過労死した研修医、悪役令嬢になる〜1年後に”例の感染症”が流行る世界で一から医学を始めます!〜

上村 俊貴

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18醸造

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「これでいいのかしら?」

 エミリアはマーキュリー男爵領でもらってきた酵母を、潰したぶどうの上から振りかける。少なくともマーキュリー男爵領ではこの方法でワインができていたはずだ。

「ここからは私におまかせを」

「イリス、あなた本当に活き活きしてるわね……」

「そんなことはございません。お嬢様のお力になれれば、と思えばこそでございます」

「本当かしら……」

 イリスはこのアルコールを作るための醸造の過程がうまくいき、アルコールを量産できるようになった暁には、一定量ワインを作っても良い、という約束をしている。

 そうすれば、イリスがマーキュリー男爵領での醸造見学の際に、より真剣に学び、エミリアの助けになってくれるだろう、と思っての条件だったのだが…………。流石にちょっと真剣すぎやしないかと思う。

「本当ですとも。必ずやワイン――ではなくアルコールを生成してみせます。大船に乗ったつもりで見ていてください」

「はあ…………わかりましたわ、ひとまず最初の1回はイリスに任せますわね」

 もらってきた酵母はまだまだたくさんある。1度や2度の失敗でなくなることはないだろう。エミリアはその樽をイリスに任せると、地下蔵の反対側へと向かった。

 イリスが樽にかかりきりになってから1週間、エミリアはイリスに呼ばれて樽の前の来ていた。

「まさかもうできたんですの?」

(ワインって1週間でできるものなのかしら?)

 大学で専門に学んだわけではないのでその、辺りの時間感覚までは持ち合わせていない。

「ええ。この香りは間違いありません」

 ドンっと自信満々に胸を叩くイリス。ワイン好き故か、自分の鼻を全く疑っていないようだ。

「では分留してみますわ」

 エミリアはでき上がったワインを解析の魔法で温度を確認しながら火にかけ、用意した装置で分留していく。

 十数分後、アルコールの匂いがしなくなったところでエミリアは火を止めた。解析の魔法ででき上がった透明な液体を調べる。

「C2H6O。確かにエタノールですわ。純度も94%、分留の理論値より少し低い程度ですわ」

 消毒用として使うなら、70%から80%の純度で問題ないため、今回できたものは問題ない純度だと言える。

「それでは、お嬢様が求めていたアルコールは完成したということでしょうか?」

「ええ。完成ですわ。これを量産しますわよ。ぶどう以外でも甘い果物ならなんでもいいはずですけれど……きっとぶどうが一番たくさんとれますわね」

 エミリアは早速使用人たちに指示を出し、ぶどうを大量に仕入れさせる。医師たちが大商人や貴族などの富を持つ者たちを対象に行っている有料診療などで得た利益も注ぎ込み、エミリアは大量のぶどうを仕入れた。

「これ、今年のワインの生産量が減ったりしないでしょうか?」

「何を心配しているんですのイリス……」

 エミリアは周囲を見回し、地下蔵に自分たち以外誰もいないことを確認した。

「確かに、町に出回るワインの量は減るかもしれませんが、姉様の飲める量は変わりませんわ」

「エミリア?」

「ちょっとこちらにお越しください」

 エミリアはイリスを地下蔵の端に連れて行く。

「ここは?」

「ここは姉様のためのワインを作るスペースですわ」

「えっ……じゃあこの樽5つ全部私の?」

「ええ……というか、驚きませんの? これくらい飲めるということですか?」

「余裕よ。私、いつもワインの瓶は小さすぎると思っていたの」

「流石ですわね姉様……お父様の言う通りですわ」

 イリスが無類のワイン好きだと知った後、エミリアが父にそのことを確認した時のことである。

 エミリアの「イリス姉様はそんなにワインが好きなのですか?」という問いに対し、公爵は苦笑いして数々の逸話を教えてくれた。

 イリスは始めてワインを飲んだ時にその魅力にハマり、初めてなのに瓶を3本一人で空けたこと。酒豪で有名な貴族と公爵が食事をした際、潰れてしまった公爵に代わってイリスがワインを飲み、その貴族の倍のワインを飲んで潰れる男2人を気にせず一人で飲み続けていたこと。公爵から依頼された調査で酒場を梯子し、1日で樽1つ分のワインを飲んだこと。

 どれもこれもとんでもない話だが、事実らしい。隣りにいた母も苦笑いしていたので間違いないだろう。

 とにかくイリスはとんでもないワイン好きで、そしてとんでもない酒豪なのだ。

「でも嬉しいわエミリア、ありがとう」

「いえ、姉様にはいつも助けてもらってますわ。そのお礼です」

「ふふふっ、可愛いこと言ってくれるじゃない」

 イリスはエミリアの頭を胸に抱きしめ、その頭をゆっくりと撫でる。

「助けてもらってるのは私もよ、エミリア。あなたと、そしてお父様とお義母様のお陰で私はこうしてここにいられるんだもの。感謝してもしきれないわ」

「姉様……」

「本当はいつでもあなたをこうやって抱きしめてあげたいんだけどね? ごめんなさい、それができないお姉ちゃんで」

「それは、姉様のせいでは……」

 申し訳無さそうな声音のイリスに、エミリアはうまい言葉が返せない。そんな自分が不甲斐なかった。それにしても、イリスがそんなことで悩んでいたなんて、そんなこと思いもしなかったので正直驚いた。

「ええ、かもしれないわね。でも、だとしても、よ」

 イリスは一際強くエミリアの頭を抱いて、名残惜しそうにその頭を離す。そして居住まいを正した。

「お嬢様、私のためのこのような素晴らしいものをご用意くださり、感謝いたします。完成いたしましたら、大切にいただかせていただきます」

 イリスが使用人として、深く頭を下げる。エミリアも主として応える。

「ええ。そうしてちょうだい。それとイリス、どうしてあなたにワインはこんなに早くできたのかしら?」

 エミリアは後ろにあるイリスにプレゼントする用の樽を軽く叩く。

「私が作ってる方は、まだワインになっていないと思うのだけど」

「それはですねお嬢様――」

 より早く、より上質なワインができる環境を、魔法を用いて整える方法について力説するイリス。その様子を見ながら、エミリアは別のことを考えていた。

(まさかイリスが、私にお姉ちゃんらしい事ができないことに悩んでたなんて…………なんとかしてあげられないかしら……)
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