「晶、メンバー名はなんにする?」
「ああ~確かに、俺今は晶じゃないしな」
朝陽の問に首を傾げる見知らぬ少年の姿をした晶に、樹が「晶は晶だよ」と強く頷いた。
すると当の本人が納得したようで、「それもそうだな!」と無邪気に微笑むので、他のメンバーも異論は唱えなかった。
「よっしゃ!じゃあViolet再開だ!俺達の為は世界の為、世界の為はVioletの為!そんな音楽を作り続ける!」
「またデッカくでたな~」
「晶が帰ってきたVioletならできる」
「樹はマジで晶信者よな…」
そんな風に笑い合っている内に、会議室のブラインドの隙間からオレンジ色の光が差し込めてきた。
その暖かなオレンジ色の光を浴びながら無邪気に微笑む晶の横顔は、町田が初めて晶と出会った、晶が死んだあの日と同じだった。
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