クズと呼ぶには、まだ早く。

あきすと

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引っ掛かり続ける存在

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幼馴染の笑顔に、いつも心が満たされてた。
『洸祐(こうすけ)、お願い…お金貸して』
俺の世界一、嫌いな言葉の先に世界一愛おしい笑顔が待っている。
「駄目、この前のお金まだ返してもらってない。ってか、借金を借金で返そうとするのは
駄目って、言ったの何回目?」
『洸祐からの、借金を返そうと思って…。だから、お金貸してくんない?』
早朝から、お隣の家の俺の幼馴染は家に…と言うか
本当にやめて欲しい。両親は朝早くに出かけてしまうから
佳季(かづき)を家に上げてしまう。
「お金はもう貸さない。働いて返してね。今年いっぱいで良いから…待ってるよ。」

そもそも、俺に金のたかりが始まったのは中学の頃からで。
とある、やんちゃグループに入りたいから金貸して。って言われて
俺の理解能力がないのか、意味が分からず。
とりあえず、小遣いも入ったばかりであり『絶対に返すから』という
言葉を信じて、気軽に貸してしまった。これがイケなかった。

それ以来、佳季は事あるごとに俺に金を無心しに来た。
返してくれてる内は、まだよかった。ここ最近は、踏み倒そうとしているのか
借金の事を、無かった事にしだそうとするし。
借りた金で借りた金を返すとかいう、よく分からないシステムに切り替えようとしてるのか
段々と、日本語も通じなくなってってないか?と非常に心配してる。
『金は、今いるんだよ。今貰わないとヤバイの、意味わかる?』
「いつも聞いてるけど、何にそのお金使ってるの。それが知りたい…」

佳季には、いくつもの疑問点があって俺が聞いても、決して答えはしないのだ。
『何に使うか…って、聞かれたらギャンブルとか、交際費とか…他にも諸々かなぁ』
「かなぁって…。使途を明確にしてもくれないし、これでどうやって俺にお金を貸せっての?」
朝っぱらから、玄関先で言うような内容でもない気がして
俺は、あくびがでそうなのを我慢して佳季の話に耳を傾ける。
「ちょっと、顔洗って来ていい?部屋で待っててくれ」
『…あ、やっぱいいや。もう、お前には頼らない。朝から押しかけて悪かったな、洸祐。』
「ぇ…、ちょっと佳季?」
急に、だ。踵を返した佳季が家の玄関を開けて出て行ってしまった。
何故か、とても嫌な予感がした。
自分の手を離れていく事の、寂しさを嫌と言う程知っている。
過去の失敗を繰り返してしまうのか、と気が咎める。
でも、俺は佳季を引き留められなかった。
もう何度、嘘に騙されて来たのか。いい加減、目を覚ますべきだとか思って
頭の中はグルグルと思考を止めない。
心は、後悔までしている。

本当に困っているのなら、何故俺を頼るのかも分からない。
かと言って、幼馴染の佳季を助けたい気持ちはある。
仕事も、最近まではちゃんと行っていたのに
突然、止めて来てしまったのだ。
佳季の両親は早くに離婚していて、今は父親と2で暮らしている。
昔から、夕食を一緒に食べたり、おすそ分けをしていたりもあったが
どうやら、親父さんが家を空けてしまう機会が増えているのか
年頃になった佳季は、夜でもフラフラと出歩いているらしい事を
母親からも聞いていた。
高校を出て、働きだしたかと思っても3か月で辞めている。

佳季が出歩いている姿を、近頃は見てない。
でも、お金が要るのだと言う。
この嫌な感じは本当に何なんだろう。
分からなくて、歯がゆい。

会社に行く準備をして、家を出る。隣の家、佳季の部屋のカーテンは閉まっている。
生活が見えない。ただ、漠然と心配なんだ。
生活能力もあると思うし、何か異変があるとしたら
本人の身に起きているのかもしれない。
佳季は、酒に非常に弱いから、飲み歩く事はめったにない。
数年前に、つるんでいた連中とも縁は切れたのか
佳季は、俺にくらいしか声を掛けなくなっていた。

まぁ、隣の家だから便利なんだろうけど。
今年に入ってから、家の近くのクリニックでばったり会った時は
気づかなかったけど。
春には、少し瘦せていて。その時も、俺に会いに来たと言うよりかは
金を貸してくれと、やって来ただけだった。
繋がりが、金でしかないのが虚しい。
俺も、少なからず働いていて将来の事も、薄ぼんやりと考え出して…
なのに、佳季はまだ…無心しに来る事に、遣る瀬無さと
ほんの少しだけ、憤りを感じていた。

真面目に生きようとしない、とレッテルを貼りそうな自分にも嫌気がさす。
とにかく、そろそろ本気で話がしたい。
今日の帰りにでも、家に寄ってみよう。
佳季はスマホを持ってないから、連絡が取れない。
だから、自宅で捕まえるしかない。

朝礼が始まっても、心はずっと佳季の心配ばかりで
もういい加減、疲れて来る。
考えても答えは出ないのに。
昼食は、あまり喉を通らなかった。終業時刻を少し回った頃に帰宅の途に着く。
食材はあるのだろうか、と思うとスーパーでいくらか買い込んで
佳季の家に寄ってみた。

チャイムは、数年前から壊れっぱなしで
家のドアをノックする。
反応は、なさそうか?
数回軽く叩いた後に、ゆっくりとドアが開いて俺は一歩後ずさる。
『…洸祐?』
濡れた髪に、タオルを引っ掛けてTシャツにハーパンというラフなカッコで
佳季が顔をのぞかせた。
「いて良かった。夕食の材料買って来たから、作って食べよう?」
『…だめ。今日、この後…お客さんが来るから。』
「え、あー…、そっか。間が悪くてごめんなぁ」
『俺こそ、ごめん。じゃ、それ買い取らせてもらっていい?借金に追加でもいいし』
くすくす笑って、佳季は朝とは別人の様に明るく振舞う。
「なんかいい事でもあった?…嬉しそう」
『……そんなもん、ある訳ない。でも、気使ってくれてありがとう。俺を人間扱いしてくれるのは、
もう本当に洸祐だけだから。』
買い物袋を、佳季に渡して
「あ、袋は、俺の家のポストにでも畳んで入れといて。」
『分かった。…ほんと、ごめんな?ありがとう。』

その日俺が、佳季を見た最後の日となってしまった。
あれから一週間。
佳季の家には、人の気配がない。
買い物袋は、まだ返って来てなかった。

俺は、これ以上待つ事もどうかと思って心当たりを探しに出かける。
昔は、飲み屋街でバーテンをしたりとか、そんな時期もあったから
一応、繁華街とパチ屋とかにも範囲を広げてみる。

佳季は、顔立ちが少し幼げで、笑うと少しだけのぞく八重歯が可愛い。
猫っ気で、飴色の髪が最近では艶が失われているように思えた。
骨格は綺麗で、細身だが、筋肉もうっすらついた
女にモテそうな外見をしている。
また、タチの悪いのに引っ掛かったのであれば、面倒ごとに巻き込まれているんだろう。
本当に、世話が焼ける。
仕事帰りにも、何日にも渡って佳季を探した。

でも、見つからないのだ。
もう2週間は経過している。金もなく、一体どこで何をしているのか。
警察に行って、事情を話そうかとも思った。
とある、接待の店でも聞き込んでみた所
酒焼けした声のお姉さまが、最近佳季を見たと教えてくれた。

場所は、市内の総合病院らしい。

俺は、やっと有力な手掛かりを入手出来て安心しそうになりながら
家に帰った。
玄関横の下足箱の上にポストからの荷物?が届いている。
手にする前に理解して、俺はすぐに佳季の家に行って
また、ドアを叩いた。
『はぁーい』
佳季の声だ。
ガチャッと、ドアが開いて佳季が裸足のまま
ストン、と三和土に下りてきた。
『あ、洸祐。チャイム、直したからもう使えるよ。』
「お前、体は大丈夫なのか!?」
『え…?』
「最近、また病院に行ってただろ」
『あぁ、俺は…お見舞いに行ってるだけ。上がりなよ、洸祐。色々と聞きたい事あるって顔に書いてあるし。』
相変わらず、手折れそうな細い体で佳季は居間へと案内してくれた。

「お金が要るのは、お前の…体の為か?」
『…俺、ならまだ良かったんだけどね。』
「じゃ、親父さん?」
『座りなよ。コーヒーでいいかな?晩飯にはもう少しあるみたいだし』
「あ、…分かった。」
促されるままに、座卓を前にして座布団の前に座ると
佳季は台所にお湯を沸かしに行った。

インスタントコーヒーしかないから、と断って佳季はコーヒーカップに
お湯を注ぎながらスプーンでよくかき混ぜる。
『なーんも無いから、コーヒーだけでもどうぞ』
困ったような笑顔が、懐かしい。
思春期の頃を思い出す。
「ありがとう…押しかけて悪かった。」
『俺、病院にいたのは…母親が入院してるからなんだ。』
「…ぇ、おばさんとまだ連絡とり合ってたんだな」
『うん、俺の母親である事には一生、変わりないからさ。先月くらいから持病が悪化しちゃって
世話に行ってるんだ。でも、親父には言えない。母さんは、もう身寄りがないんだよね。
俺がここで、手を離すわけにはいかないだろ。』

佳季も、座ってコーヒーを飲み、薄かったカモ…と独り言ちている。

「お金が要るのは、おばさんの為だったのか…」
『もう…絶対に頼らないから、今までの分は必ず働いて返すから、もう少し待ってください。』
佳季は、今にも泣きそうな瞳で俺に頭を下げた。
佳季は、母親似で、本当に母親想いな子供だったのは俺でも知っている。
なのに、突然引き離されてしまい。しばらくは佳季も相当落ち込んでいたのを覚えている。

「もっと、早くに言って欲しかった。じゃ、ギャンブルに使っていたってのも」
『うそ。だって、母さんの話は出来なかったから。』
「今、容体はどうなんだ?」
『退院のめどは立ったよ。』
「良かった。でも、この先お前はどうするんだ?」
『とりあえず、働き口を探さないと。』
「…いつでも、頼ってくれ。俺の事。俺だけは、お前の味方だって昔から言ってるのに。全然俺を
信じてくれない。」
『生活、立て直せるように頑張るから…俺の事、諦めないで見てて欲しい。』

高校の数年間、俺と佳季は付き合っていた。
数年ぶりに、佳季の手に触れて
心に、忘れかけていた想いが蘇りそうだった。
手を握り、甲にキスをする。
『懐かしい…この感じ、』
「忘れかけてた…」
『俺は、忘れた事なんて…ずっと無かったけどね。』


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