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希望、中一。そのに
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僕以外の家族が、所定の位置についた。ママとパパが並んで座っていて、ママの前にはノゾミが、パパの前にはノゾムが座っている。リビング内には、重苦しい空気が流れていた。ママが大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。吐き出す息が、震えているように聞こえた。僕は、重い体を起こして、座りながら柵越しにみんなを見た。ノゾミとノゾムの背中と、その間からママとパパの顔が見えた。今日は、いつもより体調がよくて助かった。僕も家族なんだから、ちゃんと見守りたい。
きっと、僕の事を話すのだろう。
ママは、深呼吸を繰り返し、ノゾミ・ノゾム・パパの順番に、顔を見ていく。最後のパパは、ゆっくりと頷いていた。
「ごめんね。本当は、こんな事は言わない方がいいのかもしれない。でも、希も望も家族だから、ちゃんと話しておこうと思ったの」
ママは重い口を開いた。ノゾミとノゾムが眠ってから、ママとパパは連日話し合いをしていた。何が正解で何が間違いなのか分からないと、ママは言っていた。そして、二人は、真実を告げる事を決断したのだ。ノゾミの事を考えると、慎重になるのも仕方がない。勿論、ノゾムだってそうだ。
「ホップの事なんだけどね。ホップのお腹の中に、腫瘍が見つかったの」
「・・・腫瘍? 病気の事? 治るんだよね?」
いち早く反応したのは、ノゾミだ。勢いよく立ち上がったノゾミを、パパが宥めるように座らせた。後ろ姿でも分かる程、ノゾミは動揺を隠せていない。ママは、ゆっくりと深呼吸をして、首を左右に振った。
「手術をすれば、腫瘍は取れるらしいの。でもね・・・ホップはもうお爺ちゃんだから、手術に耐えられるだけの体力がないのよ。だから・・・」
薄々は分かっていたのだが、実際に『お爺ちゃん』と言われると、なんだか悲しい。ついこの間まで、お兄ちゃんだったのに。
「見殺しにするって事?」
「望。そんな言い方するもんじゃないよ」
パパの厳しい視線に、ノゾムは俯いた。でも、きっとノゾムもパパも分かっている。ノゾムは、僕の事を大切に想ってくれているからこそだ。ママを責めて、追い詰めるのも間違っている。勿論、ノゾムだってママを責めたい訳ではない。やり場のない憤りが、ノゾムの小さな背中に覆い被さっているみたいだ。
「別に見殺しにする訳じゃないの。ただ、手術して成功したとしても、それは延命に過ぎないのよ。少しでも長く一緒にいたいのは、ママも一緒なの。でもね、その少しの為に入院したり、手術を受けさせて、心と体に負担をかけさせたくないの」
ママの声には、涙が混じっていて、心臓をギュッと締め付けられるように感じた。
「入院は、独りぼっちで寂しいもんね」
ポツリと零したノゾミの声が、体を重くした。そうなのだ。入院や手術の辛さや心細さは、ノゾミが一番分かっているのだ。
「入院とか手術にもお金かかるしね」
「お金の問題じゃないよ」
ノゾムがそっぽを向きながら言うと、パパが呆れたように被せた。
「いくらくらい、かかるの?」
まるで無警戒の場所から、弾が飛んできたように、パパは目を丸くしている。ノゾミが真っ直ぐにパパを見つめていた。手術や入院というものが、どれほど費用がかかるのか気になったのだろう。どれほどの負担をかけさせてしまっているのか―――きっと、ノゾミは、知りたいのだろう。パパは動揺の色が隠せずに、目が泳いでいた。
「ノゾミ、本当にお金の事は、関係ないんだよ」
「教えて欲しい」
ママが優しく諭すように目を細めるが、ノゾミは頑として譲らない。ママは聞いて欲しくなかったのだろう。困ったように、眉を下げる。すると、パパが大きく息を吐いた。
「・・・五十万くらいだよ」
そうなんだ、とノゾミは、俯いて肩を落とした。正直、僕にはお金の価値が分からないけれど、ノゾミには理解できているのだろうか。ご飯何杯分だろうか。
「それじゃあ、新しい犬買えるじゃん」
ノゾムがそう吐き捨てると、大きな破裂音が響き、椅子が床に倒れた。僕は驚きのあまり、反射的に叫び声を上げてしまった。倒れた椅子の横で、ノゾムも転がっている。あまりの衝撃に、ママもパパもノゾムも固まっていた。ノゾミが立ち上がって、肩を震わせ、ノゾムを見下ろしている。ノゾミがノゾムの頬を、全力で平手打ちしたのだ。ノゾムは、左頬を押さえながら、茫然とノゾミを見上げている。
ノゾミは、何も言わず、ただただノゾムを睨みつけていた。
暫くの金縛りが解けたように、パパが慌ててノゾムに駆け寄った。ママはテーブルを回り込んで椅子を起こし、ノゾミを抱きしめる。ノゾミは、ママの胸に顔を押し付け、声をあげて泣いた。
ノゾムの言葉は、ショックではあったけれど、本心ではない事は分かっている。ノゾムはノゾムで、何かを守るようにわざと悪態をついているように見えた。何を守ろうとしているのかは、分からない。軽く冗談を言えば、全てが冗談になると思っていたのだろうか。ママとパパなら、分かるのだろうか。
ノゾミ、それからノゾム。ママにパパもごめんね。僕のせいで、楽しい時間を台無しにしちゃったね。座っているのが、辛くなってきたから、少し横になる。目を閉じて、体内に酸素を送る事に集中した。
ん? 誰かが、僕に近づいてきたのだろうか?
薄目を開けて、柵の向こう側を見ると、影人間が僕を見つめていた。
きっと、僕の事を話すのだろう。
ママは、深呼吸を繰り返し、ノゾミ・ノゾム・パパの順番に、顔を見ていく。最後のパパは、ゆっくりと頷いていた。
「ごめんね。本当は、こんな事は言わない方がいいのかもしれない。でも、希も望も家族だから、ちゃんと話しておこうと思ったの」
ママは重い口を開いた。ノゾミとノゾムが眠ってから、ママとパパは連日話し合いをしていた。何が正解で何が間違いなのか分からないと、ママは言っていた。そして、二人は、真実を告げる事を決断したのだ。ノゾミの事を考えると、慎重になるのも仕方がない。勿論、ノゾムだってそうだ。
「ホップの事なんだけどね。ホップのお腹の中に、腫瘍が見つかったの」
「・・・腫瘍? 病気の事? 治るんだよね?」
いち早く反応したのは、ノゾミだ。勢いよく立ち上がったノゾミを、パパが宥めるように座らせた。後ろ姿でも分かる程、ノゾミは動揺を隠せていない。ママは、ゆっくりと深呼吸をして、首を左右に振った。
「手術をすれば、腫瘍は取れるらしいの。でもね・・・ホップはもうお爺ちゃんだから、手術に耐えられるだけの体力がないのよ。だから・・・」
薄々は分かっていたのだが、実際に『お爺ちゃん』と言われると、なんだか悲しい。ついこの間まで、お兄ちゃんだったのに。
「見殺しにするって事?」
「望。そんな言い方するもんじゃないよ」
パパの厳しい視線に、ノゾムは俯いた。でも、きっとノゾムもパパも分かっている。ノゾムは、僕の事を大切に想ってくれているからこそだ。ママを責めて、追い詰めるのも間違っている。勿論、ノゾムだってママを責めたい訳ではない。やり場のない憤りが、ノゾムの小さな背中に覆い被さっているみたいだ。
「別に見殺しにする訳じゃないの。ただ、手術して成功したとしても、それは延命に過ぎないのよ。少しでも長く一緒にいたいのは、ママも一緒なの。でもね、その少しの為に入院したり、手術を受けさせて、心と体に負担をかけさせたくないの」
ママの声には、涙が混じっていて、心臓をギュッと締め付けられるように感じた。
「入院は、独りぼっちで寂しいもんね」
ポツリと零したノゾミの声が、体を重くした。そうなのだ。入院や手術の辛さや心細さは、ノゾミが一番分かっているのだ。
「入院とか手術にもお金かかるしね」
「お金の問題じゃないよ」
ノゾムがそっぽを向きながら言うと、パパが呆れたように被せた。
「いくらくらい、かかるの?」
まるで無警戒の場所から、弾が飛んできたように、パパは目を丸くしている。ノゾミが真っ直ぐにパパを見つめていた。手術や入院というものが、どれほど費用がかかるのか気になったのだろう。どれほどの負担をかけさせてしまっているのか―――きっと、ノゾミは、知りたいのだろう。パパは動揺の色が隠せずに、目が泳いでいた。
「ノゾミ、本当にお金の事は、関係ないんだよ」
「教えて欲しい」
ママが優しく諭すように目を細めるが、ノゾミは頑として譲らない。ママは聞いて欲しくなかったのだろう。困ったように、眉を下げる。すると、パパが大きく息を吐いた。
「・・・五十万くらいだよ」
そうなんだ、とノゾミは、俯いて肩を落とした。正直、僕にはお金の価値が分からないけれど、ノゾミには理解できているのだろうか。ご飯何杯分だろうか。
「それじゃあ、新しい犬買えるじゃん」
ノゾムがそう吐き捨てると、大きな破裂音が響き、椅子が床に倒れた。僕は驚きのあまり、反射的に叫び声を上げてしまった。倒れた椅子の横で、ノゾムも転がっている。あまりの衝撃に、ママもパパもノゾムも固まっていた。ノゾミが立ち上がって、肩を震わせ、ノゾムを見下ろしている。ノゾミがノゾムの頬を、全力で平手打ちしたのだ。ノゾムは、左頬を押さえながら、茫然とノゾミを見上げている。
ノゾミは、何も言わず、ただただノゾムを睨みつけていた。
暫くの金縛りが解けたように、パパが慌ててノゾムに駆け寄った。ママはテーブルを回り込んで椅子を起こし、ノゾミを抱きしめる。ノゾミは、ママの胸に顔を押し付け、声をあげて泣いた。
ノゾムの言葉は、ショックではあったけれど、本心ではない事は分かっている。ノゾムはノゾムで、何かを守るようにわざと悪態をついているように見えた。何を守ろうとしているのかは、分からない。軽く冗談を言えば、全てが冗談になると思っていたのだろうか。ママとパパなら、分かるのだろうか。
ノゾミ、それからノゾム。ママにパパもごめんね。僕のせいで、楽しい時間を台無しにしちゃったね。座っているのが、辛くなってきたから、少し横になる。目を閉じて、体内に酸素を送る事に集中した。
ん? 誰かが、僕に近づいてきたのだろうか?
薄目を開けて、柵の向こう側を見ると、影人間が僕を見つめていた。
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