きみとは友達にさへなれない(統合)

あきすと

文字の大きさ
8 / 26

⑧突然

しおりを挟む
月曜の朝を迎えた。頭が重い、眼が何だか違和感がある。
寝起きの体が微妙に、モノみたいで。
ベッドから立ち上がるにも、しんどかった。

とりあえず、顔を洗いに行く。
身支度を整えていると、段々と昨夜の事を思い出していく。

俺は確かに、昨日彼に電話をした。
何コールもしたけれど、出る事なくそのまま受話器を下ろした。

眠りに就いてから、数時間後に2階の電話が鳴っていた気がして
慌てて飛び起きて。
祖父が起きたら、大変だからすぐに廊下に出て受話器を取った。

『…もしかして、千代くん?』
声ですぐに彼だと分かった。
「~…びっくりしたぁ…」
『ゴメン。さっきは親族と話し合いがあって。さっき終わったところなんだ。遅くになってしまって
悪かったね。』

眠気が引いて行く。
今、どこにいるのだろう?
気のせいか、雨の音が聞こえる気がした。
「今、どこに居るんですか?」
『…外。』
「家に帰らないんです?」
『一応はね、僕はセレモニーホールに夜伽として、泊る事になってるんだけど。』

外は、酷い雨なのに。どこに向かっているのだろう?
買い出しにでも出てるのか。

「けど、戻りたくない…?」
『そう、なのかな。』
「電話、あの日に掛ければよかったって…思っていました。」

静かな笑みが受話器の向こうから聞こえる。
『でも、それをしないのが千代くんだろうね。』
「…緊張してます、すごく。何を話したら良いのか。頭がぼーっとする。」
『僕は、そんなきみだからかな?ホッとするよ。』

きっと大変であろう時期に、何でわざわざ自分の様な人間を?と
すんなり聞ければどれだけ心が軽くなるだろう。

「俺と話したいだなんて、やっぱり遠江さんは変わってる。」
『こんな事を言うと、失礼かもしれないけれど…僕から見たきみは、寂しそうに見えるよ。』
「え……?」
『友達がいる、とかそう言う話では無くて。ちょっと、寂しそうに見えるから』

はじめて言われた言葉だった。
なのに、心を見透かされた様な気がして無意識に
懸命に継ぐ言葉を探したけれど、見つからなかった。

ただ、2人の間に流れる沈黙と雨音。
『もう、着く頃かな。』
俺は、不意に窓を見て
「まさか、来たんですか?」
『うん。下まで下りて来てくれると助かるよ。』

電話の受話器を下ろして、なるべく静かに階段を下りて
階下の勝手口からサンダルを履いて、店の前に出た。

思ったよりは弱まった雨脚を確認した視線の先に
黒い傘を差した彼が立っていた。

街灯の明かりのもとを、静かにゆっくりと近付いて来る。
こんな時に限って本当にどうでも良い事ばかりが
頭をよぎってしょうがなかった。

眼鏡も掛けてないのに、とか
部屋着だったとか。
他にもっと気にするべき事があるだろうに。

ただ、薄くぼやけているのに彼の顔はどことなく
笑っている気がした。

何をどうしたら良いかなんてのは、心には無くて
本能の方が理解している気がして。
なだれ込む様に抱きついて来る彼を、ただ抱き留める事が
今の自分の精一杯だった。

「…海月さん。」
微かにお線香の匂いは感じたけれど、着替えも済んでいる様子だ。
『あの空間で、眠るのは…』
向井先輩が言っていた、彼の家の事情はかなり複雑な事を察して
「良かったら、上がってください。」
『…有難いけれど、それは…その、難しいよ。』
「でも、疲れてるんじゃ」
『きみの世話には、なりたくないから。』
「こんな家では、不満ですか?」

かなり単刀直入に聞いたと思う。

『あのね、この本屋さんは僕にとってとても思い入れがある。』
「尚更良いじゃないですか?」
『……きみって、一体何なんだい。急に大胆になったり、僕を視野にも入れなかったり。』
「それは、海月さんだって変わらない。」
この人は、無自覚なのかさえも少し怪しい所がある。

『一言だけ、言わせてもらうよ。』
「どうぞ。」
『普通は、あんなモノを貰ったらその日の内に連絡する。』
「やっぱり、根に持ってますね。」
『……当たり前だろう?僕がどれだけ……はぁ、駄目だ。やっぱり帰るよ。突然、悪かったね夜中に。』

背中にまわっていた彼の腕が、離れていく。
あぁ、名残惜しいと言うのはきっとこんな時に沸き立つ
想いなんだろうと感じながら。

「俺も、たくさん考えましたよ、悩んでましたし。でも、きっと俺には何にも出来ない事、
分かっていましたから。」
彼は、首を横に振って
『何もしてくれなくても良い。ただ、きみの声があの時の僕には必要だって思ったから。』
舗道へと向けられた脚は、また歩き始めた。

やっぱり、情報量が多かった。立ち尽くすみたいに
脚に力が入らなかった。

彼は、思ったよりも近くに来てくれるのに。いつもどこか心だけが遠い気がする。
他人同士だから、考えも噛み合わない。
勘違いするし、誤解してしまう。

なのに、どうしてだろう?

雨に濡れない様に、屋根の真下を歩いて家の中に戻った。
そろそろと音に気をつけながら、自室に戻る。

まだまだ困惑していた。
自分の体に触れた彼の匂いと、腕。
薄くぼやけてはいたけれど、あんなにも至近距離で誰かの顔を見たのは
初めてかもしれない。

顔が熱くなって来て、恥ずかしくて。
しばらくしてから、彼の言葉のリフレインに襲われて
涙がこぼれて来る。

手の甲で、ぬるい涙を何度も拭う。
人の想いに触れてしまった自覚がある。
やっぱり、自分な訳が無いと思う心がいつまでも消えない。

部屋に戻って、心の葛藤をしている内に俺は寝てしまっていた。




昨夜の事は、本当に起きた事なのだろうか?
自分でも、疑っている。
祖父と2人で朝食を食べている時間にも頭は彼の事を
勝手に思いだしている。

祖父に、何か聞かれるんじゃないかとハラハラしていた。
しかし杞憂だった。


そろそろ夏季休業期間も残り少なくなって来た、月が改まって
ようやく残暑の厳しさも和らいだ頃。

店の木戸が開いて、
「いらっしゃいませ。」
彼がまっすぐにレジカウンターまで歩いて来た。
『…こんにちは。遅くなって申し訳ないのだけれど…こちらをお爺様に渡しておいてくれるかな。』
彼は手提げ袋から包みをすすめて来た。

そういえば、葬儀の後に祖父が来店した彼にお線香代として渡したものが
ある事を聞いていた。

「あ、はい。ご丁寧に恐れ入ります。」
深々と頭を下げて、受け取ると
『僕はこれから、論文の発表も兼ねて少し海外に渡るんだ。』
突然の報告に面食らった。

「…そう、ですか。気を付けて行って来てください。」
『うん。きみもね…。』
なんだか、やけにアッサリしたものだと思ってしまう。
「……」
『きみが、お人形みたいに小さくなれたなら…一緒に連れていけたのかもね。』

こんな、夢みたいな事を平気で口にできる彼が心のどこかで
憎くて。なのに感情を揺らされる。
「絶対に寂しいなんて、言わないです。」
『あはは、だろうね。…でも、本当にそれでいいの?』

こんな顔で、言葉巧みに確かめられるとどうしようもない。
「帰りは、いつですか?」
『きみの大学が、後期始まるあたり。』
「3週間くらいなら、待てます。」

笑った後に、少し咳き込む彼を見て
「煙草、あんまり吸い過ぎない方がいいんじゃ…」
『この時期は、昔から咳が出るんだよ。』
「そうですか、」
『大丈夫。それじゃ、また寄らせて貰うね。』

さすがに店の外まで見送るのも大袈裟だと思い、店を後にする彼に小さく手を振った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

ニューハーフヘルス体験

中田智也
BL
50代のオジサンがニューハーフヘルスにハマッた実体験と心の内を元にしたおはなし

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

処理中です...