18 / 18
聖なる夜に見る夢は。(女体化)
しおりを挟む
『大丈夫だよ。』
いつも、何度その笑顔に
励まされて来ただろう。
顔には出せないような不安も、美祢に全て払拭される。
なんて、心強いんだ。
美祢が、そう言うなら…
全てが上手く行く気がした。
『あんまり、頑張りすぎないでね。早く、帰って来れたら今日はご馳走だから。』
そうなんだ、今の時期は忙しい。世間様は師走。
年末、忘年会にクリスマス
に、大掃除。
イベントが目白押しだ。
歳末には、事件も多発しやすい事から特別警戒で
巡回なども普段より多くしなくてはいけない。
帰りは、いつもより遅くなるだろうな。
「早く…帰って来たい。」
『心配しないで?ちゃんと待ってるよ。慌てないで、ね?』
今日は、クリスマスイブだ。心なしか、美祢も
朝から機嫌が良く
珍しく落ち着かない様子だ。
「人が楽しく過ごす時間こそ…警戒しなきゃいけないからな。」
『ケーキあったら…食べたい?』
「美祢が食べたかったら、な。」
白い、ローゲージのケーブル編みのニットに
赤いチェックのフレアスカート。
今日の美祢の格好は、
いかにも、らしい。
艶を含んだ飴色の髪が
綺麗にゆったり巻かれていて、今日が休みだったら
朝からでも美祢と色々
したかった!
と、思わせる。
『今日は、ランチまでだから夕方には帰ってるよ。念のため、報告ね。』
今日、美祢の店は一番混み合うランチまでで、
夜は閉めるらしい。
「そっか。明日は?」
『明日も同じ。』
そろそろ、家を出るような時間だ。
玄関に出て、靴を履き
美祢から鞄を受け取る。
『あ、マフラーくらいしなきゃ首元寒いよ?』
「ん、実は置いてきた。署に。」
えー、と美祢が苦笑いをする。
『本気?もぉ、俺の貸すからして行きなさい。』
パタパタとスリッパを鳴らして美祢がクロゼットにマフラーを取りに行って
戻って来た。
ふわりと、巻かれて
「あ…」
『?どした』
いや、何というか
女らしい匂いがして
不覚にも、ドキッとした。
「いい匂いだったから。」
『そぉ?まぁ、洗ったりはしてるから。』
じゃ、と
美祢に口付けて外へ出た。
寒い。
風の冷たさで肺がヒヤリとするのが嫌だ。
やっぱり冬は空気が違う。
厳しく律するような雰囲気だ。
「クリスマスイブか…何度目のだろな?」
ぽそりと呟き、見上げた空はどんより低く曇っていた。
美祢が巻いてくれた
マフラーがあって良かった。風が強い。
隙間に向けて吹き抜ける風が身体を通って行く。
『先輩これまた可愛いマフラーですね。奥さんの趣味ですか?クリスマスカラー。』
…来たか。
一番よく話をする後輩に早速朝から捕まった。
「おはよう…。マフラー、昨日忘れて帰ったんだよ。そしたら、今朝嫁が自分のを貸してくれた。」
へぇえ~、と感心したように眺めてくる後輩の視線から逃れたくて着替えをした。
『確か、先輩の奥さんお人形さんみたいに可愛いですよね。』
羨ましい、と椅子に座って珈琲を飲む後輩を尻目に
席について、ファイルを開く。
「お人形かは分からないが…まぁ、可愛らしい奴だよ。」
『先輩のどこに、惚れてるんですか?奥さんは。』
「お前は、仕事をしろ。それに、どこに惚れているのかは知らない。」
やれやれ、と肩をすくめて
書類整理を進める。
後輩に、判子を貰う書類などを分けて貰いながら。
『してますよ~。先輩の奥さんに友人を紹介して貰ったりは…』
「無理だ。」
『あ、やっぱり?』
ですよね~と笑いながらも
くよくよしない姿には
少し、目を見張るものがあった。
「焦るな、お前なら俺は心配してないよ。もっと、お前は成長できる人間だ。」
『本当、先輩の言葉は熱いですよね、重厚だし。』
「じゃなきゃ相手に真剣にとって貰えなくなるじゃないか?」
午前の内に、午後から巡回に立ち寄る建物、施設のリストを確認しておく。
『まぁ、だいたいいつも通りですね。…そういえば。今日クリスマスイブじゃないですか、先輩早く帰らないと奥さん他の男と会ってるかもしれませんよ?』
他の男と?
美祢が…
「面白い冗談だな。」
『そうでしょ?でも、早く帰ってプレゼントくらいは渡さないと。』
思いもしなかった。
クリスマスプレゼント…
そうだ、そんな物もあったんだな。
全く用意していない。
…やってしまった。
『あれ?もしかして、プレゼント用意してなかったり?』
「あぁ…。あまりプレゼントとかしないからな。」
『はぁ…とりあえず光り物は手堅いですよ。あと、甘いものは、幸福感を簡単に高めてくれますし。』
「光り物…指輪とかか?」
『または、ネックレスとか。』
「あれは、男みたいな性格だからな。どちらも…喜ぶか分からない。」
『ピアスとかも、してないですか?』
「ピアス穴は無い。」
『じゃあ、せめてケーキとかは』
「多分自分で準備するだろうな。」
『先輩~、奥さんに何もしてあげないなんて、ちょっと酷いですよ?』
「…美祢が、完璧すぎるんだよ。」
『尽くされてますね、心底。』
美祢は、特に何も欲しがらないし。ただ、毎日のささやかな幸せで充分満足しているんだと感じていた。
欲が無いとは、言わないが
昔から、そうだった。
互いがいるだけで…
それだけで幸せ。
「そうだな。本当、いい嫁なんだよな。」
『じゃあ、やっぱり早く帰らないと。二人でゆっくり過ごしたいでしょ?』
家に帰れば、あの
美祢を一人占めできるんだから。
「だから、早く廻らないとな。運転、お前に任せた。混まない道くらいは分かるよな。」
『先輩の奥さんの為に、頑張りますよ。』
『あっ、苺こんなに高い…。生クリームだって高いしバターも。』
美祢は、夕方に店を閉めると買い出しに出ていた。
紅くてつやつやした、粒ぞろいの苺を見て目元が
綻ぶ。
「…」
美祢が、カゴに苺のパックを入れようとした瞬間、
『ぁ…』
「ケーキ作るみたいだな?」
『⁉︎安芸、お仕事で?』
どう見ても、焦ってるような美祢の表情が見慣れなくて、思わず安芸は笑ってしまう。
「そうだ。前にも会ったっけな?ま、次行くから気をつけて帰れよ。」
美祢の斜め後ろに立っていた安芸は、後輩と共に店を出て行った。
『…びっくりしたぁ。』
昔の自分なら、まず真っ先に気が付くんだろうけど。
守られる存在として
生まれ変わってからは、警戒心が前よりも薄らいでいた。
それは、安芸と一緒だからか。
『奥さん、チラ見しました。可愛すぎて引きました。』
「なんでだよ。」
『いやぁ…あんな奥さんだと大変でしょ?いまだに言い寄られたりしてません?』
「無いな。あれは、おっとり静かそうに見えても中身は全然違う。それがいいんだよ。」
『ギャップですか…。実は、先輩尻に敷かれてませんか?』
「…どうだかな。」
車に戻って、次の店を確認する。
『それにしても、先輩は頭の中に地図ありますね。昔からの道にも詳しいし、本当頭が下がります。分かり易いし。』
「昔から、見てきたしな。頭で覚えてるよ。街並みも全部。」
『さて、じゃあそろそろ気合い入れますか。』
助手席から、後輩に
冷たい視線を送る安芸に
耐えかねたのか
車を走らせた。
どうも、車に乗っていると
一服したくなる。
それを、我慢して
我慢して…。
時間がやけに長く感じる。
早く済ませて、美祢と
過ごしたい。
なんてのは、ワガママだろうか?
『ふわふわ…。』
焼きあがったスポンジの
粗熱を取りながら美祢は
嬉しそうに笑っていた。
しっかり膨らんで、キメの細かな生地が焼けて
至極ご機嫌だ。
落ち着いたスポンジ生地に
シロップを、ハケでなじませる。
甘い香りが台所に広がっていた。
しっとりと、泡立てた生クリームを生地に落とし、
パレットナイフで塗り広げていく。
間には段があって、
そこにもたくさんのフルーツがはさまれている。
デコレーションは、ごくシンプルに、絞り袋で生クリームで飾り付けていた。
後は、最後に苺を等分する。二人で食べるには
ちょうどいい大きさだから
3号になった。
見た目も、ぎゅっと凝縮されたように手頃で
なんとも可愛さがある。
美祢は、満足でいっぱいになりながら七時をまわった
ところで先にお風呂に
入ることにした。
『九時までには来て欲しいな…なんて。』
ワガママなんだろうが、
待つのは辛い。
働いている安芸を思うと
気が引けたが、とりあえず
浴室に向かった。
「…はぁ。お疲れ様、お前も今日は休め。送ってくれてありがとうな。」
後輩を見送ってから、玄関の鍵を開ける。
しっかりと、防犯はされていた。時期が時期なだけに
日頃から、しっかりしている美祢だが。特に年末は
注意するように促していた甲斐があった。
靴を脱いで、廊下を歩いていると風呂場から出て来たばかりの美祢と目が合った。
『⁉︎あっ、お帰りなさい。待って、今ご飯並べるから』
「あー、いい。いい。俺も先に風呂に入りたい。慌てなさんな。」
脱衣所で着替えをしていると、美祢が新しい着替えを持って来た。
『ゆっくりしててね。寒かったでしょ?』
にこりと笑う美祢が可愛くて、いい匂いがするし。
触れたら柔らかそうな頬っぺたに、手を伸ばしたい衝動を抑えて浴室に入った。
「⁈をわっ」
浴槽が、大変な事になって居た。
「泡風呂…?」
シャワーで身体を流してから浴槽に身を沈める。
お湯は、柔らかいどころか
ぬるついていた。
そりゃそうか。
泡立つって事なんだから。
「なんでまた…」
なんとなく、落ち着かない気持ちで髪や身体を洗い
風呂から上がると
美祢が、脱衣所に居た。
『びっくりした?』
「びっくりした。なんだあれ?」
『シャワージェルがあったから使ってみたんだ。貰い物なんだけどね。』
ふふっ、とサラサラに乾かした髪で着替えてきた美祢がバスタオルで迎えてくれた。
「美祢が、苺の匂いがするのは嬉しいが…俺までしてもなぁ。」
『同じ匂いがいいよ。』
バスタオルを受け取って
髪を拭きながら美祢に視線を移す。
「今朝の格好、似合ってた。今の白くてモコモコも可愛いが。」
『あっ、あれ?安芸好きかなぁ~って気にしてたんだけどね。』
ラフな部屋着に着替えてから、居間に行ってみると
円卓には、クリスマスディナーが用意されて居た。
『座って、座って。』
言われるままに、腰を下ろす。
美祢が嬉しそうに笑うと
美祢お得意の美味い料理を
ゆっくりと二人で食べた。
『まだ、いける?』
「…そうだな。」
『ケーキもあるから、一緒に、食べよ?』
つくづく、マメな奴なんだ。
「あ、その前に…渡したい物がある。」
安芸の言葉に、美祢が
目を見開く。
『⁉︎俺、プレゼント何も用意してないよ。』
「いいから…貰ってくれ。」
改まった雰囲気で、美祢も
胸に手をあてて
落ち着かない様子だ。
「そんな、あんまり期待するなよ?」
『えっ…期待しちゃうよ。だって、安芸が…俺に?それだけで嬉しいのに。』
細長い箱にリボンが掛けられて居た。
それを美祢が手渡されると
眼を瞬かせ、
「開けて、いいぞ。」
『うん…。』
「………」
中に入っていたのは、
『わぁ…綺麗な花かんざし…!』
そうだ、和服姿が多い美祢の必需品はかんざしだ。
長く美しい髪を結わえておくには、引き立てるような
かんざしが良いだろうと。
「実用性よりも、たまには…華美なのもいいだろ?」
『ありがとう…、綺麗。勿体無くって使えないよ。嬉しいなぁ。』
手にとって、眺めていたかと思えば
大切そうに、箱に
かんざしを戻す美祢。
「春が近くなったらちょうど良いかもな?花だったら。」
『プレゼント…用意しとけばよかった。最悪…』
自分だけ、幸せなんて嫌だ。と、言う美祢に苦笑すると
「お前なら、俺を幸せにできるんだろ?」
少し煽るように言ってやる。
『…!』
いつも、何度その笑顔に
励まされて来ただろう。
顔には出せないような不安も、美祢に全て払拭される。
なんて、心強いんだ。
美祢が、そう言うなら…
全てが上手く行く気がした。
『あんまり、頑張りすぎないでね。早く、帰って来れたら今日はご馳走だから。』
そうなんだ、今の時期は忙しい。世間様は師走。
年末、忘年会にクリスマス
に、大掃除。
イベントが目白押しだ。
歳末には、事件も多発しやすい事から特別警戒で
巡回なども普段より多くしなくてはいけない。
帰りは、いつもより遅くなるだろうな。
「早く…帰って来たい。」
『心配しないで?ちゃんと待ってるよ。慌てないで、ね?』
今日は、クリスマスイブだ。心なしか、美祢も
朝から機嫌が良く
珍しく落ち着かない様子だ。
「人が楽しく過ごす時間こそ…警戒しなきゃいけないからな。」
『ケーキあったら…食べたい?』
「美祢が食べたかったら、な。」
白い、ローゲージのケーブル編みのニットに
赤いチェックのフレアスカート。
今日の美祢の格好は、
いかにも、らしい。
艶を含んだ飴色の髪が
綺麗にゆったり巻かれていて、今日が休みだったら
朝からでも美祢と色々
したかった!
と、思わせる。
『今日は、ランチまでだから夕方には帰ってるよ。念のため、報告ね。』
今日、美祢の店は一番混み合うランチまでで、
夜は閉めるらしい。
「そっか。明日は?」
『明日も同じ。』
そろそろ、家を出るような時間だ。
玄関に出て、靴を履き
美祢から鞄を受け取る。
『あ、マフラーくらいしなきゃ首元寒いよ?』
「ん、実は置いてきた。署に。」
えー、と美祢が苦笑いをする。
『本気?もぉ、俺の貸すからして行きなさい。』
パタパタとスリッパを鳴らして美祢がクロゼットにマフラーを取りに行って
戻って来た。
ふわりと、巻かれて
「あ…」
『?どした』
いや、何というか
女らしい匂いがして
不覚にも、ドキッとした。
「いい匂いだったから。」
『そぉ?まぁ、洗ったりはしてるから。』
じゃ、と
美祢に口付けて外へ出た。
寒い。
風の冷たさで肺がヒヤリとするのが嫌だ。
やっぱり冬は空気が違う。
厳しく律するような雰囲気だ。
「クリスマスイブか…何度目のだろな?」
ぽそりと呟き、見上げた空はどんより低く曇っていた。
美祢が巻いてくれた
マフラーがあって良かった。風が強い。
隙間に向けて吹き抜ける風が身体を通って行く。
『先輩これまた可愛いマフラーですね。奥さんの趣味ですか?クリスマスカラー。』
…来たか。
一番よく話をする後輩に早速朝から捕まった。
「おはよう…。マフラー、昨日忘れて帰ったんだよ。そしたら、今朝嫁が自分のを貸してくれた。」
へぇえ~、と感心したように眺めてくる後輩の視線から逃れたくて着替えをした。
『確か、先輩の奥さんお人形さんみたいに可愛いですよね。』
羨ましい、と椅子に座って珈琲を飲む後輩を尻目に
席について、ファイルを開く。
「お人形かは分からないが…まぁ、可愛らしい奴だよ。」
『先輩のどこに、惚れてるんですか?奥さんは。』
「お前は、仕事をしろ。それに、どこに惚れているのかは知らない。」
やれやれ、と肩をすくめて
書類整理を進める。
後輩に、判子を貰う書類などを分けて貰いながら。
『してますよ~。先輩の奥さんに友人を紹介して貰ったりは…』
「無理だ。」
『あ、やっぱり?』
ですよね~と笑いながらも
くよくよしない姿には
少し、目を見張るものがあった。
「焦るな、お前なら俺は心配してないよ。もっと、お前は成長できる人間だ。」
『本当、先輩の言葉は熱いですよね、重厚だし。』
「じゃなきゃ相手に真剣にとって貰えなくなるじゃないか?」
午前の内に、午後から巡回に立ち寄る建物、施設のリストを確認しておく。
『まぁ、だいたいいつも通りですね。…そういえば。今日クリスマスイブじゃないですか、先輩早く帰らないと奥さん他の男と会ってるかもしれませんよ?』
他の男と?
美祢が…
「面白い冗談だな。」
『そうでしょ?でも、早く帰ってプレゼントくらいは渡さないと。』
思いもしなかった。
クリスマスプレゼント…
そうだ、そんな物もあったんだな。
全く用意していない。
…やってしまった。
『あれ?もしかして、プレゼント用意してなかったり?』
「あぁ…。あまりプレゼントとかしないからな。」
『はぁ…とりあえず光り物は手堅いですよ。あと、甘いものは、幸福感を簡単に高めてくれますし。』
「光り物…指輪とかか?」
『または、ネックレスとか。』
「あれは、男みたいな性格だからな。どちらも…喜ぶか分からない。」
『ピアスとかも、してないですか?』
「ピアス穴は無い。」
『じゃあ、せめてケーキとかは』
「多分自分で準備するだろうな。」
『先輩~、奥さんに何もしてあげないなんて、ちょっと酷いですよ?』
「…美祢が、完璧すぎるんだよ。」
『尽くされてますね、心底。』
美祢は、特に何も欲しがらないし。ただ、毎日のささやかな幸せで充分満足しているんだと感じていた。
欲が無いとは、言わないが
昔から、そうだった。
互いがいるだけで…
それだけで幸せ。
「そうだな。本当、いい嫁なんだよな。」
『じゃあ、やっぱり早く帰らないと。二人でゆっくり過ごしたいでしょ?』
家に帰れば、あの
美祢を一人占めできるんだから。
「だから、早く廻らないとな。運転、お前に任せた。混まない道くらいは分かるよな。」
『先輩の奥さんの為に、頑張りますよ。』
『あっ、苺こんなに高い…。生クリームだって高いしバターも。』
美祢は、夕方に店を閉めると買い出しに出ていた。
紅くてつやつやした、粒ぞろいの苺を見て目元が
綻ぶ。
「…」
美祢が、カゴに苺のパックを入れようとした瞬間、
『ぁ…』
「ケーキ作るみたいだな?」
『⁉︎安芸、お仕事で?』
どう見ても、焦ってるような美祢の表情が見慣れなくて、思わず安芸は笑ってしまう。
「そうだ。前にも会ったっけな?ま、次行くから気をつけて帰れよ。」
美祢の斜め後ろに立っていた安芸は、後輩と共に店を出て行った。
『…びっくりしたぁ。』
昔の自分なら、まず真っ先に気が付くんだろうけど。
守られる存在として
生まれ変わってからは、警戒心が前よりも薄らいでいた。
それは、安芸と一緒だからか。
『奥さん、チラ見しました。可愛すぎて引きました。』
「なんでだよ。」
『いやぁ…あんな奥さんだと大変でしょ?いまだに言い寄られたりしてません?』
「無いな。あれは、おっとり静かそうに見えても中身は全然違う。それがいいんだよ。」
『ギャップですか…。実は、先輩尻に敷かれてませんか?』
「…どうだかな。」
車に戻って、次の店を確認する。
『それにしても、先輩は頭の中に地図ありますね。昔からの道にも詳しいし、本当頭が下がります。分かり易いし。』
「昔から、見てきたしな。頭で覚えてるよ。街並みも全部。」
『さて、じゃあそろそろ気合い入れますか。』
助手席から、後輩に
冷たい視線を送る安芸に
耐えかねたのか
車を走らせた。
どうも、車に乗っていると
一服したくなる。
それを、我慢して
我慢して…。
時間がやけに長く感じる。
早く済ませて、美祢と
過ごしたい。
なんてのは、ワガママだろうか?
『ふわふわ…。』
焼きあがったスポンジの
粗熱を取りながら美祢は
嬉しそうに笑っていた。
しっかり膨らんで、キメの細かな生地が焼けて
至極ご機嫌だ。
落ち着いたスポンジ生地に
シロップを、ハケでなじませる。
甘い香りが台所に広がっていた。
しっとりと、泡立てた生クリームを生地に落とし、
パレットナイフで塗り広げていく。
間には段があって、
そこにもたくさんのフルーツがはさまれている。
デコレーションは、ごくシンプルに、絞り袋で生クリームで飾り付けていた。
後は、最後に苺を等分する。二人で食べるには
ちょうどいい大きさだから
3号になった。
見た目も、ぎゅっと凝縮されたように手頃で
なんとも可愛さがある。
美祢は、満足でいっぱいになりながら七時をまわった
ところで先にお風呂に
入ることにした。
『九時までには来て欲しいな…なんて。』
ワガママなんだろうが、
待つのは辛い。
働いている安芸を思うと
気が引けたが、とりあえず
浴室に向かった。
「…はぁ。お疲れ様、お前も今日は休め。送ってくれてありがとうな。」
後輩を見送ってから、玄関の鍵を開ける。
しっかりと、防犯はされていた。時期が時期なだけに
日頃から、しっかりしている美祢だが。特に年末は
注意するように促していた甲斐があった。
靴を脱いで、廊下を歩いていると風呂場から出て来たばかりの美祢と目が合った。
『⁉︎あっ、お帰りなさい。待って、今ご飯並べるから』
「あー、いい。いい。俺も先に風呂に入りたい。慌てなさんな。」
脱衣所で着替えをしていると、美祢が新しい着替えを持って来た。
『ゆっくりしててね。寒かったでしょ?』
にこりと笑う美祢が可愛くて、いい匂いがするし。
触れたら柔らかそうな頬っぺたに、手を伸ばしたい衝動を抑えて浴室に入った。
「⁈をわっ」
浴槽が、大変な事になって居た。
「泡風呂…?」
シャワーで身体を流してから浴槽に身を沈める。
お湯は、柔らかいどころか
ぬるついていた。
そりゃそうか。
泡立つって事なんだから。
「なんでまた…」
なんとなく、落ち着かない気持ちで髪や身体を洗い
風呂から上がると
美祢が、脱衣所に居た。
『びっくりした?』
「びっくりした。なんだあれ?」
『シャワージェルがあったから使ってみたんだ。貰い物なんだけどね。』
ふふっ、とサラサラに乾かした髪で着替えてきた美祢がバスタオルで迎えてくれた。
「美祢が、苺の匂いがするのは嬉しいが…俺までしてもなぁ。」
『同じ匂いがいいよ。』
バスタオルを受け取って
髪を拭きながら美祢に視線を移す。
「今朝の格好、似合ってた。今の白くてモコモコも可愛いが。」
『あっ、あれ?安芸好きかなぁ~って気にしてたんだけどね。』
ラフな部屋着に着替えてから、居間に行ってみると
円卓には、クリスマスディナーが用意されて居た。
『座って、座って。』
言われるままに、腰を下ろす。
美祢が嬉しそうに笑うと
美祢お得意の美味い料理を
ゆっくりと二人で食べた。
『まだ、いける?』
「…そうだな。」
『ケーキもあるから、一緒に、食べよ?』
つくづく、マメな奴なんだ。
「あ、その前に…渡したい物がある。」
安芸の言葉に、美祢が
目を見開く。
『⁉︎俺、プレゼント何も用意してないよ。』
「いいから…貰ってくれ。」
改まった雰囲気で、美祢も
胸に手をあてて
落ち着かない様子だ。
「そんな、あんまり期待するなよ?」
『えっ…期待しちゃうよ。だって、安芸が…俺に?それだけで嬉しいのに。』
細長い箱にリボンが掛けられて居た。
それを美祢が手渡されると
眼を瞬かせ、
「開けて、いいぞ。」
『うん…。』
「………」
中に入っていたのは、
『わぁ…綺麗な花かんざし…!』
そうだ、和服姿が多い美祢の必需品はかんざしだ。
長く美しい髪を結わえておくには、引き立てるような
かんざしが良いだろうと。
「実用性よりも、たまには…華美なのもいいだろ?」
『ありがとう…、綺麗。勿体無くって使えないよ。嬉しいなぁ。』
手にとって、眺めていたかと思えば
大切そうに、箱に
かんざしを戻す美祢。
「春が近くなったらちょうど良いかもな?花だったら。」
『プレゼント…用意しとけばよかった。最悪…』
自分だけ、幸せなんて嫌だ。と、言う美祢に苦笑すると
「お前なら、俺を幸せにできるんだろ?」
少し煽るように言ってやる。
『…!』
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
告白ごっこ
みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。
ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。
更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。
テンプレの罰ゲーム告白ものです。
表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました!
ムーンライトノベルズでも同時公開。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる