兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち

文字の大きさ
27 / 31

21.怪我を隠した兄がいるので

しおりを挟む
 襲撃から四日。グレンと祖父は無事に帰宅の途についた。

 昼食会の準備に事後処理、首謀者の調査など、目が回るほど忙しい。
 私も兄と一緒に執務室に籠り、書類の処理に追われていた。
 昨日の夜からレイも手伝ってくれている。

「おい、デイヴィット、そろそろ休め」

 目の下にひどいクマを作った兄へ、レイが今日、五回目の声をかけた。
 
「……大丈夫だ」
「いや、大丈夫じゃない。この書類のサイン見てみろ」
「なにかおかしいか」
「おかしいに決まっている。シャーロットの名前を書いているぞ」
「は?」
「は、はこっちのセリフだ。寝ろ」
 思わず書類をのぞき込む。サイン欄に兄の字で私の名前が書かれていた。
 ほかのところにも誤字や脱字が見られる。これは相当訂正が必要だ。

「兄さま。休んだほうがいいわ。せめて一時間だけでも仮眠をとってきて」

 私がそう言うと、兄は少し悩んでから頷いた。
 しぶしぶと言った様子で立ち上がった次の瞬間、兄が視界から消え、何かが床に打ち付けられる音がした。
 兄が倒れたのだ。

「兄さま!」
「デイヴィット!」

 兄に駆け寄り、心音と息を確認する。気を失っているだけのようだ。
 顔色がさっきよりも数段悪い。貧血のような状態なのだろうか。
 頭を打っている様子はない。

「医者を頼んでくる」
「お願い」

 レイが部屋を出ていく足音を背に、兄の首元に触れる。異常に熱い。呼吸も荒いように感じる。
 体勢をうつ伏せから横に変えた。兄の首元のタイやボタンをはずして呼吸をしやすくしたところで、兄の脇腹辺り、白いシャツに血のようなものがにじんでいることに気が付いた。
 
 ――倒れたときに打った?

 シャツのボタンを外す。

「え?」

 兄の体には肩から腹にかけて、包帯がぐるぐると巻かれていた。胸のあたりから右脇腹にかけて斜めに血が濃くにじんでいる。
 
 ――剣の傷だ。
 
 そう思い至り、腹の奥がすっと冷たくなった。
 こんな傷を受けるタイミングなんて決まっている。
 
 今この時点でこれほど出血をしているのだ。耐えがたいほどの痛みだったに違いない。
 それを黙って、私たちと同じ、いやそれ以上に動いていた。
 後悔が波のように押し寄せる。
 気が付けるタイミングはいくらでもあっただろう。
 
 腕だけだと、言っていたのに。
 かすり傷だと、言っていたのに。

 後悔と怒りが少しずつ混ざり合っていく。

「うぅ……」
 
 兄の苦しそうなうめき声で我に返った。
 自分の太ももを強く叩き、気持ちを切り替えた。

 手伝いに来てくれた使用人たちに指示を出し、兄をベッドに寝かせる。

「お医者様を待ちましょう」

 使用人を下がらせて、ベッドの近くに腰かける。

 ――兄さまが、治ってから。治るまでは、ちゃんと。
 
 沸いて出た想いに、重い蓋をして心の奥にしまい込んだ。
 直視するにはまだ覚悟が足りない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

義務ですもの。

あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

処理中です...