辻本美怜の失恋標本

藤也いらいち

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サシのカフェモーニング

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 鈍い頭の痛みを感じながら智輝は目を覚ました。かすむ目をこすり、視界がクリアになった瞬間、智樹は勢いよく起き上がる。

 ――ここはどこだ。

 智輝は周囲を見渡す。単身者向けのワンルームに布団が2枚敷かれていて、その片方に智輝は寝ていた。隣の布団に人はいない。
 智輝は家具や小物、服から男性の住む部屋だと思い、少し心を落ち着けた。
 本が詰まった大きな本棚とそこに入り損ねて横に積まれた本たちが、家主が読書家であることを智輝に主張していた。

 智輝は痛む頭を押さえながら、昨夜の出来事を必死で思い出す。
 恵美と別れたあと、恵美の姉らしき人についていって、酒を飲んだところまでは思い出せた。飲みすぎて酔いつぶれたのだと思い至った智輝は自身の失態に頭を抱えそうになる。
 智輝が記憶をたどる限り、この部屋が昨日初めて会った龍太の部屋であることは明白だった。

「あ、起きたか」

 智輝は顔をあげる。智樹の想定通り、龍太がソファーに座って本を読んでいた。サイドテーブルにはコーヒー。香ばしい香りがこちらに流れてくる。

「荷物、枕元においてある。なにも触ってないけど、一応確認してくれるか?」

 龍太の指差したほうを見ると、智樹の鞄が布団の近くに置かれていた。
 慌てて中を確認する。カバンの中に入っていた物、財布の中身、スマートフォンでクレジットカードの利用履歴も一応確認した。

「大丈夫そうか?」

 危機管理がしっかりしてるのかしてないのか、と笑いながらコーヒーを飲む龍太。智樹はいたたまれない気持ちで頭を下げた。

「ご迷惑をおかけしました」
「あぁ、問題ないよ。付き合ってもらったのは俺たちだし」

 朗らかに笑う龍太に智輝は恐縮して何度も頭を下げる。

「いいって、止められなかったのも俺たちだからな。さて、今は8時過ぎだけど、予定とかあるのか?」
「今日は大学だけです。午後からなので時間も間に合います」
「じゃあ、軽く朝飯食べるか。そういえばここの最寄りは菖蒲名駅菖蒲名あやめなだけど、家はどの辺だ?」
「あ、え? 最寄り菖蒲名です。3丁目」
「あぁ、西口の向こうだな。こっちは東口の方だ、菖蒲しょうぶ病院の方」
「ご近所さんだったんですね」

 智輝は頭に駅周辺の地図を思い浮かべながら答える。歩いて10分かからない距離である。

「そうだな、よかった。遠かったりしたら申し訳なかったからな」

 龍太はそう言ってソファーから立ち上がった。

「朝飯、外に行ってもいいか? 近所のカフェのモーニング気になってたんだ」

 そう言ってはにかむ龍太に思わずかわいいと思いそうになった智樹は、あわてて首を縦に大きく振った。

 *******

 龍太が智輝を連れてきたのは駅前のパン屋に併設されたカフェだった。モーニングの看板にはパンのイラストと食べ放題の文字。店内は月曜の朝にもかかわらず学生や主婦と言った女性客で賑わっていた。智樹は男二人で入るのは気が引けるのではないかと龍太をみる。龍太は気にする様子はなく、ここ二人以上じゃないと入れないんだ、と笑う。その笑顔を見て智樹は目の前で引き返すことがなさそうで安心する。
 智樹はカフェめぐりが趣味だった。


「うま……」

 たくさんの種類のパンが並べられたワゴンから取ってきたクロワッサンを一口食べた智輝は、思わずと言った様子で呟いた。それをみた龍太が満足げに頷く。

「だろ? そこの店舗で時々買うんだが、モーニングだと焼きたて食べ放題って聞いて来たかったんだよ。美怜誘ったんだけどあいつ朝弱くてな」
「そうなんですか」

 智輝は昨日の出来事を思い出す。改めて随分怪しい二人と食事をとったと、智樹はもう一度龍太の顔をまじまじと眺めた。
 端正な顔立ちで、バイトの先輩にいたら絵のモデルを頼んでいたであろうと智輝は思うが、今の智輝にとってはその美しさですら不安材料である。
 そこまで思って、昨日会った美怜も、恵美とよく似た整った顔立ちで、智樹はその顔にほだされてしまったところがあったと思い至った。
 
「怪しいよなー」

 龍太の顔を何も言わずに見つめ表情をぐるぐる変えていた智輝。それを視界の端で眺めていた龍太はふき出すように笑う。


「いや……」
「俺らも怪しいよなって思ってるから大丈夫だ。ネタばらしはいつもオレの担当だから」
 
 目を細め、何かを企むかのような笑顔を見せる龍太に智輝は思わず身構える。
 
「ネタばらし?」
「そう、まずこの本知ってるか?」

 おそるおそる聞き返した智輝に、龍太が一冊に本を手渡す。表紙に書かれたタイトルは『極彩色の感情と桜色の君』本をあまり読まない智輝でも知っていた。去年に映画化された恋愛小説でCMを何度も見た記憶があったのだ。
 作者は辻見つじみさと

「美怜はな、恋愛小説家なんだ」

 眉間にしわを寄せえた智樹は本と龍太を交互にみて首を傾げた。
 智輝の顔は何も言わずとも困惑が前面に出ていた。

「すこし、俺の失恋話に付き合ってくれないか?」

 龍太がそういってティーポットで提供された紅茶のおかわりを注ぐ。
 智輝は黙って頷いた。
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