鬼面の忍者 R15版

九情承太郎

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二話 踊る信長24

踊る信長24(8)

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 正午。
 先発を任されていた熱田勢が、うっかり正面から今川の本隊と遭遇してしまい、瞬殺された。
 桶狭間に腰を落ち着けた本陣は、地元の歓待を受けながら優雅にランチタイムをしている。が、その前後を守る軍勢は真面目に戦争をしている。今川義元は、全軍に油断を許すような甘い戦国武将ではない。

「…あの入道雲が雨を降らせるのに紛れて、本陣へと接近する」
「やっぱり天候頼みですか」

 藤吉郎のボヤキを聞き逃さず、信長が顔面にマジ蹴りを入れる。
 街道を少し外れて、山の脇道を半蔵に先導させながら、織田軍は慎重に忍び寄る。


 午後一時。
 織田軍念願の、雷雨が始まった。
 ただし、雹混じり。
 雨も豪快で、視界も全然利かない。
 降り過ぎである。

「進むぞ! これぞ天佑!」

 信長は、大喜びで進軍を命じる。
 夜間でも桶狭間一帯を案内出来るように準備していた服部半蔵が、この豪雨の最中でも織田軍を先導する。

「天佑って、痛いのですね」

 忍者風呂敷を傘代わりにした月乃は、防ぎ損ねた雹が足に当たる度に泣きたくなる。

「この一割程度で良かったのに」

 猿面に信長の足跡を付けたまま、藤吉郎が月乃の真似をして褌を傘としてかざす。

「しまった!」

 褌を外して無防備になった藤吉郎の逸物に、防ぎきれなかった雹が当たる。

「おっ母ぁぁぁぁ~!?」

 痛みに立ち尽くす藤吉郎を、部下が慌てて介抱する。

「どこでも笑いを取れる男よのう」

 信長が、大声を立てぬように笑いながら、半蔵の後をサクサク進む。

「鳴っているのに落ちませんね、雷」

 雷雨の中でハイテンションに磨きがかかる『尾張の大うつけ』に雷が落ちれば帰れると気付いた月乃は、仏様にお祈りしてみる。

 落ちなかった。

 四半刻も経たずに、半蔵は足を止める。

「この先に、今川の本陣が見えます」

 山際、稜線を下った先に、視界をぎっしりと埋める大軍が犇いている。大軍とはいえ、雨具は即席で作った蓑ばかり。
 豪雨を避ける為に屋根付きの天幕が張られている場所は、中央に一つだけ。十中八九、そこに義元が居る。
 桶狭間。 
 高い丘陵に本陣を置き、今川義元は油断せずに待ち構えている。
 好戦的な織田信長が、一発逆転の本陣急襲を狙って来るのを、油断を一切せずに待っている。


 午後二時。
 雨が、織田を過保護に隠すのを止める。
 天幕が取り払われ、本陣で唯一、白粉にお歯黒を塗った武将を、半蔵は視認する。
 今川義元も、半蔵達の居る方向を視認する。
 遠目だが、義元は酒を飲んでいないと半蔵は確信する。

「月乃。義元は朝比奈を呼び戻そうとする。これから西に出る使番は、必ず仕留めろ」

 月乃の返事を待たずに、半蔵は顔を念入りに黒装束で覆う。

「では、手筈通りに」

 半蔵は信長に声をかけるや、義元を目指して駆け飛んで行く。

「掛かれ、掛かれ!!」

 信長の号令で、織田軍二千が一斉に突撃を開始。
 本陣だけでも五千人は詰めているが、多くの者が奇襲に対応出来ていない。元々、今川義元の考案した徴兵システムで頭数だけ揃えられた兵卒ばかりで、平均した質は低い。
 何より、朝比奈泰朝が側にいない。
 彼なら暴風雨の最中でも、敵の接近を警戒しただろう。
 代わりに防衛を指揮する者が指名されているはずだが、結果を見るに、その人物は防衛の指揮に失敗している。
 駆ければ一分で槍が届く距離にまで織田軍二千が接近した圧力に、動揺の波が治らない。
 今川が高地に陣を敷いた利を、織田軍は気にせず破壊していく。
 雨でも濡らさずに大事に運び込んだ鉄砲がダース単位で矢継ぎ早に火を噴き、速いペースで今川の兵達を死傷させていく。
 接近戦では、通常の倍の長さを持つ槍を振るう兵達が、今川の兵達を一方的に叩き伏せ、突き崩す。
 陣を囲む防御柵も、攻城戦にも慣れた織田の兵達が次々と引き倒していく。
 
 今川義元の敗因を挙げるとすれば、織田信長が育て上げた軍勢の強さを充分に理解していなかった事だろう。

 未だに尾張一国を統一すら出来ず、隣国の美濃との戦いは進展なし。そして、劣勢と見ればよく逃げる。
 信長の当時の状況を見れば、織田軍は強いとは評価され難い。
 その軍事力が今川のような寄せ集めではなく「職業軍人」だけを集めたプロの軍隊である利点が、理解されていなかった。
 今、今川はその最大の利点を、身をもって味わう激痛に悲鳴を挙げている。
 、織田軍は大手柄を求めて被害を顧みずに遮二無二攻撃を続ける。
 逆に、徴兵されただけで従軍経験の乏しい兵が多い今川兵は、、隊列も考えずに戦場から逃げていく。
 プロだけで構成された織田軍は、短時間で今川本陣を破壊し仰せた。
 見晴らしの良い桶狭間山は、今川義元&旗本側近with有力国人衆マイナー領主数百名にとって、逃げ場のない屠殺場と化した。
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