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第47話【NexSeed黒田】と【水沢イノベーションズ】
しおりを挟む応接室のある五階でエレベーターが止まった。
匠と幸はエレベーターを降り、松島社長が待つ応接室へと向かう。
過去に何度か松島テクノロジーを訪れたことのある幸は、応接室の場所をすでに把握していた。
「社長、こちらです」
そう言って幸が案内し、ドアを軽くノックする。
すぐに扉が開き、男性社員が姿を現した。
男性社員は、匠に軽く会釈をし、
「水沢社長、お待ちしておりました。どうぞ中へ」
と丁寧に促す。
匠に続いて幸も応接室へ入ると、室内にいた社長秘書がこちらを振り向き、驚いた声をあげた。
「えっ!? 西村さん? どうして西村さんが?」
目を丸くしたかと思うと、一転して嬉しそうに表情を明るくし、
「お久しぶりです! お元気でしたか?」
と話しかけてくる。
「お久しぶりです、林さん。お元気そうで」
幸も笑顔で挨拶を返した。
幸に気づいた松島社長も、驚いたように目を見開き、
「西村さんなのか!? 久しぶりだな。元気にしてたか?」
ソファーから立ち上がり、幸へと歩み寄る。
その前に、松島社長は匠へと向き直り、
「水沢社長、初めまして。本来はこちらからご挨拶に伺わなければならないところを、
お越しいただきありがとうございます」
と、にこやかに手を差し出した。
「こちらこそ、本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
匠も落ち着いた所作で歩み寄り、その手をしっかりと握り返す。
短い言葉のやり取りなのに、応接室の空気が一瞬、引き締まった。
挨拶が一段落すると、松島社長は再び幸へと視線を向ける。
「……西村さん。【NexSeed黒田】は、いつ辞めたのかね?」
「一ヶ月前に【NexSeed黒田】を退職しました。今は【水沢イノベーションズ】で、
水沢社長の専属秘書として働かせていただいています」
「そうか……辞めて一ヶ月になるのか。これからは【水沢イノベーションズ】で働くんだね」
「はい。【水沢イノベーションズ】とは、いろいろと”ご縁”がありまして」
幸は穏やかな笑みを浮かべながらそう答えた。
その言葉に、匠の目元がふっと緩む。
松島社長は匠へ視線を向け、
「水沢社長は、優秀な秘書を雇いましたね」
と、穏やかな眼差しを向けた。
「はい。彼女はとても優秀な秘書です」
低く響く声が、幸の鼓膜を震わせた。
匠の嬉しい言葉に、幸の胸がトクンと跳ねる。
匠の言葉に松島社長も頷き、
「西村さんは、いい会社に就職できたみたいで、本当に良かった」
と、感心したように微笑んだ。
そして和やかな空気のなか、三人は応接室のソファーへ腰を下ろし、商談へと入っていった。
*****
松島社長は職人気質で、製品や技術に対する情熱が人一倍強い。
幸から事前に情報を得ていた匠は、その情熱に合わせて技術談義を織り交ぜ、会話を巧みに盛り上げていった。
松島社長は終始楽しそうに笑みを浮かべながら、匠との商談を進めていく。
【NexSeed黒田】と【水沢イノベーションズ】
どちらを選んでも、提示される商談内容自体に大きな違いはない。
今年いっぱいで【NexSeed黒田】との契約が満了を迎える。
更新するか、それとも【水沢イノベーションズ】へ切り替えるか。
その決断を前にして、松島社長はどうしても心が揺れてしまう。
人との繋がりを大切にする昔気質の社長にとって、長年の取引先である
【NexSeed黒田】を切ることは、どこか申し訳ない気持ちになる。
特に、その理由のひとつは黒田社長の気遣いだった。
家族を大事にする松島社長に合わせ、家族の記念日や誕生日には必ず心のこもったプレゼントを贈ってくれる。
そんな黒田社長の気遣いを、軽んじることなどできなかった。
しかし——
黒田社長との商談よりも、水沢社長との商談のほうが内容を把握しやすく、話していて純粋に楽しい。
さらに今後、会社をより大きく飛躍させていける——そんな確かな安心感さえ与えてくれる。
松島社長は、どちらにするか悩んだ。
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