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04回復魔法がだめなら
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(原理を理解して、効果を正確に想像する……)
エミリアは、病気が治る原理を思い浮かべながら、回復魔法の発動させた。その手の先には、檻に閉じ込められた、1匹のネズミがいる。
(細胞に感染した菌だけを排除、菌だけを排除……)
「解析! …………はあ…………また失敗ですわ…………」
回復魔法をかけ終えたマウスの中に病原菌が残っていることを、解析と名付けた神から授かった魔法を用いて確認して、エミリアは肩を落とした。
(魔法は原理を理解して効果を詳細にイメージできれば正しく機能するらしいから、直接病原菌を排除する方向でもいけると思ったんだけど……)
先程の回復魔法で100回目。病気の原理をこの世界の誰より理解しているエミリアに無理なら、おそらく回復魔法で病気、少なくとも感染症を治すことは無理なのだろう。
ちなみに、最初に実験でマウスの背中を斬って回復魔法をかけてみたところ、一瞬で傷口を塞ぐことができたので、エミリアが回復魔法を使えていない、という可能性は低い。
(この世界に来てから3日目、セリーナが倒れなかったことで、バッドエンドはいったん先延ばしにできてるけど、今までやったことは消えない。早く何か成果をあげないと……)
夕焼けに染まる窓の外を見ながら、エミリアは焦りを覚える。わかりやすく流行り病を治せるようになれば、少なくとも処刑は免れる事ができると思うのだが……。
(直接回復魔法じゃだめなら、薬を作るしか……破傷風は細菌感染症だから、抗生物質を投与できれば生存率は格段に高まるけど……抗生物質ってどうやって作れば……)
エミリアは抗生物質を投与したことはあっても、1から作ったことなどない。当たり前である。そんな時間のかかることをしていては、患者を診るどころではなくなってしまう。
(作れるとすればペニシリンか……でも、そもそもちゃんとできたか確認する方法がなあ……化学式でも確認できたらいいんだけど……)
エミリアがそんなことを考えていると、「C6H10O5」という文字列が視界の中に浮かび上がった。
「うわっ……なんですの、いったい……」
(やばいやばい、思わず声が……でも、これって……化学式? 確かセルロースの化学式が「C6H10O5」だったはずだけど……)
そこでエミリアは、自分が今、木製の机に手を乗せている事に気がついた。
(もしかして、私の解析の魔法は、化学式の形で結果がわかるの?)
エミリアは早速検証するため、近くにあったグラスを手に取ろうとした。すると、グラスを掴む前に「SiO2」という文字列が浮かび上がる。
(触らなくてもいいのね。でも、やっぱり化学式が見えるみたいね! これなら、ペニシリンが精製できたか確認できるわ)
ペニシリンの化学式は「C9H11N2O4S」。後は青カビを培養してこれが確認できればいいということだ。
(道筋が見えたわね)
薬を作ったところで、それが安全で、それを使うと感染症が治るということを納得させる必要はあるわけで、それですべて解決するわけではない。しかし、少なくとも100回試してうまくいかない回復魔法よりは早く成果が出せるだろう。
エミリアは、早速青カビを探し始めた。今朝方ネズミを1匹捕まえて来るように命じ、1日中そのネズミに魔法をかけ続けていると思ったら、今度はカビを探し始めたご令嬢に、屋敷のメイドたちは大層困惑していたのだが、エミリアがそれに気付くことはなかったのだった。
***
仮病で学院を休むこと数日。部屋にこもりペニシリンの精製を続けていたエミリアは、1粒の錠剤を掲げて歓喜の声を上げた。
「できましたわっ!」
(思わず声が……でも、できた! 化学式は間違い無くペニシリンだし、小腸に到達すると壊れる魔力の殻で包んだから胃酸でやられて効果がなくなることもないはず!)
実はエミリアは、ペニシリンを精製方法は知っていても、それを吸収して欲しいところで吸収させるために必要な物質の作り方まではわかっていなかった。しかし、そこは科学の理解が及ばない謎技術の魔法に助けられたわけだ。
(でも、次はこれが本当に効果があるのかを確かめないと。都合良く感染性肺炎の患者がいればいいけど……)
おそらくだが、その手の流行病は貴族社会には入ってきていない。なぜなら、エミリアの中にそのような病気にかかった者を見た記憶がないからだ。
「イリス! イリスはいるかしら!」
エミリアが廊下に出て大きな声で呼びかけると、程なくしてイリスが廊下の角の向こうから姿を表した。
イリスと呼ばれたメイドがエミリアの前で頭を下げると、その美しい銀髪がサラリと肩から流れる。
「お嬢様、そのように大きな声を出すものではありませんよ」
公爵と同じ深緑の瞳に細めるイリスに、エミリアは苦笑した。
「たしかにそれもそうですわね。次から気をつけますわ。それよりイリス、あなたに教えてほしいことがあるの」
「何でしょうか」
「あなたのお母様は、確か奴隷の出身よね?」
「そうですね」
「もし知っていたら教えてほしいのだけど、奴隷たちや貧しい平民の間で、咳が止まらなくなったり、息をしても呼吸が苦しいままになるような病が流行っていたりしないかしら?」
「ああ、百死咳のことですか」
「百死咳っていうのね。それは人から人へ伝染るのね?」
「ええ。よく食べてよく休めれば治ることもありますが、多くの場合は罹ったら最後、そのまま死んでしまいます」
「ありがとう、助かったわ」
「いえ、この程度のことでしたら…………」
イリスはそこで言葉を切ると、周囲にエミリア以外誰もいないことを確認する。
「エミリア、まさか貧民街に行くつもりじゃないわよね?」
メイドではなく、腹違いの姉としての発言に、エミリアは肩をすくめる。
「…………よくわかりましたわね。流石はイリス姉様ですわ」
「もし行くなら、私に声を掛けなさい。これでも、公爵閣下の護衛を任されるくらいには戦えるから」
「止めませんの?」
「…………何かしなくちゃいけない事があるんでしょう? そういう顔してるわ、今のあなた」
「姉様……」
「あまりその呼び方はしないでいただけますか、お嬢様?」
「ふふっ……そうでしたわね、イリス」
エミリアとイリスは微笑み合うと、貧民街に行くための打ち合わせを始めた。
エミリアは、病気が治る原理を思い浮かべながら、回復魔法の発動させた。その手の先には、檻に閉じ込められた、1匹のネズミがいる。
(細胞に感染した菌だけを排除、菌だけを排除……)
「解析! …………はあ…………また失敗ですわ…………」
回復魔法をかけ終えたマウスの中に病原菌が残っていることを、解析と名付けた神から授かった魔法を用いて確認して、エミリアは肩を落とした。
(魔法は原理を理解して効果を詳細にイメージできれば正しく機能するらしいから、直接病原菌を排除する方向でもいけると思ったんだけど……)
先程の回復魔法で100回目。病気の原理をこの世界の誰より理解しているエミリアに無理なら、おそらく回復魔法で病気、少なくとも感染症を治すことは無理なのだろう。
ちなみに、最初に実験でマウスの背中を斬って回復魔法をかけてみたところ、一瞬で傷口を塞ぐことができたので、エミリアが回復魔法を使えていない、という可能性は低い。
(この世界に来てから3日目、セリーナが倒れなかったことで、バッドエンドはいったん先延ばしにできてるけど、今までやったことは消えない。早く何か成果をあげないと……)
夕焼けに染まる窓の外を見ながら、エミリアは焦りを覚える。わかりやすく流行り病を治せるようになれば、少なくとも処刑は免れる事ができると思うのだが……。
(直接回復魔法じゃだめなら、薬を作るしか……破傷風は細菌感染症だから、抗生物質を投与できれば生存率は格段に高まるけど……抗生物質ってどうやって作れば……)
エミリアは抗生物質を投与したことはあっても、1から作ったことなどない。当たり前である。そんな時間のかかることをしていては、患者を診るどころではなくなってしまう。
(作れるとすればペニシリンか……でも、そもそもちゃんとできたか確認する方法がなあ……化学式でも確認できたらいいんだけど……)
エミリアがそんなことを考えていると、「C6H10O5」という文字列が視界の中に浮かび上がった。
「うわっ……なんですの、いったい……」
(やばいやばい、思わず声が……でも、これって……化学式? 確かセルロースの化学式が「C6H10O5」だったはずだけど……)
そこでエミリアは、自分が今、木製の机に手を乗せている事に気がついた。
(もしかして、私の解析の魔法は、化学式の形で結果がわかるの?)
エミリアは早速検証するため、近くにあったグラスを手に取ろうとした。すると、グラスを掴む前に「SiO2」という文字列が浮かび上がる。
(触らなくてもいいのね。でも、やっぱり化学式が見えるみたいね! これなら、ペニシリンが精製できたか確認できるわ)
ペニシリンの化学式は「C9H11N2O4S」。後は青カビを培養してこれが確認できればいいということだ。
(道筋が見えたわね)
薬を作ったところで、それが安全で、それを使うと感染症が治るということを納得させる必要はあるわけで、それですべて解決するわけではない。しかし、少なくとも100回試してうまくいかない回復魔法よりは早く成果が出せるだろう。
エミリアは、早速青カビを探し始めた。今朝方ネズミを1匹捕まえて来るように命じ、1日中そのネズミに魔法をかけ続けていると思ったら、今度はカビを探し始めたご令嬢に、屋敷のメイドたちは大層困惑していたのだが、エミリアがそれに気付くことはなかったのだった。
***
仮病で学院を休むこと数日。部屋にこもりペニシリンの精製を続けていたエミリアは、1粒の錠剤を掲げて歓喜の声を上げた。
「できましたわっ!」
(思わず声が……でも、できた! 化学式は間違い無くペニシリンだし、小腸に到達すると壊れる魔力の殻で包んだから胃酸でやられて効果がなくなることもないはず!)
実はエミリアは、ペニシリンを精製方法は知っていても、それを吸収して欲しいところで吸収させるために必要な物質の作り方まではわかっていなかった。しかし、そこは科学の理解が及ばない謎技術の魔法に助けられたわけだ。
(でも、次はこれが本当に効果があるのかを確かめないと。都合良く感染性肺炎の患者がいればいいけど……)
おそらくだが、その手の流行病は貴族社会には入ってきていない。なぜなら、エミリアの中にそのような病気にかかった者を見た記憶がないからだ。
「イリス! イリスはいるかしら!」
エミリアが廊下に出て大きな声で呼びかけると、程なくしてイリスが廊下の角の向こうから姿を表した。
イリスと呼ばれたメイドがエミリアの前で頭を下げると、その美しい銀髪がサラリと肩から流れる。
「お嬢様、そのように大きな声を出すものではありませんよ」
公爵と同じ深緑の瞳に細めるイリスに、エミリアは苦笑した。
「たしかにそれもそうですわね。次から気をつけますわ。それよりイリス、あなたに教えてほしいことがあるの」
「何でしょうか」
「あなたのお母様は、確か奴隷の出身よね?」
「そうですね」
「もし知っていたら教えてほしいのだけど、奴隷たちや貧しい平民の間で、咳が止まらなくなったり、息をしても呼吸が苦しいままになるような病が流行っていたりしないかしら?」
「ああ、百死咳のことですか」
「百死咳っていうのね。それは人から人へ伝染るのね?」
「ええ。よく食べてよく休めれば治ることもありますが、多くの場合は罹ったら最後、そのまま死んでしまいます」
「ありがとう、助かったわ」
「いえ、この程度のことでしたら…………」
イリスはそこで言葉を切ると、周囲にエミリア以外誰もいないことを確認する。
「エミリア、まさか貧民街に行くつもりじゃないわよね?」
メイドではなく、腹違いの姉としての発言に、エミリアは肩をすくめる。
「…………よくわかりましたわね。流石はイリス姉様ですわ」
「もし行くなら、私に声を掛けなさい。これでも、公爵閣下の護衛を任されるくらいには戦えるから」
「止めませんの?」
「…………何かしなくちゃいけない事があるんでしょう? そういう顔してるわ、今のあなた」
「姉様……」
「あまりその呼び方はしないでいただけますか、お嬢様?」
「ふふっ……そうでしたわね、イリス」
エミリアとイリスは微笑み合うと、貧民街に行くための打ち合わせを始めた。
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