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平常

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朔と一緒に居る時は、あんまり考えない様にしよう。
お互いにいつまでの関係かは分からないから。
今を楽しむ方向性の方がいいよね。

あの後から、気まずくなったまま少し早めの夕飯を食べて
朔は練習に出かけて行った。

俺は、晄稀くんをだっこしてソファーの下でボーッとしてる。

なんて綺麗な瞳なんだろう。
今にも零れ落ちそうな赤ちゃんの瞳。

「ね、ね…晄稀くん。俺ね…きみの叔父さんがさ、ずっと好きなんだけどさ。」
ふにゅふにゅの柔らかい手が、俺の頬をぺちぺち触って来る。

「結婚してもらえたら…そりゃ、嬉しいよ。でもきっとそれだけが人生でも無いの。」
こんな小さな子に、言う事ではない気もするけど。

「分かるかなぁ?晄稀くん。愛なの…多分。後にも先にもこんなに想った事はなくって。
愛おしいの。もうね、俺は朔が存在してくれている。これだけで涙が出そうなくらい嬉しい。
きっと、もう自分の一部みたいに感じてる。」

こんなにも朔に対する思いを口にしたのは、初めてだった。

心が少し温かくなっていた。

このまま、俺は朔の人生に関わり続ける事が
果たして本当に良いのかと思う。

朔と気まずくなるのは、辛いけど俺も朔もそろそろアラサーになる。
真剣に将来を見つめなきゃいけない。

「俺からは、去れない。だって…どう頑張っても朔を嫌いにもなれないのは分かってるし。」
でも、他の誰かを選ぶ朔を見たくはない。

晄稀くんのお守りをしたり、一緒に絵本を見たりしていると
穏やかな時間が流れていく。
滅多にない体験で、気を張るけれど
まるで心を洗われているみたいな。

スマホには、時々ちゃんと朔から連絡が入れられる。
晄稀くんを心配している事がよく分かる。

実際の朔は根が真面目だから、それに優しいし。

「何か保証とか、確かなものが欲しいだなんて思ってない。俺はね、ただ朔と生きていけたらいいなぁって。」
それだけなのに。こんなにもシンプルなものしか
求めてないのに…胸が痛むのは、きっと罪悪感から。

早く帰って来て、朔。このままじゃ心地よくって
寝落ちしちゃう…。

俺のお腹のあたりに晄稀くんが座ってて、温かい。
船を漕ぎかけてると、少し遠くで物音が聞こえた。

あ、泣いちゃうよ…晄稀くんが。
大丈夫…大丈夫だから。きっと、朔が帰って来ただけだよ。

かくん、と首が横に傾ぐ。
『…危ね~。やっぱ央未にまだ任せられないな。』

朔の声がする。安心する…、もうそんな時間?
『お前からの返信、途絶えたから今日はもう先に帰って来た。』

「まだ九時前だよ~」
『練習はもう結構してるし…大丈夫。晄稀、風呂に入れるけどもう少し起きてられるか?』
外の匂いがする朔が、俺のすぐ傍に来て頬を撫でる。

「…うん、頑張って起きてる~」
『信用できるかぁ?それ…。ほら、晄稀。央未と寝落ちる前に風呂入ろうな?』
「ぁ……、」
朔に抱き上げられて、晄稀くんはお風呂場に連れて行かれた。

俺は、頭を振って目を覚まし着替えとパジャマの準備をしておく。

ちょっと嬉しかった、今日は朔とのスキンシップがほとんど無くって
まぁ、そんな日もあるよね?と思って誤魔化していたけれど。

たった1日も預かれないなんて情けないって思われてないかな?とか
色んな気持ちが改めてグルグルしだす。

「望んでも手にできない事が多くって、イヤになる。」
小さなサイズの肌着に、パジャマなんかを見てると
心は正直だ。
可愛らしい、だけで終わらない。
俺は、朔に家庭を築いてはあげられない。

切なくて、ちくちくと痛みを感じる前に考える事を辞めた。

朔が一番、嫌いそうな想いに吞まれたくない。

無事、晄稀くんの入浴が終わって次に俺が入る様に
朔に促された。

極力、俺に負担を掛けまいとしているのが分かるから
ふがいなさで自責する前に、温かい湯船で心をリフレッシュできた事は
単純に正解だと思う。

朔だって、結構濡れてしまったから本当ならば
先に汗も流したいだろうに。

着替えは終わってるけど、今は髪を乾かしてる所。
世の親御さんには本当に頭が下がります。
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