過労死した研修医、悪役令嬢になる〜1年後に”例の感染症”が流行る世界で一から医学を始めます!〜

上村 俊貴

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45異世界にて(終)

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「こーらっ! アイリス! 待ちなさい!」

 王都にある伯爵家に、女性の声が響き渡る。元公爵令嬢にして現伯爵夫人。決して自ら子供教育を施す必要のない立場にいるはずのその女性は、しかしながら紙をペンを手に我が子を追いかけていた。

「やだ~! だってお勉強楽しくないんだもーん!」

 アイリスと呼ばれた少女は、逃げた先で1人の男性に抱えあげられる。

「駄目ですよ、アイリス。しっかり勉強しなくては」

「パパッ! ねえパパ、今日は魔法のお勉強にしようっ、ねっ? いいでしょー?」

「はははっ、ママの化学のお勉強は嫌ですか?」

「嫌じゃないけど……ママ、お勉強の時怖いんだもん……」

「ちょ、ちょっと、なんですのその言い方……優しく教えてますのに……」

「嘘だ~! ママ、パパの前だからって嘘ついてる~!」

「なっ……ジュード、そんなことないんですわよ? 私、ちゃんと優しくわかりやすく……」

「ははっ、ええ、わかってますよ、エミリア。君が優しいことはね。でも、君は医学には誰よりも誠実であろうとするからね。間違いは間違いと言ってしまうんだろう?」

「それは……そうですわ」

「やっぱりね。大丈夫だよアイリス。ママはアイリスが嫌いで怒ってるんじゃないんだ。アイリスが将来困らないように怒っているだけなんだよ」

「将来のことなんてわかんないもん! 今怒らないでほしいの!」

「ははは……うーん、困りましたね……」

 ちょうどその時、狙いすましたように使用人がやってきた。

「奥さま、お客様です」

「私に?」

「ええ」

「でもこれからアイリスに……」

「いいよエミリア。今日は私が魔法を教えよう」

「やったー!」

「なんだか釈然としませんけれど……仕方ないですわね」

 エミリアが渋々客間に向かうと、そこには馴染みの顔が並んでいた。

「あら、イリス姉様にイヴァン義兄様、それにセリーナ王妃殿下も」

「エミリアさん、王妃殿下はやめてくださいと言ってるじゃないですか」

「ふふっ、そうでしたわね。ごめんなさい、セリーナさん」

「元気みたいね、エミリア」

「姉様も義兄様も、元気そうで何よりですわ」

 エミリアが向かい側のソファーに腰を下ろすと、イヴァンが少し身を乗り出した。

「さて、さっそく本題に入るとしよう。今回私は、陛下からの言伝を預かってきた」

「クレイス様から?」

「ああ。『新たな流行り病が隣国で流行っているらしい。近く我が国にも入ってくるだろう。対応を頼む』とのことだ」

 あまりにも予想通りの言伝に、エミリアはわずかに顔をしかめる。コ◯ナの一件から早10年。エミリアがこの手の依頼をこなした回数は数え切れない。

「はあ、相変わらず人使いの荒い人ですわね」

「そう責めないであげて下さい。陛下も日々頑張っているんですから」

 苦笑しながら夫を養護するセリーナに、エミリアは苦笑する。

「わかってますわ。セリーナさんの旦那様のお願いなら聞かないわけには行きませんわね。さっそく動きますわ」

「毎回思うけど、陛下の言うことを聞かなくても、セリーナさんの旦那様の言うことは聞くのね。だから陛下も、セリーナさんを連れて行くように言うのかしら」

「そりゃ、陛下には色々思うところがありますもの。でも、セリーナさんは大切な友達ですわ。友達の家族が困ってるなら、助けてあげたいですわよ」

「ふふっ、エミリアらしいわ。でも、私もそうかも。陛下に言われても、なんとも思わないけど、イヴァンに頼まれたら、たぶん言うことを聞いてしまうわ」

「でしょう? そういうものなのですわ」

 話を終えたエミリアは慣れた手付きで使用人たちに、自身とジュードの留守中の指示を出す。そのままジュードに事情を説明し、旅の用意を整え、その日の午後には、新たな感染症の正体を暴き、その対策を立てるため、ジュードと共に屋敷を出発した。

 この異世界から病が亡くならない限り、エミリアのやるべきことは変わらない。

「見てなさい、医の神! あなたがモルモットと呼んだこの世界の人々を、私が救って差し上げますわ!」

 コ◯ナウイルスとしてクレイスに取り憑いた一件以来、一度もこの世界に干渉してこない医の神に向かって、エミリアは高らかに宣言する。

 この世界から病が無くならない限り、これからもエミリアの戦いは続いていくのだ。

 ~おしまい~
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