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第20話【うまくいかない理由】
圭吾と別れてからの一週間。
幸は洋子の勧めもあり、心身を整えるために穏やかな日々を過ごしていた。
しかし、そろそろ部屋探しと就職活動を始めようと動き出した矢先――おかしなことに気づく。
最近、すべてがうまくいかないのだ。
良い物件を見つけて下見に行っても、契約の直前になって突然、相手から断りの連絡が入る。
就職活動も同じだった。
面接では好印象を与えられたと感じても、その後すぐに不採用の通知が届く。
部屋探しも、就職活動も――どちらも、まったく前に進まなかった。
「洋子、ごめんね。なぜか契約がうまくいかないの。早く部屋を見つけるから、もう少しだけ待ってて」
ここまで長引くとは、さすがに予想していなかった。
「ずっとここに住んでていいんだよ。なんなら、私が幸を養ってあげてもいいんだから」
洋子は笑顔でそう言ってくれる。
けれど、洋子には遠距離恋愛中の恋人がいる。
――自分がここに居座っていたら、彼氏も遊びに来づらいはずだ。
とにかく、一日でも早くこの部屋を出て、新しい生活を始めなければ。
幸は焦りを感じていた。
だが――相変わらず、何ひとつうまくいかない。
日にちだけが、ただ過ぎていく。
さすがにこうも毎日、面接も契約も断られ続けると、心も体もすり減っていく。
心身ともに疲れきった幸は、気分転換に美味しいコーヒーでも飲もうと、ふらりと近くの喫茶店に入った。
店内に入ると、立ちのぼる香ばしい香りが嗅覚をくすぐり、それだけで心が少し癒やされる。
幸は、窓際の席に座り、コーヒーを注文した。
ほどなくして、注文したコーヒーが運ばれてきた。
幸はカップを手に取り、一口含む。
――なんだか、落ち着く。
豊かな香りと深みのある味わいが舌に広がり、束の間の安らぎをもたらした。
そのときだった。
「久しぶりだな、幸」
聞き慣れた低い声が、耳に届いた。
顔を上げると、そこには圭吾が立っていた。
薄く笑みを浮かべ、まるで当然のように幸の前に立っている。
――なぜ、彼がここに?
幸の眉間にわずかにシワが寄った。
圭吾はその反応を楽しむように眺めながら、ゆっくりと向かいの席に腰を下ろす。
「どうだ、そろそろ俺のところに戻る気になったか?」
その意味を測りかねて、幸は戸惑いと警戒を滲ませた。
「仕事も、部屋も、まだ見つかってないんだろ?」
圭吾はニヤニヤと笑みを浮かべ、幸の表情をじっと見つめる。
その瞬間、幸はすべてを悟った。
「……まさか……圭吾が……邪魔して……」
「そうだよ。俺が邪魔してる」
圭吾は口角を上げ、あっさりと認めた。
「幸がどこに行こうが、就職もさせないし、部屋も契約させない。だから、早く戻ってこい。
俺が面倒を見てやるから」
幸の手は無意識に、カップの取っ手を強く握りしめる。
熱いコーヒーがわずかに揺れ、表面に小さな波紋が広がった。
――なるほど。
最近うまくいかないことの理由が、すべて繋がった。
仕事も、部屋も、何もかも……すべて、圭吾が裏で動いていたのだ。
「どうして、そんなことをするの?」
幸はかすれた声で問いかけた。
「どうしてって、決まってるだろ。お前は俺の女だ」
圭吾の瞳は冷たく、けれどどこか狂気を帯びて光っている。
「俺から離れるのは許さない。お前の居場所は、最初から俺の隣だ」
背筋がぞくりとした。
圭吾の声には支配欲が滲み、逃れられない圧を感じる。
「……そんなの、愛じゃない」
幸は震える唇で、ようやく言葉を絞り出した。
「愛かどうかなんて、どうでもいい。お前が俺の手の届くところにいれば、それでいいんだ」
「……私は……私は、圭吾の思い通りになんかならないわ!」
幸はキッと睨みつける。
しかし圭吾は、微動だにせず冷ややかに返した。
「一般庶民のお前が、黒田ホールディングスに逆らえると思ってるのか?」
「逆らえるもなにも、結婚相手もいるのに、なぜ私に執着するの?
こんなこと、あなたのお祖父様が知ったら、激怒するわよ」
「大丈夫だよ。俺の祖父にも、愛人がいるんだから。俺が幸を囲っても、
怒ったりはしないさ」
――お祖父様にも、愛人がいる。
呆然とする幸の手を、圭吾が掴んだ。
その瞬間、幸の全身に鳥肌が立つ。
もう、圭吾への愛情など微塵も残っていなかった。
それどころか、彼に対しては強い嫌悪しか感じない。
必死に手を引き抜こうとするが、男の力には敵わない。
「幸、あきらめて俺の愛人になるんだ。そうすれば、以前のように――
優しくしてやるから」
圭吾はそう言うと、幸の手の甲にキスを落とした。
触れた唇の感触が、気持ち悪くて仕方がない。
体の奥がゾクリと震え、今すぐにでもその感触を消し去りたい衝動に駆られる。
「三日だけ待ってやる。荷物を全部マンションに戻すんだ。
戻さなければ、とことんお前を追い詰めるからな」
そう言い残すと、圭吾は幸の手を離し、薄ら笑みを浮かべて去っていった。
圭吾の背中を目で追う余裕は、幸にはなかった。
解放された手を、幸はおしぼりでゴシゴシと拭き始める。
唇の感触を一刻も早く消し去りたくて、何度も何度も擦り続けた。
幸は洋子の勧めもあり、心身を整えるために穏やかな日々を過ごしていた。
しかし、そろそろ部屋探しと就職活動を始めようと動き出した矢先――おかしなことに気づく。
最近、すべてがうまくいかないのだ。
良い物件を見つけて下見に行っても、契約の直前になって突然、相手から断りの連絡が入る。
就職活動も同じだった。
面接では好印象を与えられたと感じても、その後すぐに不採用の通知が届く。
部屋探しも、就職活動も――どちらも、まったく前に進まなかった。
「洋子、ごめんね。なぜか契約がうまくいかないの。早く部屋を見つけるから、もう少しだけ待ってて」
ここまで長引くとは、さすがに予想していなかった。
「ずっとここに住んでていいんだよ。なんなら、私が幸を養ってあげてもいいんだから」
洋子は笑顔でそう言ってくれる。
けれど、洋子には遠距離恋愛中の恋人がいる。
――自分がここに居座っていたら、彼氏も遊びに来づらいはずだ。
とにかく、一日でも早くこの部屋を出て、新しい生活を始めなければ。
幸は焦りを感じていた。
だが――相変わらず、何ひとつうまくいかない。
日にちだけが、ただ過ぎていく。
さすがにこうも毎日、面接も契約も断られ続けると、心も体もすり減っていく。
心身ともに疲れきった幸は、気分転換に美味しいコーヒーでも飲もうと、ふらりと近くの喫茶店に入った。
店内に入ると、立ちのぼる香ばしい香りが嗅覚をくすぐり、それだけで心が少し癒やされる。
幸は、窓際の席に座り、コーヒーを注文した。
ほどなくして、注文したコーヒーが運ばれてきた。
幸はカップを手に取り、一口含む。
――なんだか、落ち着く。
豊かな香りと深みのある味わいが舌に広がり、束の間の安らぎをもたらした。
そのときだった。
「久しぶりだな、幸」
聞き慣れた低い声が、耳に届いた。
顔を上げると、そこには圭吾が立っていた。
薄く笑みを浮かべ、まるで当然のように幸の前に立っている。
――なぜ、彼がここに?
幸の眉間にわずかにシワが寄った。
圭吾はその反応を楽しむように眺めながら、ゆっくりと向かいの席に腰を下ろす。
「どうだ、そろそろ俺のところに戻る気になったか?」
その意味を測りかねて、幸は戸惑いと警戒を滲ませた。
「仕事も、部屋も、まだ見つかってないんだろ?」
圭吾はニヤニヤと笑みを浮かべ、幸の表情をじっと見つめる。
その瞬間、幸はすべてを悟った。
「……まさか……圭吾が……邪魔して……」
「そうだよ。俺が邪魔してる」
圭吾は口角を上げ、あっさりと認めた。
「幸がどこに行こうが、就職もさせないし、部屋も契約させない。だから、早く戻ってこい。
俺が面倒を見てやるから」
幸の手は無意識に、カップの取っ手を強く握りしめる。
熱いコーヒーがわずかに揺れ、表面に小さな波紋が広がった。
――なるほど。
最近うまくいかないことの理由が、すべて繋がった。
仕事も、部屋も、何もかも……すべて、圭吾が裏で動いていたのだ。
「どうして、そんなことをするの?」
幸はかすれた声で問いかけた。
「どうしてって、決まってるだろ。お前は俺の女だ」
圭吾の瞳は冷たく、けれどどこか狂気を帯びて光っている。
「俺から離れるのは許さない。お前の居場所は、最初から俺の隣だ」
背筋がぞくりとした。
圭吾の声には支配欲が滲み、逃れられない圧を感じる。
「……そんなの、愛じゃない」
幸は震える唇で、ようやく言葉を絞り出した。
「愛かどうかなんて、どうでもいい。お前が俺の手の届くところにいれば、それでいいんだ」
「……私は……私は、圭吾の思い通りになんかならないわ!」
幸はキッと睨みつける。
しかし圭吾は、微動だにせず冷ややかに返した。
「一般庶民のお前が、黒田ホールディングスに逆らえると思ってるのか?」
「逆らえるもなにも、結婚相手もいるのに、なぜ私に執着するの?
こんなこと、あなたのお祖父様が知ったら、激怒するわよ」
「大丈夫だよ。俺の祖父にも、愛人がいるんだから。俺が幸を囲っても、
怒ったりはしないさ」
――お祖父様にも、愛人がいる。
呆然とする幸の手を、圭吾が掴んだ。
その瞬間、幸の全身に鳥肌が立つ。
もう、圭吾への愛情など微塵も残っていなかった。
それどころか、彼に対しては強い嫌悪しか感じない。
必死に手を引き抜こうとするが、男の力には敵わない。
「幸、あきらめて俺の愛人になるんだ。そうすれば、以前のように――
優しくしてやるから」
圭吾はそう言うと、幸の手の甲にキスを落とした。
触れた唇の感触が、気持ち悪くて仕方がない。
体の奥がゾクリと震え、今すぐにでもその感触を消し去りたい衝動に駆られる。
「三日だけ待ってやる。荷物を全部マンションに戻すんだ。
戻さなければ、とことんお前を追い詰めるからな」
そう言い残すと、圭吾は幸の手を離し、薄ら笑みを浮かべて去っていった。
圭吾の背中を目で追う余裕は、幸にはなかった。
解放された手を、幸はおしぼりでゴシゴシと拭き始める。
唇の感触を一刻も早く消し去りたくて、何度も何度も擦り続けた。
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