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④成長
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『伯明先生、おはようございます。』
朝の目覚めは、ここの所良いとは言えない。
いちいち、響翠がチャイムを押して来るのが苦痛だった。
身支度もそぞろに、寝室から慌てて玄関先に向かう。
鍵は渡してあるのに、なぜ使わないのか。
施錠を外し、朝から相変わらず小綺麗で愛くるしい笑顔が眩しい。
『先生、もう少し早く起きれる様になりましょう。』
「勘弁してくれ。頼むから、静かに勝手に家に入って来てくれ。」
昨日も、寝る時間が遅かった私は肩を落としながら
チラッとだけ響翠の後姿を見た。
何の疑いも無く、エプロンスカートを着て私の視線に気が付いたのか
振り返る。
可愛げが妙にあって困る。
『朝ごはん、作りますね。今日は昨夜僕が焼いてみたパンを持って来たので
伯明先生にぜひ食べてもらいたくって。』
「おい、私を実験体にする気か?」
『自分でも、少し端の所を食べてみたんですけど。フツウに美味しかったですよ。』
事務所には、比較的立派な厨房もあり。
希望すれば料理を習う事も出来る。
一応、先日辞めてしまったお手伝いさんに、響翠の事を少し仕込んでもらうように
お願いしておいたのが功を奏したのかもしれない。
「冗談だ。美味しかったら…個人的な報酬も出しても構わないぞ。」
『え、そんな…。伯明先生にはきちんと事務所を通じてお手当を頂いているので。』
こういう、律儀な性格も記憶を失う前の響翠っぽい。
まぁ、アレは生家が資産家だから金には頓着しなかっただけだろう。
いつのまにか、ダッチオーブンにも火を点けられる様になっていて
感心しながら見ていた。
『…お着換え、されたらどうです?』
響翠が不思議そうに私を見つめながら、カゴに入っているパンの布巾を避けて
カッティングボードの上に既にスライスされているパンを載せる。
「いや、お前を見ているのは何となく楽しくて。」
『サンドイッチと、ホットサンドとか…事務所で教えて貰ったんです。』
「オーブンも扱えるように?」
『火の調整を後はもう少し、状態を見ながらできる様になれば。』
正直、見た目が良いだけのお荷物かと思っていただけに
案外、向上心があるのだと思うと自分の事の様に嬉しくなった。
「私も、協力する。それに、響は私の…。いや、何でもない。」
『楽しいです。僕にも何か出来る事があるのかなって思うと。』
ナイフでパンの耳を切り落とし、
『ちょっとお庭でお野菜持って来ます。』
パタパタと忙しそうに廊下に出て行った。
朝の内に収穫をしておいた方が、響翠も都合がいいだろうな。
今度からそうしておくか。
日々、考えが柔軟になって行くのが自分でも分かる。
懸命な響翠の姿を見ていると自分も刺激を受ける事がある。
規則正しい生活を送りたくても、集中している時の時間の過ぎ方は
本当にあっという間である。
書ける内に書いておきたいと言うのが本音だ。
家から一歩も出ない日もザラだし、書き続ける事自体が
ある意味では快楽にも等しい。
自室に戻って、クロゼットを開ける。
昔、一度だけ響翠に言われた言葉を思い出す。
『せっかく、背も大きいし色んな恰好したらいいのに。きっと似合うと思う。』
当時の私は、かなり内向的な性格でありこの響翠の言葉を
歪んだ捉え方をして、受け止めてしまっていた。
今の自分であれば、もう少しは柔軟に言葉を受け止められる気がする。
何の変哲もない、アイボリーのシャツ、ネイビーのボトムにグレーのカーディガン。
極めてシンプルな装いばかりで、面白みはないだろう。
洗濯物を部屋まで運んで来てくれた響翠は、『伯明先生のお洋服、僕は好きですよ。』
そう言って、クロゼットの前にカゴを置いて行く。
何がどう好きなのか。理由は、聞かなかった。
いや、聞けなかった。気恥ずかしすぎる。
あんな風に言われてから、妙に響翠を目で追ってしまう。
着替えを終えて、ダイニングに戻る。
テーブルには既にスープが並べられていた。
『ホットサンドも、ちょうど今焼き上がりました。』
サクッと、ナイフで等分した時の音が小気味いい。
「手際が良くなってきている。感心した。」
『せっかく、ここで雇ってもらえているのに。お荷物じゃいけないと思って。』
「…もう少し香草やハーブの生育の種類を増やしてみるか。」
『種、観に行きませんか?先生、ずっと家に籠りきりだと外が恋しくなりません?』
「いや、全然。もう、慣れている。でも、買いには行こう。」
『ハイ。』
「…朝食は、事務所で食べて来ているのか?」
『朝は軽食が支給されます。』
「1人で食べるのも味気ない。もし、嫌じゃなかったら朝は一緒に食べるか?それとも、時々で良い。無理にとは言わない。」
皿に載せられたホットサンド、サラダ、スープが揃い席に着く。
『でも、やっぱり…申し訳ないです。』
「作るのは、響にはなるけど。」
『それじゃぁ、時々でお願いします。支給の朝ごはんちょっぴり物足りない時もあったりして。』
「あぁ、そうしてくれ。正直でよろしい。」
食事の片付けが終わって、一段落ついた後に
『この前、言っていた…傷の所、伯明先生に診てもらいたくって。』
くいくい、と後ろから響翠にニットの裾を緩く引っ張られた。
「そう言えば、そんな話もしていたな。ウチの家系は一応、魔法科学を扱うからと言う理由で
医師としての資格も取って来ているんだ。」
『作家で、医師だなんて…伯明先生すごすぎます。』
「作家業だけでやっていくつもりだから、公にはしていないんだ。…困ったな、響に用意した
部屋で診ようか。」
響翠は、怯えるような視線を私に送りつつも私の後ろをついて来た。
部屋には適度に採光が注ぎ込まれている。
ベッドは使った形跡もない。
自由に使っても良いのだとは言ったが、この部屋に来るのもほぼ初めてだろう。
『掃除だけはしていました。』
「好きな様に使って良いんだ。着替えも、持って来ても良いし。もし途中で具合が悪くなれば
休んでくれて構わない。」
響翠は体の前で手を組んでうつむく。
『先生は、僕を大事にしてくれるけど…今の僕ではあんまりにも返せる事が少なくて…。』
「響は、日々成長していってるよ。私がそう感じているんだから。間違いない。」
響翠をベッドの上へと促すと、靴を脱いで体を横たえる。
視線と視線がぶつかり、大丈夫。と、私は響翠の頭を軽く撫でた。
すると、眼を静かにつむり。
私は、響翠の衣服のボタンを1つずつ外していく。
火傷は、治っているのだろうかと確かに気にはなっていたのだ。
やはり、自分の目で確認しないと気が済まない。
朝の目覚めは、ここの所良いとは言えない。
いちいち、響翠がチャイムを押して来るのが苦痛だった。
身支度もそぞろに、寝室から慌てて玄関先に向かう。
鍵は渡してあるのに、なぜ使わないのか。
施錠を外し、朝から相変わらず小綺麗で愛くるしい笑顔が眩しい。
『先生、もう少し早く起きれる様になりましょう。』
「勘弁してくれ。頼むから、静かに勝手に家に入って来てくれ。」
昨日も、寝る時間が遅かった私は肩を落としながら
チラッとだけ響翠の後姿を見た。
何の疑いも無く、エプロンスカートを着て私の視線に気が付いたのか
振り返る。
可愛げが妙にあって困る。
『朝ごはん、作りますね。今日は昨夜僕が焼いてみたパンを持って来たので
伯明先生にぜひ食べてもらいたくって。』
「おい、私を実験体にする気か?」
『自分でも、少し端の所を食べてみたんですけど。フツウに美味しかったですよ。』
事務所には、比較的立派な厨房もあり。
希望すれば料理を習う事も出来る。
一応、先日辞めてしまったお手伝いさんに、響翠の事を少し仕込んでもらうように
お願いしておいたのが功を奏したのかもしれない。
「冗談だ。美味しかったら…個人的な報酬も出しても構わないぞ。」
『え、そんな…。伯明先生にはきちんと事務所を通じてお手当を頂いているので。』
こういう、律儀な性格も記憶を失う前の響翠っぽい。
まぁ、アレは生家が資産家だから金には頓着しなかっただけだろう。
いつのまにか、ダッチオーブンにも火を点けられる様になっていて
感心しながら見ていた。
『…お着換え、されたらどうです?』
響翠が不思議そうに私を見つめながら、カゴに入っているパンの布巾を避けて
カッティングボードの上に既にスライスされているパンを載せる。
「いや、お前を見ているのは何となく楽しくて。」
『サンドイッチと、ホットサンドとか…事務所で教えて貰ったんです。』
「オーブンも扱えるように?」
『火の調整を後はもう少し、状態を見ながらできる様になれば。』
正直、見た目が良いだけのお荷物かと思っていただけに
案外、向上心があるのだと思うと自分の事の様に嬉しくなった。
「私も、協力する。それに、響は私の…。いや、何でもない。」
『楽しいです。僕にも何か出来る事があるのかなって思うと。』
ナイフでパンの耳を切り落とし、
『ちょっとお庭でお野菜持って来ます。』
パタパタと忙しそうに廊下に出て行った。
朝の内に収穫をしておいた方が、響翠も都合がいいだろうな。
今度からそうしておくか。
日々、考えが柔軟になって行くのが自分でも分かる。
懸命な響翠の姿を見ていると自分も刺激を受ける事がある。
規則正しい生活を送りたくても、集中している時の時間の過ぎ方は
本当にあっという間である。
書ける内に書いておきたいと言うのが本音だ。
家から一歩も出ない日もザラだし、書き続ける事自体が
ある意味では快楽にも等しい。
自室に戻って、クロゼットを開ける。
昔、一度だけ響翠に言われた言葉を思い出す。
『せっかく、背も大きいし色んな恰好したらいいのに。きっと似合うと思う。』
当時の私は、かなり内向的な性格でありこの響翠の言葉を
歪んだ捉え方をして、受け止めてしまっていた。
今の自分であれば、もう少しは柔軟に言葉を受け止められる気がする。
何の変哲もない、アイボリーのシャツ、ネイビーのボトムにグレーのカーディガン。
極めてシンプルな装いばかりで、面白みはないだろう。
洗濯物を部屋まで運んで来てくれた響翠は、『伯明先生のお洋服、僕は好きですよ。』
そう言って、クロゼットの前にカゴを置いて行く。
何がどう好きなのか。理由は、聞かなかった。
いや、聞けなかった。気恥ずかしすぎる。
あんな風に言われてから、妙に響翠を目で追ってしまう。
着替えを終えて、ダイニングに戻る。
テーブルには既にスープが並べられていた。
『ホットサンドも、ちょうど今焼き上がりました。』
サクッと、ナイフで等分した時の音が小気味いい。
「手際が良くなってきている。感心した。」
『せっかく、ここで雇ってもらえているのに。お荷物じゃいけないと思って。』
「…もう少し香草やハーブの生育の種類を増やしてみるか。」
『種、観に行きませんか?先生、ずっと家に籠りきりだと外が恋しくなりません?』
「いや、全然。もう、慣れている。でも、買いには行こう。」
『ハイ。』
「…朝食は、事務所で食べて来ているのか?」
『朝は軽食が支給されます。』
「1人で食べるのも味気ない。もし、嫌じゃなかったら朝は一緒に食べるか?それとも、時々で良い。無理にとは言わない。」
皿に載せられたホットサンド、サラダ、スープが揃い席に着く。
『でも、やっぱり…申し訳ないです。』
「作るのは、響にはなるけど。」
『それじゃぁ、時々でお願いします。支給の朝ごはんちょっぴり物足りない時もあったりして。』
「あぁ、そうしてくれ。正直でよろしい。」
食事の片付けが終わって、一段落ついた後に
『この前、言っていた…傷の所、伯明先生に診てもらいたくって。』
くいくい、と後ろから響翠にニットの裾を緩く引っ張られた。
「そう言えば、そんな話もしていたな。ウチの家系は一応、魔法科学を扱うからと言う理由で
医師としての資格も取って来ているんだ。」
『作家で、医師だなんて…伯明先生すごすぎます。』
「作家業だけでやっていくつもりだから、公にはしていないんだ。…困ったな、響に用意した
部屋で診ようか。」
響翠は、怯えるような視線を私に送りつつも私の後ろをついて来た。
部屋には適度に採光が注ぎ込まれている。
ベッドは使った形跡もない。
自由に使っても良いのだとは言ったが、この部屋に来るのもほぼ初めてだろう。
『掃除だけはしていました。』
「好きな様に使って良いんだ。着替えも、持って来ても良いし。もし途中で具合が悪くなれば
休んでくれて構わない。」
響翠は体の前で手を組んでうつむく。
『先生は、僕を大事にしてくれるけど…今の僕ではあんまりにも返せる事が少なくて…。』
「響は、日々成長していってるよ。私がそう感じているんだから。間違いない。」
響翠をベッドの上へと促すと、靴を脱いで体を横たえる。
視線と視線がぶつかり、大丈夫。と、私は響翠の頭を軽く撫でた。
すると、眼を静かにつむり。
私は、響翠の衣服のボタンを1つずつ外していく。
火傷は、治っているのだろうかと確かに気にはなっていたのだ。
やはり、自分の目で確認しないと気が済まない。
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