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第一印象だけで

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北川 冬馬。なんて、変わった名前だろうって思った。




中学のときに、北海道から転校してきた冬馬は…どこか冷めた表情で


誰も寄せ付けないような雰囲気のヤツだった。




クラスの女子には、まぁ…ツラがいいから騒がれていたけど。
俺のトモダチとかは「カッコつけてる」
とか言うから、結局誰も冬馬に興味はあるものの…
話しかけられないような状況でしばらくが過ぎた。




日直の当番ってのが、回ってきたときに冬馬が初めて
俺に話しかけてきた。




「あ、お前…」
「…は、何?」
「ぁ…いや。名前女みたいだなって…」
「ーーーそれ言うのにわざわざ、話しかけてきたのかよ。」
「夏緒っていうんだろ。ヘンな名前。」

「なんなんだよ、お前…」




ムカムカする気持ちを抑えながら、俺は放課後の委員会に出向く。
今日は、部活の無い水曜日。
だから、かわりに委員会がある。
生徒会に入ってた去年より随分気がラクになったけど。
今回は体育委員長ってのに、させられそうになって正直めんどくさくて
となりのクラスの幼馴染、春樹が代わりになってくれたから
助かったけど。


春樹のクラスに行くと、すぐに春樹が俺に気づいてニコニコしながら
廊下までやってきた。

「聞いたよ?最近そっちのクラスに北海道からの転校生が来たって。
仲良くなった?」

んー…




「なんつうかー、なんか変なヤツだ。俺にさっき話しかけてきたけど…」
「あ、いいじゃん。なんてー?」
「俺の、名前が女みたいだってさ。」
「あー。いきなりだね?気になったんだろね。」


相変わらずの、ほんわかした雰囲気で言われると
さっきまでのイライラしてた気持ちがすっかり消えてしまって。
本当、春樹といると…ホッとする。

春樹はボーッとしてるように見えるけど、剣道部の次期部長候補として
センパイからもよく可愛がられている。

春樹の憧れは、生徒会長で現剣道部部長の西居先輩らしい。
文武両道で、センセイからも信頼されていて…もちろんこの学校の生徒の
大半が西居先輩をスキだと言うだろう。
そんなセンパイに憧れるからには、春樹もかなり努力している。
昇級審査の初段に今度挑むらしい。
最近、西居先輩に初段での審査にある木刀で行う型を
教えてもらっていた。

凛とした、道場で二人の動作だけが静かに目に映った。

誰にも邪魔などすることのできない空間。
かすかな息遣いと、時折小さくぶつかる木刀の音。

静と動。

「俺は自分の名前、そんなに変だって思っても無いし。キライでもない。」
「いい名前だよ、ホント夏緒って感じがするし。名は体を表すって言うしね。」
「東森…。」


廊下で話していると、生徒会長の西居先輩がやってきた。

無意識に、春樹の横顔をみるといつものような温和な笑顔で挨拶を交わす。




「悪い、今日はちょっと執行部の会議があって部活に出れそうに無いからいつものアップと稽古メニューで
すすめて、最後に先生呼びに言って話が終わったら終わりで。」
「あっ、はい。寒稽古の連絡もついでにしておきます。」
「そうだな、ありがとう。じゃあ、任せたから…怪我の無いように頑張れ。」




それだけ言うと西居先輩は、近くの職員室へと一礼して入っていった。




「会長忙しそうだな。」
「まぁ、会長だしね。できるだけサポートしたくなるね。」
「かっこいいよな、みんなの憧れだし。春樹の憧れでもあるし。」

「…みんなのって、そーいう言い方は、やめなよ。先輩の重圧になってるよ。」
「?本人が言ってたのか」

「まさか。…見てたら、それくらい判るよ。」




今考えてみると、春樹は思春期あたりからもう
穂摘の事を、皆とは違う無色じゃなくて鮮明に映っていたんだと思う。

どんなに悩んだのか。
どんなに苦しんだのか。

あの穏やかな笑顔の裏で
辛い思いをしてきた事を考えると…。
胸が苦しい。

今は二人も落ち着いて、一緒に暮らしているけど。




そうなるまでに、どれだけ傷ついたのか。
春樹は、今日も優しく笑ってるけど…

俺も、そろそろ真面目に冬馬と向き合わなくちゃなーって、
思うんだ。
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