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事の始まり
しおりを挟む今の今まで、楽しいと思ったことはひとつもなかった
いや、『ひとつもない』と言ったら嘘になるかもしれない。物心つく前の自分は、楽しいと思うことがあったのかもしれない。記憶にないけれど。
まぁ物心つく前の自分の記憶を探ろうとしたところで、分からないものは分からない。探ろうとしたって、人の記憶は過去を塗り替えて、新しいものを入れていく。そういう仕組みになっている。
だからこそ、楽しいと思えるものも、興味を持つものも何も無いのなら、
いっそのこと死んでもいいんじゃないかと思った。
勝手な決めつけだが、この先楽しい事なんてないのだろうし。別に親が悲しむ訳でも無い。こんなことを言えば周りは、
「そんな安易に死ぬなんて思うな」
「親がここまで育ててくれたのに無駄にする気か」
なんて言うのかもしれない。だが生きたいと思えなくなってしまった。今の世界は、僕が生きていくにはあまりにも
息苦しく感じるようになってしまった。
両親は私よりも兄が大事だった。3つ上の兄の方が。幼い頃から頭が良く、素直だった兄は両親にとても愛されていた。いろんなものを買い与え、週末には色んなところに出掛けて。その中に勿論私はいない。だから私が映る写真は数少ない。というかほぼない。兄と両親、3人で映る写真の方が断然多く、写真の中の両親もとても楽しげに映っていた。
私はリビングに飾ってある写真が視界に入る度に思わされる。
《私はこの人達から産まれたのに、ここに居場所はないんだな》
両親は私に興味が無い。私自身友人と呼べる人もいない。好きな人だってもちろんいない。
興味を持つものもない。音楽や、アニメや、ゲーム。一切興味を持たなかった。
こんなに面白みもなく息苦しい世界ならいっそのこと
死んだって、後悔はないだろう。
人が寝静まる時間に、私は廃墟の屋上で1人佇んでいた。たまたま見つけた訳ではない。ちゃんとネットで調べたのだ。ここなら人目に触れることなく、大勢の人にも迷惑をかけない。一人静かに死ねる場所。
そりゃあ、数日いなくなれば流石に両親も捜索願いを出して、何れは見つかってしまうだろうし、その後は迷惑をかけるだろう。でもそれぐらいいいのではないかと思ってしまう。だって今まで見てくれなかったのだから。
屋上の縁に立って夜空を眺める。忌々しい程に月と星が綺麗だった。もうすぐ春が終わるという時期だが、夜に当たる風は心地好いを通り越して、些か
寒く感じた。
私もあんな風に輝ける、明るい人間だったら…きっと両親や兄は、私を見てくれたのだろうか。
ふとそう思っては、いやそんなことは無いし考えても仕方がない、と首を振り自嘲じみた笑みを浮べる。不意に背中を押されるように強い風が吹き、バランスを崩して前のめりになった。
そして私の身体は、重力に逆らうことなく下へと落ちていく。
「これでいいんだ」と目を瞑った矢先、
ふっ…と、何かに抱きとめられた感覚がした。
下を見たときは何も無かった。というかまだ落ちている途中だった気がしたが…。それならこれは一体なんだ?
深い疑問を抱きながらゆっくり目を開くと、僕の視界は黒一色に覆われ結局何が何だかわからなかったが、ただ分かったのが2つほど。
ひとつは、僕は下に落ちていないということ。もうひとつは
この黒一色のお陰で、建物の屋上に戻ってきた、ということの2つだった。
そう、これが全ての始まり。僕の全てを変える出来事の、前触れ。
そして、終わりへのカウントダウンだった。
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