1 / 16
第1話 オメガだった僕
しおりを挟む
病院ですれ違ったその人はとても力強い印象だった。
短く切った黒髪の下のくっきりとした横顔に太い眉、鋭い眼光、すっと伸びた鼻筋、きりりと結ばれた唇。
凛とした顔と佇まいは、まるで冬の夜、欠けて細く剣のように輝く月のようだった。
僕は一瞬立ち止まって彼を見つめた。
美しかった。
僕はその力強さに魅かれ、深く記憶した。
***
診察室で僕は制服のシャツを整え、ジャケットを羽織った。
ゼン先生はにこっと笑って、「じゃ、また来月ね」と言った。
僕は一礼して、診察室から出る。
月に一度の定期検診が終わった。
僕は生まれてからずっとオメガだと言われてきた。
男女に加え、アルファ、ベータ、オメガという性別が現れたのはいつだったか。
歴史の時間に勉強したけれど、なんとなく集中できずにどうやっても覚えられない。
なににつけても優秀なアルファ、一般的なベータ、そして男女とも妊娠可能なオメガ。
オメガは第二次性徴が現れる頃から「発情期《ヒート》」が始まり、その期間は独特のフェロモンを分泌する。
それを嗅ぎ分けることができるのがアルファで、本能に訴えるらしく、抗えないような性衝動を持つ。
6つの性別の中で、僕は「男性のオメガ」として生きてきた。
生まれてこのかた、検査薬の結果がいつも薄めで、何人もの医師が目を近づけ、眼鏡をかけたりはずしたり、あれこれしてやっと「オメガ」という判定が下された。
アルファとベータの項目には反応がなかったことも、判断材料となったらしい。
万が一のことがあってはいけないので、僕は人より検査を多く受けているが、ずっとこんな調子だった。
なので、僕はほかのオメガの子と同じように、発情期について学び、その対処法も習った。
常に発情抑制剤と避妊薬を持ち、自分の身体の変化に高い関心を向けていた。
体つきもがっしりとした能力の高いアルファに組み敷かれてはどうにもならない。
自分の身を守ることをしっかり学校でも家庭でも、必要ならば病院でも役所でもバニスタウンでは教えてくれる。
僕は首に幅の広い黒のネックプロテクターをはめている。
自分がオメガだということを他に誇示しているようなものだけど、力ずくでアルファにうなじを噛まれる危険性を下げるためで、両親も自分も望んでつけている。
アルファとオメガには遺伝子に組み込まれたなにかがあるらしく、アルファはオメガのうなじを噛むことで「番の相手」としての印をつける。
一度つけられた印は消えることはなく、オメガはアルファに縛り付け離れられなくなってしまう。
そして「種の保存」の本能は残酷で、アルファは番の相手がいないオメガに対して何人にも「番の印」をつけることができる。
趣味の悪いアルファは何人ものオメガを番の相手にしたか自慢することもある、と聞いたことがある。
僕はそんなのは嫌だ。
オメガだということで差別される地域もあるけれど、このバニスタウンはオメガに対して手厚い保護をしてくれる。
少子化が進み、女性の出生率が下がり、出産できる存在がどんどん少なくなる中、男性のオメガも貴重な存在となってきている。
また発情期以外は、ベータと変わりのない働き手でもある。
女性やオメガが安全に、かつ安心して生活し、出産できるよう努力してきたおかげで、「暮らしたいタウンNo.1」に何年もランクインしている。
人口減少が課題になっているタウンも少なくないのに、バニスは人が多く集まり、経済も文化も充実していた。
幸運なことに僕はバニスに生まれ、あまり危険な目にも遭わずに生きてきた。
しかし、残念なことにやっぱり痛ましい事件は起こるし、いつ発情期を迎えてもおかしくない年頃になったので、僕はオメガとしてずっと警戒しながらそれを当然としていた。
ところがそんな僕が全15歳対象のセックステストで、なんとくっきりとアルファの反応が出てしまった。
たまにベータだと思っていた人がアルファやオメガだった、というのは聞くんだけど、オメガだと判定されていたのにアルファだったケースはこれで3例目だという。
その結果に、両親も僕も驚いた。
だって、両親はアルファが絶対に生まれないとされるベータとオメガのカップルだからだ。
その後も大きな病院で何度も検査されたけど、どうやっても僕はアルファであるとしか結果が出なかった。
相当珍しいケースであり、今後の研究のためにも病院からの依頼を受ける形で僕は定期的に病院で検診を受けている。
この分野では有名なゼン先生が僕の担当となった。
医者としてはまだ若いけれど、実力のある人だし、年齢が近いせいか話も合う面白い人だったので、検診は苦痛ではなかった。
その検診の帰りに、僕はあの美しい力強さを持つ人とすれ違ったのだ。
短く切った黒髪の下のくっきりとした横顔に太い眉、鋭い眼光、すっと伸びた鼻筋、きりりと結ばれた唇。
凛とした顔と佇まいは、まるで冬の夜、欠けて細く剣のように輝く月のようだった。
僕は一瞬立ち止まって彼を見つめた。
美しかった。
僕はその力強さに魅かれ、深く記憶した。
***
診察室で僕は制服のシャツを整え、ジャケットを羽織った。
ゼン先生はにこっと笑って、「じゃ、また来月ね」と言った。
僕は一礼して、診察室から出る。
月に一度の定期検診が終わった。
僕は生まれてからずっとオメガだと言われてきた。
男女に加え、アルファ、ベータ、オメガという性別が現れたのはいつだったか。
歴史の時間に勉強したけれど、なんとなく集中できずにどうやっても覚えられない。
なににつけても優秀なアルファ、一般的なベータ、そして男女とも妊娠可能なオメガ。
オメガは第二次性徴が現れる頃から「発情期《ヒート》」が始まり、その期間は独特のフェロモンを分泌する。
それを嗅ぎ分けることができるのがアルファで、本能に訴えるらしく、抗えないような性衝動を持つ。
6つの性別の中で、僕は「男性のオメガ」として生きてきた。
生まれてこのかた、検査薬の結果がいつも薄めで、何人もの医師が目を近づけ、眼鏡をかけたりはずしたり、あれこれしてやっと「オメガ」という判定が下された。
アルファとベータの項目には反応がなかったことも、判断材料となったらしい。
万が一のことがあってはいけないので、僕は人より検査を多く受けているが、ずっとこんな調子だった。
なので、僕はほかのオメガの子と同じように、発情期について学び、その対処法も習った。
常に発情抑制剤と避妊薬を持ち、自分の身体の変化に高い関心を向けていた。
体つきもがっしりとした能力の高いアルファに組み敷かれてはどうにもならない。
自分の身を守ることをしっかり学校でも家庭でも、必要ならば病院でも役所でもバニスタウンでは教えてくれる。
僕は首に幅の広い黒のネックプロテクターをはめている。
自分がオメガだということを他に誇示しているようなものだけど、力ずくでアルファにうなじを噛まれる危険性を下げるためで、両親も自分も望んでつけている。
アルファとオメガには遺伝子に組み込まれたなにかがあるらしく、アルファはオメガのうなじを噛むことで「番の相手」としての印をつける。
一度つけられた印は消えることはなく、オメガはアルファに縛り付け離れられなくなってしまう。
そして「種の保存」の本能は残酷で、アルファは番の相手がいないオメガに対して何人にも「番の印」をつけることができる。
趣味の悪いアルファは何人ものオメガを番の相手にしたか自慢することもある、と聞いたことがある。
僕はそんなのは嫌だ。
オメガだということで差別される地域もあるけれど、このバニスタウンはオメガに対して手厚い保護をしてくれる。
少子化が進み、女性の出生率が下がり、出産できる存在がどんどん少なくなる中、男性のオメガも貴重な存在となってきている。
また発情期以外は、ベータと変わりのない働き手でもある。
女性やオメガが安全に、かつ安心して生活し、出産できるよう努力してきたおかげで、「暮らしたいタウンNo.1」に何年もランクインしている。
人口減少が課題になっているタウンも少なくないのに、バニスは人が多く集まり、経済も文化も充実していた。
幸運なことに僕はバニスに生まれ、あまり危険な目にも遭わずに生きてきた。
しかし、残念なことにやっぱり痛ましい事件は起こるし、いつ発情期を迎えてもおかしくない年頃になったので、僕はオメガとしてずっと警戒しながらそれを当然としていた。
ところがそんな僕が全15歳対象のセックステストで、なんとくっきりとアルファの反応が出てしまった。
たまにベータだと思っていた人がアルファやオメガだった、というのは聞くんだけど、オメガだと判定されていたのにアルファだったケースはこれで3例目だという。
その結果に、両親も僕も驚いた。
だって、両親はアルファが絶対に生まれないとされるベータとオメガのカップルだからだ。
その後も大きな病院で何度も検査されたけど、どうやっても僕はアルファであるとしか結果が出なかった。
相当珍しいケースであり、今後の研究のためにも病院からの依頼を受ける形で僕は定期的に病院で検診を受けている。
この分野では有名なゼン先生が僕の担当となった。
医者としてはまだ若いけれど、実力のある人だし、年齢が近いせいか話も合う面白い人だったので、検診は苦痛ではなかった。
その検診の帰りに、僕はあの美しい力強さを持つ人とすれ違ったのだ。
1
あなたにおすすめの小説
クズ皇子は黒騎士の愛に気付かない
真魚
BL
【ひたすら我慢の一見クール騎士×本当は優秀美人拗らせ皇子】
リヴァディア国の第二皇子アシェルは、容姿こそ国一番と言われつつも、夜遊びばかりで国務を怠っている能無し皇子だった。
アシェルの元に新しく着任した護衛騎士のウィリアムは、内心呆れながらも任務を遂行していたが、皇子の意外な内面に次第に惹かれていく。
ひたひたと迫る敵国の陰謀に気付いたアシェル皇子は、単独でその探りを入れはじめるが、その身を削るような行動にウィリアムは耐えられなくなり……
苦悩する護衛騎士と、騎士の愛に救われる皇子の話です。
※旧題:クズ皇子は黒騎士の苦悩に気付かない
※ムーンライトノベルズにも掲載しています。
すれ違い夫夫は発情期にしか素直になれない
和泉臨音
BL
とある事件をきっかけに大好きなユーグリッドと結婚したレオンだったが、番になった日以来、発情期ですらベッドを共にすることはなかった。ユーグリッドに避けられるのは寂しいが不満はなく、これ以上重荷にならないよう、レオンは受けた恩を返すべく日々の仕事に邁進する。一方、レオンに軽蔑され嫌われていると思っているユーグリッドはなるべくレオンの視界に、記憶に残らないようにレオンを避け続けているのだった。
お互いに嫌われていると誤解して、すれ違う番の話。
===================
美形侯爵長男α×平凡平民Ω。本編24話完結。それ以降は番外編です。
オメガバース設定ですが独自設定もあるのでこの世界のオメガバースはそうなんだな、と思っていただければ。
僕の目があなたを遠ざけてしまった
紫野楓
BL
受験に失敗して「一番バカの一高校」に入学した佐藤二葉。
人と目が合わせられず、元来病弱で体調は気持ちに振り回されがち。自分に後ろめたさを感じていて、人付き合いを避けるために前髪で目を覆って過ごしていた。医者になるのが夢で、熱心に勉強しているせいで周囲から「ガリ勉メデューサ」とからかわれ、いじめられている。
しかし、別クラスの同級生の北見耀士に「勉強を教えてほしい」と懇願される。彼は高校球児で、期末考査の成績次第で部活動停止になるという。
二葉は耀士の甲子園に行きたいという熱い夢を知って……?
______
BOOTHにて同人誌を頒布しています。(下記)
https://shinokaede.booth.pm/items/7444815
その後の短編を収録しています。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
さかなのみるゆめ
ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。
異世界唯一のオメガ、恋を選ぶまでの90日
秋月真鳥
BL
――異世界に「神子」として召喚されたのは、28歳の元高校球児、瀬尾夏輝。
男性でありながらオメガである彼は、オメガの存在すら知られていない異世界において、唯一無二の「神に選ばれし存在」として迎えられる。
番(つがい)を持たず、抑制剤もないまま、夏輝は神殿で生活を共にする五人のアルファ候補たちの中から、90日以内に「番」となる相手を選ばなければならない。
だがその日々は決して穏やかではなく、隣国の陰謀や偽の神子の襲撃、そして己の体に起きる変化――“ヒート”と呼ばれる本能の波に翻弄されていく。
無口で寡黙な軍人アルファ・ファウスト。
年下でまっすぐな王太子・ジェラルド。
優しく理知的な年上宰相・オルランド。
彼らが見せる愛情と執着に、心を揺らしながら、夏輝は己の運命と向き合っていく。
――90日後、夏輝が選ぶのは、誰の「番」としての未来か。
神の奇跡と恋が交錯する異世界で、運命の愛が始まる――。
肩甲骨に薔薇の種(アルファポリス版・完結済)
おにぎり1000米
BL
エンジニアの三波朋晴はモデルに間違われることもある美形のオメガだが、学生の頃から誰とも固定した関係を持つことができないでいる。しかしとあるきっかけで年上のベータ、佐枝峡と出会い、好意をもつが…
*オメガバース(独自設定あり)ベータ×オメガ 年齢差カプ
*『まばゆいほどに深い闇』の脇キャラによるスピンオフなので、キャラクターがかぶります。本編+後日談。他サイト掲載作品の改稿修正版につきアルファポリス版としましたが、内容はあまり変わりません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる