鬼面の忍者 R15版

九情承太郎

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五話 三ツ者 または吉法師はイカにして心配するのを止めて信玄と文通するようになったか

日本よ、これがブラジャーだ(3)

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 正信は、生まれて初めて口より先に手が動いた。
 歩行の助けに常備している杖を、無謀にも半蔵相手に振ろうとする。
 横から、夏美に腕を掴まれて未遂に終わる。

「弥八郎(正信)殿らしからぬ、短慮です」

 黒い袴の上に葵色の小袖&背中に鮫の刺繍を縫い付けた夏美は、正信の腕に関節技を決めて、座らせる。
 夏美が西洋式胸当てブラジャーを装備した効果は凄まじく、正信は夏美の方を直視出来なかった。
 目を向けると、視線の高さにダブル富士山が見えてしまい、ムラムラする。

(西洋式胸当て、恐るべし)

 半蔵が、真面目な顔で正信との会話を再開する。

「見るだけなら、減らないと思うよ」
「話を三ツ者に戻せ、ムッツリ半蔵」
「遠くない将来、三河と武田は戦う羽目になる」
「まあな」

 今川家の没落に従い、今川の領地はジリジリと北条・武田・三河に吸収されつつある。
 最終的には、北条・武田・三河が隣国となる。
 北条は無欲ではないものの、無理に領土拡張を図りはしない。
 だが、武田はする。
 他国への侵略を国是として大国に成長したお国柄なので、全ての外交ベクトルが『戦争を吹っ掛けて、ぶんどる!』になっている。
 軍事・政治・経済で一流の手腕を見せる武田信玄が、そういう国として完成させた。

「あの規模の忍者組織に対抗するには、人員を増やすしかない。三河周辺だけではなく、京や堺にも俺の拠点を作る」
「待て」

 正信が、半蔵の話を止める。

「三ツ者にどう対抗するかじゃなくて、三ツ者を敵に回さないで済む方法は取らないのかと聞いているのだよ」
「…うちの殿が、今川の軛から逃れて戦国大名を満喫している殿が、武田の傘下に入ると思うか?」
「入ればいい。今川と違って、三河だけを軍役で扱き使わないから、ずっとマシだ」
「…それをマシだと思える奴は、三河では少数派だよ」

 誰の風下に立っているかを気にしない『心の中はいつも自由だぜ』正信と違って、三河武士の大半は今川に酷使された過去がトラウマになり、独立性には敏感になっている。
 織田信長は、その辺の心情を汲んで清洲同盟を「五分の同盟」と定義した。以後、死ぬまで三河衆を『同盟者』として遇した。
 だがしかし、武田信玄は家康をそこまで甘やかすつもりがない。

「早ければ五年、遅くても十年以内には、かなりの確率でガチンコだな」
「だから、止めろよ!」

 再び切れかけた正信の後頭部に、火縄銃が突き付けられる。

「うるせえぞ、一般人。降りた奴がガタガタ抜かすな」

 黒い袴の上に赤と黒の小袖&背中に十字架の刺繍を縫い付けた陽花が、以前よりも凶悪性を増した逆立つ髪型で正信を見下ろす。
 陽花の体型は西洋式胸当てを装備しても変化はなかったが、胸元に重大な変化を晒している。
 十字架が提げられている。

「よりによって、基督キリスト教に改宗を?」
「いやあ、性に合ってるわあ。唯一無二の絶対神を崇める一神教って。宗教組織もシンプルだし。分派認めてないし。つーか、分派殺すし。皆殺しだし。パワーがパねえわ」
「分派した改革派に西洋で信者の数を食われているから、宣教師が東洋に来たのでは?」

 正信が裏事情を指摘したら、陽花がカンカンに怒って足蹴にし始める。

「あと、私の洗礼名はバルバラだから、今後はバルバラ音羽陽花と呼ぶように。気を遣え」
「バルバラ? 十四救難聖人ですね。確か火薬の暴発事故防止に、聖女バルバラの像を置く風習が…」
「何で一向門徒が、そんなに詳しいんだよ?!」
「本願寺の鉄砲担当者が、暴発防止の縁起担ぎは何でも試す変人で…話が逸れた」

 含み笑いをしながら正信の博識を観戦していた半蔵が、正信に向き直す。

「なあ、三河に戻らなくてもいいし、束縛もしない。でも、堺や京で妻たちが苦戦しているのを見掛けたら、助けてあげて欲しい」

 服部半蔵が、頭を下げる。
 頭を下げられなくても助けるつもりの正信だが、言いたい事は言っておく。

「いいか? 武田信玄と石山本願寺は、既に深い仲だぞ。顕如の嫁は、信玄の正室の妹。義兄弟の関係だ。互いに出兵を頼み合える関係を持っている。武田と戦うという事は、西側から本願寺の一向宗に攻められる危険が伴う。負け戦になるぞ」
「西側は、織田信長に任せるよ。その為の清洲同盟だ」

 半蔵の見通しに、正信は渋い顔をする。

「織田じゃあ、無理だよ」

 この時点での織田信長は、経済力はあるが尾張一国の国主に成れたばかり。実力不足は自覚しているので、部下には一向宗と事を構えないように厳命している。
 二十代では、信長より家康の方が好戦的だった(笑)

「お互いの背中を守り合う約束だ。果たせなければ、催促に行く」
「奥方を四人共連れて行けよ。あの人、女性には必要以上に優しいから」
「勿論。この後、お披露目の予定だ」

 後年、逆に信長の方が先に本願寺一向宗と戦闘に入り、それに釣られる形で武田が進軍する展開になるとは、この段階の半蔵や正信には思いも付かない。
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