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第14話【婚約発表】
しおりを挟む朝方まで語り合っていたせいで、二人が起きたのは、お昼を過ぎてからだった。
「幸、おはよう……っていうか、もう三時過ぎてるけど……」
寝室から出てきた洋子が、まだ眠たげな声でつぶやく。
「おはよう。ちょうど味噌汁できたところだから、椅子に座って待ってて」
幸はそう言って、お椀によそった味噌汁をトレイにのせる。
そして、ご飯と厚焼き玉子を添え、箸を並べてテーブルへと運んだ。
それぞれの前に器を置くと、幸も椅子に腰を下ろす。
「いただきます」
二人で手を合わせ、遅い昼食が始まった。
「……あー、美味しい」
味噌汁をひと口飲んだ洋子が、心からの感嘆を漏らす。
「私が男だったら、間違いなく幸をお嫁さんにするんだけどな」
冗談めかして笑いながら、続けた。
「幸と結婚できる男は、本当に幸せ者だよ。気が利くし、料理は上手いし、優しいし、綺麗だし……。
いいところを数えたら、きりがないくらい」
洋子の言葉に、幸は照れくさそうに笑いながら、味噌汁をそっと口に運んだ。
遅めの昼食を終えると、幸は食器を片づけ始める。
食洗機に皿を並べていると、キッチンのカウンターに置いた携帯が小さく震えた。
――会社のSNSかな?
何気なく画面をのぞくと、やはり会社からの配信通知が届いていた。
指先でタップすると、映し出されたのは黒田圭吾と高瀬由紀の婚約会見のライブ映像。
驚きのあまり、幸は携帯を落としそうになった。
画面の中では、圭吾と由紀が並んで、幸せそうに微笑んでいる。
よく見ると、圭吾が着ているスーツは、昨日、幸が店まで取りに行ったあのスーツだった。
“大事なパーティーがある”――そう聞かされていたけれど、まさかそれが婚約発表の場だったなんて。
胸の奥が、すーっと冷えていく。
圭吾は、あまりにも無情だ。
幸のことなどこれっぽっちも考えていない。
気づけば、手の中の携帯が小刻みに震えている。
震えているのは携帯ではなく、自分の手のほうだと気づくのに、少し時間がかかった。
キッチンに顔を出した洋子が、幸の異変に気づく。
「……幸? どうしたの?」
幸は、唇を噛みしめたまま、言葉を発することができなかった。
その代わりに、手にしていた携帯を洋子の前に差し出す。
画面の中では、由紀の左手が、アップで映し出されていた。
薬指に光るダイヤの指輪が、キラキラと輝いている。
携帯をのぞき込んだ洋子は、
「ちょっと、なにこれ……? えっ、どういうこと?」
まだ状況が飲み込めないようだ。
でもすぐに、状況を把握した。
「……は? えっ?! なに? 婚約? まさか、圭吾が?」
洋子の声が震えた次の瞬間、彼女の表情が一変した。
怒りが一気に込み上げる。
「こんな男、さっさと捨てたほうがいい!」
洋子の怒声が、静まり返った部屋に響く。
その言葉に、幸はようやく視線を上げた。
洋子の怒っている姿を見ているうちに、不思議と心が静まっていく。
――もう、涙は出ない。
だからといって、なにも感じていないわけではない。
この気持ちは、なんだろう。
諦め、失望、怒り……それとも、空しさ。
ただひとつ確かなのは、圭吾への愛情がもうゼロになったということ。
幸の心の中に、彼への想いはどこにも残っていなかった。
そのことに、幸は静かに気づく。
そして、圭吾への愛情が完全に枯れてしまったことを――冷静に、認めた。
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