過労死した研修医、悪役令嬢になる〜1年後に”例の感染症”が流行る世界で一から医学を始めます!〜

上村 俊貴

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38発生

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 エミリアは急いで書き上げた手紙を、王都から手紙を持ってきた王国兵に渡す。
 
「あなたはこれを持って公爵領へ。裏の封印を見せれば屋敷に入れてくれるはずですわ」

「わかりました!」

 本来、エミリアの命令を聞く理由はないはずだが、事態の緊急性を理解しているのか、王国兵は反論することなく了解すると、馬にまたがり来た方と反対、公爵領の方向に駆けていった。

「私達は王都に戻りますわ。多少揺れても構いませんわ。できるだけ急いでちょうだい」

「それでしたらお嬢様、直接乗馬して行きましょう」

「えっ……私、乗馬はあまり得意では……」

 エミリアの記憶では乗馬も習っていたはずだが、今のエミリアに乗馬の経験はない。万が一ここで落馬して死のうものなら、この世界はおしまいだ。

「存じ上げております。ですから、お嬢様は私の前に乗って下さい」

「それはそれで怖い気が……」

(というか馬って二人乗りできるの……?)

「つべこべ言っている場合なのですか?」

「うっ……わかってて言ってますわね?」

「さあ、なんのことやら」

「はあ、わかりましたわ。イリスを信じます。これはイヴァン王子殿下も苦労しそうですわ」

「なにか言いましたか?」
 
「いいえ、何でもありませんわ」

 結局イリスの提案通り、エミリアはイリスが操る馬の前側に乗ることになった。イリスが全速力で走らせるせいで、エミリアは死ぬ思いをしたわけだが、おかげで馬車で4日分の距離を2日半で移動できたのだった。

***

「無事ですの?」

「あっ、師匠!」

 王都に着いたエミリアが一番に向かったのは弟子の医師のところだった。

「無事のようですわね」

「ええ。私はなんとか。師匠に教わった感染症対策のおかげです」

「流石は私の教え子ですわ。医師が倒れることだけはあってはなりませんの。これからも気を抜いてはいけませんわよ」

「はい、わかりました!」

「よろしい。それで、アルコールは余っているかしら?」

「あと僅かですが……師匠なら戻ってきてくれると信じて師匠の分は残しておきました」

「助かりますわ。状況は?」

「師匠が王都を出てから2日後、セリーナ様とクレイス王子殿下がほぼ同時に発熱。王城に呼ばれた私は、ひとまずペニシリンを処方、同時にインフルエンザの可能性を疑い、お二人に関わる王城の方々に、感染症対策の徹底を呼びかけました。しかし……」

「ペニシリンは効かず、発症後のセリーナさんにもクレイス様とも会っていないはずの人物から同様の症状で倒れる者が出始めたんですの?」

「流石師匠……全くそのとおりです。その上、セリーナ様もクレイス王子殿下も未だ症状が軽快せず……」

「わかりましたわ。おそらくこれは、新しい感染症ですわ。感染症対策の基礎は覚えてますわね?」

「はい! 石鹸を用いた正しい手洗いをこまめに行うこと、常にマスクを着用し定期的に新しいものに交換すること、部屋を定期的に換気すること、人混みを作らないこと、人混みに近づかないこと、感染者の触れたところはアルコールで拭き上げること、ですね」

「上出来ですわ。今回の感染症でもそれは変わりませんわ。しかし、感染力がインフルエンザ以上ですわ。今まで以上に感染症対策を徹底してくださいまし」

「かしこまりました!」

 エミリアはアルコールを受け取り、再びイリスの前に乗り込む。そのまま、エミリアは王城へと急いだ。

(まだコ○ナと決まったわけではないけど、インフルエンザとも違う高熱の病気で、これだけ早く感染が広がって、おそらく潜伏期間の罹患者から感染した者がいるとなると、コ○ナだと考えるのが妥当な気がする)

 もちろん、ここまでの情報に当てはまる感染症は他にもある。しかし、それらの感染症が突然現れるか、と言われれば答えはノーだ。その点、コ○ナは、エミリアの転生の一年後に突然発生することを医の神から伝えられている。それが何らかの理由で早まった、と考える方がまだ自然だろう。

(でも、どうして早まった? 医の神が適当なこと言ってた? いや、それはないよね……だって死んだ私の意識をそのまま異世界に転生させられるような存在が、そんなしょうもないミスするとは思えないし)

「お嬢様、着きました」

「ありがとう。門兵! オールディス公爵家のエミリアですわ。お退きなさい!」

「はっ! お待ちしておりました!」

 エミリアは、敬礼する門兵の横を通り抜け、セリーナとクレイスの下へと急いだ。

「セリーナさん?」

「ごほごほっ……エミリアさん? どうして……帰ったんじゃ……」

「今はそんなことはいいですわ。ちょっと失礼しますわよ」

 エミリアはすぐにセリーナの手を取ると、解析の魔法を使う。視界に浮かんだセリーナの体内の拡大映像が次々と切り替わり、拡大され、突起の付いた丸い物体を移したところで止まる。

(やっぱりコ○ナか……)

 コ○ナウイルス。その名を通り太陽コ◯ナ、あるいはその原義である冠を思わせる突起を持った球形の物体がそこには映っていた。

「セリーナさん、息苦しかったりはしないかしら?」

「咳が出るので、少し息苦しくはありますが、その程度です。ごほっごほっ……すみません」

「謝ることありませんわ。それと、1つお願いがありますの」

「なんですか?」

「この感染症のワクチンを作るために、あなたの身体からウイルスを採取させて欲しいのですわ」

「それなら、ごほっごほっ……喜んで」

「助かりますわ」

 エミリアはさっそく用意していた道具でセリーナからのウイルスを採取する。

「終わりですか?」

「ええ。さっそくワクチンを作り始めますわ。もし、息苦しくなってきたらすぐに人を呼んで私に伝えてくださいまし。この感染症は重症化すると死に至るものですわ」

「わかりました」

 エミリアはセリーナに頷きのみを返し、早足で図書館へと向かった。

「ジュード様」

「エミリア様、どうされ――いえ、何やら至急の用件のようですね」

「話が早くて助かりますわ。以前インフルエンザのワクチンを作るために書いていただいた魔法陣を、別のワクチンを作るために書いてほしいのですわ」

「それはもしや……セリーナ様と王子殿下が罹っているという熱病の、でしょうか」

「そうですわ。それと、その魔法陣に魔力を流せる魔法に長けた者も頭数を揃えてほしいですわ」

「わかりました。ではさっそく魔法陣に取り掛かりましょう。着いてきて下さい」

 ジュードに連れられてきたのは、柱のないだだっ広い室内空間だった。

「ここは?」
 
「説明は後です。お急ぎなのでしょう?」

「そうですわね。今回の魔法は――」

 エミリアが魔法の内容を伝え、ジュードがそれを魔法陣に落とし込み、どんどんと床に書き込んでいく。程なくして、部屋の端に大きな魔法陣が書き上がった。

 エミリアがさっそく魔力を流してみると、ちゃんとコ◯ナのメッセンジャーRNAが生成されていた。

 それを確認したジュードは、次々と同じ魔法陣を書いていき、だだっ広かった部屋は、魔法陣で埋め尽くされる。

「ジュード様、そんなに魔法陣を書いても、魔力を流せるものがないのでは……」

「それは心配いりません。皆さん入ってきて下さい」

 その声に応じて部屋の中に入ってきたのは、王宮魔道士団だった。この国トップの魔法使いたちである。

「どうしてここに王宮魔道士団の方々が?」

「そう言えば言っていませんでしたね。実は私、王宮魔道士団団長でもあるんです」

「えっ……えええええっ!?」

 思いがけない事実に、エミリアは思わず腰を抜かしそうになるのだった。
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